2005年

大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年12月8日号

終わりよければすべてよし
 先月25日の虎仙会主催の「星野仙一SD(シニアディレクター)に聞く/2005年を振り返って」の楽しい雰囲気は、先週の写真グラフで一般ファンの皆さんにも十分伝わったと思う。
 終了後、SDは『盛大なパーティーやったね。選手たちがたくさん来てくれてうれしかった」と喜んでくれた。トークでも「今日はチームの主軸がみんな集まってくれた。これだけのメンバーがそろうのは球団行事だけですよ。私が頼んで集まってもらったんじゃないですよ。私は選手に借りを作るのは嫌だから、でも本当にありがとう」と感謝していた。
 この言葉にわれわれ実行委員も感激した。準備の苦労が報われて「また、やりましょう」という気分にさせられた。会場ではSDをはじめ、虎仙会トッブが入り口で立礼したが出席者が立ち止まって握手を求めたりするので、すぐに渋滞を起こしてしまった。そして金本知憲、矢野輝弘、桧山進次郎、今岡誠に藤川球児の各題手と評論家の八木裕さんにはトークタイムまでゆっくり食事をしてもらうつもりだったが、記念写真やサインを求めて人が殺到してしまい、あらためてその人気ぶりを見せつけられた。
 日本郵政株式会社の初代社長に決まったばかりの西川善文虎仙会会長は超過密スケジュールの中で無事出席していただいた。パーティー当日は午前中会議をこなし、牛後からは次々面談〜羽田から飛行機に飛び乗り、伊丹の大阪空港からタクシーを飛ばしてパーティー会場のリーガロイヤルホテルヘ。食事もそこそこに、牛後8時には会場を出られ、大阪空港から帰京された。つい先日まで入院されていたとは思えぬ元気さで「退院後もう4回ゴルフに行ったよ」とケロッとされている。郵政会社発足前でこの調子だから、就任後の多忙ぶりは想像が付く。開会あいさつで「星野さんに“日本シリースで敗れ残念”と話したら、“10月までタイガースの野球を見られ、幸せですよ”とたしなめられた。そういえば過去には、5月でシーズンが終わっていたこともあった。ちょっぴり反省したが、本音はやっぱり日本一になってほしかった」と会場を和ませていただいた。
 SDから皆が聞きたいことはたくさんあった。「巨人入り騒動」「村上ファンド」「リーグ優勝とシリーズ4連敗」。しかしへSDはあえて多くを語らなかった。出席者の方もそれを承知していてくれた。最初のトークタイムでは「私の現役時代は“あのV9時代のジャイアンツ・キラー”と自慢したもんです。今は、その巨人が弱い。子供たちに“巨人相手に強かった”と言っても“それがどうしたの、勝つて当たり前でしょ”と言われる」と笑いを取った。ただし、本音をチラッとのぞかせたのは、選手と一緒に壇上に並んだ時だった。「来季は連覇できますか?」という質間に対し金本選手の「どうしても油断するんで大変」という答えを開き、SDが「人間だから“勝ってうれしい”は当たり前でそれでいい。ただし、今のプロ野球は各チームの戦カが非常に接近している。故障者が出なかったチームが優勝するんです。これ
には監督やコーチに、頭やハートの故障がないことも大切」とやった。言うまでもなく、日ごろから非常に発言を慎重にしている中で、SDはあえて『岡田監督の慢心』を戒めたのだろう。
 上山英介虎仙会筆頭副会長は開会のあいさつで「西川会長は銀行界から郵政会社に華麗な転身をされた。星野さんの来年の予定は聞いていないが、同じように華麗な転身をしていくんじゃないか」と言われた。SDが地位を求める、というより西川会長と同じく周囲から『三顧の礼』で迎えようとする機会は多くなろう。決断はSD次第である。
 最後に、私の出版した「われら星野党/星野仙一・夢に向かう道のり」(彩流杜・1470円)について触れておく。パーティーの記念品として全員に差し上げた。会場では、私にまで「本にサインして下さい」という方で行列が出来た。最初で最後の経験かもしれないが、少しだけSDら人気者のご苦労が分かったような気がした。
 その文中でも触れているが、私が過去に本紙紙面で提案した「タイガース株式上場案」を参考にしたのか、村上ファンドが唐突に阪神電鉄本社へ同様の提案をして世の物議を醸した。一見同じに見えても「チームヘの愛情」と「まず金もうけ」ではその発想の発端がまったく違う。いずれにしても阪神電鉄は、彼らにすきを見せた自らの非を認め金の亡者どもとは一刻も早く縁を切らなくてはならない。
 SDと私は年末年始恒例行事となっている「オーストラリア・ゴールドコースト」での年越しのため、間もなく渡豪する。いろいろあったが、本当に「終わりよければすべてよし」を地でいくような今年一年だった。
 今年のこのコ一ナーは今週で終わるが、来年も星野仙一のため、阪神タイガースのため、そして、何より応援して下さる多くのファンのために書き続ける決意だ。それでは一足早く、どうぞよいお年を。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年11月30日号

リーグVで豪華顔触れ
にぎやかに秋季パーティー

 星野仙一阪神タイガース付きシニアディレクター(SD)の個人後援会「虎仙会」(名誉会長・福井俊彦日銀総裁、会長・西川善文日本郵政株式会社初代社長)の秋季パーティーは「星野仙一SDに聞く2005年を振り返って」と題して25日、大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで650人が出席して開かれた。
 今年は2年ぶりのリーグ優勝を果たし、リーグMVPの金本知憲外野手、前選手会長の今岡誠内野手ら選手も多数参加。OBの野球解説者・八木裕さんや阪神ファンの漫才師・オール巨人さんも顔を見せ、司会は「ミスター・トラ」こと毎日放送ラジオのパーソナリティー・唐渡吉則さんと豪華な顔触れ・
 記念品として3年半の本紙(大阪日日新聞)連載コラム「虎仙会便り」をまとめ、このほど出版された「われら星野党/星野仙一・夢に向かう道のり」(西中和光虎仙会幹事長著 彩流社刊)が配られた。
 華やかなパーティーの様子を写真で紹介する。

画像はクリックで拡大します。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年11月23日号

楽しみな「パーティー」
 秋恒例の「虎仙会パーティー」が25日に迫った。今年は2年ぶりにリーグ優勝したことへの、会としての祝勝の意味もある。再び日本一は逸したものの、ゲストとして現役選手も多数参加する予定で華やかな会になりそうだ。
 中之島のリーガロイヤルホテルで午後6時半に開会。司会ほ春の総会後と同じ虎仙会副幹事長の毎日放送パーソナリティー、唐渡吉則さん。アシスタントは、私がお世話している吹矢協会関西支部へ取材に訪れてくれて知り合ったNHKラジオ「関西ラジオワイド」のリポーター、岸ゆかりさん。
 予定されているゲストは、主賓の星野仙一オーナー付きシニアディレクター(SD)はもちろん、毎日放送野球解説者の八木裕さん、現役から金本知憲、矢野輝弘、桧山進次郎、今岡誠、藤川球児の各選手だ。
 開会のあいさつは、このたび日本郵政株式会社初代社長就任が決まった虎仙会会長の西川善文三井住友銀行特別顧間。奈良出身で阪大法学部の生粋猛虎党だけに、優勝の感激を込めお話をいただけるはずだ。ゲスト紹介後、公務の都合がつかなかった虎仙会名誉会長の福井俊彦日銀総裁の名代として稲葉延雄日銀大阪支店長(理事)が乾杯の音頭を取る。
 待望のSDの「今年の総括」トークがあり、ディナータイムに入る。食事中は、会場に今年のチームの栄光への足跡を振り返る映像が流される。この間、SDから関下啓セレクション社長に代表してプレゼントの優勝記念トレーナーを受けてもらう。虎仙ファンクラブのメンバーでもあるたこ焼きチェーン「くれおーる」の加西芙子社長から、参加者全員の席に焼きたてのたこ焼きが配られることになっている。
 食事が終われば、お待ちかねのアトラクションタイム。選手へのインタビューに始まり、SDや唐渡さんも交えて、会場からの質問も受け付ける。選手が持参してくれたグッズを中心としたオークションもある。今年コンビ結成30周年の漫才のオール阪神・巨人さんも駆けつけてくれる予定で、今になっても何が飛び出すか分からず、うれしい悲鳴を上げている。
 また会場入り口では、虎仙会が特別製作した「2005優勝記念」の白とピンクの派手なハッピも限定即売する。
 一方、例年はパーティーの前後の日に開催していた虎仙会親ぼくゴルフコンペは、12日に鳴尾カントリー倶楽部で68人が参加して一足先に終了した。
 ゲストは、野球評論家の八木裕さんとデザイナーで虎仙会婦人部会長のコシノヒロコさん。名門コースだけに、土曜はかなり込み合っている。人数限定したが「ぜひに」というクラブメンバーからの頼みもあり、虎仙会員以外にも何人かを加えて催した。すると会員外でクラブメンバーの達城久祐さんがグロス78とコースを知る強みを発揮し優勝。SDはイン、アウトともに41で回りしぶとく3位に食い込んだ。私や上山副会長は30位台と振るわなかった。優勝した達城さんはすっかり恐縮し、虎仙会への入会をその場で約束して下さった。
 いつものように、経営トップが虎仙会メンバーでもある大宝建設、セレクション、ダイリキ、紀伊産業などから豪華で楽しい賞品の提供があった。参加者から集めたチャリティー基金はいつものように白血病財団に寄託した。
 今年もSDの周辺では「巨人入りのうわさ」や「村上ファンド」などいろいろな出来事があった。世間の年末には少し早いが、野球人にとっては11月31日が契約上の最終日で、12、1月は保有権の問題とは別の意昧で球団行事から拘束されないフリー期間。そして、キャンプインする2月1日から新年度の契約期間スタートとなる。それはSDにとっても、立場は変わっても慣れたサイクルだ。よい形で今シーズンを締めくくれる納会的なパーティーにしたいと思っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年11月16日号

阪神とは長い付き合い

役員対談  上山英介副会長 日本除虫菊会長

−4年前、大阪商工会議所を中心に「星野阪神の支援を」との声が上がり、虎仙会メンバーは飛躍的に質量ともに増大しました。その時、中心となっていただいた。
 「松柏学院の足高達七理事長の紹介で(星野仙一監督と食事したんです。私は巨人軍の財界応援団『無各会』を意識して、会を立ち上げるつもりで『新仙組』と名前まで決めていた。構想をお話しして何回かお目に掛かるうちに、西中さんを紹介された。そのころにはすっかり監督の人柄に引かれていたので、合流に異存はありませんでした」
−2代目会長に巽悟朗大阪証券取引所社長、名誉会長に福井俊彦日銀総裁を紹介していただいたのも、上山さんのおかげでした。
 「巽さんは光世証券会長から大証社長になったばかり。会合で会い『星野さんを中心とした会を作ろうと思う。どこのファンですか?』と聞いたら『元は阪急。今は空き家です』とのお答え。それでお願いしました。その巽さんが福井総裁と懇意で、名誉会長就任を依頼して下さった」
−上山さん自身は古い阪神ファンとか。
 「生まれ育ったのが甲子園球場の近く。藤村宮美男さんの時代から応援しています。その後も『金鳥』のCMに掛布選手を使った時、85年の『掛布、バース、岡田のバックスクリーン3達発』があり日本一になった。タイガースとは長い付き合いですね。
−星野監督時代の2年間を振り返って。
 「最近、沖縄キャンプまで見に行くんです。1年目は『コーチが多く感じる』と思った。選手とギクシャクしていたんですね。ところが、2年目には一体感があり、互いの動きがキビキビしている。『これは優勝するぞ』と直感したらその通りになった」
−星野野球は闘志が表に出る。
 「野村さんにも期待したけどIDもいいが暗かった。その点星野さんは明るいだけでなく裏で非常にち密。キャンプ中監督室に招き入れられ驚いたが、実に多種多様なデータが積み上げてあった。そういう面はあまり部外者には見せませんがね」
−名古屋から関西へと移り、気苦労。も相当多かった。
 「阪神監督就任直後に名古屋に行ったら、中日ファンの言動が厳しいんです。星野さんも相当悩み抜いての阪神入りだったろうね。だからこそ、今回の巨人入り騒動も苦しんだと思いますよ」
 −結果として阪神に残りましたね。
 「私は『あれは巨人からのつり球で、手を出したらダメ』と思っていましたからホッとした。よく残ってくれました」
−しかし、今の巨人には星野イズムのような厳しさも必要。
 「組織を抜本的に改革するには外様でないと出来ない。生え抜きでは大なたは振るえない。日産もカルロス・ゴーンさんだから出来たんです」
−最後に人間星野仙一について。
 「その時の立場を超え、学生時代の先輩後輩や仲間を大切にする方。非常に気配りと礼儀正しい人ですよ。キャンブ地で、清掃係員の女性にも丁寧に応対する姿を見てそう感じました」

