2004年

大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年12月20日号

「虎」と「関西」復権目指す戦い
 大阪では前夜からの雨が残る5日、星野仙一シニアディレクター(SD)と私は兵庫・東条町のグランドオークGCにいた。同伴メンバーは三井住友銀行の西川善文頭取と同行大阪在勤の宿澤広朗常務執行役員。「雨がひどく降ってきたら途中で止めよう」と話し合ってスタートした。
 SDをはじめとしてスポーツマン・ぞろいの顔触れだ。宿
澤常務は埼玉県立熊谷高時代から花園ラグビー場を沸かせたラガーメン。早大2年で全日本入りし、日本代表監督や日本ラグビー協会強化委員長も務めた。西川頭取も阪大法学部出身で生粋の関西人であることは知られているが、奈良県立畝傍高時代はテニス部で鳴らした人だ。
 西川頭取のゴルフはフォームが非常にきれい。それでいてスタート1番のティーショットは230ヤードと最も飛ばし
たのには驚いた。普段は右打ちだが、グリーンに乗ってからのパターは左で打つ。頭取いわく「昔からパターに苦労してね。ある時、左で打ったら球の転びがいい。それで変えたんだ」と笑い、この日も4メートルのパットを2回決められた。こんなところにも、頭の柔軟さと決断の早さが見てとれる。
 宿澤常務は出足が悪くてもジリジリと追い上げて来る若さとパワーがある。現在ハンデ11だが、シングルも間近だろう。
 星野SDは虫垂炎がいえてから久々のグリーン。ティーショットの時に「力を入れ過ぎると、傷ロが開くぞ」と軽口をたたかれていたが、本人も気遣ってゆっくりとしたスイングだった。それでも終わってみれは、優勝してしまうあたりさすがではある。
 結局、最後まで雨は降らず、全員が気分よくホールアウト。終了後、西川頭取から賞品としてスポーツウエアをいただいた。どこまでも気配りの方である。
 さて私とSDは親しい友人と一緒に、間もなく年末年始恒例の豪州ゴールドコースト旅行に出掛ける。地球の反対側は今が真夏。ゆっくりとゴルフや日光浴を楽しみ、その報告は帰ってからの紙面でさせていただく。
 今年のSDは講演旅行が多く、国内の何カ所かは私もついて行った。場合によっては1日2カ所の場合もあり、結溝強行軍な時もあったがSDは終始笑顔で応対して健在ぶりを示し、その人気の高さで多くの聴衆に喜んでもらえた。
 危機一髪は11月14日の虎仙会のパーティーだった。終了後わずか10時間で、SDは虫垂炎で病院に担ぎ込まれた。
 「もしパーティーまでに発病していたら」と思うとゾッとする。あの日は名誉会長の福井俊彦日銀総裁が急な公務で直前に参加取りやめになっていただけに、その上SDまで欠いては出席していただいた230人の虎仙会々員をさぞガッカリさせただろう。このあたりは虎仙会にもツキがあったような気がする。
 いつもトラ番記者に追いかけられるSDだが、その動静をタイムリーに知ることができるのは、この大阪日日新聞紙上だけだ。SDも旧態然とした球界のありように常に危機感を抱いているが、大阪日日新聞も大手新聞社の談合による価格支配を打ち破って、1部80円月決め1995円で宅配し、大阪の新聞業界に警鐘を鳴らしている。その分、各社からのイジメや妨害を受けているがまったくひるむことがない。
 来年もタイガースとともに関西復権を目指して星野仙一と大阪日日新聞は戦い続ける。それでは1月17日の紙面から再びお目に掛かります。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年12月6日号

星野仙一ますます元気
 今回は、11月14日に行われた虎仙会主催の「星野仙一SDを囲むタベ」での球界の諸問題に対するSD発言をまとめて紹介しよう。先週も書いたように、スポーツ新聞のトラ番記者がいなかったので、かなり大胆な内容。それだけに、SDの思いが素直に感じ取れる。
 まず今年のチーム成績について。「皆の期待を裏切ったが、私は“よく頑張った方だ”と思っている。
AクラスとBクラスの力の着があまりない今、毎年同じように力を出すのは難しい。昨年と比較し過ぎですよ。果体的には投手陣が悪かった。それに全体にけが人も多い。阪神の選手はけがをし過ぎる。来年は一から出直す気持ちで取り組んでほしい。私は補強次第で優勝争いは可能とみている」と無難な滑り出し。
 岡田監督についてぱは「選手とのコミュニケーション不足が課題。選手はスランプの時に“いかにうまく休ませか”が大事。1年目はこの点で失敗したから、もう分かったと思う。(選手との)コミュニケーションさえうまくやれば大丈夫だ」とかばった。私は阪神電鉄グループ全体で見る時、岡田では華がなくいろいろな部門の売り上げが落ち込んでいるので続投でぱダメだと思っている。会場からも「もう一回、監督になって」というお願いの声が飛んだが、SDは「私はもう二度とユニホームは着ません」とキッパリ。そして「柳
の下にドジョウは2匹も3匹もおらんでしょう。もっと岡田を応援してやって下さい」とかわした。
 チーム内の藪、井川両投手と鳥谷内野手に対しては愛情があった。「藪ほメジャーに行くならラストチャンス。挑戦したらいい。しかし井川まで“メジャーへ”の発言はけしからん。行くならレンタル移籍だ。イチローや松井らメジャーに行く選手は多い。彼らはもう日本球界には戻ってきませんよ。行きっ放しはよくない。日米コミッショナーが話し合っで、交流のルールを作るべきでしょう」と指針を示した。
鳥谷に関しては「私が監督なら1年間使い続けたね。これから10年以上阪神の看板を背負ってもらうのに1年くらい苦労させなくちゃ」と明快だ。
 今年のオフの話題をさらっている巨人の清原内野手と楽天ドラフト一位の一場投手には球界の先輩として辛口だった。
「清原は堀内(監督)としてはいらない選手。阪神に来てもいいけど、4億5000万円は出せない。シーズン140試合の内まず120試合は出る体を作らないと。どこに行ってもダメ。スピード野球の時代にあんなにドタバタやられたんじゃ現場は使えない」とバッサリ。「清原は最後のサムライだが、本当のサムライかどうかは今回で分かる。引き際が大事だ」と、球団の放出意向を横目に4年契約をタテに一方的な押しかけ残留表明する態度を批判。暗に引退を勧めた。
 また一場については「いくら明治(大学)の後輩でもあんなゴタゴタしたヤツはいらん。でも、たった25万円でオーナーが辞任なんてバカバカしい。契約金上限は1億5000万円と決まっているんだから、完全ウエーバーにすればいい。そうしたらこんな裏金問題など起こらない」と協約制度の見直しを示唆した。
 今後の球界については「今年は一リーグ制など問題がたくさん出たが、取りあえず楽天の加入で2リーグ制を維持できた。しかし、ダイエーの。身売りに続いて西武もくすぶっている。来年もまだゴタゴタする。本当に大改革しないとプロ野球は終わってしまう。楽天の三木谷オーナーをはじめとする若い頭脳に期待しています」と危機意識の持続を呼びかけた。
 締めくくりは自らの近況。「最近渡辺オーナーが辞められて、巨人に対するモチベーションが下がってきた」とまず笑わせた。そして、「ユニホームを脱いでやっと元気になった。野球選手とライバル意識を持って解説をしていく。球界の実力者に対しても“正しいことは正しい”と言い続けたい。“私が言わないで、だれが言うんだ”という気持ちでね」と結んだ。
 その後の虫垂炎もいえ、星野仙一はますます元気である。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年11月22日号

「存在感」あらためて
 「14日の虎仙会パーティー後、星野仙一が倒れた」という情報はあっという間に球界だけでなく政財界も駆け巡った。急性虫垂炎なので、手術後1週間もすれば普通の生活に戻れるが、図らずも「関西でSD(シニア・ディレクター)の存在がいかに大きいか」を、あらためて知らしめる結果になった。
 あの夜のことだ、トークショーが終わり、いったんお開きになって、後は矢野輝弘捕手と今期引退した野球評論家、八木裕さんのサイン会を残すだけになり、私はパーティー開場からリーガ・ロイヤル・ホテル1階に下りていった。そこに星野SDが独りでホテル・スタッフと話していた。開場に戻ろうとした私にSDが「お父さん、もう帰っていいか?」と声を掛けてきた。SDは普段は自分からこういう言い方はしない。顔に赤みが差しているのが気になった。心配になって「血圧が上がってるんじゃないか?」と問うと、それには答えず「ちょっと早いけど。帰るワ」とホテルの出口に向かって行った。何となく釈然とせず一夜が明け、朝10時に会社の電話が鳴った。SDと共通の知人からで「今から入院する。多分盲腸や」ということだけだった。聞けば、SDはいつもの喫茶店で朝食のコーヒーを飲んでいて腰痛に耐えられなくなり「近くに住む知人の医者に相談したのだ」という。
 周囲が心配したのは、ユニフォームを脱いでからも激務が続いており、知らぬ間に「もっと重大な病気に侵されているのではないか」ということだが、検査の結果は急性虫垂炎のみだったのでホッと胸をなで下ろした。
 昼間に私も入院先の神戸市内の病院に当面必要だと思われる身の回りの品を用意して駆けつけたが、SDはちゃんと自分で用意して病院に来たという。いかにもきちょうめんなSDの一面を見せてもらった。
 聞けば、この日は夜に宮崎入りしてTBS系の「ニュース23」に生出演。翌16日は同局が放送予定のゴルフ「フェニックスチャレンジ」に出演予定で、タイガー・ウッズとのラウンドも予定されていた。17日はその足で上京し、ドラフト会議出席のはずが、すべてキャンセルとなった。
 SDは今や自分だけの体ではない。幸い大事に至らなかったが、1週間の入院でこれだけ周囲に影響を及ぼすのだから、もっとこまめに体に気を配らなければならない。
 そうするうちに、二女の和華さんが付き添いに到着してバトンタッチ。私が戻ると、報道機関や虎仙会のメンバーから次々に連絡が入っていた。「花を届けたい」「見舞いに行きたい」という申し出はすべて辞退して電報のみにしていただいた。順調に回復して18日には早くも退院。和華さんが付き添って、しっかりした足取りで名古屋に戻った。あちらの住まいは、親戚や知人も多く身の回りのことに気をつかわなくてすむ。復帰すればどうせ忙しいスケジュールが待っているのだから、せめて23日の祝日が明けるくらいまではゆっくりしてほしい。
 さて、虎仙会パーティーでのSDは、いろいろサービスしてしゃべったが、それは来週に回す。今回は、特に印象深かった花束を添えての八木選手引退へのはなむけの言葉だけを紹介しておきたい。
 「今期限りの引退ということだが、球界で本当に『引退』と表現できる幸せな選手は実は非常に少ない。ずっと選手一筋だったので、将来のタイガースの幹部候補生としてしっかり外から野球を勉強してもらわないといけない。これまでは選手と監督の関係だったが、野球評論家としては兄弟分。競争して頑張っていこう」とガッチリ握手を交わし、感動的だった。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年11月8日号

東西の財界人が一堂に
 シーズンオフに開いている虎仙会の納会を今年は「星野仙一SDを囲む夕べ」として14日夕、中之島のリーガロイヤルホテルで会員と下部組織の虎仙ファンクラブ会員による着席フルコースディナーで開催することになった。既に10月早々に会員で満席になっているのでお受けできないのは残念だ。
 もちろん名誉会長の福井俊彦日銀総裁、会長の西川善文三井住友銀行頭取をはじめ、副会長の上山英介大日本除虫菊会長、永井康興永井病院理事長、佐藤耕一ヒューマンホールディングス会長ら虎仙会役員も大半が顔をそろえる。当日の来賓として三井住友銀行大阪在勤の宿澤広朗常務執行役員、虎仙会前会長の故巽悟郎氏の後を受けた米田道生大阪証券取引所社長らも出席。まさに東西の財界人が一同に会するパーティーとなり、「星野仙一SDを頂点とする阪神タイガースを起爆剤に、関西に元気を出させよう」という決起集会となりそうだ。
 チームからは、今季限りで引退し毎日放送解説者となった八木裕前内野手、選手会長の今岡誠内野手、攻守の要である矢野輝弘捕手と低迷したチームでも光り輝いた連中が顔を出す。星野監督付広報だった平田勝男ヘッドコーチと、現場に返り咲いた島野育夫総合コーチもぜひ参加したかったそうだが、秋季キャンプ中とあって、若手育成指導に重点が掛かっており、今回は残念ながら欠席となった。
 パーティーは福井、西川両氏の肉声よる、タイガースと星野SDに対する熱いメッセージからスタート。乾杯の音頭は八木選手が取る。ここで星野SDが長年の労苦に報いる意味で花束を八木選手に贈呈する演出になている。
 食事は、クラシックの四重奏が流れる中ゆったりと一時間かけて取ってもらう。この間に舞台で役員と選手を紹介する以外は何もアトラクションは行わない。
 食事が終わればNHKの石川洋アナウンサーの司会でトークタイム。聞かれる内容はもちろん星野SD。こうした席では通常儀礼的な質問が多いが「SDは開幕前に“優勝を争えるチーム”と言ったはずなのに、何が悪かったのか?」や「パ・リーグの新規参入球団への感想」「一場投手の裏金問題の真相」など、皆が聞きたいことをズバリと切り込む内容になる。というのもこの後に福井名誉会長、西川会長、常時甲子園でチームを見続けたミスタートラ・唐渡吉則さんが加わったトークを控えているから。「もう一度ユニフォームを着るつもりは」「アテネ五輪の野球銅メダルへの評価は?」など、かなり際どい話も飛び出しそうだ。タイガースに関する本音だけではなく、「福岡ダイエーホークスの今後の行方」なども、このメンバーの口から出るハプニングも予想される。いずれにしても、これだけ豪華な顔触れでのゲストを迎えてのトークは今後難しいと思う。
 トーク終了後に全員で「六甲おろし」を大合唱してお開きとなるが、今年はこれからが参加者のお楽しみタイムとなる。
 参加者お目当ての「写真タイム」はちゃんとその後に用意されている。星野SDと選手が会場を回って出席者の要請に応じる。
 最後はチャリティー・オークションが予定されており、虎仙会グッズや選手会から寄贈の品々を会場で競り落とし、売り上げはは例年の通り全額福祉事業に寄託される。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年11月1日号