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年11月9日号

球界に求められるリーダー像
 3日に神戸の流通科学大学で営まれたダイエー創業者の中内功さんの学園葬に参列した。祭壇には故人が生前好んで使った「ネアカ、のびのび、へこたれず」の言葉が掲げられ、にこやかな表情で花の中からわれわれに笑顔を送っていた。私はダイエー本社の開発立地部門と秘書室で約11年間すぐそばで仕えたが、こんなにこやかでやさしい顔は見たことがない。
 日本スーパーマーケット協会長の清水信夫ライフコーポレーション会長兼社長は「中内さんがおられなければ、日本のスーパーはとっくに外資にやられていた。中内さんの功績は10年後に必ず再評価される時が来る」とおっしゃっていたが、その通りだと思う。私にとっては仕事上での師以上の親のような存在であり、決して超えることの出来ない大きな目標でもあった。第一線を退いて静かな余生を送るはずの方が、金融再編という時代の波にのまれ私財まで投じる姿は本当にお気の毒だった。あらためてお別れとお礼を述べ、静か
に手を合わせた。
 一昨年4月に中内さんと話した。独立事業家となった私に「手を広げ過ぎるなよ」とやさしく忠告してくれた。私が虎仙会の世話をしていることを話すと、中内さんは「君はダイエーならぬダイガースやな。私はダイエー一筋や」とにこやかに笑った。「近いうちに神戸で飯を食おう」と誘われたままとうとう果たせなかった。
 中内さんの功績は現在の球界を見れば分かる。オリックスやTBSが新たにオーナーとなり、球団経営に参加した。昨秋はライブドアの参入騒動に始まり、近鉄の消滅と楽天の新規参入が相次いだ。こうした動きを見る時、不人気の南海ホークスを買収し九州に本拠地移転させ、福岡ダイエーホークスとして巨人をしのぐ人気球団に育て上げた経営手腕こそ見習う点が多い。
 実際に買収する数年前から、私は中内さんの指示で南海ホークスヘ交渉に出向いた。時の川勝オーナーから「ダイエーには売らん。帰れ!」と怒られ、悔しくてならなかったこともあった。
 福岡に本拠を移したホークスは、小久保、井口、松中、城島ら有力選手を次々とドラフト指名で獲得。巨人のように派手なトレードやFAによる選手補強はしなかったが、今の中心選手はどれも「是非ホークスに入りたい」と希望して新人で入団してきた連中が多い。
 しかも集客に関し、オーナー代行の中内正さんや現ロッテ球団代表の瀬戸山隆三さんらダイエー本社で鍛えられた幹部が頑張って今日の礎を築いた。雨後のたけのこのようなIT企業によるプロ野球の新規参入を見るに付け、苦節10年中内さんの確かなビジョンとスーパー業界という厳しい実業世界で培ったノウハウが今のプロ野球に欠けていることが分かる。球団を新たに経営するつもりなら、中内正さんや瀬戸山さんのような人材が是非必要だ。ダイエーで鍛えられたカが今こそ求められていると思う。
 学園葬会場で虎仙会会長の西川善文三井住友銀行特別顧間と出会った。西川会長は、村上ファンドが阪神電鉄株を買い占めた際に「球団社長に起用しては?」と村上世彰氏からその名前が出て、一時黒幕のように言われたがこれまでかたく沈黙を守ってきた。「そうらしいねえ。でもぼくは全然知らないよ。情報から隔離されていたんだから」と笑った。聞けば一時体調がすぐれず入院しておられたそうだ。当然周囲はそんな時に、新聞などを本人には見せない。会長は外の騒ぎも知らずにノンビリと過ごされていたことになる。
 星野仙一シニアディレクター(SD)とともに先月上旬に訪中して、国際オリンビック委員会のジャック・ロゲ会長と面談したことが話題になった。「当初はぼくも同行するつもりだったんだ、残念だったなあ。そうか、ロゲさんに会ったの。そりゃあ、すごいね」と目を輝かせられた。
 先のオーナー会議では楽天のTBS株取信間題が話し合われたが、結局何も結論も出ないまま経過眺めで継続審議になつた。真の球界改革に向けて計画と情熱を併せ持つ中内オーナーのような人物が今こそ球界に必要とされている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年11月2日号

星野SDらしい頑固さ
 日本シリーズがあっけなく4試合で終わって既に1週間が経つ。今年は日米とも頂点に立った千葉ロッテ・マリーンズとシカゴ・ホワイトソックスは『4連勝負けなし』だった。短期決戦に勢いは付き物だが、今年の阪神のように4試合の総得失点が「4対33」という極端なケースは日本では新記録だそうだ。
 私は大阪日日新聞の野球評論家として日本プロ野球組織から交付されたシリーズ用入場証を首から下げ、第3、4戦を見た。阪神甲子園球場での入場券はとっくに完売、幻となった第5戦分は定価の何倍もの価格でチケットショップで売買されていたそうだ。慣れた関係者入り口に行くと、多くのファンが「何とか切符は手に入らないだろうか? ダメならせめて雰囲気だけでも」と願い、行き交う人々を見ている。入場証を下げた私にも熱い視線が突き刺さり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。と、同時にタイガースという球団を取り巻く環境のありがたさをあらためて感じた。
 第3戦前の球場内通路で瀬戸山隆三ロッテ球団代表とバッタリ会った。
 彼は以前スーパー「ダイエー」の人事部にいて、その後球団買収に伴い福岡ダイエー・ホークスに移り最後は球団代表を務めた。彼のサラリーマン時代、私は北海道ダイエー社長だったので勤め先の先輩にあたる。ロッテ球団に代表として迎えられ、ファンサービスに徹し今日の隆盛を築いた功労者だ。昨年からのプロ野球再編の渦中で、選手会との窓口役として活躍し今年のセパ交流戦実現を取りまとめた。
 「強いやないか?」と私が声を掛けると、瀬戸山代表は「はい、おかげさまで。千葉で2ついい勝ち方をさせてもらいました。これで少しは、こちらに流れが来ますかねぇ? 甲子園で1つ勝って(千葉に)帰ることができれば最高なんですが」と営業的希望観測も加えた謙虚な話しぶりだった。
 ところが第3戦も、1、2戦のビデオを見ているような阪神の惨敗。あっけなくロッテに王手がかかった。その夜は、外野席のタイガースファンが怒って物を投げ入れたり、小競り合いがあったりして警備員が出動、騒ぎを収めるのに懸命だった。記者席背後にまでば声が飛び、場内は険悪な雰囲気になった。
 私ほ「明日は大丈夫かな?」と一抹の不安を抱いたまま、翌第4戦の記者席に座った。結果的に4連敗したが、この試合は接戦だったので阪神ファンは「よくやった」と選手に終始温かい拍手を送ってくれた。つらかったのは、最終回の無死一墨と絶好の同点機に虎仙会のパーティーでも常連となったチームの要、矢野捕手の送りバントが、三墨への小飛球となり一瞬で併殺となってしまった場面だ。チームの敗戦を独りで抱え込み悔しさを全身で表し、敢闘貿の商品を手にしても笑顔が戻ることはなかった。将来の監督侯補だけに、この敗戦を貴重な糧にしてもらいたい。
 その夜、星野仙一シニアディレクター(SD)に電話を入れた。聞けば、4戦ともずっと自宅でテレビ観戦していたという。来月の虎仙会優勝祝勝会や正月の豪州旅行の話になった。「先日の中国出張は楽しかったな。ホンマにええ休養になった。そうや、あのとき一緒に行った人に集まってもろて“反省会”やろか?」とSDは言う。あまりにも野球の話をしなさ過ぎるので、逆に「試合、見ててどない思たんや?」と切り出してみた。もちろん、SDがあえてシリーズの話題を避けていることは分かっていた。「はははっ、お父さん。オレは一切、何も言わないよ」とSDは答えた。
 素人の私が見ても、短期決戦における岡田監督のさい配ミスは明らかだ。それでもSDは批判がましいことは何も口に
しなかった。思えば、シリーズのテレビ解説を断った時からそう決めていたのだろう。だから私にも言わない。SDらしい頑固さだ。こうして今年の阪神タイガース公式戦は、すべて終了した。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年10月26日号

IOC会長と顔合わせ
 星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)は、13日から5日間中国にいた。国際五輪委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長と会い五輸での野球競技復活を直訴し、阪神タイガースが提携している上海イーグルスの現状を視察するためだ。
 『星野とロゲ』のビッグな顔合わせは16日夜の上海市で実現した。仲介してくれたのは、私の親友でもあるIOC委員の予于再清中国五輸委員会常任委員(国家体育総局副局長)。夕食のクルージング船上で、われら一行を紹介してくれた。ロゲ会長は2008年の北京五輸の準備状況視察のためほかのIOC委員とともに、南京市で行われた第10回全国運動会(日本での国民体育大会)開幕式を訪れていた。こういう時に単刀直入なのが、SDの持ち味だ。あいさつもそこそこに「五輪に野球競技を復活して下さい」と切り出した。ロゲ会長はベルギー人だが、非常にきれいな英語を使う。SDの言葉にうなずきながら「熱意は十分に感じています。検討しなければいけませんね」と約束してくれた。
 SDは出発の直前まで迷っていた。11日に村上ファンドの村上世彰氏が電鉄本社に乗り込んで来て、同日夜にはSD自身が民放ニュース番組2つに出演し反撃を開始した直後だったからだ。世間の耳目は「いつ村上と星野は再び相まみえるか?」に注目していた。
 SDが最も気遣ったのは、日本シリーズを前に調整を続けるタイガースナインのことだ。「この上、オレが何か発言すれば必ずマスコミが報じる。その度に選手は動揺する」と判断し、あえて日本を離れた。
 私やダイリキ社長の高橋健次さんら虎仙会の気の置けぬメンバーが同行した。最初の2日間はSDに気分転換してもらう目的で、杭州のリゾートクラプ「宮春山居」に連泊し、仲間だけでゴルフや食事をゆったりと楽しんだ。SDは「こんなにリラックスしたのは久しぶりや。ありがとう」と喜んでくれた。
 15日朝に上海市へ移動、于再清委員と再会した。本来なら上海市の体育局副局長である韓秀芳上海棒球協会長も同席するはずだが、姿が見当たらない。聞けば12日に開幕した全国運動会で、上海市の成績が振るわずその対策に必死になっているという。五輪に向け国内各市が競争している一端を垣間見た思いだった。
 夜は上海イーグルスの関係者にチーム強化状況などを聞き一夜明けた16日、われわれは于委員の案内で、市郊外の上海国際サーキツトで行われているF1中国グランプリを見学した。この日が最終日の本選だ。今年のF1の最終戦でもあり、場内はすごい熱気だった。ここのサーキットは漢字の「上」をモチーフにコース設計、われわれのボックス席は直線コースと急なヘアピンカーブを一望できる好位置である。
 初めてF1レースを観戦したSDは爆音をとどろかせて走り去るマシンに驚きながら「躍動感とスリルがある。すごい競技だな」と感心していた。私は長年の中国の人々との付き合いを思い起こしながら「本当に素晴らしい国に発展した」と感激のあまり、思わず涙ぐんだ。と、于委員が「中西さんどうしました?」とポックス席に飛び込んできた。聞けば、コースを挟んで反対側の競技チェック用の塔屋から双眼鏡で私たちの席が偶然見え、私が泣いているのに気付き驚いて飛んできたそうだ。「そうじゃないんだ。感激していたんだ」と話すと、于委員も大きくうなずいて、2人で思わず抱き合った。
 同日夜にロゲ会長との船上パーティーがあり、われわれ一行は翌17日に関西空港に戻った。機内でSDは「一言でアジアと言っても広い。野球はやはり、日本をはじめとする中国、台湾、韓国などの東アジアの国々で盛り上げなアカン。これからはそこをポイントに指導普及せんといかんな。それにしてもIOC会長に会えるとは思わなかった。非常に有意義だったよ、お父さん」と私に熱っぽく感想を話した。
 SDは早くも18日には「マスターズ甲子園2005」の名誉会長として球場内で記者会見。夜には牧田俊洋球団社長とFA補強などで意見交換しでいる。11日以降、村上ファンドに対して一切の発言を封印し、繰り広げられている日本シリーズのテレビ解説も断った。そこには「裏での活動は見せるものではない」というSDらしい筋の通し方が見てとれる。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年10月12日号

タイガースは公共のもの
 リーグ優勝直前になって噴き出した旧通産官僚、村上世彰氏(四六)率いる通称「村上ファンド」の阪神電鉄株大量買い付けは、次第に深刻な事態に向かっているようだ。
 ファンド会杜の本来の姿は「上手な株式運用で利益を出し、出資者に還元する」。ことだが、実態はそうとばかり行かぬ。
 ニッポン放送株大量買い付けで親会社のフジテレビを揺さぶったライブドアの掘江貴文社長が注目されたが、バックに「村上ファンド」が居たことがうわさされている。彼らの手口は、公開株を隠密裏に買い集め、それをバックに経営陣に無理難題を吹っ掛け手持ち株を高値で買い戻させて利益を得る、という方式だ。小泉首相の市場開放政策で、これまで日本企業で常識となっていた乗っ取り防止のための株式持ち合いの解消という流れを受け、一気に台頭してきた米国式自由経済の鬼っ子だ。ひと昔前ならモラル上「乗っ取り屋」「特殊株主しと見下されていた行為である。
 日本企業は総じて、こうした仕手戦まがいの株式買い占めに弱い。阪神も含め電鉄会社は本来地道な企業だけに株価の乱高下は少ない。明らかに阪神電鉄株は夏ごろから急上昇していたのに、電鉄役員は「タイガース優勝を控えたご祝儀相場」と思い込んでいたというから経営者失格である。「村上ファンド」側は、時期が来れば電鉄株に化ける阪神百貨店株や電鉄転換社債まで周到に買い進めていたのにもまったく気付かなかった。
 その「村上ファンド」と私たちの虎仙会が一時「関係があるのでは?」と見られかねない出来事があった。電鉄とファンド側が話し合った時に、ファンドから「タイガース株の上場とタイガース球団社長の交代」の要求があり、しかもその社長候補として「福井俊彦日銀総裁や西川善文三井住友銀行特別顧間の名前が出た」というのだ。
 虎仙会は、名誉会長に福井総裁そして会長は西川特別顧間である。株式上場についても2年前のリーグ優勝前の時期に、私がこのコラム欄や週刊誌上で「阪神電鉄が半分以上を持つ筆頭株主になり、上場したら?」と提案している。偶然の一致にせよ、これでほ勘繰られてもしょうがない。
 もちろん、今回のことと虎仙会は何の関係もないし、まして星野仙一シニアディレクター(SD)が関与している事など一切ない。強いて言えば、われわれの会のトップはファンド側も評価するほどの超がつく一流経済人であり、私の株式上場提案は村上ファンドのような企業利益に敏感な連中が見れば「極めて魅カ的かつ妥当なアイデアである」ということだ。
 SDは3日にこの件でスポーツ紙記者の質間に答え「タイガースは公共のもの。ファンが許さない。私も球界に世話になった者として、またタイガースを愛する者として許せない」と激怒した。これに対して村上氏自身が5日反論し「星野さんは書かれた本も読み共感している。球界やタイガース
ヘの思いは同じ。直接会って話したい」と提案した。こうした流れの中で電鉄本社からの要請を受け、SDは早速7日に村上氏と直接会っている。SDの経験と知識を考えれば阪神サイドで唯一、村上氏と渡り合える能力があるからだ。
 それにしても村上ファンドもタイガースとはよいところに目を付けたものだ。上場も簡単ではない代わりに、電鉄がタイガースを別の企業に売り渡す“焦土作戦”は野球協約上で制限されている。
 阪神電鉄は関西5大私鉄と言われながら、他の近鉄や阪急などに比べ路線総延長など本業の体力面で極端に劣るのに、プロ球団だけは日本一の人気者を抱えるというアンバランスな弱点を突かれた格好だ。結局、ファンド側としては「現在の電鉄経営陣に音を上げさせ株を買い戻させるか、逆に経営参加し企業体質を向上させ株式価値を半永久的に高めて利潤を得るか」しか選択肢はない。
 昨11日に村上氏は電鉄本社正面入り口からやってきて西川恭爾社長と対面したが、具体的交渉までには至らなかったようだ。ここは再度SDに、本格対話してもらわないと「解決の糸口は見いだせない」と感じているファンも多かろう。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年10月5日号

「星野がすべて変えたんや」
 9月29日午後8時49分、阪神タイガースの2年ぶりのリーグ優勝が決まり、就任2年目の岡田彰布監督が阪神甲子園球場に舞った。
 その時、星野仙一シニアディレクー(SD)は球場2階のロッカールーム内のテレビで歓喜の輪の一部始終を見ていた。一建のセレモニーも見届け、ロッカールームに戻ってくる岡田監督やコーチ陣、選手や裏方さんを祝福しねぎらった。祝勝会場に向かうナインとは別にSDは早々と球場を後にした。コメントを求めようとする報道陣にワッと取り囲まれたが「今日はユニホーム組のお祭りなんやから、オレがしゃしゃり出ることはないんや。ロッカーで皆と握手したからもうええんや」とだけ歩きながら答え、表立った優勝コメントは一切差し控えた。
 私はその光景を見ることなく、甲子園の記者席で試合開姶から終了までチームの様子を取材していた。ウイニングボールを取った金本がうれしそうにマウンドまで走り込み、一達の表彰式と場内一周まですべてこの目で確かめた。同じ記者席にSDの明大野球部の先輩に当たる元タイガースのヘッドコーチで野球評論家の一枝修平さんの姿があった。
 「星野のおかげだよ」と一枝さんは切り出した。「見てご覧よ、今の巨人を。つい5年前までウチぱああして優勝チームの引き立て役やったんや。それが今や逆。星野が来てなかったら、阪神のフロントと親会社は変わらんかった。星野がチームのすべてを変えたんや」と感慨深げだった。
 ユニホーム組の例として、下柳、金本と昨年限りで引退した伊良部のベテラン3人を挙げた。「一筋縄でいかん連中ばかり。星野が居なかったら絶対に彼らは働いていないよ。星野だから使いこなせたんや」。こうしてちゃんと見ている人物が球界には実に多くいる。
 その日、私とSDは昼下がりに芦屋の喫茶店で会っていた。「今日決まりそうなら、七回ごろに行くよ」と約束してくれた。その時に「今日はマスコミに一切コメントしない。いろいろ来ていた日本シリーズのテレビ解説は全部断った」と言う。チームの優勝に水を差すことのないように、との一流の配慮だ。
 私には本音でしゃべるから、どこにも出なかった今年の優勝についてのSDの感想を披露しておこう。
 「岡田監督も言っていたが“何でも分かって自分たちから動いてくれる選手たち”が本当によくやった。野球を知っている運中が多いからできるんや。岡田は鳥谷をよう辛抱して遊撃で使い切ったよ。そういう意味では抑えの藤川と久保田もやけど、これは彼らが最後までよく頑張った。それにしてもあの頼りなかった藤川がようやりよったなぁ。目立たんけど久保投手コーチの力も大きいよ。それと岡田は選手を競争させるのがうまい。野手で桧山とスペンサー、藤本と関本。こういう使い方は岡田でないとできない」と後任監督を評価した。
 選手で真っ先に名前を挙げたのは金本と矢野だった。 「金本の4番は50年に一人の選手だよ。チームの要として矢野が実直に野球に取り組んでいる姿勢が他の選手に無言の励みになっている。本当の名キャッチャーになりおったな」とほめた。次いで今岡だ。「周囲はあれだけ打点を稼げたの
は金本のおかげ、と思っているみたいや。そうやないよ、今岡の力や」と評価した。そして下柳については「まだあれくらい行けるんやったら、オレが居たら伊良部ももう少しやれとったかも知れんなあ」と笑った。
 最後に気遣ったのは腹心の島野総合コーチだ。「体が大分シンドいみたいや。来年はもう少し楽なポジションで仕事をさせてやらなアカンな。ただしチーム内に置いておくよ。絶対粗末にしたらアカン。いざという時居てもらわんとな」と、その労をあらためてねぎらった。
 優勝を決めた伝統の一戦は、今年のチーム力差のすべてを見せたような象徴的な試合展開だった。マジック1となり、緊張したのは阪神ナインではなくずっと下位に低迷し続けた巨人の選手だった。立ち上がりからエラー絡みの失点。動きの悪い野手が若い投手の足を引っ張り、試合の帰すうは二回終了時点で早くも終わっていた。
 最終回に抑えの久保田から1点を奪って完封負けを免れるのがやっと。それも打者が食らい付いて安打を重ねた、と言うよりVマウンドに興奮した若い久保田の投げ急ぎからの失点で、チームにとって明日につながる内容とは言えなかった。
 最後にもう一度一枝さんの言葉で締めくくろう。「阪神は安心したらアカンよ。チームを強くするのは大変だが、落ち
る時はアッという間。フロントや親会社がちょっと手を抜いたらすぐやで。星野がにらみを利かせとる間は大丈夫やけど」。読者の皆さんに、今年の優勝とSDの存在の相関関係はこの言葉で十分理解していただけたと思う。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年9月28日号

威圧感の中にもオーラ
役員対談 野田武臣・顧問(大宝グループ会長)
 −虎仙会副幹事長の毎日放送パーソナリティー、唐渡吉則さんとのご縁で入会いただいた。
 昨年、唐渡さんの個人後援会「ミスタートラの会」の会長に就任したんです。その関係で、昨秋の虎仙会パーティーに初めて出させていただいた。すると、結成わずか3年で福井俊彦日銀総裁をはじめとする、そうそうたるメンバーが役員になっておられる。星野仙一さんの人脈の広さに今さらながら驚いています。
 −われわれ役員も、野田会長の人柄を見込んでいきなり『顧問』という重責を担っていただいた。
 最初はそれほど感じなかったのですが、仕事先で「虎仙会でお目に掛かりましたね」というあいさつを受けたりして、自分でも気付かないうちに人の輪が大きく広がっていると感じます。
 −やはり星野仙一という人間の魅力でしょうね。
 一連の「阪神残留か、巨人監督か」という騒ぎの結論を見ても「星野さんは決して金や名誉で動く人ではないしと皆が分かったと思うんです。私も経営者としていろいろな方と会いますが、星野さんは笑顔で握手をしておられても、どこか威圧感がある。勝負の世界に生きてきた方のオーラで
しょうか?
 −もし巨人に行っていたら、どうなっていたでしょう。
 私ば残っていただいてホッとしていますよ。でも、監督ではなくGMだったら「今まで通り虎仙会を続けて行けるかな
?」とか思っていました。
 −昔からの阪神ファン?
 いや、出身が長崎県壱岐市ですから物心付いた時から西鉄ライオンズのファンです。特に鉄腕稲尾和久と怪童中西太が大好きでした。仕事で大阪に出て長女が阪神ファンになり、それこそバース、掛布、岡田の3連発の時代で、私も応援するようになりました。
 −その阪神は今日28日からの巨人戦でどうやら優勝を決めそうです。印象に残った選手は?
 一繕にゴルフで回ったこともある矢野君ですね。金本、今岡両選手のような派手さはないが、コツコツとやっていいと
ころでは必ず打ってくれる。私は昨年引退した八木君と仲がいいので、その関係で開本、久慈、沖原(現楽天)といった選手が昨冬の社内忘年会にゲストとして来てくれた。やはり彼らにも頑張ってほしいです。
 −本業について聞かせて下さい。
 門真市の国道163号沿いに本社があるのですが、建売住宅建設販売の「大宝建設」、老人ホーム建設施工の「大宝実業」、住宅資金ローンの「タイホウ」の3社を経営しています。家族の和と時代の流れを取り入れた家造りがモットーです。
 −野球以外のスポーツにも力を。
 10月に関西初の女子プロゴルファーによるシニア大会を主催します。今、女子プロゴルフは若手が次々台頭していますが、高齢化社会の中でシニアを忘れてはいけない。これを機に関西各地でシニア大会が開かれることを願っています。

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年9月21日号

巨人軍に「失望した」星野SD
 星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)が「阪神残留」を宣言してから10日が経った。その間、一般の注目は「阪神に残ってくれてよかった」から「なぜ巨人に行かなかったのか」に移りつつある。
 巨人軍自体が「原の復帰だ」「いや堀内残留」「この際江川に」とちっとも監督問題に腰が定まらない。結局『星野仙一』という大駒を取り損ねたツケはそう簡単に復元出来ない、と骨の髄まで分かったはずだ。
 SDは現役時代、超一流の投手だった。現役引退して2度の中日監督としてチームを優勝に導き、ご存じの通り阪神でも実績をさらに積み上げた。その基本は投手としての打者との駆け引きにある。一流投手は打者に対して「最後はどの球で仕留めるか」を最初に考える。そして“道中”と呼ばれる途中経過を瞬時に組み立てる。もちろんその決め球(ウイニングショット)に持ち込むまでに、ヒットを打たれたり逆に凡退してくれたりもある。さらにウイニングショットがファウルされる場合もある。その時々で柔軟に次の展開を考え、打者に勝つための道のりを再構築する。これが一流の証明なのだ。
 その理屈で考えると「星野は阪神と巨人を天びんにかけた」という避難は的はずれだ。勝負師は状況を考えずに「イチかバチか」の一点張りなどしない。まして常に星野仙一は1年契約でやってきた。その時々の自らに対する需要に的確に応えるためである。星野から見て「阪神により魅力を感じた」という結果は単純なものだが、その道のりは重く複雑なものがあった。
 SDと14日久しぶりに会って長話をした。手術した私の手を見て「大変だったね。でもこれで少しはゴルフがうまくなるかなぁ」と軽口で励ましてくれた。そして巨人軍について、一言で言えば失望した様子だった。長年の伝統と人気にあぐらをかき、チーム活性化への努力を怠り、そのツケとして低迷するチーム成績に対し、総括方法が根本的に誤っているからだ。堀内監督の指導力や清原やローズらのベテラン勢と外国人新戦力の不振をスケープゴートにして非難するのは簡単だ。それよりSDは自身が入団する前の阪神に似たチームの停滞感を巨人に見ていた。フロントは「読売グループの広告塔」としか見ていない。選手やコーチは「成績と人気の落差」を深刻に受け止められない。OB会やファンも「長嶋、王がいたV9時代」の郷愁から逃れられない。SDは長年『打倒巨人』を目指してきたからこそ、巨人軍のちょう落を本気で心配している。久万前オーナーのように「巨人が強ければよい」という敗北主義にはくみしないが、互いの切磋琢磨(せっさたくま)がなければ、球界全体が伸びていかないからだ。
 SD自身は口にしないが、巨人入りに水を差す出来事も多くあった。例えば巨人OB会(会長長嶋茂雄・終身名誉監督)の副会長である広岡達朗氏(元ヤクルト、西武監督)が「星野より原の方が上。原は日本シリーズで勝っているが、星野は一度も日本一になっていない。巨人はリーグ優勝程度ではダメ、日本一になってやっと一人前。その巨人がなぜ外様に頼らねばいかんのか。他球団にない伝統があり、それは巨人で育った者じゃないと分からない」と散々非難したのだ。そしてSDの阪神残留に関しても「ホッとしたよ。巨人に受け入れられるような内外の雰囲気じゃない」と切って捨てた。
 私はこの話を聞き憤慨した。一見理屈が通っているようで、実際にはまったくのへ理屈そのものだ。“巨人育ちだけの伝統”と言うが、最近の小久保や清原を見るまでもなく、V9時代でもなかなか5番打者が定まらず他球団の主力選手を次から次へと獲得して据えていた。球界を代表するスターだった張本勲氏(元東映)や金田正一氏(元国鉄)も晩年は巨人のユニホームを着てプレーした。両氏は確かに今では巨人OBかも知れんが、実際のキャリアは消滅した弱小球団で築き、広岡氏の言う外様のはずだ。コーチ陣でも過去に他球団で指導してその実績を買われ、巨人のユニホームを着て名伯楽となった方もいる。
 それが「監督だけは、絶対他球団育ちはいかん」という理由は何なのだろう。広岡氏本人をはじめV9時代の森祇晶氏、高田繁氏らの多くは他球団で監督となったが、巨人には二度と戻れずにユニホームでのキャリアを終えている。そう考えると、広岡氏の言葉は、OBとしての私憤やもっと言えばねたみのような気すらしてくる。星野仙一はチームを取り巻くそんな連中に大いに失望したのだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年9月14日号