チームと球界再生目指す
 20年にわたる阪神タイガースの久万俊二郎オーナー支配が突如幕を下ろした。「この分では、死ぬまでやる」と周囲が感じていた人の最後としてはあっけなかった。明大・一場投手の裏金問題を端を発した球団オーナーの連続辞任のあらしの中で、巨人、横浜に続き3人目に連座したのだ。
 電鉄本社の社長、会長を経て相談役に退き、なお球団オーナーに固執し当初は裏金問題で辞める気などなかったようだ。ところが、同じ日に横浜の砂原オーナーがあっさり辞任したものだから、逃げ道を失った形で追い詰められてしまった。辞任会見で久万オーナーが思わず漏らした「こんなところに落とし穴があるとは…」という言葉は本音そのもので、無念だったのだろう。近年の久万オーナーは明らかに老害だった。そういう意味では、タイガースにとっては“災い転じて福”で、これほどめでたいことはない。サラリーマン重役から、公益性の高い電鉄会社でまるで創業者のごとく長期に君臨した支配体制はすごい手腕ではあった。しかし、晩節を汚さぬ人間の引き際の難しさを再認識させてくれた人でもあった。
 今となっては、猛虎ファンに星野仙一という置き土産をしたことが、最大の功績だ。星野SDは、久万オーナーについて「単なる野球好きのおジイさん。これからも阪神タイガースを見守ってくれるのやろ」と総括している。
 一方の野崎勝義球団社長の引責辞任は、SDにとって断腸の思いがあった。「球界再編の中で、本当に必死で動いて2リーグ制を維持した大功労者。球団だけでなく、球界にとっても損失だ。こんな形で去るなんて悲しすぎるよ」と最大級の惜別の言葉を贈っている。実際、野崎社長ほど評価がいい意味で一変した人は珍しい。就任当初は“久万オーナーの腰ぎんちゃく”“本社のイエスマン”と見られ、まったくといってよいほど期待されていなかった。それが、星野監督就任とともに自ら汗をかき働く社長に成長し、ともにチーム改革へ苦楽を分かち合った。
 さて、これからの阪神だが、既に留任が決まっているSDの存在さえあれば大丈夫だ。生涯をプロ野球のために働く決意をしているSDは、来年の続投について「監督就任の時でさえ、オーナーと球団社長で頼みに来られた。それが今年のSD留任は電鉄役員の総意での依頼や。意気に感じたよ」と語っている。球団社長や球団代表就任の声があちこちで沸き起こっているが、SD自身はまったくそんな考えはない。「球団のポストなどどうでもいい。もっと大事なことがある。」身軽な今の立場で、チームと球界の再生を同時に目指している。いかにもスケールの大きいSDらしい発想だ。
 久万オーナーの退陣は、ひいては後ろ盾を失った岡田監督の窮地を招いている点も評価したい。星野監督時代の素晴らしさは単に「強いチーム」ということではない。指揮官としての男気と情があった。それが岡田監督にはない。ファンはBクラスに低迷したから怒っているのではなく、星野時代にタイガースが持っていた覇気、熱気といった大切なものが、岡田政権ですっかり色あせてしまったことを感じ取っているのだ。
 久万オーナーの最後の功績が星野起用だとすれば、最後の失敗は岡田起用ということになる。私が心配しなくても、手塚昌利オーナーになれば、岡田監督も長くはあるまい。チームを取り巻く雰囲気は前年に代理監督として散々の成績だったのに、新監督に就任した藤田平時代に似ている。本人だけは「オレはまだ1年目」と春季キャンプで力んでいたが、成績不振でその年の夏には休養に追い込まれた。来季は、うってつけの代理監督候補としての島野育夫総合コーチがベンチに常駐しているのだから、いざという時の心配だけはもうしないでよさそうだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年10月25日号

球界の激動まだ続きそう
 星野仙一SD(シニアディレクター)がV奪回を目指して来季も続投することが、このほど決まった。われわれ虎仙会のメンバーからすれば喜ばしいが、再び総合コーチとしてタテジマのユニフォームを着ることになったSDの右腕、島野育夫管理部長を送り込んだ限りは、SDとしてもあの岡田監督に対しさまざまな形で力添えする決意だろう。
 一時「楽天監督就任」などの無責任な報道があったが、SDと三木谷社長が以前から懇意な点をことさら拡大解釈した推測記事だった。第一、球界全体がこの激動期にSDを必要としており、監督として現場復帰している場合ではない。その存在感は、野崎球団社長の「組織として値打ちがある。第一、居てくれるだけでファンは安心感がある」という評価がすべてを表している。
 そのSDは現在海外出張中なので、前回に引き続いてダイエー本体とホークス球団のことを書いてみたい。
 UFJ銀行は、再建途上のダイエーを無理やり産業再生機構入りさせて、自分たちの不手際をごまかしただけでなく、まるで見せしめのように中内功氏の個人資産まで取り上げようとしている。断っておくが、今最も問題視されているのはUFJ銀行自体の不明朗な財務体質であり、ダイエーはUFJ以外の銀行がメインバンクだったらこんな形の決着にはならなかった。
 中内氏は、消費者の立場で「安い物を毎日」と仕入流通を整理し、プライベート・ブランドを作り、生活者を応援し続けた。今でこそ家電量販店の存在は当たり前になったが、当時は系列小売店にしか商品を卸さなかった大手家電メーカーに決然と対抗したのは中内氏のダイエーだけだった。だれも手を付けなかった物流と価格決定権を、メーカーや卸売業者から小売店と消費者に移す流通革命だった。本来国がやらなければいけないことを、中内氏は私生活を犠牲にして寝食を忘れ戦い続けたのだ。
 往年のダイエーは大変学生に人気があり、入社試験は大変厳しかった。難関を突破して後に昇進した管理職は優秀だったが、経営危機に陥り一次処理の段階でかなりの人々が辞めていった。しかし苦境に耐えて社に残り“ダイエー再生”を目指して歯を食いしばって頑張っていた人も多い。彼らは今季パ・リーグのプレーオフで敗れたホークスの「応援感謝セール」で当初前年比1割増の目標を、17日までの期間中一丸となった頑張りで前年比1.5倍を売り上げた。これは明らかに「姿勢機構利用」に対する在籍社員の意地の表れだ。大リストラや引き続いての絶望的なシナリオも噂される中、怯えてばかりではない現場の底力を見た思いがする。それこそ「ガンバレ!」と声援を送りたい。
 近鉄、オリックスの合併是非に端を発した球界再編は、明大・一場投手に対する金銭供与で巨人の渡辺恒雄オーナーが突如辞任したあたりから混迷が深まってきた。既存のダイエー、西武が親会社の騒動で球団存続がにわかに揺らぎ始めている。10月22日にはセ・リーグの横浜と阪神にも“一場事件”が広がって砂原幸雄、久万俊二郎両オーナーが同日辞任を表明した。球界の激動はまだまだ続きそうだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年10月18日号

変わろうとしている球界
 先日、中国に一緒に旅行した際に星野仙一SD(シニアディレクター)と「ダイエー球団の先行きはどうなる」と2人で話し合った。当時は「ダイエーが球団を手放すと、巨人主導の球界再編の道具にされる」という心配があった。しかし、その後選手会労組の頑張りとIT産業の若き経営者の相次ぐ参入でその野望はあっけなく崩れた。
 そして13日、経営再建中の大手スーパー「ダイエー」が民間主導の自主再建をついに断念し、公的機関の産業再生機構活用に踏み切った。
 同機構はもともと、不良債権処理に行き詰まった銀行を支えることを目標に昨年設立された機関で、既にカネボウや大京、ダイア建設などが活用に踏み切っている。
 私自身がかつて北海道ダイエー社長、ダイエーレジャーランド社長を歴任した生粋のダイエーマンだったから、同じ生え抜きの高木邦夫社長の無念は痛いほど分かる。悔しかったろう、本当にご苦労さまでした。
 ダイエーは、その拡大政策がデフレ不況による消費減退に直撃され行き詰まったが、小売ノウハウと全国展開の店舗規模を保ち民間企業も大いに支援に乗り気だった。現に平沼赳夫、中川昭一と二代の経済産業相が「民の事は民で」と自主再建を支援していた。それを阻止したのは、竹中平蔵経済財政相を中心とした財務官僚どもだ。その裏にはダイエーの主要取引金融機関であるUFJ銀行を支えるための策謀があった。つまりUFJの不良債権減らしのためにダイエーの債務を機構入りさせ処理するというとんでもない本末転倒が行われた。ダイエーの債権が邪魔だったのだ。裏から見れば、UFJがしっかりしていないからダイエーは民間企業としてやる気も見込みもありながら、その生命線をむざむざと絶たれたのだ。
 高木社長は、ダイエーの良さを理解し支援を名乗り出る民間企業も多かっただけに、UFJとその裏の官僚のやり方に納得がいかなかった。機構を活用すると、カネボウのようにバラバラに解体されることを恐れたのだ。しかし、今後のダイエーの企業イメージやPR効果の点を考えるとUFJや機構の思惑だけで、球団売却など強引な手は打ちにくいはずだ。
 私は長く小売業にかかわってきて「生活者が居るところに店ができ、その店が品揃えをして生活者の欲求を満たし喜ばれる」という光景を繰り返し見てきた。創業者の中内功氏は確かに手を広げ過ぎたが、集客と小売にかけては『神様』といわれる才があった。ホークスを今日の人気球団に育て上げ、それをテコにスーパー部門が九州に確固たる地位を築いたのも、中内氏の決断からだ。その『神様』に対し見せしめのように個人資産の供出を求め、株などをはぎ取っている。UFJは自らの不手際を恥じることなく、ダイエーの首を絞める姿勢こそ攻められてしかるべきなのだ。
 第一、現在のUFJ首脳による遮二無二な東京三菱銀行との会社統合姿勢は何だろう。今の銀行家で判断力、指導力、実行力とすべてが備わっているのは三井住友銀行の西川善文頭取(虎仙会会長)を置いてほかに居ない。同じ関西系の三井住友と一緒になることは、UFJにかかわる取引先企業、預金者にとっても大きなメリットがある。第一UFJがしっかりしていたらダイエーだってこんなことにはならなかった。
 ダイエーが機構活用に踏み切ったのと同じ日に、西武鉄道グループの総師、堤義明氏はライオンズオーナーも含めた全役職の辞任を発表した。
 旧態依然とした球界も変わろうとしている。「民の事は民で」の大原則は大切だ。ダイエー再生を頭の固い官僚が、生活者の視点を本当に理解し、地方の多くの出入り業者を含めた人々を泣かせることなくやり抜けるのだろうか。UFJの生き残りのためにそれらを犠牲にさせないよう、われわれも一層監視を強めなければならぬ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年10月12日号

中国の五輪強化急ピッ
 今回は星野仙一SD(シニアディレクター)を中心に虎仙会幹部で9月末に中国を訪問した内容を紹介する。
 仕事の都合で遅れるSDを除いた上山英介虎仙会副会長(大日本除虫菊会長)や足高達七(松柏学院理事)ら一行が上海空港に到着したのは9月25日。F1中国グランプリ(24-26日)のVIPとして到着機タラップま下まで出迎えの車が横付けされた。
 翌26日はF1決勝。上海国際サーキットへは普段なら車で約20分の距離だが、渋滞で倍以上の50分を要した。スタンドの収容人員はケタ違いの20万人。うち約16万人が上海市民といわれるから、スケールが大きい。新築された全長5.5キロのコースは漢字の「上」をモチーフにしており、やや古くなった日本グランプリの会場、鈴鹿サーキットとは比べ物にならない豪華さだ。
 われわれの席はゴール地点に近い直線コースに面したVIP席。日本人レーサー佐藤琢磨(BARホンダ)は18番位置からのスタートだったが、猛ダッシュで飛び出し6位に入った。腹に響く爆音を響かせフォーミュラーカーが疾走する。周囲は「どこかで見たような」という美男美女がいっぱい。聞けば香港や中国の映画スターやテレビ俳優が大勢いる。葉巻をくゆらせる大企業トップとおぼしき人もいて、こんなところでも中国経済の元気さが垣間見えた。表彰台でのシャンパンかけも楽しんだ。
 F1観戦に招待してくれたのは、前回にも登場した旧知の中国IOC(国際オリンピック委員会)干再清常任委員だ。この夜の打ち上げにの夕食会に招かれ、上海市長やF1関係者の居並ぶ中で、われわれのテーブルに着かれて親しく話をした。
 干委員は、同夜上海入りした星野SDとホテルで再会、1年余ぶりに旧交を温めた。干委員がSDに「北京五輪に向けての野球競技チーム強化へ協力を」と要請したのは前回お伝えした通り。われわれからF1レースの熱気を聞いたSDは、目を輝かせて「来年は絶対に見ないといかんな」と残念そうだった。
 翌日は同市内の海陽旭GCの宋鉱満社長も待ち受けてくれ、中国棒球協会の胡建国会長を交えラウンドした。SDから胡会長に有効の印としてサイン入りバットを贈った。
 28日は上海から杭州に移動。紹興市の富春山居にあるリゾート地内で、29日との両日ゴルフをした。富春山居GCはラフがお茶畑になっているのが特徴。うっかり放り込むと入り込んで打てないからペナルティーとなる。目にも鮮やかで、非常に金が掛かっている。干委員がゴルフ好きなわれわれのために立派な「虎仙カップ」を寄贈してくれたので、コースを変えてラウンドし、順位を付けることにしたのだ。
 結局、SDが勝負強さを発揮して優勝、カップを受け取った。私はトータル賞ということで賞品をもらった。このほかの参加者も虎取正剛、中山幸治、栄義則、郭輝の各委員も大満足だった。
 SDにとっては球界再変に揺れる最中に、干委員の招きで急に決まった訪中だったが中国側の五輪強化作戦は急ピッチだ。そのために星野SDに対し“三願の礼”で教えを請う姿勢を痛感した。4年後の大会で、中国代表チームはきっとメダルを狙えるまで強化してくるのは間違いない。干委員は「このままでは野球は五輪種目から外されてします。北京五輪でアジアの野球のレベルを世界に示さなければ」と夢は壮大だ。
 一方の日本は、アテネ五輪で現地入りもできなかった長嶋茂雄監督が中畑清ヘッドコーチに代理を任せたチームで敗れたのに、またぞろ「次の北京では私が指揮を」と言ってるそうだ。まったく冗談ではない。こんな調子では、金メダル奪回など夢のまた夢だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年10月5日号