残留の裏に手塚氏とのきずな
 巨人の次期監督候補として名前が挙がっていた星野仙一シニアディレクター(SD)が10日、大阪市北区のホテルで緊急記者会見し、来季のタイガース残留を発表した。正式なポストは未定だがSD職継続を「多分そうなると思う」という言い回しで示唆している。
 順を追って書こう。まず8日に阪神電鉄本社で開かれた定例報告会に出席したSDは、手塚昌利オーナーの正式な続投要請に「ありがとうございます」とだけ答え、その後に開かれたチームの編成会議を欠席した。
 この時点で、スポーツ紙各紙は「いよいよ巨人入りか」「いや残留」と2派に分かれて観測記事を書き続けた。翌9日になって突然「10日にSDが会見する」との通知があった。そして冒頭の発表である。依然として「まだ分からん」とSDの身辺を探る社もあるが、SDを支え続け「阪神でも巨人でも男星野仙一を応援し続ける」と誓った虎仙会幹部のわれわれには、SDが口を開き語った内容がすべてである。
 実はあるタイミングで、私自身が「“巨人入りを承諾した”という情報が入ってきたが本当か?」とSDに直接電話で問い・ただしたことがある。SDは「お父さん(SDは私のことをこう呼ぶ)、ないよ。決めたら絶対言う。その代わりその時は誰にも言ったらアカンよ」と逆に諭された。SDは「ないものはない、言えぬことは言えぬ」という性格だ。その時も「マスコミはあることないこと、好き勝手に書いて」と一連の報道に相当不信感を持っていた。
 SDは10日の会見で「巨人から正式な話は一切ない」と断言したした。ウソではなかろう。ただし私はその言葉の裏に「人を介して、非公式な打診はあった」という意味と受け止めている。そして8日の手塚オーナーの非常に満足げな表情と反応から見て「既に阪神残留をその日のうちに決めていた」と見る。しかし、翌日の新聞を見ると一向に事態の沈静化が見られないので、急きょ会見を設定したのだろう。
 SDが「阪神に残る」と決意した裏には、電鉄と球団の実権が名実ともに久万俊二郎前オーナー(電鉄相談役)から手塚オーナーに移ったことを確認したことが大きい。あまり目立たなかったが、定例報告会前の6日にこんなことがあった。手塚オーナーが緊急記者会見し「久万前オーナーが一部マスコミに“自分のところに読売の使者が来た”と語ったが、その事実はなく、前オーナーは使者と読売系新聞記者を間違えた」と発表した。その真偽はともかく、電鉄の経営権とオーナー職を禅譲された手塚氏はこれまで久万さんに歯向かったことや指示を守らなかったことは一度もない忠実な部下だった。それが記者会見という形で初めて久万さんの発言内容を取り繕わず全否定した。
 これはSDにとって非常に大きな意味を持つ。久万さんはオーナー時代、常に「巨人が名実ともに球界盟主。阪神は巨
人にどこまでもついて行き、何年かに1度優勝すればよい。まず電鉄の収支が大切、プロ野球の現場に本社の金庫のカギまで預ける気はないしと言い続けていた。これはSDの目指す「阪神を巨人をしのぐ常勝軍団にする」という理想型と大きくかけ離れた敗北主義だった。
 後任の手塚氏はこの考えにくみしない。夢はSDが再び縦じまのユニホームを着て現場の指揮を執ることであり「タイガースを常勝チームにする」という目標もSDと合致する。手塚氏がオーナーとしてだけでなく経営者として一本立ちすれば、いずれば久万さんと決別せねばならないのは最初から明らかだったのだ。
 私は手塚氏が、大事な交渉事の順序を無視しわが物顔にしゃべりまくる久万さんの“老害”に業を煮やし、その行為を白日の下にさらすことで満天下に「タイガースの球団経営姿勢は変わった」という事実を示したと思う。久万さんがさらに週刊誌やスポーツ紙に身勝手発言を続ければ、本社や株主の利益にならないばかりでなく、その体面をも汚すことになり自らの首を絞めることになる。
 SDの残留決断の裏には手塚氏との強いきずながある。その行動には、現役時代から正確な状況分析力と素早い判断力が伴っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年9月7日号

総会が祝勝会になることを期待
 私は三重県津市の医寮法人総合病院「永井病院」に明日8日朝まで約10日間入院している。この病院トッブの永井
康興理事長(66)は県公安委員を務め、医師である息子さん2人が星野仙一シニアディレクター(SD)のお嬢さん2人とそれぞれ結婚。次男は星野家を継いでいる。親せきというより、まさに星野ファミリーの重要な一員である。虎山会の誕生当時からの主要メンバーであり、この間ずっと副会長の要職を務めていただいている。
 重い病気ではなく、両手のひらにできたコブのような脂肪分を除去してもらった。住んでいる阪神間でいろいろな病院に掛かったが、どこも的確な病名や治療法を示せなかった。中には「ある程度年齢的なものなので…」と老人病扱いするひどいところもあった。それが永井病院に行くと、一発で治療スケジュールを出してくれて片手つの手術が短期の入院で済んでしまった。整形外科の辻井雅也医師に執刀してもらったが、誠に見事な腕前だった。指は手術直後から不自由なく動くので日常生活に全く支障がない。コブに邪魔されてぎくしゃくしていた指の付け根もずっとスムーズに動くようになづた。
 永井病院は1996年に創立50周年を迎えた津市唯一の総合病院であり、二次救急指定病院として地域医療のまさに中核を担っている。一般病棟約216床のほかに療養病棟54床があり、付属看護学校や介護保険適用病床もある。入院して分かったが大病院にありがちなしゃく子定規な対価とは無縁で、病棟の医師やスタッフがキビキビしていて気持ちがいい。施設内も清掃が行き届き、理事長の「一般社会人と同じように、医療人もプロ意識を持て」という指導が行き渡っている。
 この病院の特長の一つが立派な理学療法室だ。機能訓練と連動療法の施設がそろい、スタッフも充実している。ところが、永井理事長は「“SDを利用して宣伝している”と思われたくない」と、プロスポーツ選手に対してほとんど勧誘活動をしてこなかった。私は「ぜひタイガースの選手もオフの体の手入れに利用すればよい」と思っている。SDに遠慮することなく、今年のオフは矢野捕手や今岡内野手らもここでしっかりリハビリすればよい。
 さてSDを取り巻く状況は、うの目たかの目のスポーツマスコミによって、徐々に集約されつつあるようだ。SDの行く所、それが野球と関係ないイベントであろうとも記者が現れて「巨人入りは?」と質問する。巨人軍や読売新間の経営トップが動くと同じ状祝が毎日飽きることなく展開されている。。一方のタイガースと阪神電鉄本社側は、手塚昌利オーナーが早々と「岡田監督続投」を表明。SDに対して「来年もお願いしますよ」とSD職継続の意思表示をして表面上一段落している。
 SDは、さすがに先日の眼鏡ショップ開店イベントでまで野球話を持ち出され、テレビクルーまで詰めかける騒ぎに声を荒らげたようだ。それでも紳士的に「候補にのぼったことは光栄」「具体的話はありません」と先月末の甲子園球場でのテレビ解説終了後と同じ内容をあらためて丁寧に応えていた。
 巨人側は、トップの言葉の端々に「星野待望論」が見て取れる。いずれにせよ、SDはチームが優勝争いするこの時期に自ら動くことはない、巨人軍だって、球界の盟主なのだから本当に必要ならまず阪神タイガースに筋を通してから話を進めるはずだ。SDの性格からしても裏取引や密約は最も嫌う。
 私たち虎仙会の役員にとってはSD自身の判断がすべてで、こちらがとやかく言う筋合いではない。明日夕方には喧騒の関西に戻ることから「さぁ、虎仙会の秋の総会をどうするか」で頭がいっぱいだ。既に期日も『11月25日(金)夜にリーガ・ロイヤル・ホテル』と決まった。チームの優勝に向かって自らもナインとともに戦っているSDを信頼して準備を進めるとともに、出来れば“タイガース日本一祝勝会”になってほしい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年8月31日号

“今後”は自らの信念で
 今週発売の週刊誌に突然私の名前が出た。星野仙一シニアディレクター(SD)の来季の去就について報じたその雑誌との一問一答として「ノーメント」と前置きし相手の質問に適当に「そうかなあ」「そうやな」と答えただけだった。
 それが、記事文中では「星野氏に近い人々は、巨人監督就任に向けて心の準備をすすめでいるようだ」ときた。実に週刊誌は恐ろしい。最初から記事の流れを決めておき、SDとごく親しい私という固有名詞を出し内容の支えにする。こういうやり方を昔から例えて『我田引水』という。
 それはともかく、昨日の本紙連動面コラム「とことんタイガース」で、わが虎仙会の副幹事長でもある唐渡吉則さんも紹介していたように、28日の甲子園球場記者席は大変なことだった。この日のNHKテレビ解説は開幕前から決まっていたことで、SDは逃げ隠れしている訳ではないから当然現場に現れる。あまりのカメラマンの多さにNHK側が急きょガードマンを配置し、スタンド下のプレスルームでは各社の担当記者が「一言も聞き漏らすまい」と必死にペンを走らせ、スポーツ
紙本社ではビデオに撮って文言を確認したそうだ。球場を出る際もSDは実に堂々としていた。追いすがる新聞記者に「オレを付け回しても何も出ないよ。テレビで見た通りだ」とキッパリ言い残した。既に25日に米国出張から戻るに当たって、ホームページ上で「何もしゃべらん」と宣言している。
 私は帰国当日にSDと一連の騒動の件で話をしている。その後も今日まで普通に連絡を取り合っている。現状を十分過ぎるくらい状況と心情は把握しているが、SDが黙して語らないのに私が代弁する立場にない。だから、私も週刊誌に対して「ノーコメント」と告げた。それがあんな形で記事になるのだから、どうしようもない。
 このコーナーの読者の皆さんはずっと愛読していただいているので、今回の話の流れは十分理解していただいていると思う。勝手な憶測や断片的な情報で記事にする連中に惑わされることなく、SDのプロ野球に対する熱い思いを信じ結論を待っていてほしい。
 さて、11月11日に予定していた「虎仙会秋の総会」が11月末に延期になった。週刊誌的に書けば「巨人入りに関連?」と邪推されそうだが、そうではない。既にプロ野球日本シリーズは“10月22日から”と決まっており、阪神タイガースが出場して第7戦までもつれ込んだ場合、最終戦は10月末になる。日本一になれば優勝パレードもあるだろう。それらを考慮すると2週間足らずの11日ではあまりにも期日が接近しすぎて、当日ゲストに予定している選手のスケジュール調整もままならない。そこでチームの「ファン感謝デー」が11月23日の勤労感謝の日なので、これを終えてからの日程に変更したわけだ。優勝記念の虎仙会特製ハッピをはじめとするグッズ作製にも既に着手した。2年ぶりの優勝、さらに日本一となれば大いに会も盛り上がることだ
ろう。
 これとは別に、既に足掛け4年にわたって続いているこの『虎仙会便り』を1冊にまとめて出版する話が東京の出版社で進んでいる。もちろん星野仙一SDも、私とあらためて対談してもらい巻頭に登場してもらう予定だ。虎仙会の名誉会長でもある福井俊彦日銀総裁や会長の西川善文三井住友銀行特別願間も推薦の帯書ぎをしてくれることになっている。筆者自身が言うのも何だが「星野に最も近い男が見た4年間のその軌跡」という内容になりそうだ。作業が順調に進めば虎仙会秋の総会」で本もご披露できそうだ。
 このように。SDを支えるわれわれもシーズン後の作業を着々と進めている。一般論としてだが、サラリーマンも会社を辞める自由はある。ましてSDは長年プロの世界に身を置いて戦ってきた特別な人だ。繰り返すが阪神との契約が今年いっぱいで切れることしか現在の事実はない。後は「阪神がどういう条件を提示し引き留めるのか」、または「巨人がどのような立場と条件で星野仙一を必要としているのかしという問題だけだ。単純な「需要と供給」の関係である。会社でも出来の悪いやつほど“滅私奉公”を気取って組織にすがる
ものだ。
 SDの今後は、小泉首相の得意のセリフではないが「自らの信念に基づき、適切に判断する」としか、今の私には答えようがない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年8月24日号