スポーツ紙は主観的報道を
 10月に入るとプロ野球は日本シリーズに話題が移る。「昨年の今頃は?」と振り返るのもバカらしいほど、岡田阪神は見どころのない1年だった。星野仙一SD(シニアディレクター)の現場復帰がファンの間で待望されているようだ。
 そんな折に星野SDの「楽天監督要請へ」の記事が一部スポーツ紙に載った。普通は無視する一般紙まで「星野氏、就任要請否定」の記事を中国にいたSDに電話取材し翌日に載せたくらいだから、よほどインパクトがあったのだろう。
 9月30日に関西空港に帰国したSDは記者に囲まれ「いや、ない」と、あらためて短く否定した。冷静に考えると、SDがパ・リーグで合併球団プロテクトから外れた2流選手を中心にした新球団のユニフォームを着なくてはいけない必然性は皆無だ。SDは球界全体を公平に見つめ、その卓越した見識から『1リーグ制』いや『新球団誕生』と世間が騒いで時に、キチンと選手会に対しても「FA選手規定や選手の高額年俸引き下げ」など、常に正論をはいてきた。その姿勢に労使を問わず拍手が送られ、あらためて評価が上がっている。それ故に「監督などと言わずにGMに」「いやオーナー代行」「ここまで来れば、ナベツネこと渡辺恒雄前巨人オーナーの言いなりで無能な根来泰周氏に代わって、ぜひコミッショナーに」と待望論はどんどん膨らんでいる。ドンと背中を押されて「1リーグ制反対、2リーグ維持」の大論陣を張った阪神タイガースでは、オーナーや球団社長が必死にSD職留任受諾を懇願してきている。とても新球団で現場復帰できるはずもない。
 SDの今回の訪中は上海と広州を訪問して2008年の北京五輪関係者と会談するためだった。中国の干再清IOC委員は「どうしたら中国野球チームの強化が図れるか」と熱心にSDに教えを請うていた。干委員は同じ目的で昨年9月にも名古屋でSDを訪ね面談している。SDもその意気込みに打たれ、今回はサイン入りのバットを干委員を通じ胡建国中国棒球協会主席に託した。あれだけアテネでも成果を見せた中国の五輪強化作戦の一環としてSDが見込まれたのだ。中国でのSDの精力的な動きは来週以降にあらためて紹介する。
 あの楽天とライブドアの日本プロ野球組織(NPB)加盟申請の審議は10月下旬には決着がつくようだ。常識的には「セ・パ各6球団」が基本だがら、どちらか一方は選ばれ仙台を本拠地にした新球団がパ・リーグに誕生する運びだ。
 世間で伝えられるように、楽天が巨人や西武の差し金で動いているとすれば、外されたライブドアもこのまま引き下がるまい。一方で四国各県に本拠を置き、4チームで戦う独立リーグ構想も石毛宏典元オリックス監督が経営する会社主体となって進んでいる。衰退の一途をたどる社会人野球の再編も絡んで、今年の球界はとても日本シリーズに専念できる状況ではない。
 こうした一連の動きで、ネベツネや堤義明西武オーナー連中の力が少しでも弱まれば結構だが、密約などで逆に強まることがあってはならない。スポーツ紙は日々の取材で、当事者を待ち受けて話を聞くだけではなく、社説やコラムでこうした秘密裏の陰謀を暴き白日の下にさらして、プロ野球ファンの負託に応える義務がある。「動きを報じる」という客観的な受け身取材から、「こうあるべきだ」との積極的な提言をする主観的報道へ。スポーツ紙自体の存在意義が問われている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年9月20日号

ダメ虎返上へ原氏起用を
 私は星野仙一SD(シニアディレクター)がユニフォームを脱いだ後もしょっちゅう甲子園に行く。いや、むしろSDが去ったから気楽に試合が見られる心境なのだ。阪神梅田駅から電車に乗る前に、階上の阪神百貨店タイガースコーナーに足を運ぶ。ファンの心理や喜怒哀楽が手に取るように伝わるからだ。
 先日も夕刻の同コーナーに立ち寄った。試合当日だというのに人影はまばら。昨年の9月15日は歓喜のリーグ優勝の日だった。近づく「Vデー」に人々は駆り立てられるようにコーナーに並んだ。売れ筋トップは「77」番グッズだ。ありとあらゆる商品に、星野監督の写真やイラスト、77の文字が躍っていた。これ対し「80」番グッズは売れず、売り場で目に付かない。岡田監督に対するファンの期待度がよく分かる。
 球場は確かに満員になっている。しかし開幕前の全席発売で「ひょっとしたらこの時期に再び胴上げ?」と期待して買い求めたファンが9月に入っても来てくれているだけで、昨年のような熱気はまったく感じられない。その証拠に7日の試合が台風18号で流れ、急きょ組み込まれた9日のヤクルト戦は全席当日売りだったこともあって、満員の半分以下の観衆2万人台と今期最低の入りだった。こんな調子だと来季は空恐ろしいことになる。
 それでも久万オーナーは岡田監督を続投させるそうだ。今や相談役に退いた久万さんは、阪神電鉄の株主総会でその責任を問われない。岡田監督自身も「まだ1年目」と連覇できなかった傷みを全く感じていない。その両者の恐るべき無責任体質が、星野仙一が目指した“常勝阪神”を無に帰させることになってはあまりにも情けない。
 多くのファンにとって「あらためて星野の偉大さと存在感を痛感した」1年間であった。「野球は選手がするもの」といわれながら、監督の力量でこれだけチームが浮き沈みすることを目の当たりにした。岡田監督は「比較してやりにくい」と星野SDを煙たがっている。選手会労組に対しても、団交で今岡が練習を休むことを聞くと苦言を呈した。さすがにSDも「(岡田は)考えがブレとる。選手会が一生懸命やっているのに因縁を付けるようなことを言うな」とくぎを刺した。何と度量の狭い男だろう。
 私はSD主導で、原辰徳 前巨人監督を迎えるべきだと考えている。意味のない「生え抜き尊重」が伝統ある巨人や阪神をダメにしているのは周知の通りだ。原氏はテレビ解説を聞いていても非常に説明が明快だ。原貢氏と親子鷹で幼い頃から甲子園を目指し、東海大相模高校、東海大とスター街道を歩き、プロでも中心打者だった。何よりも明るく華がある。これはいつも暗い岡田監督を見ても分かるように、天性のものが影響する。その原氏が巨人で窓際族になっている。ナベツネが生きている限り復権はかなわない。球界の損失で、それをSDは心配しているのだ。
 かつて阪神は、藤本定義監督が一時代をつくった。巨人創生期の監督が『打倒巨人』を果たしたのだ。セ・パ両リーグが巨人を挟んで綱引きをしているが、よきライバルチームがなければせっかくの“巨人戦”も生きてこない。その点、阪神は球団創設時から巨人と宿命のライバルだった。巨人を生かすも殺すも「猛虎の指揮官次第」だ。
 今頃になって長嶋茂雄氏抜きで銅メダルに終わった『長嶋ジャパン』のありようにアマ球界から批判が出ている。そんなことは、私はアテネ五輪直前どころか、長嶋氏が倒れて以来ずっと口を酸っぱくして言い続けてきた。タイガースも、2003年のあの優勝が“砂上の楼閣”に終わるかどうかの瀬戸際が今だ。来季ダメ虎に逆戻りしたチームをムチ打っても、簡単にチーム力は戻りはしない。今季終了後に岡田監督にケジメを付けさせ辞めさせないと、本当の手遅れになる。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年9月6日号

無能経営者のツケ、どこに
 五輪を終え星野仙一SD(シニアディレクター)がアテネから戻ってきた。現地で長嶋ジャパンの野球中心にいろいろな競技を見て、テレビ解説や新聞評論にも応じたSDだが、戻ってからはごく一部の「アテネ総括」に協力しただけで、殺到する取材要請にのほとんどに応じていない。
 「お父さん、今のオレは何もしゃべれんのだよ」とSDは、私に複雑な心境を打ち明けた。言葉の裏には球界再編問題が横たわっている。
 近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブの合併表明に端を発した球界再編問題。慢性的な赤字に悩むパ・リーグが、この合併を機に1リーグ制をもくろんだ。渡辺恒雄巨人軍前オーナーが再編を支援したため、一次は「やむなし」の雰囲気だったが、セ・リーグ側の阪神が中心となって猛烈な反対があり、その渦中に渡辺前オーナーが不祥事で辞任。堤義明 西武ライオンズオーナーが打ち上げた「第2の合併」も具体的な内容を提示できず、再編は暗礁に乗り上げたまま時間切れは刻々と近づいている。
 そうした状況下でも、簡単に元のさやに収まりそうもない現実がある。
 近鉄はメンツにこだわっているだけで、完全に球団経営の意欲を失っている。同社のシンボルの一つでもあった東大阪市の花園ラグビー場までたたき売るつもりだ。近鉄経営陣は、致命傷になりかねない伊勢志摩スペイン村「パルケエスパーニャ」の巨額赤字を放置し、バッファローズやラグビー場といった長年の財産を捨てようとしている。まるで大量出血している個所を止血せず、かすり傷をなでているヤブ医者だ。これでは同社中興の祖、佐伯勇氏は地下で涙流していることだろう。そうした状況に付け込んで自らは嫌気の差した球団経営を立て直そうとするオリックスのやり方もエゲつない。「ワシらは金貸しヤ」と言ってはばからないこの会社の体質を見た思いだ。もっとも、しゃにむに「第2の合併」をまとめ上げて巨人戦実現を目指したがる他のパ・リーグ経営者の発想の貧困さも情けない。唯一観客動員で検討している福岡ダイエーホークスが、球団状況とは別の力学で無理やり合併再編の渦中に放り込まれている。本社から落ちこぼれて出向した球団経営者は、自らの独立採算を考える能力もなく、親会社の意向だけで右往左往しているのがよく分かる。
 星野SDは、まったく先の見えぬ球界再編と新球団誕生の渦中の中で最も注目されている人物だ。本人と接触することもないまま「新球団の監督に」「いやGMに」「とんでもない。ウチはオーナー代行として」と期待の声ばかり先行している。
 SDは猟官運動をするような男ではない。しかし、生涯を野球に捧げた人生を送り、これからも「球界のために何ができるか」ばかりを考えている。「請われれば立つ!」という男気にあふれ、常々「迷ったら前に出ろ」と言い続けてきた生きざまを“その時”が来れば、迷わず自らが示すことになろう。
 この状況下で、いたずらに球界再編の具体的プランに口をはさむことは「星野が絡んでいる」と邪推を呼ぶ。現にライブドアが近鉄球団買収に名乗りを挙げた時、SDは社名すら知らなかったのに「星野が裏で動いた」と散々言われた経緯がある。
 ワンマンなナベツネが失脚し、球界はようやく正道に戻り始めた。しかし、油断は禁物だ。無能な経営者のツケを選手やファンら本当に野球を愛する人たちが払わされることのないよう、星野SDは黙して事態の推移を見守っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年8月30日号

「星野提言」に球界は…?
 8/27付3面の長嶋ジャパンに対する「核心評論」で、共同通信の素野盛博編集員の「後味悪い情緒的反応/責任の所在あいまいに」という一文は実に見事な切り口だった。いわく「勝敗の責任を負うのが監督なのだから、その責任を負えない長嶋氏を監督にしておくのはおかしい」とはっきり指摘したのだ。
 日本のスポーツ新聞を中心としたプロ野球マスコミは、故人でもない長嶋茂雄氏の『3』の署名入りチーム旗や着るはずだったユニフォームをアテネ五輪のベンチに持ち込み、試合前に触れる行為を、さも美談のように持ち上げて長嶋氏を神格化し恥じることがなかった。結果として敗れても「よくやった」という論調が目立ち、「中畑ジャパンだから負けた」と明快に書いた社は見あたらなかった。
 私は長嶋氏が現役時代「いかに人々に愛されたか」をしる世代ではあるが、巨人の監督を2度にわたって務めた結果が「カンピューター」と呼ばれる思い付きさい配で、あれだけの戦力をそろえながらなかなかリーグ優勝もできず、他チームの若い選手から「凡将」とあざけられていたのを知っている。まして、その愛弟子で長嶋政権下の打撃コーチしか経験のない中畑清ヘッドコーチの手腕で世界の頂点に立てるはずがないのは、最初から分かり切っていたのだ。
 詳しくは「核心評論」を読んでもらえばよいが、間違いの責任は病に倒れた長嶋氏にこれほど監督の座に固執させ、実質“監督不在”のいびつな形で代表チームを送り込んだ、全ての関係者が連帯して負わなければならない。その筆頭は渡辺恒雄 前オーナーを頂点とする読売新聞グループの「オールプロ野球選手で行く限りは、球界盟主の巨人軍が主導権を持つ」という信じがたい思い上がった姿勢だ。巨人の息が掛かった長嶋氏が監督をすれば、各球団が選手参加に協力せざるを得ないという計算。そして金メダル獲得で、長嶋氏は念願の国民栄誉賞を受け、ナベツネも「巨人のおかげで日本プロ野球は世界一になれた」と胸を張れるはずだった。
 そこに思いもよらぬ長嶋氏の病があり、世論は急速に星野仙一SD(シニアディレクター)をはじめとする代理監督人選に傾いた。しかし、読売グループは長嶋氏や中畑氏に最後まで“監督、首脳陣交代”を許さなかった。事態の推移を危惧するアマ球界に対しては「長嶋ジャパンだからこそ集まった多くのスポンサーに“いまさら交代”とは言えぬ」と資金捻出を絡め説得したことは想像に難くない。
 これでめでたく金メダルを獲得できればよかったが、中畑ヘッドは予選リーグと決勝トーナメントで、あまりにもキューバを意識しすぎて2度までも格下のオーストラリアに足をすくわれる結果に。案の定「全て私の責任。監督(長嶋氏)に申し訳ない」と涙ぐむハメになった。
 星野SDは、NHKをはじめとするアテネ五輪テレビ中継のゲストとして、ずっと現地にいた。そして日本代表の全試合を見た。もちろん批判がましい事は一切口にしていない。アテネの地で全力で戦った選手をしっかりとほめていた。「城島捕手は素晴らしいリードと肩を見せた。自分の目と体で相手の打者を確かめ、日本投手の陣に自信を持って投げさせていた。そして他の選手も全力で打ち、走り素晴らしいプレーを見せた。今、日本では球界再編でプロ野球離れが叫ばれているが、こういうプレーを見せていれば必ずファンは指示してくれますよ」と。
 そして最後に、2人ずつの派遣を決めた各球団のオーナーやコミッショナーに対して厳しい指摘も忘れなかった。「4年に一度の五輪で、本当の最強チームを出さないと金メダルなど永久に無理。そんな甘いものじゃないんです。それくらいは公式戦の日程を調整してでもキチンとやらないと」。球界が大変な時だからこそ、野球を愛して片時もファンと選手の事を忘れない星野SDの提言を彼らはどう聞くのだろうか。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年8月23日号

中畑ヘッドの指揮に不安
 アテネ五輪で、中畑清ヘッドコーチ率いる長嶋ジャパンは22日で予選リーグを終え、決勝トーナメントに勝ち上がった。順調に行けば日本時間で25日に準決勝、翌26日に決勝となる。今大会、このペースで行けば日本チームは東京五輪をしのぐメダルラッシュとなる。ロス五輪以来の悲願の金メダルが至上命令の野球競技としては、決勝トーナメント進出で満足していられないのは当然だ。
 五輪解説のためアテネ入りしている星野仙一SD(シニアディレクター)は、専門の野球だけでなくバレーなどの他競技も取材しており『非常に勉強になります』と感想を述べている。何事にも研究熱心なSDのことだから、メンタル面や体作りなどの研究で大いに参考になるのだろう。
 さて決勝トーナメントだが、4チームによるノックダウン方式、日本流に言えばトーナメントで、1回負ければそれでおしまいだ。シドニーでの日本はこの準決勝と3位決定戦に相次いで敗れ、ついにメダルを逸した事は記憶に新しい。
 やはり不安なのは、日本のプロ野球で監督経験のない中畑ヘッドの大舞台での指揮だ。17日のオランダ戦で、メンバー表の記入方法を巡って執ように抗議し「没収試合だ」とまくし立てていた。野球に詳しくないギリシャの観客は「何の事か?」といぶかっていたと思う。国際試合で、こうした形式的なミスをやり玉に挙げて格下の相手に「あまりにも大人げない」と思うのは私だけだろうか。自身が長嶋監督の分身を自認するなら、どっかとベンチに腰掛けて泰然自若の態度を取ればよい。
 翌日、宿敵キューバに勝ったが、これとて西武の松阪投手の好投に負うところが大きく、ベンチワークの勝利とは言いがたい。結局その後のオーストラリア戦に敗れたのも、見方を変えれば「米球界の2Aや3Aの選手ばかりで、抑えは阪神のウィリアム投手というプロ集団に、十分対応し切れなかった」とも言える。21日の台湾戦の内容は、日本選手個々の能力をフルに発揮できず、真夏の炎天下の悪条件を割り引いても通常の公式戦と比べて動きは重かった。
 現役時代に『絶好調!』を口グセに巨人の主軸まで張った中畑ヘッドだが、当然能力があれば巨人以外でも監督やコーチの口が掛かって然るべきなのに、長嶋巨人の打撃コーチしか指導者の実力がない。つまり長嶋茂雄氏との関係を割り引いて考えれば、球人としてその程度の存在なのだ。その中畑ヘッドとすれば「長嶋監督は常に皆と一緒にいる」と吹聴して、まるで神様か故人にでも接するように神格化し美化しなければ、選手の求心力が保てないのだろう。
 日本チームの選手は、いずれも12球団から選ばれた日本球界の誇るスターたちだ。ベンチの顔色を見ながらプレーする自信喪失選手は一人もいない。それに最大のライバルであった米国と韓国がともに予選落ちして、もともと出場していないツキもある。いずれにしても「金メダルを取れば“長嶋ジャパンの勝利”逆に逸すれば“中畑の責任”」となるのであろう。不合理な話だ。
 さて星野SDが心を痛めている、日本球界の1リーグ制移行問題は、衝撃的だった渡辺恒雄巨人オーナーの辞任で、一時的に阪神など2リーグ維持派側が優位に立っているように見える。けん引車を失った1リーグ移行派にまとまりを欠き、一方で近鉄買収に名乗りを挙げたライブドアが新球団創設まで表明し、すっかり「最初に1リーグありき」の風向きは怪しくなってしまった。
 ただし、「のど元過ぎれば」で、元のサヤでは何も変わらない。正念場はむしろこれからで、星野SDが提唱したドラフト制度とFA制度の抜本的改革に一刻も早く乗り出さねばならぬ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年8月16日号

球界再編問題、頭から消えず
星野仙一SD(シニアディレクター)がギリシャ入りしている。「アテネ五輪」の野球をはじめとする大会テレビ解説のためで、その野球は早くも18日早朝には予選の天王山となるキューバ戦が迫っている。
 「なぜ星野が監督じゃないのか?」「中畑の指揮で勝てるのか?」という素朴な思いが、観る者の胸中によぎるがSDはそんなことは一切、気にも留めずこだわりも持っていない。それどころか、プロで監督経験のない球界の後輩、中畑清日本代表ヘッドコーチに「思い切ってやればいいんだ。オレがいつも言ってる通り“迷ったら前へ出ろ”!」と親身になってアドバイスしている。日本代表のチームは、慣れぬギリシャで五輪の特殊性もありスタッフ数が限られている。その中で、SDのような百戦錬磨の闘将が常にチームを見守っていてくれることは、限りない安心感につながっているはずだ。
 SDにとって、内心は今日本を離れているのが気が気でないはずだ。オリックス8割、大阪近鉄2割の合併新球団の基本合意が調印され、選手会労組の要求に対するオーナー側はほぼゼロ回答。そして突如の巨人・渡辺恒雄オーナーの辞任と事態は急速に動いている。「アテネでは何も分からん」と話すSDの表情がすべてを物語っている。
 SDはこのほど発売された雑誌で持論を整理して分かりやすく説明している。現在の球界の赤字体質が急激に増大した原因を「ドラフトの逆指名制度とフリーエージェント制度の導入」と指摘。そのいずれもが「弱体化する一歩の巨人によるご都合主義で強引な導入が背景にある」と断じている。そしてパ・リーグ各球団に対しは「巨人に“おんぶにダッコ”では決して経営状況は改善しない。プロ野球機構内に経営委員会のようなものを設けて百年の大計を持って議論しなければならない」と提言している。
 極めて分かりやすく明快な理論展開で、その裏には「野球のおかげで間違いない人生を送ってきた自分を含めた球界関係者」に対するSDの限りない信頼と愛情がある。
 サッカー人気に押され、野球は長期低落傾向にある。春夏の甲子園での高校野球の観客動員は減り続け、大学野球も東京六大学以外は人気がない。さらに社会人野球はバブル経済崩壊後、一挙にチーム数が減り、都市対抗野球は予選地区割りの度重なる変更を余儀なくされたが、加盟チームは最盛期の3分の1以下に減ってしまている。
 この流れに危機感を持つ人は多い。SDと表舞台は去ったが球界に隠然たる影響力を持つナベツネが共通している部分は「野球をもっと地域密着にしなければならない」という点だ。ともに「地方球場でもっといろいろな野球が行われる必要がある」と言う。方法論は、SDが「プロ球団はもっと増やしてもいい」と主張し、ネベツネは「1リーグ10球団はあくまでも過渡期。その後は三軍的な社会人チームを地方球場を拠点に増やして行く」とやや食い違う。そのいずれもが、米大リーグ傘下の3A、2A、1Aや独立リーグのようなチーム形態をヒントにしている。
 SDは「一度球団数を減らしたら、限りない縮小再生産に陥る」と警鐘を鳴らしている。スポーツ紙のインタビューで「あと1ヶ月待ってほしい。必ず違う動きが出てくる。来年も絶対に1リーグにならないから」と断言している。アテネの地でもSDの頭の中から、球界再編問題が消えることはない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年8月2日号

監督の違いを痛感

「虎仙ファンクラブ」ゴルフ部会長、
山下賢一 モノカンパニー代表取締役

−星野SDと知り合って、その印象は?
「厳しさの中に優しさのある、男があこがれる男です。すごい人ですよ。一度ささいなことで、SDが気分を害されたことがありました。しかし、会場を出る時は私にニッコリと微笑んでもらいました。常に気配りのできる方で感動しました。」
−今年のタイガースを見ておられて感じること。
「星野さんが監督をやったら、と正直イライラすることがあります。星野監督時代は選手起用に辛抱強さがあった。“勝つ”という面を追求しながら“育てる”も同時に行った。今になってあらためて違いを痛感しますね」
−岡田監督に対しての思いは?
「闘志を内に秘めているのでしょうが、このスタイルで結果が出ていない。メンバーはたいして変わっていないのに昨年と比べ成績が悪すぎます。やはり阪神というチームには監督の気迫が必要なんです」
−確かに審判に対する抗議もおとなしい。
「星野さんは抗議する姿をファンだけでなく選手にも見せて、志気を鼓舞していたのです。その点、岡田監督はベンチを出るのも遅いし、迫力もない。これでは選手は燃えないですね」
−監督が若返ったら、球団首脳も若返らないと。オーナーや球団社長だけ残って優秀な若い人がどんどん遠ざけられている。
「どこの会社にもいえることですが、冒険がないと進歩はありません。守りに入らず、斬新なアイデアを実現していくには若い力が必要です。タイガースを常勝軍団にするために、まずフロントから変わっていかなければ」
−子供のころからの阪神ファンと聞いています。特に好きな選手は?
「江夏豊投手です。小学校の時、今はなくなった西宮球場で行われたオールスター戦で、あの伝説となった9連続三振を見ました。好きでスコアブックを付けていたんですが、どんどん三振を示す記号のKが並んでいったのを記憶してます。もちろんそのスコアブックは今でも私の宝物です」
−今でも江夏さんの解説を聞かれる?
「技術論が非常に分かりやすいです。野球に対する情熱が伝わってきますね」
−最後に本業の話を少し。
「虎仙会特製のTシャツやグッズなどのデザインをしています。ファンとして選手にも気に入ってもらえるデザインを提供したいです。本業は、ミキハウスさんやベベさんとも組んで子供服のデザインも手がけています。いろいろな方と組んで互いに利益の上がるような提案を続けていきたいですね」

【会社プロフィール】
デザイナーとして「こんな物作れるかなぁ?」に答えることをコンセプトにしTシャツやトレーナーへのプリントを手がけている。阪神グッズは充実しており、今岡、赤星、金本らの特製トレーナーも。もちろん星野グッズもある。詳しくは「モノカンパニー」のホームページで。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年7月26日号

セ5球団と巨人に“溝”
 先週末、阪神の野崎勝義球団社長は単身上京して『2リーグ堅持派』のヤクルト、横浜の首脳と相次いで会談、共闘を取り付けた。『1リーグ移行派』の本丸・巨人とも会談したが物別れに終わった。依然セ・リーグ5球団と巨人の考え方の溝は深いようだ。
 実は阪神の久万俊二郎オーナーは表面では威勢のいいことを言っているが、裏では巨人の渡辺恒雄オーナーに「丸め込まれた」ともっぱらだ。
 ナベツネの出した条件はこういう内容らしい。「もし、阪神はじめ5球団が“2リーグ制”に固執するなら、巨人と西武は現在のプロ野球機構を脱退。新リーグを結成する。そこに、従来“1リーグ制”を主張しているパの残り4球団も合流する。結果として、セは巨人を除く5球団が取り残される」との強烈な脅かしだ。阪神を初めとする5球団は「巨人戦の利権を現在のパに分け与えたくない」という1点で共闘しているので、肝心の巨人に“離脱”をチラつかされ揺さぶられてはひとたまりもない。
 最初は強気に攻めておいて、逃げ道を見せてそこに追い込むのがナベツネ流。「で、来年は“研究にもう少し時間をかけよう”ということで、2リーグを維持する。パが4、5球団でもいい。ただし、2年後の“1リーグ移行”は譲れない」と“落とし所”をチラつかせ屈服させるのだ。
 本気で阪神などセ5球団が、“巨人の横暴”と対決する気なら「やれるならやってみろ!」と正面から対決すればよい。巨人の抜けた後にセ5球団から選手を供出しライブドアのような新しいオーナーと手を組んで6番目のチームを新設、リーグ戦を行う構えを見せるのだ。いくらナベツネでも世論の大半を敵に回して『脱退→新リーグ』を強行できまい。しかし、残念ながら久万オーナーをはじめ5球団のトップにそれほど腹の座った人間はそろっていない。「勝ち馬に乗らねば」とうろたえて巨人に追随するチームが相次ぎ、5球団の結束など一気に瓦解する。
 5球団の主張は、読売新聞系マスコミを除くほぼ新聞全社が支持している。特に朝日新聞は『新聞界の盟主』をかけ読売グループと全面対決の様相だ。しかし、朝日をはじめとする各新聞社にはナベツネのような強烈な指導力のある経営者がいない。良くも悪しくも最高経営責任者しかおらず、社の方針をワンマン的に決める存在などいない。ナベツネと堤義明西武鉄道会長は、共にこのタイプで超の付くワンマンだ。彼らにサラリーマン重役の久万オーナーらが勝てる道理はない。
 「球界での巨人の身勝手を許すな」との星野仙一SD(シニアディレクター)の薫陶を受けた野崎社長は立派に役目を果たしている。SDは今後も全知全能をかけて戦うだろう。ネベツネに『たかが選手が』と言われた選手会労組、『何がフアンの声だ!』とせせら笑われたプロ野球好きの人々は本気で「打倒読売」に動かねばならぬ。
 ネベツネの身勝手はアテネ五輪の長嶋ジャパンにも現れている。本紙17日付3面「核心評論」で警鐘を鳴らしているが「現地に赴かない長嶋茂雄監督のIDカードを病床に励ましのため飾る」という神経はどこから来ているのか。五輪のIDは発給基準が厳しく選手以外のスタッフは厳選され、期間中彼らは1人何役もこなさなくてはならない。その貴重なIDをみすみすムダにするのだ。まるで神のごとく長嶋監督を祭り上げ、生きた人間を『精神的支柱』とほめそやすのは異常だ。この手のバカげたヒーロー伝説も、読売グループによる長嶋終身名誉監督へのハク付けの一環と考えれば納得がいく。
 かつての『球界盟主ジャイアンツ』は今や“落ちた偶像”でライバルの阪神や中日がいなくては観客動員もままならない。今回の球界再編劇はリーグの数の問題ではなく、「巨人中心主義への回帰」か「群雄割拠時代の到来」かを問われている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年7月19日号