世の中がSD求め動く
 星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)は、7月16日から24日まで渡米している。もちろん以前から決まっていた仕事のためだが、私は「結果として良い時期に日本を離れていたなぁ」と、SDの運の強さというか見識というか、見えざる力を感じざるを得ない。
 この間にかつてSDが専属評論をしていたスポーツ紙1面に「星野、巨人監督」の大見出しが踊り、続いて夕刊紙が「巨人、星野GMとセットで原監督復帰」と報じた。さらに週刊誌上では、SDや田淵幸一全コーチと親交のあるフリーライター(元東京六大学の野球部出身で関西のスポーツ紙記者)が署名入りで「巨人は本気で星野監督と原辰徳助監督のコンビを考えている。その場合のコーチは田淵氏や西本聖氏(元巨人、中日投手)」と2週続けて書いた。
 これだけの量と質の星野報道があること自体、いかに球界が星野仙一を渇望しているかが分かる。「星野の前に星野なし。星野の後に星野なし」で、今のジャイアンツもどん底状態を救うにはSDの力を借りるしかないことが、ようやくネベツネこと渡辺恒雄読売グループ会長にも理解できたらしい。しかも、ジャイアンツのシンボルでもあるミスターこと長嶋茂雄終身名誉監督ともSDはとても親しい。
 SDが日ごろ口にして「アンチ・ジャイアンツ」の魂は決してウソではない。しかし、それ以上に球界全体を愛し、巨人軍の中にもしっかりと人脈を持っている。これぞSDの人柄のなせる技で、単純な「巨人が好きか嫌いか」で割り切ればよいほど、星野仙一は小物ではないということだ。
 オールスター戦以降、確かにジャイアンツは変わった。ローズや清原がベンチから去り、若くて必死にボールに食らいつく選手がグラウンドを走り回って、たとえ勝利には結びつかなくとも好感が持てるはつらつとしたチームになった。このことを取り上げて「既に星野体制誕生に向け、SDが起用を指示している」と報じたマスコミもあったが、あまりにもうがった見方だ。以前にも書いたように、SDは名古屋や関西のファンの意向を何よりも大事にしている。自分の私利私欲で動くような人間ではない。
 ただし阪神球団サイドにも言っておきたい事がある。一連の報道に対して球団フロントを含めた電鉄首脳陣があまりにも鈍感すぎる。SDはいろいろな誘いがあったとしても、タイガース側からの「ぜひ残って下さい」との筋を通した話を最優先に考える。しかし、長年のプロの世界に身を置いた人間として「チームにとって必要とされているかどうか」については極めて敏感だ。「最も必要とされているところに行く」のがプロの基本姿勢であり、SDは決して現在の地位に恋々としていない。とすれば、タイガース側は一日も早く「タイガースのGMとして全権を掌握し、常勝軍団を作って下さい」とSDに正式に依頼し、礼を尽くすべきなのではないか。巨人が正式に動きだせば、阪神がバタバタしても後手に回ってしまうのは明らかだ。
 さて、これは他では書けない裏話だが、SDの渡米中に私のところにさる政党関係者から「星野さんと急いで何とか連絡を取りたい。西中さんなら米国での居場所を知っているでしょう」と切羽詰まった電話がかかってきた。私は「知りませんね」と取り合わなかったが、今回の総選挙への出馬打診に違いない。
 SDは政治に関心がないのではない。しかし、解散劇をテレビで見ていて「オレは出ない」とはっきり言っていた。性格からしても、多数決のための駒となる陣がさ代議士に転身することなどまったく考えていない。むしろあるとすれば知事だろう。「自分の考えで動き、実行できること」という行動哲学とも合致する。世の中、西も東も星野仙一を求めて動いている。それだけに阪神球団のスローモーな対応が余計に腹立たしく感じられてくる。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年8月17日号

訪中で五輪の手応えを
 先週のスポーツ紙に「星野、巨人監督」の大見出しが躍り、翌日の本紙を含めた日刊紙まで「巨人が星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)を次期監督候補としてリストアップしている」という記事が出た。
 本欄を毎週読んでいただいている読者は「へぇ、今ごろ何を言っているの?」と不思議な思いをされただろう。私はこれまで何度も「SDに巨人軍再建要請が来ている」と紹介してきた。球界全体の繁栄を常に考え行動してきたSDが、余りの巨人の体たらくに危機感を抱いていることは事実だし、「その根本原因がどこにあるのか」も完全に把握している。逆に言えぱ巨人の再建はSDを置いて他にないことも明らかだ。しかしSDは自分をここまで育ててくれた名古屋や関酉のファンのことを気に掛けている。
 SDはあえてホームページで「要請はない」と否定し、渡辺恒雄巨人軍会長も接触を認めなかった。この手の話は、人を介したりいろいろな手順がありボタンの掛け違いは許されない。なぜ、今ごろスポーツ紙が報じたかは知らないが「もう少し静観して」というのが、私からの思いだ。
 それにしてもジャイアンツは本当にひどいチームになった。投打のバランスがどうの、清原や口ーズの体調うんぬんと言ったレベルではない。シーズンの序盤も、セ・パ交流戦も、球宴後の後半戦もまったく改善の兆しが見られない。確かに堀内監督にもいろいろ言い分はあろう。しかし結果としてのこの状態は、指揮官として全責任を負って今季限りの退団は免れまい。
 一方の阪神・岡田監督は選手に救われている。金本、矢野、今岡らベテランの主軸打者がこの猛暑の中で頑張ってくれている。ベンチは無策でも選手が勝利を引き寄せてくれている。SDはあえて岡田監督に何も言わない。仮に今季の優勝の行方はどうなろうとも「阪神にとって星野仙一がどれほど大きい存在か」を電鉄や球団の首脳は、十分理解しているし、対外的な評価は巨人からの秋波を見ても明らかだ。
 さて、まだ先の話だが、SDが10月に訪中することが決まった。目的は北京五輸に向けた中国野球ナショナルチームの進ちょく状況確認と、F1レース観戦だ。私をはじめ虎仙会の主要メンバーも同行する。
 まず杭州から車で40分ほど山の方に入ったリゾートホテル「富春山居」に入る。隣接のフューチュンゴルフ場で中国側要人とラウンドする予定だ。このホテルの中国料理は絶品で、部屋は湖に面して小舟が行き来しリラックスできる。
 翌日は西湖のほとりを通り紹興酒で知られる紹興市へ。その日の夜には上海市入りする。以前は遠かったが、今では高速道路が整備され道はすっかり美しく速くなった。
 上海では于再清IOC委員と会談。阪神タイガースと提携した上海イーグルス選手の成長ぶりや阪神タイガースから派遣したコーチの指導成果を聞いたり、将来日本側で育成できそうな選手のリストアップなども行う。
 最終日はF1レースを観戦後、前日の于委員の話を受け韓秀鵬上海市体育局副局長(上海市棒球協会長)らと懇談。北京五輸に向けて具体的な取り組みの相談に応じる。
 SDが直接中国を訪れるのは、昨年に続き2回目だ。昨年は日程の都合でSDだけF1レースを観戦できなかった。その時に「来年こそ」と約束しており、それを実現させることになる。
 一見すると直接野球に関係ないように見えるが、こうした大きなスポーツイベントを見学すれば、中国一般大衆の消費
動向やその経済力、さらに当局対応や交通アクセスヘの考え方まで手に取るように分かる。いかにも、現場主義のSDらしい行動力で北京五輸への手応えを得て帰るつもりのようだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年7月27日号

野球活性化へ日々真剣
 18日、中国上海空港に阪神タイガースの牧田俊洋社長を出迎えた。上海イーグルスを傘下に持つ上海体育局との業務提携契約の覚書調印式のためだ。皆元気にタラップを降りてきた。同行してきたのは、黒田正宏編成部長に三宅徹編成部渉外担当課長、それに中国語のできる林光中編成部員の三人だ。取材陣も共同通信だけでなく、フジテレビや一部スポーツ紙も加わり盛大になった。
 調印式には市体育局副局長でもある韓秀芳上海野球協会会長が出席。正式に双方がサインして無事提携がスタートした。
 阪神側からは、コーチ経験のある山口高志、畑山俊二両スカウトが早速翌19日から約一ヵ月にわたって上海市に派遣され、イーグルス選手の指導に当たっている。山口スカウトは阪急ブレーブス時代に速球派でならした元エース投手、畑山スカウトも社会人野球「住友金属」で俊足巧打の外野手として知られた存在だった。素質的に恵まれながら、指導者不足で開花が遅れている中国人選手にとっては大きな戦力となろう。
 韓会長は「阪神は一昨年リーグ優勝し、今年も首位を行く日本で最も有名で強いチーム。その力を借り、イーグルスのレベルアップを図り、北京五輪の代表選手を送り出したい」と喜んだ。一方の牧田社長も「私たちは、これから発展する中国プロ野球球団との提携を望んでいた。将来は上海イーグルスの選手が、阪神タイガースでプレーしてくれることを期待しています」と述べた。
 星野シニアディレクター(SD)の意向を受け、仲介人として詰めの作業をしてきた。最初に提携申し出のあった4月から、何度も訪中し話を進めてきた。その間中国側の窓口が微妙に変わったり、スポンサーのかかわり方で考え方に違いがあったりと、国際的な交渉事の難しさを痛感した。とにもかくにも、こうしてスタートを切れたのは中国側の熱意に対し、SDが「それに応えよう」と奔走した結果でもある。
 SDとも懇意の国際オリンピック委員会(IOC)の于再清常任委員や中国野球協会の宋建国会長らのバックアップも忘れられない。彼らにはあらためてお目に掛かってお礼を述べなければならぬ。私に対しても、韓会長から「ご苦労を掛けました」と丁重なお礼の言葉を掛けられ、これまでの疲れも吹っ飛んだ思いだ。韓会長はもともとハンドボールの選手で世界チャンピオンにまでなった人物だ。そうした競技者としての実績をひけらかすことなく、さまざまなことに的確に対応し、常に品位があり頭も切れる。これを機に生涯の友となれる人物だと思う。
 阪神球団と上海市体育局は記念品の交換も行い、タイガースから200万円相当の野球用具も提供されるようだ。いずれSDとともに再び上海に出向き、上海イーグルス選手の成長ぶりをこの目で確認できる日もあろう。
 そのSDだが、オールスター戦のゲスト解説で7月23日、久しぶりに本拠地甲子園でマイクの前に座った。前半戦を首位で終えたタイガースについて「阪神は打撃不振になったところで球宴休み。追う中日は7連勝して活気づいてきて、休みや。この休みが“どっちに有利に出るか”やが、普通は悪い方が歓迎やろ」と阪神にとってのプラス面を強調。これからのチームについて「タイガースは投手陣が頑張って接戦をモノにしてきた。これは優勝への絶対条件。藤川を見てみぃ、以前から言うように“中継ぎはチームの宝”や」と話した。
 日本のプロ野球についても「昨年の球界再編から選手の意識が変わった。オールスター戦でも“明るく楽しく、そして真剣に”や。今日も実に締まってエェ試合やった」と満足げだった。
 野球というスポーツを日本で、そして世界で活性化させるために星野仙一は日々真剣に考え続けている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年7月13日号

燦燦会しのぐ虎仙会
役員対談 前田セツ子・婦人部副部長(セレクション取締役副社長)

−虎仙会に入入会されてまだ日が浅いですが、雰囲気はいかがですか?
 「驚きの連続ですね。まず、名誉会長の福井俊彦日銀総裁や会長で前頭取の西川善文三井住友銀行特別顧問など想像できないような著名な方が役員を務められている。そして星野仙一シニアディレクター(SD)のすごいオーラがありながら、ざっくばらんな性格。すべてにびっくりしています」
−球界のスターの個人的な財界人の後援会と言えば、長嶋茂雄さんの「燦燦(さんさん)会」が有名。今の虎仙会は完全に、それをしのぎましたね。
 「男らしさに女性が引かれるのは分かるんですが、星野SDの場合は男性も魅せられるです。」
−そういえば、御社でSDをイメージしキャラクターに起用したそうですね。
 「“すごい方にお願いしてしまった!”というのが実感ですね。これまでこちらが頭を下げていた企業に、逆に目を見張って話を聞いてもらえる。とにかくインパクトと影響力が大きいです。私たちもSDにCMに出ていただくにふさわしい商品をしっかりと提供していかなければならない。責任感を感じます。」
−SDは今も中日時代の後援会と阪神での後援会が両立している珍しい方です。
 「私は中日時代からファンだったので、少し戸惑いました。でも結果として“中日の星野”だけでなく“球界の星野”になられたのだから、阪神入りされてよかったです」
−阪神から監督要請があった時、相談を受けて、私は「チャンスや」と言った。SDは「評価していただいて」という素直な気持ちで関西入りしましたね。
 「女性の目から見ると、監督を辞めてからすごく変わられました。人間味を増した。ユニフォーム時代よりオーラが出ていると感じます」
−私から見ても、昨年一年で随分変わったね。
 「“丸くなった”という平凡な表現より、“奥深くなった”と言った方が正しい気がします。人に対する思いが深まってますね」
−SDは、その瞬間瞬間で実に一生懸命に人と接する。最近は何事にも謙虚さが出てきた。
 「その人間性が自然に言動からにじみ出てますよ。自分の苦労をしっかりと生かし、周囲も素晴らしい方が多い証明ですね」
−今後の虎仙会活動について。
 「SDが奥様を亡くされた時の話は何度聞いても泣けます。男の哀愁を胸の奥にしまい込んで、多くの方の前で勝負に生きる。その生きざまを虎仙会を通じて広く伝え続けてほしいです」