予断許さない日本球界
 1リーグ制による球界再編に体を張って反対している星野仙一SD(シニアディレクター)の声が、ついに巨人を除くセ・リーグ5球団オーナーを「2リーグ制堅持」へ大きく舵を切って動き出させた。
 流れはこうだ。星野SDは13日、野田の電鉄本社に久万俊二郎オーナー(阪神電鉄相談役)を訪ね、「1リーグ制の危険性」を説いた。「消滅するオールスター戦や日本シリーズ」「球団減少によるファン離れと野球人気の衰退」「一度赤字球団削減を認めると、限りない縮小再生産に陥る」と『今後予想される悪影響』を具体的に示した。
 そして、その元凶としてSDがかねてから主張している「巨人の主張ばかりがまかり通ってきた球界の体質」を挙げた。抜本的対策として「FA権取得年数を短縮する代わりに、現行の“逆指名ドラフト”廃止。完全ウエーバーに近い形に」「球団経営に意欲ある振興企業が参入しやすくするために、球団譲渡時の加盟料30億円の再考」などを訴えた。
 オーナーの反応は早かった。かねてから「1リーグ制は時期尚早」との疑問を抱いていたが、オーナー会議席上では「ウチだけがいくら言っても…」といったんはあきらめていた。そこに星野SDの熱き思いを聞かされ、野崎勝義球団社長の星野支持表明を確認して一気に決断した。
 私はかねがね「久万オーナーは勇退を」と主張してきたが、今回の素早い対応ぶりに「この人は頭が柔らかい」と舌を巻いた。中国の格言に「君子豹変す」というのがある。日本では「コロコロ変わる節操のない人間」と誤用されることが多いが、本来は「頭脳明晰な人間は、過ちを改むるのも素早い」と言う意味だ。今のオーナーはまさに立派な君子だ。
 7月15日には阪神から、巨人を除くセ4球団に連絡を取り「ドラフト改革やセ・パ交流試合の実施」を骨子とした“反1リーグ連合”を5球団で一気に作り上げてしまった。誠に大したものだ。
 これら施策は、巨人・渡辺恒雄、西武・堤義明の実力者オーナーが青写真を描いた「来季は1リーグ10球団制、さらに8球団へ削減」の方向性を真っ向から否定するものだ。連中もこのままでは黙っていないだろうし、ひょっとしたらパ・リーグ球団を抱き込み“巨人、西武のリーグ脱退、新リーグ構想”をチラつかせた脅かしを掛けてくるケースだってある。しかし、よく考えてほしい。もう既に『盟主巨人』は崩れている。阪神、中日など東京以外の人気球団を抜きにして“巨人ブランド”だけで球場が満員になる時代などとっくに終わったのだ。
 事の起こりである近鉄本社は本業の赤字に手をつけず、しゃにむに球団を消滅させようとしながら、新球団で2割の株を所有する姑息な手段でメンツだけを取り繕うとしている。オリックス本社は球団を会社の広告塔としか考えず、いずれは「役割を終えた」と放り出すだろう。こんな連中に本来プロ野球にかかわる資格などないのだ。
 親会社が経営再建中の福岡ダイエーを見ればよい。地域に密着し、毎年福岡ドームの主催試合を満員にし続けている。本社の効率第一主義の新経営人による球団譲渡に抵抗し、「お客さんに喜ばれてこそ」のスーパー「ダイエー」創業当時の中内功精神を受け継いだ息子の正オーナーの立派な経営姿勢の結果だ。東京ドームを本拠とし「巨人におんぶにだっこ」だった日本ハムも北海道・札幌に移転し、地元密着型で新たなファンを開拓して順調に船出している。やればできるのだ。
 これからの球界は、ナベツネ型のゴリ押しで無理が通れば道理が引っ込む球界再編が行われるのか、星野SDの説得に応じた阪神主導型の国技野球に回帰する道に引き戻すのか、まだまだ予断を許さない。ファンも労組選手会も一層の監視と応援が必要だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年7月12日号

一致団結して対抗を
 大阪近鉄とオリックスの合併に端を発した球界再編問題を憂慮する星野仙一シニアディレクター(SD)は「ファンあってのプロ野球。1リーグ制移行より先にやらなアカン事がある」と警鐘を鳴らし続けている。12球団維持へ原点回帰を呼びかけていたが、残念ながら「巨人、阪神との公式戦実現で収支改善を」とのパ・リーグ球団と自説の「1リーグ8球団」に固執する渡辺恒雄・巨人オーナーが組んで多くの反対の声を無視し、球界は間違った方向に突き進んでいるようだ。
 あ然としたのは8日、労組プロ野球選手会の古田敦也会長(ヤクルト)が球団合併問題で「オーナーと直接話がしたい」と発言をしたのに対し、その渡辺オーナーが「無礼だ。分をわきまえなきゃ」と不快感をあらわな反応をしたことだ。
 労組と球団代表クラスとの話し合いは9日に大阪で「懇談会」の形で実施された。しかし、終了後古田会長が「全然不満です」と述べたように、労組の対してまったくと言ってよいほど情報開示がなされなかった。代表クラスでは、渡辺オーナー自身が同様メンバーで開かれた代表者会を「あのレベル(球団代表)では何も決められない」というように決定権を持っていない。だからこそ「こっち(選手会)側の話がオーナーまで伝えわっているんだろうか?」と古田会長が不信感を抱くのだ。
 渡辺オーナーは野球規約で認められた代理人交渉をかたくなに拒み「そんなヤツはクビだ」と平気で発言している。労組に対し、常にけんか腰で「スト?どうぞやったらいい」と挑発的言動を繰り返している。一般企業を考えてみれば、労組が「団体交渉したい」と言っているのに、労担重役だけを行かせ直接話し合いを拒否する社長のイメージだ。球界ではプロだけでなく、アテネ五輪に日本代表チーム編成にも大きく関与しているし、角界では横綱審議会委員とスポーツ界全体を文字通り牛耳っている。
 しかしその経歴と見識に比べ、言いようのない“下品さ”はどこから来るのだろう。政治部記者時代は中曽根総理に取り入り、社内の地位を築いた。サラリーマン重役でありながら、社内の異様な長期政権は「自分が正義、常に間違わない。余人をもって替え難い」の一元的な価値観の表れで、リーダーシップ発揮のはずがいつの間にか独善に陥っているのに気付いていない。
 例えば、戦後大阪に進出した読売新聞は、東京にない泥臭い紙面作りと反権力性で関西でどんどん部数を伸ばし、地元生まれの朝日、毎日両紙をしのいで業界トップに立った。しかし、こうした大阪読売独自の良さはそのリーダーだった黒田清社会部長が、東京本社の渡辺恒雄社長(当時)の策謀で追い出され急速に失われた。渡辺オーナーとはそういう人なのだ。
 骨折で戦線離脱している巨人の清原選手は「手伝えるなら何でも」と労組を支援する発言をした。オーナー会議が、自らの利権を守るため「球団縮小→選手削減、給料圧縮」というある種デフレスパイラルに突き進むならば、労組側は一致団結してストで「ネベツネ構想」に対抗するしかない。
 もちろん労組側も大いに反省する点はある。ここ数年、最低年俸は据え置かれ引退後の年金問題も進展していない。なのにほんの一握りの選手にしか恩恵に浴さないFAに絡む代理人交渉や複数年契約ばかりに目を奪われてきた。結果、経営側が視野に入れてきた1リーグ制と球団合併計画をこれまで十分理解しなかった報いがきている。
 ここは、労組側も個々の球団の切り崩しに屈することなく『日本球界を守れるかどうかの瀬戸際』と認識し、真剣に取り組んでほしい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年7月5日号

日本球界最大の危機
 大阪近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブの合併話が佳境に入ってきた。せっかくインターネット関連サービス会社「ライブドア」が大阪近鉄の買収に名乗りを上げながら、近鉄本社は不快感を持って拒否。2日のパ・リーグ臨時理事会では「合併球団の獲得選手は28人以内」とするなど、リーグ挙げて『チーム削減→1リーグ移行』へ突っ走っている。
 今後は、巨人・渡辺恒雄、阪神・久万俊二郎ら人気球団のオーナーにすり寄って「何とかして、チーム再編の中で自チームを残してもらい、8もしくは10の新リーグに名を連ねたい」というセ・パ両リーグのの残りチーム経営者の水面下の駆け引きに移りそうだ。
 ちょっと待ってもらいたい。まず、近鉄本社の「合併による球団削減ありき」のかたくなな態度は異常だ。ビジネスとして考えれば、損得計算した上で「ライブドア」とも交渉に応じ選択肢を増やせばよい。以前にも書いたように球団の赤字など実は大した額ではない。近鉄本社が本当に憂慮すべきはバブル期のリゾート開発のツケで、それを放置したまま球団消滅で真の経営問題を先送りする態度は株主に対しても不誠実で、現経営者がメンツにこだわったにすぎない。
 一方のオリックス本社。もともと大阪のリース会社だが、財界では実に評判が悪い。「もうけにはシビアだが、地域のために何もしない」というイメージが大阪の企業人に染み付いている。オリエント・リースから社名変更した際に、阪急ブレーブスを買収、新生オリックスの企業イメージとして球団を機能させた。宮内義彦オーナーにしてみれば「とっくに広告塔の役割を終えている。いち早く合併し1リーグ制で生き残れば、球団の黒字転換は可能」と読んだ上のバッファローズ買収だろう。
 大阪ドームと神戸のヤフーBBスタジアムの2カ所を本拠に、タイガース以外の関西ファンを一手に取り込もうとのもくろみらしい。しかし、両チームを応援する人々の心理はそう単純ではないし、宮内オーナーの言う「世界レベルの野球を目指し底辺拡大を目指す」という理念が実際にはファンサービスも含め、何も機能していないことをファンは敏感に感じ取っている。冷酷な企業だけに、数年か経って「儲からない」となれば今度はさっさと売却するのがオリックス本社の体質だ。
 先日、星野仙一シニアディレクター(SD)と話した。SDはNHKのプロ野球解説ぶりでも分かるように、阪神球団内の人間でありながら、視点は常に球界全体を見ている。彼は「どうしたら野球がプロアマ問わず人々に愛され、栄え続けられるか」という1点しか関心がない。今回の問題も、立場を離れて「巨人一極集中を許してはならない」と言い続けてきた。自身が巨人入りを夢見て果たせず、その時の挫折をバネに一流選手監督としてプロ野球繁栄の一翼を担ってきた自負もあろう。
 SDの主張する日本プロ野球の問題点は@高額な契約金を野放しにしたままのFA制度導入による年俸高騰A戦力均等精神を形骸化した現行のドラフトの逆指名制度B球団譲渡に発生する30億円の法外な加盟料課徴による既得権の保護、など渡辺オーナーが作ったものばかりだ。
 自由競争が原則の米国でも、プロ野球だけは完全ウエーバーのドラフト制があり契約金は安い。さらに球団ごと年俸総額抑制のサラリーキャップ制、テレビ放映権のコミッショナー一括管理などもある。これらはすべて「球界は全体で繁栄するもの」という根本精神からだ。
 ファンはSDが主張する「1世紀以上の歴史がある日本野球界最大の危機」という危機感をぜひ共有してほしい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年6月28日号

ファンあってのプロ野球
 24日付「大阪日日新聞」に清交社創立81周年記念として行われた星野仙一シニアディレクター(SD)の特別講演の内容が出ていた。
 詳細は当日の新聞を引っ張り出してもらえればよいが、財界関係者ら250人の会員で北新地の大阪全日空ホテルの会場は満員。ちなみに演題は「前へ!」で、これは星野SDが『御大』と尊敬する島岡吉郎野球部監督と並び称される明治大の名物男だった北島忠治ラグビー部監督のモットーだ。
 私も聞かせてもらったが、今球界を揺るがせている大阪近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブの合併話に触れ「日本で第二の都市、大阪からプロ野球チームをなくしてはいけない」と大阪近鉄の存続を訴えた。
 大阪近鉄は昨季終了後、球団名を売却しようとして画策し、事前にその動きがマスコミに察知され、他球団から一斉に反対されてお流れになった苦い経験がある。そこで今回は球界のドン・渡辺恒雄巨人軍オーナーをはじめ、他球団に綿密に根回ししてかなりの数の同意を取り付けた上での行動らしい。しかし、その分、本拠地・大阪ドームの大家でもある大阪市はもちろん大阪府にも相談せず、ましてファンは寝耳に水の出来事だった。
 大阪近鉄の赤字は40億円。巨額に思えるが、年俸5億円の中村紀洋内野手クラスで野球チームを作るとお釣りが来る程度だ。カンパを募るとして10万円なら4万人にお願いすればもう集まってしまう。市民球団として株式上場すればもっと資金調達は容易だろう。
 要は「初めに球団合併、将来の1リーグ制移行」が念頭にあったと考えざるを得ない。近鉄はパ・リーグ誕生の時から一貫してチームを維持してきた唯一の親会社だ。佐伯勇オーナー(近鉄会長)がリーグ発足時から“万年最下位”と揶揄されながら発展に努力し、1989年に89歳で永眠されるまで頑張ってこられた。その功績で野球殿堂入りも果たした名オーナーだった。現在の経営者は佐伯さんの志を生かし、まずファンに愛される球団作りを目指す責任があるはずだ。
 先日、元阪神の北川博敏内野手が大阪ドームでのヒーローインタビューで「チームがなくなるかもしれない近鉄ですが、どうか応援して下さい」と涙ながらに訴えていた。阪神一辺倒のスポーツ紙の扱いは小さかったが、私はその気持ちに大いに感動した。今の大阪近鉄はかつてのようなお荷物球団ではない。常に優勝争いし、現に優勝もしている。それでも客足が伸びないのは営業を含めたフロントの責任だ。同じパ・リーグでやはり親会社の経営が思わしくない福岡ダイエーホークスが毎年大量動員を果たしているのを見れば、反論できまい。
 清交社の講演で、星野SDは梨田近鉄監督に「目前の勝敗にこだわり、(プレーオフに進出できる)3位以内に入れ」と激励したことを披露した。別の機会でも星野SDは「ファンあってのプロ野球を忘れたらアカン」と持論を展開している。SDとすれば合併1リーグは「巨人主導の非常に安易な手段」と映るのだろう。このままだと合併の連鎖が続き、プロ野球自体がデフレスパイラルに陥ってしまう。一部スター選手だけがもてはやされ、その裏では選手の絶対数は大量に減る。甲子園の高校野球は不入りで、同時に社会人野球や大学野球も徐々に衰退。野球そのものが『国技』として維持できるかどうかの危機にあるのだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年6月7日号

 2日の甲子園球場のナイター終了後、ちょっとした異変が起きた、ヤクルト相手に井川が完封ショーを演じ、チームが5割復帰を果たしためでたい夜のはずだった。試合後、岡田監督が待てど暮らせどプレスルームに来ない。テレビの生インタビューは普通にこなした後だったから、さらに不可解だった。慌てて監督付広報が「監弩は“今日はオレが話すより選手に聞いてやってくれ”と言われていますしとプレスルームに来て説明した。
 各社は「完勝の日、主役の選手を立てた岡田」と美談仕立てに紙画化したが、真実は違っていた。岡田監督はムカついていたのだ。
 その2日前の5月31日、星野仙一SD(シニアディレクター)は神戸市の兵庫県公館で県功労賞を受けた。その後、野田球団社長とともに大阪・野田の阪神電鉄本社を訪れ、久万オーナーと会談している。岡田監督がカチンときたのは、この時のスポーツ新聞各紙の扱いだった。「虎よ元気出せ」 「オーナーに緊急提言」などの見出しを『指揮権への干渉』と受け取ったのだ。2日の会見拒否は「アイツら星野SDをダシにオレを批判しやがって…。それならこっちも考えがある」という意志表示だ。
 長くタイガースで中心打者として活躍した岡田は「オレは生え抜き」という強い自負がある。そのために、星野1年目のオフに「外から勉強も必要」と、監督がNHK野球解説者に転身をアドバイスしたことを「星野はオレを嫌っている」と感じ拒否。星野2年目の優勝の年に1軍三塁べースコーチに抜てきされたことも「難しい仕事をさせてオレをつぶすつもりか?」と内心反発していたという。
 こうした経緯から、岡田監督は星野SDの言動を必要以上に意識し、まして自分の後見人と頼る久万オーナーと星野SDが接触することを非常に嫌う。その屈折した思いが2日の夜の行動に走らせたのだ。
 私ははっきり言っておくが、星野はそんなケチな男では断じてない。チヤホヤされて想像以上に世間の狭い岡田を「何とか大きな人間にしてやろう」との親心であり、東京六大学の後輩として特別な思いもある。むしろ、岡田自身がまったく若さのない日々のさい配を反省し、星野に対して教えを請う姿勢がないといけない。いつも仏頂面で、何を考えているのか分からない。あれでは晩年の野村克也監督と同じではないか。優勝チームの監督を禅譲された責任を痛感し、もう一度謙虚に考えるべきだと思う。
 さて、いよいよ虎仙会ゴルフが8日に迫った。星野SDや吉田義男元監督、会場となる西宮カントリーの入江勉支配人も参加し総勢80人のコンペだ。先日、星野SDと参加者組み合わせなどの話をしたが実に楽しそうだった。近況を聞くと、テレビ解説依頼のない時は国内外を飛び回っているようで、忙しくとも主体的に動ける今の環境を楽しんでいるようだった。
 アテネ五輸は、長嶋監督の急速な回復でどうやら乗り切れそうだ。長船麟郎編成委員長の説明では「最悪でも電話で指揮できる」とか。星野SDも、その問題にはこれ以上関与したくなさそうだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年5月31日号

 甲子園球場で試合前の練習を見ていて、星野前監督(SDシニアディレクター)と岡田監督の違いを痛感した。相手は今季。天敵となった横浜。ゲーム前の練習でヘラヘラしていた選手がいたが、星野前監督時代なら即刻怒声がが飛んで雰囲気を締めたはずだ。それが岡田監督は選手の自主性を重んじるそうで、負けても「今はどこのチームも決め手がない。故障者も多いし、我慢して戦わねば」とのんきなコメントをしている。星野監督は、負け試合の後は悔しさが前面に出て近寄れなかった。「絶対勝ったる。勝ちたいんや!」とよく口にした。プロはこの気迫がないと勝ち抜けない。
 一方の横浜は昨年22勝6敗と大差がついた対戦成績に、今年は「何としても借りを返す」という気迫が感じられる。勝負の世界に「もし」は禁物だが、仮に阪神がせめて横浜と五分に戦っていったら、とっくに独走態勢に入っていただろう。「星野監督がいれば…」と、ほぞをかんでいるのは私だけではあるまい。
 5月3日にこのコーナーで書いた「久万さん。エエかげんにせぇ!」のコラムが、その後あちこちで話題になっている。来月の電鉄本社株主総会で相談役に退く久万俊二郎球団オーナーに「後進に道を譲っては」と提言したのだが、幸いなことに阪神電鉄本社でもこのコラムを読んでくれていた。手塚社長は目を通した途端に「絶対に久万さんに見せるな」と秘書に厳命したそうで、電鉄関係筋からは「西中さんがこのような事を書かれては、星野SDに迷惑が掛かるのでは」と心配する声も私に届いている。
 私はあらためて、電鉄本社の体質に失望している。あのコラムを最も読んでほしい相手は久万さん自身であり、願わくは電鉄役員がこれを機に久万さんに勇退を迫ってほしかった。星野SDはこの問題で私と話したことなど過去を含め一切ない。
 三菱自動車を見ても分かるように、役員間の意思の疎通を欠くことやサラリーマン重役のその場逃れの問題先送りは、企業として取り返しのつかない事態を招く。少なくとも電鉄本社の「内容はその通りなのだが…」と言いながら、「久万さんには読まさないでおこう」などという態度は、電鉄という公共企業の取るべきものではない。
 今年の甲子園は外野席の私設応援団に対し、巨大な応援旗、鳴り物などを減らすように要請したらしい。以前は野球観戦というより、ただ騒ぎに来ているような印象が強く「あれでは試合経過も、打球の行方も分かるまい」と首をひねったものだった。何事もマンネリはよくない。常に改革の意思を持って臨み、変化を遂げていかないと取り残される。
 今季の甲子園は開幕以来、大入り満員の連続だそうだが、星野監督直前の野村監督時代は夏休みを終えれば球場はガラガラだったことを忘れてはならぬ。星野監督は「ベンチ内がよく見える場所」と積極的に三塁側席の魅力をファンにアピールし販売促進した。親会社の体質を含め、今季の阪神はグラウンドの中も外もまだまだ心配だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年5月24日号

 先週、この欄で「五輪『金へ星野SD起用を」という話を書き、その直後に星野仙一シニアディレクター(SD)に会ったら「お父さん(私はいつもSDにそう呼ばれる)、オレはもうその話はいいよ」と笑っていた。私が「国のため、野球のために“星野がぜひ必要”と世論に推されたら、一肌脱がないと男がすたるじゃないか」と答えたら、「ハハハッ」と笑ってはぐらかされた。
 私が星野SDを五輪監督の座に惟すのは、何も彼をことさら売り出そうという意識からではない。理由の1つは長嶋茂雄日本代表監督の病状だ。「リハリビが進んでいる」と言いながら、病院は公表されず入院後の写真1枚公開されていない。プライバシーの問題もあろうが、素直に考えれば「公開するには忍びない姿」と思わざるを得ない。そんな状態で、長嶋監督をアテネまで引っ張り出すなど、まさに狂気のさただ。
 長嶋監督に代わって中畑清ヘッドの昇格、原辰徳前巨人監督の起用案は、その背景に“読売グループの意向”がプンプンにおう。3人とも言わずと知れたジャイアンツの関係者だからだ。プロ野球界全体の巨人偏重に最も警鐘を鳴らしたのはほかならぬ星野SDである。ドラフト会議で、巨人に指名回避され裏切られたその日から、彼の人生は「打倒巨人」で貫かれてきた。中日でそして阪神で、巨人戦にキバをむいて向かって行った姿を思い浮かべてほしい。
 そうした中で、球界の後輩としてかわいがっている原前監督を「ここで傷つけたくない」という思いも星野SDにはあるはずだ。仮に原前監督が日本代表チームを指揮して金メダルが取れればよし。もし、逸した場合は「やっぱり原はダメ」と言われるだろう。将来、巨人監督としての再登場の機会さえ閉ざされてしまいかねない。その点、星野SDなら再びユニホームを着る可能性は低いので、こうしたリスクを心配しなくてよい。第一「星野でダメならしょうがない」というムードが世論の中にある。
 読売グループとしては、星野SDがの日本代表監督に難色を示しているに違いない。星野ではグループとしての影響力を行使できないし、「球界盟主の巨人軍が全面協力して、初めて日本は金メダルが取れた」というシナリオに狂いが生じることになるからだ。この問題では、長船麒郎日本代表編成委員長や日本野球連盟の山本英一郎会長も、プロ野球界全体に大きな影響力を持つ渡辺恒雄巨人軍オーナーにすっかり気兼ねをしている。
思惑を捨てて、ここはごくまっとうな考えをすれば答えは自然に出るはずだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年5月3日号

「久万さん、エエ加減にせぇ!」
 タイガースの親会社である阪神電鉄(本社・大阪市)は4月23日、西川恭爾副社長(64)を社長に昇格させる人事を内定した。手塚昌利社長(73)は代表取締役会長、久万俊二郎会長(83)は取締役相談役となり、第一線から退く。6月下旬の株主総会で正式に就任する。
 「長年、待ちに待ったタイガースの新体制が幕開けか?」と喜んだら、久万オーナーと手塚オーナー代行は留任だという。あ然としたのは私だけではあるまい。会長になってオーナーを続けたこと自体が異常なのに、今度は相談役になってもまだ職にとどまるとは。社内は「こうなったら、久万さんは死ぬまでやる気らしい」とささやき合ってるそうだ。会長就任を前にして、手塚社長は「私もとうとうオーナーだ」と部下にうれしそうに話していたという。とこらがフタを開ければ、久万留任。以来、この件は手塚社長の前ではタブーらしい。
 真相はやぶの中だが、久万オーナーが「私が監督にさせた岡田は1年目で苦しんでいる。私がいなくなったら、風当たりが強くなる。私は岡田阪神が軌道に乗るまで守ってやる責任がある」と居座った、という説が有力だ。何という甘い考えと都合の良い理屈だ。そんなことだから、岡田の野球まで甘くなるのだ。
 星野仙一SD(シニアディレクター)は、阪神の監督に就任する時、久万オーナーをはじめとする電鉄本社の理不尽かつ無責任な圧力、OBのねたみと足の引っ張り合い、ファンの過重な期待、の“三重苦”の中でひたすら耐えて選手を操縦し、荒波に敢然と立ち向かって栄光を勝ち取った。岡田監督もこの試練に耐えねば優勝などあり得ない。星野SDが倒れる寸前まで体をボロボロにしたのも、その重圧と真正面から戦った結果だ。張本人がのうのうと無責任な言動を今後もマスコミに垂れ流すことは、とてもまともな企業人の発想ではない。『老害』も大概にしてもらいたい。
 阪神電鉄の役員も同罪だ。オーナー社長でもない一介のサラリーマンがなぜこれほどの権力を保持できるのか、と考えると現役幹部の優柔不断さが分かる。キッパリと「後進に道を譲っていただきます」と通告すればよいのに、だれもそれができない。そして、日頃は口うるさいスポーツ紙も今後の取材を考え、当たり前の事をちっとも指摘しない。聞けば週刊誌を使って側面からの「久万たたき」を画策しているというから、何と情けない役員と記者だろう。
 こんなことでは手塚新会長もダメだ。神風が吹いたようなタイガース人気頼る以外に万年赤字体質は脱却できまい。提携している同規模の京王電鉄を見ればいい。加藤社長は西川新社長と同年配だが、役員定年制を実施して常に活性化を図っている。そして関連会社を含め見事な無借金、黒字経営だ。ここは一つ、旧国鉄出身の西川氏のしがらみなき手腕に期待したい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年4月26日号

 今週から「虎仙会」役員との対談を随時掲載する。2年半前の晩秋、阪神タイガースから単身乗り込んだ星野仙一新監督を支えようと、在阪のひと握りの友人知人が集まり始まった「虎仙会」。その輪はみるみる広がり、今では東西財界を選りすぐった顔触れとなった。この方々の、プロ野球を通じて関西復興に掛ける心意気を紹介する。第1回は、虎仙会幹事で下部組織「虎仙ファンクラブ」副会長、足立祐三グー・フット社長(56)に登場してもらおう。

−虎仙会と虎仙ファンクラブで会員の違いはありますか?
「もともと、虎仙会は財界の大物中心で、いわば法人的に名を連ねられた有名人が多い。ファンクラブは個人として星野監督を応援しよう、という方の集まり。年会費1万円で女性や若い方も多い。関西だけでなく、東京や中四国、九州まで広がっています」
−それだけ星野に魅力があるという事?
「そうですね。星野SDは、私の顔を見ると“元気ですか?店ははやってますか”と声を掛けて下さる。その記憶力は大したもの。私自身も“頑張らねば”と元気をもらいます。悩みも吹っ飛んでしまう」
−魅力の秘密は何でしょう?
「注意して見ると、星野SDはパーティー時にニコニコしながら、さりげなくすべてのテーブルを回られる。そして、人の名前を覚えて行く。礼を重んじると言うか、とてもまねできない気配りだと思いますね」
−監督を退かれてもファンクラブは人数は減らないですね。
「星野SDの魅力でしょう。今年は心配したのですが、300人が会員更新した。“星野個人を応援する”という雰囲気が強いです」
−今年、阪神タイガースが連覇できるかどうかが気になる?
「星野SDが去られ、用兵の差はあると思う。その分、教え子たちが成長してますからね。大人の野球で自分の仕事をしてくれれば結果は出ると思っています」
−ところで、守口市で奥様がブティックをやっておられるとか。阪神ファンの方はたくさん来られますか?
「京阪守口市駅前の体育館裏側の商店街で、ファッションブティック『ぴりか』を開いています。落ちついた年齢の女性客が多いのですが、入会して熱心に活動しておられる人もいます。毎年のパーティーでSDに会うのを楽しみにされています」
−将来のファンクラブについて
「星野SDの去就に関わらず会は存続します。ともに喜び悲しんだ仲間として、形は変わってもいつまでも交流は続けていきたいですね。」