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年7月6日号

長嶋便乗 思惑見え見え
 3日の東京ドームでの“ミスター登場フィーバー”をテレビで見た。まずは1年4ヶ月ぶりに公の場に姿を現した長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督に、心からお見舞いと激励の言葉を贈りたい。
 それにしても、当日の日本テレビ系のナイターの中継の王侯貴族を扱うがごとき、報道姿勢はどうだ。翌朝の本紙運動面で共同通信運動部の石田康博編集委員はコラム「記者の目」で、この騒ぎに対し「長嶋頼みは時代錯誤」と題して、「ミスターは既に過去の人」「北京五輪での再登場などない」と断じている。誠に的を射た指摘で、人の良い長嶋氏に便乗して巨人人気の回復を図ろうとし、テレビ画面の後ろでウロウロする滝鼻卓雄オーナーや渡辺恒雄球団会長の姿からその思惑が透けて見えた。石田編集委員も名指ししている日本代表編成委員会の長船麒郎委員長を含めたプロアマ球界の長老たちの本音は「自分たちの考えを正当化する」という一点にしかないように思える。
 4日付のスポーツ紙を読むと、「おかえりなさい」「よかった」と長嶋氏への歓迎記事一色だった。一般紙が触れている右半身に残るマヒの様子や読売グループの宣伝臭に対する記述はまったく見られなかった。俗に言う“提灯記事”のオンパレードで、読者の疑問や知りたい点に応えていない。こんな報道姿勢だから、読者はあきれてスポーツ紙を読まなくなっているのに、まったく反省がない。
 今の若者にとって、ON全盛の巨人V9時代の長嶋氏を知る者は少ない。まして指揮官としての評価は、有り余る戦力を持った巨人で2度にわたり『カンピューター』の異名を欲しいままにした凡将の長嶋氏より、ダイエーからソフトバンクに名を変えた無名のホークスを新天地パ・リーグで率い常勝軍団に育て上げ、今なおユニフォームを着続ける王貞治監督の方が高いのは当然だ。
 ネベツネと長嶋氏が、今日の巨人の体たらくを招いた張本人であることをファンは皆知っている。この意識のズレに気付かない限り、巨人の浮上など絶対にあり得ない。清原とローズ、それに小久保というパ・リーグを代表する4番打者をそろえ、たとえ勝ってもそれでファンの心がときめくはずがない。ましてや、清原とローズはセ・リーグの規定打席到達打者中、最下位とブービーである。
 確かに阪神もFAで金本外野手を取り、矢野捕手も中日から移籍してきたが、グラウンド内外でチームリーダーにふさわしい品格と結果を出し続けている。阪神は、今や名実ともに「日本一の人気球団」になった。観客動員数はもちろん、マスコミによる注目度アンケートなどでも、とっくに巨人をしのぐ。しかも、長嶋氏や清原、ローズなどの過去のスーパースターに頼らず、投手では藤川、打者では赤星や鳥谷などあくまで清新なイメージだけで人気を築いている。
 その基礎を作ったのは、野村阪神時代に地に落ちたチームのイメージを一新させた星野仙一監督の2年間の全身全霊を懸けた補強のおかげだ。岡田監督は、その財産で結果を出しているにすぎない。暗い上に能力の点で指揮官に疑問符が付いても、巨人との位置関係を再逆転されることだけは、星野仙一シニアディレクター(SD)が断じて許さない。
 今秋の虎仙会の総会では優勝を祝し、これまで虎仙会のパーティーに積極的に参加してくれた矢野と今岡選手会長を特別表彰してあげたいものだ。そういえば(藤田)太陽投手も今季後半には一軍マウンドに戻ってもらいたい。球宴のファン投票で最も気になるのは、藤川だ。2年前の安芸キャンプで一緒に風呂に入った。当時は何かつかみどころがない印象だったが、今では明るく自信あふれた態度に変わっている。彼も秋のパーティーではぜひ招待してあげたい選手の一人にようやく成長してくれた。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年6月29日号

“打倒巨人”貫いて
役員対談 高橋健次・常任幹事(ゴルフ部会長補佐)ダイリキ取締役社長
−入会されたのが、優勝の年だったんですね。
 「もともと西宮市の甲子園の近くで育ったんで、阪神ファンだったんです。ところが、長年チームが弱くて情けなくなり、自然にタイガースに興味を失いかけていた。そこへ、虎仙会へのお誘いをいただき再び、新聞などでチームの勝敗を気にするようになった。そうしたら一昨年、いきなり優勝ですからね。あまりにも劇的で信じられなかったですよ」
−星野SDの力で、長年のタイガースの負け犬根性を一掃した。
 「あの方は男から見ても魅力がある。日本シリーズに負けて、スパッと監督を引かれたでしょ。あの潔さ。カッコ良すぎますよね。」
−あの第7戦で敗れた日、福岡の全日空ホテルで星野監督と飯を食った。『お父さん、精いっぱいやったよ』と言われ、泣けてしょうがなかった。
 「実はあのシーズンに、試合後の監督と一緒だったことがある。エレベーターの前で寄りかかるようにしてスイッチを押すのがやっとだった。“あぁ、これほど命を削って日々の勝負に全身全霊で打ち込んでいるのか”と胸が熱くなりましたね」
−そのSDに『巨人の監督に』という待望論がある。
 「やってほしくないですね。イメージが悪くなりますよ。名古屋で愛され、関西で愛された方。“打倒巨人”で生涯を貫いてほしいし、そうされると思いますよ。」
−今年は『タイガースが優勝するのでは』との期待が大きい。
 「頑張ってますね。行く(優勝)のと違いますか?強いのはうれしいですよ。ただし、星野さんの時のフィーバーとはちょっと違う。岡田監督も頑張ってるけど、星野さんの熱血というか見る者の心を沸き立たせるものがまだ足りないな。」
−今後のSDの活動について。
 「もう二度とユニフォームを着られることはないと思います。一監督としてより、社会全体でSDを必要としていることが多いから。でも、あれだけ頑張った方だけに“一度は日本一にしてあげたかったなぁ”という思いだけは、ずっと残りますけどね。」
−そういう意味では、私にとっても虎仙会をお世話させてもらって幸せです。SDのおかげですごい方といろいろなお付き合いができ。
 「それは私も感じますよ。大阪を中心とした経済界は元気を出して、星野さんを応援していかなアカン。星野さんが軸になって、人の輪が広がりそこからまた関西のパワーが生まれてくる。私自身は、ずっと虎仙会での付き合いを大事にしていきたいですね。」

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年6月22日号

ナベツネ復帰に暗い気分
 球界初のセ・パ交流戦が終わった。いろいろな総括が出ているが、私は昨秋あれだけ世間を騒がせた1リーグ制がお流れになった副産物として登場したこの新しい試みは、成功だったと思う。
 球界人気を二分する阪神と巨人にとっては、あまり収益的には関係なかった。結果的には、セ・リーグの不人気球団はますます入りが悪くなり、逆にパ・リーグ各球団は阪神などの人気チームとの主催試合が大入りで、増収につながった。多少の手直しはあるだろうが、来年も実施されることは間違いない。私はもっとショーアップして、観客が楽しめるようにすれば佳いと思っている。
 現在のチーム成績には、星野仙一シニアディレクター(SD)も満足している。一昨年、SDが率いてリーグ制覇した時のぶっちぎり状態とは比べものにならないが、今年のタイガースも貯金が2ケタ寸前のところまでやってきた。SDは優勝する難しさ、怖さを知り尽くしている。それだけに「戦力に余裕がある」とばかりに、一昨年の優勝時に渋い活躍をした沖原内野手を楽天にシーズン途中で放出した2年目の岡田監督に「まだだよ、はしゃぐな」と舌打ちしているかも知れない。
 その裏で何とも暗い気分にさせられたのは、79歳の誕生日を迎えたばかりの渡辺恒雄読売グループ会長が、10ヶ月前に球団オーナーを潔く辞したはずなのに、今度は球団会長のポストを新設して球団経営の現場に返り咲いたことだ。
 本人いわく「今、巨人軍はかつてない危機を迎えている」そうで、それを立て直すのが役目で、球団を代表するのはあくまで滝鼻オーナーという。だれも信じる人などいないだろう。もともと死ぬまで読売グループのトップに居座り続けるつもりの人物だから、この程度の破廉恥な行動は予想できなかったわけではない。冷静に考えれば、正常な神経の持ち主とは思えず、年老いて晩節を汚し権力にしがみつく哀れな老醜に目を背けたくなる。
 もっと情けないのは、各球団トップのコメントだ。社交辞令もあろうが、総じて歓迎の一色だ。唯一の例外は、横浜球団の山中正竹専務(法大、住友金属の野球部で活躍した名投手。それぞれの監督も務めた)だけが「世間に理解は得られない」と苦言を呈したのみだった。既に“身売り”のうわさが飛び交う球団も複数あるだけに、いまさら『大巨人軍のご威光』にすがろうという浅ましい魂胆が見え透いて情けなくなる。
 会長復帰の最大の被害者は、その引き立て役として近々にカメラの前に引っ張り出される長嶋茂雄氏だ。読売新聞の株主総会も終わる来月早々には、東京ドームの巨人主催試合で、2ショットを披露させられ「やっぱりこのコンビが最高」とナベツネを称賛させられることになるだろう。
 巨人の次期監督は。長嶋側近でアテネ五輪を指揮した中畑清らしい。堀内監督でダメだったチームが、中畑で勝てる訳がない。それともウルトラCで長嶋氏が巨人の総監督になり、北京五輪もついでに指揮するのだろうか。もしそれで“国民的英雄”の命を縮めることにでもなったら、天下のナベツネ氏はどうして責任を取るつもりなのだろう。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年6月15日号

6月より毎週水曜日掲載となりました。
「星野基金」で日中友好
 星野仙一シニアディレクター(SD)や虎仙会メンバーの教育関係者とともに、中国・大連市を訪れた。地元の子供たちに「星野基金」として設立した教育資金を届けるのが目的で、6月6日午前、総勢10人で空港に降り立った。
 SDは中国でも大変な要人で、通関手続きもそこそこにパトカーが先導するリムジンが待機している。車列はスムーズに市内の迎賓館に向かった。警備当局としては、万一のデモや反日行動に備えてだったようだが、大連市内に不穏な空気はまったくなかった。
 その日の夕食会を地元の長興島ゴルフ倶楽部の役員とともに取った。加藤憲男会長以下、SDとは家族ぐるみの付き合いの人々だ。メニューで驚いたのは、直径10〜15cmはあろうか、という殻付きのウニ。中身も大きくて、ウニの実は大人の親指ほどもある。聞けば「あまり大きくなると、日本の市場では売れないので」とのことだ。話しているうちに、加藤会長は明治大ゴルフ部出身で、大学体育会では野球部の広沢克美さんと同期だったことも判明した。
 翌日、朝から加藤会長の案内で長興島ゴルフ倶楽部に着いた。驚いたことに、大連日報や大連テレビなど地元の新聞、雑誌、放送局が計40人もSDを取材しようと待ち受けていた。SDは即席記者会見に臨んだが、さすがに堂々としたもので、大連市の印象について「きれいで素晴らしい街。日本にも近いし、これからの日中友好のたmに、訪れることができて大変うれしい」と笑顔で答えていた。さらに、質問は続き「大連市にプロ野球チームを誘致したいが、協力してくれるか?」「どうしたら中国は北京五輪の野球競技で勝てるか?」などと矢継ぎ早に聞かれた。
 一段落してコースに出ると、海を左右に見ながらプレーする英国リンクススタイルの素晴らしいレイアウトだ。ただし、時々、海からモヤとも霧ともつかない乳白色の雲のような物が掛かり、前方200ヤードくらいしかコースが見えない時がある。風が吹くとサッと晴れるが、横風になるのでスコアメイクにやや苦労する。全体を見渡しても高い木はなく、茂みと海だけが広がっている。もちろん距離的にも超一流だ。
 コンペは優勝が小川道雄さん(薫英学園理事長兼学園長)、準優勝は足高達七さん(松伯学院理事長)、3位は星野SDと、上位全部を虎仙会メンバーが独占した。
 ホールアウトしてクラブハウスに戻ると、地元の学校関係者や児童が待ち受けてくれていて、基金の贈呈式を行った。ハキハキと元気のよい小学生達で、中国の前途を象徴しているかのようだ。加藤会長から、そのお礼としてSDと私に、長興島ゴルフ倶楽部の特別会員券の贈呈を受けた。私もSDもすっかりこのコースが気に入ったので、大喜びだった。
 私は日本でも、このコースをよく知ってもらうため早速、虎仙会事務局が窓口になり、訪問ツアーを組む予定にしている。
 SDも久しぶりにゆっくりと時間を過ごせてリラックスしてもらえたようで、9日まで滞在して帰国の途に着いた。私は中国に残り、中国側の国際五輪委員会のメンバーと同国の野球支援のための話し合いを行った。そういう意味では本当に有意義な一週間だった。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年5月30日号