【プロフィール】
大阪経済大学出身。ヴァンヂャケット社を振り出しにフジボウ、モリメン、伊藤忠アパレルなどを経て200年春、ビルメンテナンスとファッションアパレル製造販売業「グー・フット」設立。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年4月19日号

 4月17日、リーガロイヤル・ホテルで開いた「虎仙会」平成15年度総会と「星野SD(シニアディレクター)と語ろう会」は、これまでの現役監督時代とは一味違ったいい会だった。
 まず総会では、亡くなった巽悟郎 前会長(前大阪証券取引所社長)の遺志を継ぎ、2代目会長に就任していただいた西川善文 三井住友銀行頭取が就任あいさつした。「現在、銀行協会会長をさせていただいているので虎仙会会長としての活動は土日祝日に限定されるかも知れません。しかし、巽前会長の分までしっかりと星野さんを見守って応援していきたい」と決意を述べ、盛んな拍手を浴びた。多忙な西川頭取だが「やはりこの方に会長をお願いしてよかった」とあらためて思った。
 続くパーティーでは、星野SDと唐渡吉則「虎仙会」副幹事長(毎日放送パーソナリティー)の軽妙トークが実に小気味よかった。2人はSDが中日時代から気の合った仲。どちらも笑ってごまかすが「星野を阪神に引っ張った裏の仕掛け人は唐さん」という説もあるほどだ。
 唐さんの呼び水に乗ってSDの口調も 滑らかだ。金本外野手をFAで獲得したやり取りは男同士の熱いきずなを垣間見せた。会場からの質問も受け付けたが、SDが立派だったのは岡田阪神に対しての批判が相次いだのに、一切くみしなかったことだ。言いたいことはあったろうが「岡田は岡田でやって行きおる!」とキッパリ雑音を遮断した。
 会がすべて終わって、SDと握手したら「今日は本音の話ができたエェ会やった。さすが名幹事長や」と彼らしい言い方で、労をねぎらわれたのは何よりもうれしかった。
 実はSDとは、その直前の新潟県への講演旅行に同行している。青年会議所主催の若手経営者に対する講演とパーティーへ出席。1時間半の予定が「パーティー開始まで時間がある」と知るや、トークを延ばすサービスぶり。続くパーティー会場では、SDtと一緒に写真を撮ろうと長い列ができたが、嫌な顔もせず応じる表情は明るかった。既にシーズンは始まっているが、新監督への配慮で番記者の待ち受ける球場に足を運ぶ事はあえて避けているように見える。
 深夜、2人になってSDはポツリと漏らした。「確かに講演会やパーティーの出席は疲れるよ。でも、監督時代の精神的な疲労と比べれば全然違う。昨年、勝ち続けた時も“この状態で、もし優勝できなかったら?”と考えたら、本当に夜も眠れなかった」。77番を背負っていた時は決して弱音を吐かず『闘将』と言われた男が、穏やかな表情で心の内を語る。
 聞きながら、私は「いい時に監督を辞めたかも知れんなぁ」とあらためて彼の顔を見た。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年4月5日号

 3月29日、私は中国国際五輪委員会(IOC)の干再清委員と面談した。その際「ぜひ星野仙一シニアディレクター(SD)と会わせてほしい」と要請があった。長嶋茂雄アテネ五輪野球日本代表監督の病状の話題と併せ、星野SDの動静を非常に気にしているのがよく分かった。
 私が「星野は動きませんよ」と説明すると、干委員は「沈黙を保たれているのはさすがですね」
と大きくうなずかれた。
 中国は4年後の北京五輪をにらんで野球チームの強化に並々ならぬ関心を持っている。干委員の口から直接的な表現こそなかったが、野球で中国にメダルをもたらすような強化策を考える時、それが可能な人物は「星野SDしかいない」との思いもあるようだ。
 「9月27日に上海でフォーミュラーカーによるF1レースがあります。星野SDとご一緒にぜひ訪中していただきたい」との招待を受けた。どうやら本気で星野SDと接触したいらしい。
 現実問題としては、そのころは既にアテネ五輪は終わってる。しかし、プロ野球ペナントレースはまさに大詰めのはず。日程的に難しいかもしれない。しかし、相手の情熱じゃ星野SDにも伝えねばなるまい。
 聞けば、IOC委員は殺人的な過密日程で動いている。年間60万キロにも及ぶ飛行機での移動をこなし、今回の来日もたった1日でいったん帰国し、翌日再び次の訪問地に向かうという。星野SDよりも忙しそうだ。  さて、虎仙会総会も17日迫った。星野SDを囲んで着席し、中之島・リーガロイヤルホテルの静かな雰囲気で300人限定で開催する。虎仙会副幹事長のミスタートラ唐渡吉則さんと星野SDのトークショーは「開幕直後のタイガースをどう見ているか」を知る貴重な機会で楽しみだ。
 参加申し込みの10日まで、もうあとわずか。虎仙会特製Tシャツがつき、すし萬の料理が楽しめる。チャリティーの虎仙会キャップを購入すると、甲子園球場のネット裏グリーンシートにある「虎仙会シート」が当たる抽選会にも参加できる。
 今回は特に大阪日日新聞掲載の「虎仙会便り」のコピーを同封して、総会に参加申し込みすると、「虎仙会シート」の抽選が有利になる優遇措置がある。
 総会では、まず亡くなった巽悟郎 前会長の功績をたたえ、相変わらず多忙な名誉会長の福井俊彦日銀総裁のメッセージを紹介、会長の西川善文三井住友銀行頭取が新年度の事業計画などを会員に報告する。星野SDが阪神球団に在籍する限りタイガースを応援し、星野SDが球界にとどまり続ける限り、虎仙会は形を変えて存続することを誓い合った方ばかりだ。虎仙会も、星野SDの成長とともに会として成長していかぬばならぬ。

大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年3月22日号

 元巨人監督の長嶋茂雄野球日本代表チーム監督が脳梗塞で倒れて半月以上がたった。その間、女子マラソンの高橋尚子選手が代表から外されるなど、アテネ五輪の話題は日増しに多くなっている。
 当初「代役は星野仙一しかいない」とマスコミは色めきだったが、本人は米大リーグ視察のため、3月には入ってすぐにフロリダへ旅立った後だった。結果として、日本にいないで本当によかった。天下の長嶋さんに代わる人はいないが「それでも病み上がりで、無理は禁物」ということになったら星野シニアディレクター(SD)がその座に就かないと世間が納得しまい。
 それでなくても気の早いスポーツマスコミのこと。もし日本にいれば、感想コメントを求められ無理やりにでも言葉じりをとらえて「星野意欲あり」とされ、次期監督に祭り上げられてしまったことだろう。この大変な次期に日本にいなかったことで、星野SDのコメントは代表取材のような形で流れ、幸いなことに言葉が独り歩きすることはなかった。
 私たち虎仙会のメンバーは、星野SDが「なぜ阪神の監督を降りざるを得なかったか?」を身にしみて知っている。指揮官だけが背負うプレッシャーとストレス。特にプロ野球は半年以上にわたる長丁場の戦いで、星野SD、そして長嶋さんの身体を徐々にむしばんでいったのだ。
 その点、五輪監督は半月程度の短期決戦だが、全国民の期待度の大きさを考えると、ペナントレースと遜色ない重圧だろう。私たちは正直、星野SDにやらせたくない。もうこれ以上、命を縮めてほしくない。しかし、もし長嶋さんが復帰がかなわなければ星野SDしかいないのも事実だ。主治医と相談し仮に止められても「ミスターのために」と星野SDは一肌脱ぐだろう。そういう男なのだ。もちろん、長嶋さんのカムバックが実現すればこんなうれしいことはないし、星野SDも心から拍手を送って祝福するだろう。皆がそうなることを願っているのだが…。
 さて、4月17日の虎仙会総会が近づき、いろいろな方から問い合わせが増えてきた。というのは今年の甲子園球場の主催試合チケットは、以前のように「1ヶ月前発売」でなはく、すべてを前売りで一斉発売してしまい、当日券が非常に手に入りにくくなっている。シーズン当初はまだマシだが、中盤から終盤にかかるとチケットが足りなくなるのは間違いない。「虎仙会」かその下部組織の「虎仙ファンクラブ」に入ると、総会の席で甲子園の主催公式戦チケットがチャリティー即売されるので、手に入れるチャンスが出てくる。そのほかにもそろいのキャップをかぶっての観戦会も予定している。そのことが一般にも知られてきたからだ。
 「虎仙会」は入会金5万円、年会費5万円(但し、虎仙会役員の承認が必要)。「虎仙ファンクラブ」は入会金なし、年会費は1万円でどなたでも入会ができる。今回の総会は参加人数300人限定。会費は「虎仙会」正規会員は無料、同伴者は1万円。「虎仙ファンクラブ」会員は7000円、同伴者は1万円。いずれも問い合わせは虎仙会事務局、電話06-4790-2287へ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年3月8日号

 日々佳境に入る阪神のオープン戦を横目に、星野シニアディレクター(SD)が3月27日までの予定で米国に旅立った。大リーグのオープン戦視察から来日候補の外国人選手チェック、さらに海外での交友関係を活かしたルート作りと慌ただしい日程をこなしていることだろう。
 星野SDは自分を取り巻くネットワーク作りが実に巧みだ。人とのつながりを絶対ムダにしないし、仮に転んでも決してタダでは起きない。そのために自分を支えてくれる人材の確保もしっかりとやっている。
 その極意は人の顔と名前を覚える記憶力の素晴らしさだ。人の上に立つ人間は大体、会った人のことを覚える能力があるものだが、星野SDはさらに10倍くらいすごい。出先で予期せず再会しても、パッと自分からあいさつをし、相手に対する話題に触れる。その素早さは相当なもので、相手は「星野クンは義理堅い」と感激しファンになってしまう。国内だけならまだしも、外国に行ってもこの調子だから、どこに出向いても心配ない。これは一種の才能で、学んでできることではない。
 そうした星野SDを応援する「虎仙会」のメンバーは、手前みそになるが、東西の一流財界人がそろっている。このコーナーでも再三名前だけは登場している方も多いが、今年は個々の人柄などについてもインタビュー形式で紹介していきたい。トップ経営者による「なぜタイガースなのか?星野仙一のどこに惹かれるか?」を語る肉声は、そのまま人生の、あるいはビジネスの参考にしてもらえると思う。
 さて、私も星野SDの訪問予定に合わせて高知県安芸市の2次キャンプを見学。やはり、これまでの「虎仙会」主催のパーティーやゴルフに参加してくれたコーチや選手の動向が気になった。
 まず平田勝男ヘッドコーチ。2年間、星野監督付広報担当として本当に世話になった。持ち前の明るさがチームを一層前進させてくれるのは間違いない。既に首脳陣のリーダーの顔になっていた。
 一徹な佐藤義則投手コーチ。コーチ1年生の中西清起ではまだ心もとない。やはり投手交代はこの人がいなければ。
 誠実な人柄の和田豊2軍コーチ。将来の幹部候補。ファームで選手作りを学べ。自身の夢も大きいし、周囲の期待も大だ。
 八木裕内野手。39歳になっても若さあふれる大ベテラン。代打の切り札。いや神様は、この人しかいない。
 矢野輝弘捕手。大きな事は決して口にしないが、常に結果を出す職人肌で、今春もキッチリと仕上げてきた。クロウト好みの渋い味だ。
 桧山進次郎外野手。何事にも信頼が置け、ベンチ入りするだけで頼もしく見える。ワクワクさせるプレーが楽しみだ。
 今岡誠内野手。新選手会長は早くも風格を感じさせる。一見ひょうひょうとしてのんきそうだが、率先してチームを引っ張っている。見るからに頼もしい。
 (藤田)太陽投手。昨年のキャンプ時は5番目の先発要員で黙々と練習していたが、今年はまだ右肘が完治せずグラウンドに姿が見えなかった。一日も早いカムバックを祈っている。
 星野SDのユニホーム姿がグラウンドにないのは寂しいが、今は薫陶を受けた彼らの活躍を期待している。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年3月1日号

 いよいよ4月17日午前11時に、中之島リーガロイヤルホテルで本年度の「虎仙会」総会が行われる。その後のパーティーは正午から午後2時までの予定だ。
 総会は昨年末に亡くなった巽悟郎会長を追悼する黙祷から始まり、新会長に西川善文副会長兼東京支部長(三井住友銀行頭取)選任の承認をはかった後、議事に入る。
 実行委員に上山 英介副会長(日本除虫菊会長)▽幹事長の私(ネヌ・イー・オー代表取締役)▽親睦委員長の近藤 徹(不二熱学工業社長)=前親睦委員長の高橋 健次常任幹事(ダイリキ社長)はゴルフ部会長補佐に▽新任のゴルフ部会長の片山 勉常任幹事(紀伊産業社長)▽婦人部会長のコシノヒロコ常任幹事(デザイナー)▽婦人部会長補佐の若柳世童常任幹事(若柳流家元)らが選任され、星野仙一シニアディレクター(SD)を応援する「虎仙会」の西川会長以下の新しい執行部が船出する。
西川会長は今年、銀行協会会長に就任され非常に多忙な中での着任。新執行部が一致団結して星野SDの新たな夢への挑戦を支え、実現してもらうために努力していかねばならない。
 星野SDのトークは、気心の知れた毎日放送パーソナリティー、唐渡吉則副幹事長(クリエイティブ社長)との掛け合いにした。時期は折しも開幕直後。昨年のリーグ王者としての戦いぶりを、SDがどう分析するか興味深い。
 今年の甲子園での公式戦チケットが発売を開始したが、早くも人気沸騰でプラチナチケットになっているようだ。そのネット裏席チケットを300枚を虎仙会会員と虎仙ファンクラブ限定で抽選により斡旋する。パーティーでは会費1万円で同伴のビジターも参加できるが、チケットの抽選はメンバー以外は参加できないので、当日でもぜひ入会をお願いしたい。虎仙会は入会金5万円、年会費5万円(但し、虎仙会役員の承認が必要)。虎仙ファンクラブは入会金なし、年会費は1万円でどなたでも入会ができる。今回の総会は参加人数300人限定。会費は虎仙会正規会員は無料、同伴者は1万円。虎仙ファンクラブの会員は7000円、同伴者は1万円。いずれも問い合わせは虎仙会事務局、電話06-4790-2287へ。
 6月8日の春のゴルフ大会(西宮カントリークラブ)も星野SDを交えて参加は80人20組のみとし、ゆっくり話し合いながら回れる家族的な大会にする。
 オープン戦も始まった。関西の阪神ファンは、今年も大阪日日新聞紙上で月曜はこの「虎仙会便り」、火曜日はカラさんこと唐渡吉則氏の「とことんタイガース」をご愛読いただき、スポーツ紙にない”猛虎のとって置きの情報”を手に入れてほしい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年2月23日号