盛り上がらぬ中国球界
 星野仙一シニアディレクター(SD)が5月26日に米国出張から帰国した。この間に、私は中国・上海に出張していた。日中関係が、中国大都市での連続デモ以来ギクシャクしているが、今回はスポーツ界の視察目的だ。
 この欄で何度か紹介したが、中国は2008年の北京五輪に向けて野球を含めた競技種目の強化にいよいよ本腰を入れだした。もともと人口は日本の10倍なのだから、先のアテネ五輪を見ても分かるように、全く予想もしなかった競技で急速に力を付けて日本のレベルをアッという間に超えてしまう。
 問題は、SDも協力を依頼されている野球の強化だ。はっきり言って、まだまだ他の競技に比べて盛り上がりを欠いている。
 それは長年の経験で、経済優先の中国の現場の中でスポンサーの関心度合いを見ればすぐ分かる。サッカーやバレーボール、バスケットボールなどのメジャー競技はユニフォームに皆スポンサー名が入っている。日本のプロ野球やサッカーJリーグ、バレーVリーグを想像してもらえばよい。
 ところが、野球はさっぱりスポンサーが付かない。中国には現在のところ北京2、上海2、そして四川など計6つのプロチームが出来ているが、まだまだ財政的な裏付けがなく、私が見るところ経営基盤が弱い。独立採算はもちろんまだ無理で、さりとてスポンサーもいない。日本の四国で始まった独立野球リーグをもっと貧弱にした状態だ。これではいつチームが解体してもおかしくない。
 かつて大阪近鉄バファローズが上海イーグルスと提携していたが、近鉄自体が吸収合併によってチームを失い、以後全く連絡も入れていなし。イーグルス関係者に「バファローズはなくなった、と聞いたが本当か」と質問され、あまりにも気の毒で返事に困ってしまった。オリックス球団に形ばかりの資本参加をして体裁を取り繕っているより、こうした国際的な信用失墜の方が本来は重要だ。近鉄本社は何と考えているのだろうか。
 選手は、底辺が広く深いので素晴らしい素質を持っている。今年阪神にドラフト8位で入団した辻本賢人投手は、史上最年少の15歳で指名されただけに181cm、75kgの堂々たる体格だが、同じ年頃でももっと体も大きく素質のある選手がいっぱいいる。
 現在、日本の巨人やロッテが北京タイガースをはじめ中国チームと提携をしているようだが、チーム同士の提携の前に中国自体の野球機構を知らなければならない。この国は、野球も含めたスポーツ関係の実権はすべて地域の体育協会が握っている。つまりチームと直接ではなく、上部組織と交渉しないと正式な提携にはならない。仮に阪神タイガースが中国と提携するとなれば、そのあたりはSDが十分把握しているのでぬかりがないだろう。
 いずれにせよ、中国の野球チームはまだ国際試合のレベルに達していない。今後はこうした選手たちをいかにして北京五輪でメダルを狙えるまでレベルアップしていくか、が課題になる。そのためには、日中の経済、スポーツ交流だけではなく、政治の世界でも早く腹を割った意見交換がなされないと時間だけがどんどん過ぎ去ってしまう。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年5月23日号

阪神、巨人でV争いを
役員対談 近藤徹・常任幹事(不二熱学代表取締役)

−いつごろから阪神ファンだったんですか?
 「大阪生まれ、阪神間で育って、物心付いたころから。当時はラジオで阪神の試合をずっと聞いてましたね。的は常に巨人です。今の甲子園は若いファンが多いが、子どものころからファンだったわれわれのような世代は胸に秘めた熱さで、負けないと思いますよ」
−そういえば、虎仙会名誉会長の福井俊彦日銀総裁も「タイガース子供会」からの筋金入りファンとか。
 「ウチは女房も阪神ファンでね。なぜか“あなたが見ていると負ける”というジンクスが、わが家にできてしまった。先日も珍しく早く帰ってテレビを見だしたら、それまで中日に8-1で勝っていた試合が何と逆転負け。“ほら、やっぱり”としかられました」
−SDは今渡米中。来春、プロ野球世界国別対抗戦が開かれるのでその下調べです。NHKの取材も兼ねているそうです。
 「プロ野球のあるべき姿を常に示し、一本筋が通っている。さすがですし、私欲がないから説得力と迫力がある。米大リーグ相手にそうしたことができるのは星野さんしかいないですよ」
−個人的にも星野さんの礼儀正しさに惹かれたとか。
「激しい気性で男気があるけど、決して単純ではない。いろいろなことを考えながら選手をしかり、引っ張る。あれなら部下も付いてく」
−虎仙会で接している時もそうですか?
 「普通の人だし、偉そうな態度は決して取らない。一度会って食事した相手は良く覚えてくれている。だからこちらも構えずに久しぶりでもすぐに話せる。簡単そうでなかなかできないことです」
−今の岡田監督に望むのもそうした点?
 「社会人として、先輩に接する時の星野さんの態度を見て勉強すればいいと思いますよ。まだまだスター選手だったころのぶっきらぼうな言動が抜け切っていない。監督は自分でプレーしない分、周囲に目配り気配りをしないとね」
−今後のSDに期待することは?
 「最低でも阪神のGMか球団社長をやってもらわないと。手塚新オーナーと組んだら、本当にすごいことが出来ると思うんです。久万全オーナーにはSDも多少の遠慮がありましたからね。強い阪神と巨人で毎年優勝争いしてくれるのが夢です」

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年5月16日号

常勝猛虎へ夢の始まり
セ・パ交流戦に入ってから異変が起きている。
セ・リーグで首位を走っている中日の成績が芳しくないのだ。
 交流戦の戦い方については星野仙一シニアディレクター(SD)が「徹底的に中日を意識して戦え」とタイガース首脳陣に指示を出している。直接対戦。する訳ではないが「期間中に、中日より1つでも2つでも。余計に勝たなければダメ」という意味だ。結果的に一進一退の阪神に対して、中日は坂道を転がるように負けが込んで両チームの成績ほ急接近してきた。
 中日は、4番のタイロン・ウッズがグラウンドで何ともつまらない暴力事件を起こし出場停止を食い、それでなくても弱い打線の得点力が失速している。
 SDは「交流戦だからといって、特別な戦い方はない。指名打者制の時に多少の工夫は必要だろうが、普段通りの野球ができた方が勝つ」と断言している。今のタイガースを見ると、その通りの戦いぶりで次第に星を整えてきている印象だ。
 先日の虎仙会のパーティーとゴルフの世話をしていただいた役員が集まり、反省会を開いた。その際に話題になったのは、この交流戦での阪神の戦いぶりと相変わらずの巨人の体たらくだった。
 巨人は、これもSDの指摘通り“清原も500本塁打フィーバー”が終わったらすっかり話題が尽きてしまい、成績はパ・リーグ相手でも一向に上昇の兆しはない。SDの言うように「今年の巨人はBクラスで決まり」というムードがチーム内外を支配している。今季限りで堀内恒夫監督は終わりだろうから、既に関係者の関心は次期監督人選に移っている。こうなると、チームの選手は目の前の試合に力が入らなくなり、今や巨人ナインの気持ちはバラバラだ。
 ちまたのうわさでは「本命中畑清、対抗江川卓」だそうだ。そして驚くべきことに「大穴は星野仙一」だという。虎仙会の役員の間では「仙さんが巨人に行ったら、虎仙会は巨仙会になるのか? 何か変な名前やな」と大笑いになった。
 この話の流れが決定的にダメなのは新監督選びで「黒幕ナベツネ(渡辺恒雄)、後見人ミスター(長嶋茂雄)」の旧態然としたジャイアンツの思考回路がまったく変わっていない点だ。今の巨人のフロントは危機感を持っていろいろとやっているが、その結論が「やっぱり長嶋頼み」ではあまりにも情けない。この2人をスッパリ切って「星野仙一GM、原辰徳監督」ならジャイアンツは間違いなくよみガえる。中畑の指揮官としての実力など、あのアテネ五輸のヘボさい配ぶりでファンはとっくにご承知だ。
 もっとも屋野SDはタイガースを見捨てて巨人に移るつもりなどサラサラない。今の弱い巨人にはさすがにあきれているが、星野仙一という男は明大からプロに入る際に、巨人に裏切られ指名の約束をほごにされたことを決して忘れていな
い。いわばその時の屈辱をバネに結果を積み重ねたからこそ、今日の星野SDがいる。それはSDが能力を高く買っている和田豊コーチがロス五輸金メダルを胸にプロ入りの際、やはり巨人に裏切られて阪神入り。生涯掛けて「打倒巨人」を誓い続け、縦じま一筋で通したのと共通する。
 今年のSDは、待望の手塚昌利新オーナーが誕生し「一緒にタイガースを強くしたい」という熱意を強く感じている。「たまに勝つだけではダメ。常勝猛虎をつくるのだ」という3Dの夢はまだ始まったばかりなのだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年5月9日号

球団はSDに新ポストを
 チームが絶好調だった4月22日の「虎仙会」春季パーティーと翌23日の親睦ゴルフの時期に、星野仙一シニアディレクター(SD)が順位に触れて「まだまだ分からんよ。交流戦が終わるまでは」と慎重だった。指摘した通りの厳しい流れになってきたから、プロの目は恐ろしい。
 最もあのパーティーとゴルフはSD自身も強く心に残ったようで「お父さん、お疲れさま。とてもいい会だった。ありがとう」とわざわざ電話をくれたから、私としてはパーティー400人、ゴルフ150人のすべての参加者に感謝したい気持ちだ。今の球界に個人であれだけ著名な人々を大人数集められるのはSDしかいない。そして参加者が皆SDの気持ちを理解した上で、周りを囲んでくれる。それが日々忙しいSDにとって、とてもリラックスできる心地のいい空間を醸し出していただいた。
 総会の冒頭で西川善文会長(三井住友銀行頭取)は「本当にいい時期に総会を開けた」と満足げだった。そしてまず触れたのは昨年来の球界再編に揺れた時期でのSDの活躍だった。はっきりと「星野さんのリードがあればこそ、2リーグ制が維持できた。4月1日に楽天の地元開幕試合を仙台まで見に行ったが、フルキャストスタジアム宮城は超満員だった。やっと球界にSDの正論が通じてきた。巨人人気は下降気味だが、球界全体は今後の新たな動きを予感させてくれる」とその功績をたたえてた。年度初めの忙しい時期に西川会長が仙台まで直接足を運ばれたのは驚きだが、いかにも現場主義の方らしい受け止め方に感動した。
 そしてあいさつに立ったSDは西川会長の言葉を受け「確かに巨人の人気は落ちている」と断じた。交流戦について「12球団で最もお客さんが入っているのはタイガース。そして甲子園だけでなく相手の本拠地でも、応援の歓声が地響きを立てている。パ・リーグの選手は、あの音を聞いただけで縮み上がるでしょう。今の巨人は暗すぎて駄目。清原の500本塁打で大騒ぎしているが、あれが終わったらもう何も話題がない。ますます人気はしぼみますよ。結局、今年のセ・リーグは中日と阪神のマッチレースが目に見えている。ただし、これでは面白くない。他チームも絡んでくれないとね」と話した。
 パーティーの最後の掛け合いトークで、司会の虎仙会副幹事長の唐渡吉則さんが「これからもタイガースを見捨てないでくださいね」とSDに現職にとどまるよう打診した。するとSDは「とんでもないですよ!」と笑顔で手を振って、チームに残ることをはっきりと認めた。
 私は星野仙一という希代の名指揮官をいつまでも「阪神のSD」として処遇することに疑問がある。少なくても他チームの選手出身のGM(ゼネラルマネジャー)や球団役員と比べ、今のSDの立場は極めて分かりにくい。これまではSD自身が体調不良でユニフォームを脱いだ経緯から、ポスト的な本人の希望もあったと思う。しかし、体調が上向いていることが、はっきりしてきたのだから、そろそろ球団としても、GMもしくは球団社長のポストを用意しなければならない時期が近づいているのではないか。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年5月2日号

注目の飛び賞「77位」は…
 「虎仙会」春季パーティーの翌4月23日に、兵庫県・オリエンタルゴルフ倶楽部で行われた「親睦コンペ」の詳細をお伝えしよう。
 当日は素晴らしい快晴。昼間は半袖で十分なほどの太陽が参加者に降り注いだ。総勢130人の大コンペだけに、インとアウトの計4カ所からスタートする盛大な貸し切りイベントになった。
 注目の星野仙一シニアディレクター(SD)は初めてのコースとあって前半は9オーバー45とやや出遅れた。しかし、あのマスターズのオーガスタCCをシングルの9オーバー81で回ってきた男だけにそのまま終わるはずがない。コースに慣れた後半は何と1アンダー35とプロ顔負けのスコアで回り、ニアピン賞も獲得した。もちろんハーフのスコアとしては、参加者中トップ。もともとハンディ7.2の堂々たるシングルプレーヤーなのでコンペ順位は13位にとどまったが、その実力の一端を見せつけてくれた。
 アウトとインの計18ホール、パー72でグロスを競い、それにハンディを引いてネットのスコアが出る。コンペではしごく当たり前のやり方だが、SDの監督時代の背番号「77」にちなんで、飛び賞末尾を「0」と「7」にしてあるのが特徴。特に豪華なのは当然77位だ。賞品の目玉は「セレクション」社からの百万円相当の留め袖と帯のセット。さらに同社の高級健康磁気ネックレスセットなども付く。ほかに商品券やトレーナーなどを合わせると総額は気が遠くなる。
 開始前から77位は注目の的だったが、何と私がそこに入ってしまった。同スコアの方もいたが、年長者上位の規定がありまったくの偶然だったが、さすがに戸惑った。しかし、SDが「オレが当たってももらえるんだから、お父さんがもらって何が悪いの?」とズバッと切り出してくれて、世話役の私が一番豪華な賞品を手にするハメになった。
 優勝は戸田憲正(さくら不動産社長)準優勝は杉浦正さん(共和薬品社長)。ベストグロスは76で回った結城聡さん(KAHARA社長)。パーティーで司会をしてもらった唐渡吉則さんは振るわなかったが、117位できっちり飛び賞を持って帰った。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年4月18日号