 2月17日に開いた幹事会で、亡くなった巽 悟郎会長(大阪証券取引所社長)の後任を含む新年度役員を決めた。
 注目の会長には、副会長兼東京支部長の西川 善文 三井住友銀行頭取に就任してもらうことになった。名誉会長の福井 俊彦 日銀総裁とも気心が知れた仲で、ここまで大きくなった虎仙会のトップにふさわしい方だ。
 残りの副会長の上山 英介 日本除虫菊会長や井植 敏 三洋電機会長ら11人は留任してもらった。
 実務の要になる幹事長と副幹事長は、私と毎日放送パーソナリティーの唐渡 吉則クリエイティブタグ社長のコンビで続ける。
 実際にイベントを仕切る常任幹事を充実させた。親睦部会長に近藤 徹 不二熱学工業社長、ゴルフ部会長に片山 勉 紀伊産業社長、同補佐に高橋 健次 ダイキリ社長、パーティ部会長に西尾 朋 西尾倉庫社長、同補佐には小倉 宏之 鮨萬社長にお願いした。
 新幹部のお披露目は4月17日午前11時から中之島のリーガロイヤルホテルで開かれる総会の席上になる。総会後、正午から着席して星野仙一シニアディレクター(SD)の講演を聞き、特別会席弁当の昼食を取る。余興はもちろん唐渡さんのSDの応援歌「男一途の人生(はれ)姿」の実演だ。最後に甲子園球場での阪神タイガース公式戦をバックネット裏で見られるグリーンシートを会員へ特別に斡旋を行い、午後2時終了予定だ。既にシーズンが始まっており、新生岡田阪神のスタートぶりが話題になるだろうが、星野SDの口からの評価をぜひ聞きたいものだ。
 3年前の初回時のSDは、新監督として初の春季キャンプを終えたばかりだった。昨年は優勝へしっかりと手応えをつかみながら「自信のある時は口に出さないんです」と慎重な態度だった。今年は一線を離れ公式戦の最中になる。目まぐるしい、その移り変わりを考えると感無量だ。
 今年の総会は参加人数300人に限定した。虎仙会の正規会員は無料、同伴者は1万円。虎仙ファンクラブの会員は7000円、同伴者は1万円。問い合わせは虎仙会事務局、電話06-4790-2287へ。
 今年の虎仙会への正規会員への登録は更新(年会費5万円)と新規(年会費同額と入会金5万円)を含め、50人を目標にしている。SDが現役監督時代と比べ会員が「少ない」と思われるかもしれないが、私はいわゆる阪神ファンの方がある程度入れ替わるのはやむを得ないと考えている。
 われわれは、男・星野仙一を心から愛し見守っていく人々の団体だ。「裸一貫、大阪に乗り込んでタイガースの監督をやる」という志に共鳴して集まった者たちの、大阪で唯一のSDの個人後援会としてこれからも活動していく決意だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年2月16日号

 タイガースの春季キャンプも佳境に入り、星野仙一シニアディレクター(SD)も一次キャンプ地・宜野座を訪れた。選手の動きも氣になるようだが、沖縄県知事から観光功労者として表彰を受けたりと、相変わらず多忙のようだ。
 われわれの虎仙会も今季の日程が次第に決まってきた。
 星野SDが阪神球団内にとどまる限り、虎仙会は解散せずチームの応援を続けることは何度も書いてきた。会は星野SDを支え支援する組織として今後も運営し、下部組織の虎仙ファンクラブのメンバーは従来通り、観戦会やパーティーに参加してもらう。
 さて今年の会のスケジュールだが、まず2月17日に幹事会を開き、亡くなった巽悟朗会長の後任者を含む新年度役員を決める。
 4月9日は甲子園球場の今期開幕試合だ。この中日戦で一塁側ベンチ内がよく見えるオレンジシートを50席確保し、最初の観戦会を行う。参加費は別途。
 続いて4月17日午後6時から中之島のリーガロイヤルホテルで新年度総会を星野SDに出席していただいて開催する。例年はシーズン開幕前に開いていたが、星野SDが監督を退任した今年はこの日になった。虎仙会の持っている年間シート70試合分3席のうち何席かを、当日の抽選会で会員にプレゼントする。また、SDがずっと続けている難病チャリティーに協賛して、一部のシートは希望者にチャリティー販売予定。
 第2回の観戦会は、5月23日の巨人戦でアルプスの内野席B指定席を50席とった。参会費としたのは、試合前にホテル阪神で虎仙会副幹事長の毎日放送パーソナリティー、唐渡吉則さんのトークショーとディナーが付いてるためだ。虎仙会の観戦記念キャップも進呈する。
 観戦会は全部で6回行う予定なので、3回目以降は決まり次第お知らせする。
 年2回のゴルフ大会のうち、春の部は6月2日に西宮カントリークラブでの開催。星野SDと一緒にゴルフを楽しむ企画で、恒例のグッズプレゼントやサイン会を行う。参加者は20組80人を予定している。
 秋のゴルフ会はチャリティーとして協賛も募って10月中旬に行う計画だ。こちらは、倍の40組160人の参加を見込んでいる。
 いずれも問い合わせは虎仙会事務局、電話06-6942-3667まで。
 今年は、星野SD同様われわれ虎仙会のメンバーも勝負だけに一喜一憂する必要はない。もちろんタイガースには勝ってほしいが、広い意味での球界発展を視野に活動する星野SDをしっかりと見守り応援していかなければならない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年2月2日号

 虎仙会の会員に、大阪府箕面市に本部を置く株式会社「ロマンドール」代表取締役の大久保泰博さんがいる。ロマンドールとは、紙粘土による創作人形のことだ。夫人が創始者の「ロマンドール学園」代表、大久保奈稚子さんだ。
 昨秋の虎仙会優勝祝賀パーティーで奈稚子さんから、監督を勇退した星野仙一シニアディレクター(SD)に一体が贈られた。
 SDの亡き扶沙子夫人、リーグ優勝2日前に亡くなったSDの実母敏子さんらへの思いを込めて作られた。私も一目見て驚いたが「見事!」というしかない素晴らしい逸品だった。
 この手の陶器人形といえば、私も18世紀から続くヨーロッパの伝統窯「マイセン」に代表される人形や器などを知っている。ヨーロッパを旅行した時に各地で陶器人形や器の実物を見たが、「ある程度は量産可能」と聞いた。しかし、ロマンドールは完全に一作づつ手作りで、作品は非常に気品があるのも特徴だ。
 「マイセン」もドイツ国内より日本を含めた海外の評価が高いが、ロマンドールも海外で既にヒットしている。このブームを海外から日本に逆輸入すれば、より一層注目度が上がるのは間違いない。手先の器用な日本人の手による精密な作りは、ただ美しいだけでなく気品が感じられるからだ。
 昭和49年、大久保奈稚子さんによって生み出されたロマンドールは、現在全国チェーン展開により急速に広がっている。紙粘土人形の代名詞となり、「愛・自由・信頼」の精神を掲げた独自の家元制度により、毎年多くの卒業生を学園から輩出している。株式会社「ロマンドール」は学園で使用されるすべての材料の販売と学園運営面でサポートしている。多くの愛好者により、世界と日本の地域に深く根を下ろしつつある。
 星野SDは、人形に込められた大久保奈稚子代表の真心と情熱に感銘を受けた。そして人形を自室に置き、毎日眺めながら普及を応援してくれてると聞く。
 昨年のタイガース優勝もそうだったが、「人を感動させる」というのは素晴らしい仕事だ。このような作品を世に送り出している大久保夫妻を「虎仙会としても何とか応援できないか」と考え皆が動きだしている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年1月26日号

 昨年12月23日、天皇誕生日の夕にわれわれ「虎仙会」の会長を務めていただいていた大阪証券取引所の巽悟郎社長が腸閉塞のため、68歳で亡くなった。春先から同じ病名で入退院を繰り返しておられたが、あまりにも早い思いがけない別れとなり言葉を失った。
 亡くなる1週間ほど前に手紙をいただいた。B5判の用紙3枚にパソコンで打たれたもので、大阪の復権を熱く説き「124年の大証の悪しき伝統に終止符を打つため、改革に取り組み…」と思いをつづり、先物取引の先駆けとなった大阪・堂島の米取引所の設立に言及。それに尽力した加嶋屋の志に自らを重ねて、大阪証券取引所の今後一層の経営改革に意欲を見せていた。その加嶋屋が新撰組の近藤勇に返るはずもない大金を貸したことにも触れ、その証文のコピーも同封されていた。
 私にすれば「お元気になってまたその話をあらためて伺おう」と考え、昨秋の「虎仙会優勝記念パーティー」に出席していただけなかったのを残念に思いながらも、秘書の方を通じて「虎仙会のパーティーどうだった?」と気にかけてもらっていたことを聞き、退院の日を心待ちにしていた矢先の訃報。驚きと信じられぬ思いで脳天を打ちのめされた気になった。
 シーズン中は甲子園や遠征先の東京までタイガースの試合観戦に駆けつけられ、球場内の監督室で直接激励もしてもらった。今から考えれば、体調の優れない時もあったのだろうが、そうした弱々しい態度は決して他人に見せぬ方だった。優勝記念パーティーの時に、式次第の説明にうかがうと「ウンウン」と身を乗り出して聞いてもらい、あいさつの場面では「私の出番はココだね」と確認するようにニッコリされた笑顔が昨日のように浮かぶ。星野シニア・ディレクター(SD)について「男の中の男だ。スポーツマンや野球人として、というよりすべてに通じる闘将だ。考え方も立派だし、男が男にほれるタイプ。阪神も星野監督を大事にしないとダメだ」と力説し、リーグ優勝直後は「大阪に夢を与えてくれた。救世主だ」と最大級の賛辞を贈ってもらった。コシノヒロコさんデザインによる虎仙会の特製トレーナーを記念ゴルフコンペの参加賞として渡すことを計画し、見本を見てもらったが「ウン、これはいいじゃないか!」と喜んでもらった。
 チームの快進撃と相まって虎仙会は星野仙一個人後援会として日本一の存在になったが、これも巽会長の尽力があればこそ。早過ぎる死が本当に残念でならない。
 2月4日に星野SDと上山英介副会長や私ら虎仙会の有志が芦屋市六麗荘のお城のような豪邸に、お別れにうかがう。巽会長は生前「この家を星野君に見せてあげたい。落ち着くんだよ」と話されていた。結果的に、星野SDの初訪問がこんな形で実現しようとは…。返す返すも心残りだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2004年1月19日号

 今年の「虎仙会だより」は、季節が逆転し真夏のオーストラリア・ゴールドコーストでの、星野仙一シニアディレクター(SD)との親善ゴルフの話題からお届けしよう。
 12、13日の両日、サンクチャリーゴルフ場パインコースとグレースゴルフ場を使って、われわれ「虎仙会」有志と地元在住の日本人実業家ら16人による新年ゴルフ大会が開かれた。
 参加者は星野SDをはじめ、虎仙会からは上山英介、有光正男両副会長、足高達七事業委員長、虎取正剛東京支部幹事長、そして本部幹事長の私ら9人。飛び入りゲストとして、星野SDの親友である山本浩二広島東洋カープ監督も加わった。
 星野SDは、昨年暮れの阪神球団のゴールドコースト祝勝旅行に参加、いったん帰国してNHK紅白歌合戦の審査員を務め、新年になってすぐにハワイに静養に行ったところまでは結構報じられた。実はその後10日から再び別荘のあるゴールドコーストに戻り、1月20日に帰国するまでのんびりと過ごしている。われわれはそれに合わせて渡豪したわけだ。
 気温28度と暑いが湿気が少ない分カラッとしている。午前10時半開始で、もちろん星野SDが始球式を兼ねた第1打。ゆっくりとしたフォームで繰り出されるスイングは相変わらず華麗で、見事なショットは240ヤードの鮮やかなもの。山本監督のゴルフは現役時代の鋭いスイングを思わす豪快さで、ドライバーショットは文字通り弾丸ライナーの一打。2人の現役時代の面影を感じさせるシーンだった。
 広くて気持ちの良いコースだが、山あり谷ありの上に池も要所にあってなかなか難しい。若手の虎仙会のメンバーはさすがに飛距離は出るが“池ポチャの落とし穴”が待っており、一同大笑いで和気あいあい。
 地元の方々は長い人生で在住20年にもなるベテランばかり。星野SDが長年のゴールドコースト市との付き合いを認められ、タイガース優勝に合わせてこのほど名誉市民となった事を一番喜んでおられる人たちだ。会場となったゴルフ場コースも彼らはよく慣れており、攻め方のアドバイスなどもしていただいた。
 修了後は市内の和食料理店「山玄」で刺し身とすき焼きを食べながら表彰式。ここは観光コースにも近く、いつもなら日本人客と一緒になるのだが、店の配慮で離れを用意してもらい落ち着いた雰囲気で杯を上げた。星野SDは「久しぶりに気心の知れた方たちと回れて楽しかった。キャンプまで、ここで思い切り羽を伸ばして休暇を楽しみます。」と話し、最後は全員で「六甲おろし」を歌って大いに盛り上がった。