楽しみな虎仙会ゴルフ
 米マスターズゴルフの取材に行っていた星野仙一シニアディレクター(SD)が予定より少し早く4月13日に帰国した。ウッズとディマルコが繰り広げた優勝争いの死闘を目の当たりにしたみやげ話を聞きたいところだが、とにかく相変わらずの忙しさでなかなかゆっくり時間が取れない。
 そう言えば、昨年8月にSDと中国・上海へ旅行したが、当初の目的はF1中国グランプリ決勝の観戦だったのに、SDだけは日程の関係でレースを見ることができなかった。ようやくIOC委員で中国五輪委員会常任委員の干再清国家体育総局副局長との夕食には間に合った。北京五輪で中国側がSDに依頼したいのは「野球(棒球)競技選手の強化」だ。相手側が望むようにSDが中国に出向いて指揮ができれば一番良いのだが、実際には難しい。そこで、SDの人脈でどういう形での手助けができるのか模索している。
 上海とはその後も縁が深く、私は今秋のF1中国グランプリの日本におけるチケット販売代理業務を一手に行うことになった。これが成功すれば、さらに上海での仕事も増えそうだ。誠に縁とは不思議である。
 帰国したSDは21日の東京ドームでの巨人-阪神戦をNHKテレビで実況解説する。その翌22日は虎仙会の春期総会、23日は虎仙会ゴルフと東奔西走する。
 22日の総会では、SDから「タイガー・ウッズ優勝」のこぼれ話が出るだろう。今年はチーム成績も好調なので、虎仙会副幹事の唐渡吉則さんのトークも明るい内容になりそうだ。虎仙会会長の西川善文三井住友銀行頭取のあいさつも楽しみ。400人の着席のパーティーだけに、参加者には心行くまで楽しんでもらおうと思う。
 翌日のゴルフは何回も紙面で説明しているので、今回は賞品についてのみ詳しく紹介しておこう。
 参加費1万5000円だが、当日の朝食とプレー後のパーティー費用も含んでいる。参加賞は豪華な三点セット。まず金鳥から頂いたタイガース・ロゴがレンズ部分に浮き上がる特性サングラス、それにSDの顔がデザインされた虎仙会特性のトレーナーまたはTシャツ、おなじみの虎仙会キャップは今春作製の白地にオレンジとグリーンを組み合わせた2005年バージョン。参加賞の時価だけで既に参加費を超えてしまう計算になる。
 賞品も豪華だ。いろいろな形で商品券や買い物券が副賞として付いてくる。さらにドラコン賞として肉のダイリキ、ニアピン賞としてカネボウ化粧品などを扱う紀伊産業から豪華賞品が用意されている。大宝建設からのスポーツタオルも飛び賞に加えられた。中でもすごいのは、SDの監督時代の背番号77位の賞品。セレクションから、おしゃれ装飾を兼ねた三点セットを頂いた。血行促進のネックレスと足用のアンクレットなどが組み合わせれている。今年流行の商品で、私も欲しいので密かに狙っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年4月11日号

連休明けに最初のヤマ場
 星野仙一シニアディレクター(SD)が日本にいないと、私も手持ちぶさただ。今年のチームが「強いのか、弱いのか。まだ分からない」という状態が、見ていて精神的にスッキリしない。
 第一、いくら借り物の大阪ドームでの開幕だったといえ、阪神の三連戦はすべてでスタンドが満員にならなかったのは非常に気になる。ファンとしては、選手一人ひとりには愛着があっても、岡田監督に華がないので、見ていて気持ちがかき立てられない。どうしても悪いとこばかりに目が行ってしまう。
 SDは15日までマスターズゴルフの取材で米国在住。タイガースについては何も語らないが、さぞペナントレースの行方が気になっていることだろう。
 私は「今年は開幕ダッシュしないとダメだ」とのSDの言葉が耳にこびりついてるので、最初のヤマ場は以外に早く「交流戦の始まる5月の連休明けに来る」と見ている。交流戦が終わる6月中旬には、確実に目鼻が付いている。7月下旬のオールスター戦のころには、既にAクラス入りしているチームとその他の3チームではかなり差が開いている。もしこの時点で、タイガースが振り落とされているようなら、深刻な事態だ。
 SDが言うように「グループ全体が持たない」という状況から、ファンからのバッシング以前に阪神電鉄グループの社長から「岡田NO」の声が上がるはずだ。この時こそ手塚昌利オーナーは、思い切った決断を下す場面に遭遇する。「岡田を代えなければ、今年の予算達成は困難」との関連会社からの悲鳴を無視する訳にも行くまい。
 「生え抜き監督・岡田」は久万俊二郎前オーナーの最大最悪の不良債権だ。SDは、自らが退くにあたって胸中は「ブチ(田淵幸一打撃コーチ)はかつてダイエーで監督を失敗したころより、数段成長した。是非監督をさせてやりたい。人気だって十分ある。」と思っていた。しかし、岡田をかわいがっていた久万前オーナーが強引に後任人事を決め、結局田淵コーチはユニフォームを脱いだ。昨年の岡田監督の体たらくで、体調不安を承知でSDは自らの腹心中の腹心、島野育夫氏を総合コーチとして再びグラウンドに戻した。が、さすがの島野コーチでも岡田監督の不人気は救いようがない。
 球界に広い人脈を持ち「いつでも相談に来い」と門戸を開けているSDの心根も分からず、岡田監督は維持になって独自の野球にひた走り、墓穴を掘ろうとしている。これも自ら選んだ道だから仕方がないが、チームは再び長いトンネルに入ってしまうと、もう取り返しがつかない。
 SDは岡田野球に対して、決して批判がましいことは口にしない。しかし、組織を預かる者として腹の中ではいろいろと考えている。「何も言わない。批判もしない」という時のSDほど怖いものがない。久万前オーナーの亡霊を断ち切らなければならない時は迫っている。
 今年のセ・リーグの監督像を見る。巨人・堀内は、清原やローズら中心打者との確執が相次ぎ自らの経歴に傷を付けている。ヤクルト・若松、広島・山本の両氏は、はつらつさという点では劣る。逆に横浜・牛島は若さが魅了だが、まだ個性という点でアピールが足りない。むしろ中日・落合が新しい時代の監督像を築きつつある。もちろん、監督はチームを勝たせることが第一の仕事。しかし、かつての巨人・長嶋のように「監督の姿を見るだけで球場に行く値打ちがある」という指揮官もプロ野球の魅力だ。その点、SDが申し分なかったことはファンが皆承知している。
 猛虎党は「ポスト岡田は、再び星野しかいない」と期待している。結論から言えば、それはない。確かに体調不安があってもSDがユニフォームを着てベンチに座っているだけで、間違いなくタイガースはピリッと締まってよみがえる。しかし、今のSDの行動範囲を見る限り、とても不可能だ。結果的には、総監督的肩書でGMのような仕事ならできる。その時に、指揮官となって支えるのは島野か田淵だ。このタイガースは強い。問題はその時期だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年4月4日号

交流戦勝ち越しがカギ
 公式戦が開幕した。3連戦の結果はご承知の通りだが、星野仙一シニアディレクター(SD)は、ヤクルトとの開幕戦を1日の大阪ドームで観戦し、早々と球場を後にした。追いすがるスポーツ紙記者にも多くを語らなかったようだ。岡田監督の性格も作戦もすべて知り尽くしているSDが何か言えば、スポーツ紙はどっちに転んでも面白おかしく書き立てる。それがチームのためにならない事をSDはよく分かっている。グッと言葉をのみ込んで、毎日放送系列でテレビ中継する「マスターズゴルフ」のナビゲーターを務めるため、翌日には米国への機上の人となった。
 そのSDと開幕前に2時間、二人だけでいろいろと話し合った。SDの大阪の個人オフィスはマスコミでも知る人は少ない。要約すれば八項目の内緒話があったが、読者には申し訳ないがここで紹介するわけにはいかない。球界にとどまらない交際の広さ反映するスケールの大きなものばかり、とだけ言っておく。
 それとは別に6月4日午後に、鳥取県米子市の米子コンベンションセンターでJA共済連鳥取などの主催で「燃える男星野仙一〜野球と人生」と題した講演会を行う。この大阪日日新聞の姉妹紙である鳥取の県紙・日本海新聞の共済事業だからだ。「今年の講演はやめた!」と宣言して、SDは昨年の実績30数件、今年も依頼だけでその倍申し入れのあった講演要請をいったんはすべて断った。その中で、どうしても義理のある2カ所を復活したが、米子はそのうちの一つなのだ。
 大阪日日新聞と日本海新聞のオーナーは、ともに虎仙会特別顧問の吉岡利固氏。SDが中日ドラゴンズ監督を辞し、三願の礼で阪神タイガース監督を引き受けた年の秋。新たに発足した関西での個人後援会としてヨチヨチ歩き状態だった虎仙会で、当初から何かと応援してくれたのが吉岡社主であり「その方の会社が共催するなら」と引き受けたわけだ。入場無料だが整理券がいる。関西からの参加者希望は日本海新聞事業部(0857-21-2885)に問い合わせてほしい。
 ところで山陰の米子は交通アクセスが極めて悪い。大阪から移動すれば、JRでも高速道路でも3時間はかかる。関西から空路がなく、東京と名古屋からしか飛行機が飛んでいない。しかも太平洋側に比べその便数が極端に少ない。日本全国だけでなく世界中を飛び回っているSDだけに「どこから移動し、次の目的地がどこになるのか」がなかなか決まらないだけに、アクセスの悪さは何とももどかしい。それでも、義理を欠くようなことはできるだけしたくないSDの強い意思が感じられる。米子の人たちにも、その辺の裏事情は知ってほしい。
 現在渡米しているゴルフの取材から帰国するのが4月中旬になる。荷を解く間もなく、5月も半分ほど海外出張だ。6月は名古屋の「愛・地球博」ゲストから、米子での講演会。そして、日を置かず中国東北部を代表する街・大連に飛ぶ。現地でゴルフ場づくりをアドバイスしており、その完成確認のためだ。
 年末年始に豪州で一緒に過ごした時「お父さん、今年は少しゆっくりするよ」と笑っていたが、アッという間にスケジュールが詰まってくる。「体を壊さねばいいが」と、私は口には出さないが気に病んでいる。特にマスコミ絡みの仕事は、準備時間が短いわりに拘束時間が長いので大変だ。時差もあってなかなか気も休まらないことだろう。
 事務所を出る間際に、話題はやはりタイガースのことになった。「打者では今岡、赤星、桧山はまったく心配ない。やってくれるよ。投手は、お父さんが気に掛けてくれている(藤田)太陽が今年はやる」とうれしいことを言ってくれた。
 しかし、すぐに表情を引き締めて「最初から行かなアカンよ。開幕ダッシュしないと、百貨店をはじめとする関連会社の売り上げやグループ全体の業績に影響するんだ」と念を押した。これは先月29日に阪神電鉄全役員を前にSDが戦力分析した時も強調していた。加えて今季のポイントとして「パ・リーグとの交流戦勝ち越し」を挙げた。その公式戦は今、始まったばかりである。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年3月28日号

楽しみな総会&ゴルフ
 4月22日の虎仙会春季総会とパーティー、翌23日の虎仙会ゴルフまで一ヶ月を切った。概要がまとまったのでお知らせしておこう。まず22日の大阪・中之島のリーガ・ロイヤル・ホテルでの総会とパーティーから。今年も残念ながら、名誉会長の福井俊彦日銀総裁は欠席となった。ご自身は出席を希望されているが、どうにも日程の調整が難しいよだ。加えて要警備対象の重要なポストで総裁の一存で動けず、金融庁行政トップの立場からも、よほどの事がない限り東京を日帰り出張以外で空けるのは支障があるようだ。
 前日に東京で日銀の全国支店長会議があり武藤英二大阪支店長も欠席となった。余談だが武藤支店長は本来は西武ライオンズファンだったが、大阪に赴任以来、星野監督の阪神優勝を目の当たりにし「すっかりタイガースファンになった」というプロ野球好きの方だ。これも大物会員が多い虎仙会ゆえの悩みでもある。
 その点、虎仙会の二代目会長を引き受けていただいている西川善文三井住友ファイナンシャルグループ会長(三井住友銀行頭取)には本当に頭が下がる。会長就任以来、虎仙会の節目の会には必ず出ていただいている。多忙という点では、福井総裁に匹敵するが、西川会長は「関西財界を復権させよう」との思いが強い。
 もともと関西財界の雄であった住友銀行出身で、生まれも育ちも関西人の西川会長にすれば、阪神タイガースが元気なら「いかに関西全体が元気になるか」を肌で知っておられる。一極集中で伸び続ける東京、万博景気で盛り上がる名古屋に対し、大阪を中心とした関西はどうもいけない。関西経済の行方を本気で考えておられる一流財界人は西川会長らほんのわずかなのだ。
 さて総会のパーティーだが、今年は例年とひと味違う。会場の大型スクリーンにタイガースナインを映し、ゲストの野球評論家、達川光男さんと八木裕さんに、虎仙会副会長のミスタートラ・唐渡吉則さんを加えた3人で画面を見ながらのトークショーを展開する。
 着席スタイルの会場を星野仙一シニアディレクター(SD)が、各テーブルをすべて回り出席者と親しくお話をさせてもらう。8人掛けの各テーブルに1個、SDのサイン入りボールがプレゼントされる。
 お楽しみの抽選会とチャリティーオークションは300人分を用意する大盤振る舞いだ。虎仙会のキャップやサインボールなどなど。虎仙会が権利を持つ主催試合の「虎仙会シート」もプレゼントだけでなく、希望者への即売も実施し難病治療の基金としてもらう。
 翌23日は兵庫県三木市のオリエンタルゴルフ倶楽部を借り切って30組120人の大コンペになる。参加者は色とりどりの虎仙会キャップを参加賞としてプレゼントし、タイガースレンズ付きのサングラスも持って帰ってもらう。
 このゴルフ場はダイエー創業者の中内功さんが造った素晴らしいコースで、難しいが知れば知るほど深みのある設計になっている。事志保賞品は金鳥、紀伊産業、ダイリキ、大豊産業、肉と天ぷらの義、など多くの会社に協賛していただき、素晴らしい品がそろった。
 倶楽部の緋本祥男社長は、広島東洋カープと東映フライヤーズの一塁手として活躍、長打力がありスターだった。当日はSDと一緒に回る予定だ。またこのゴルフ場のクラブハウス3階のVIPルームは素晴らしい造りで、当日の参加者はゆったりとリラックスして過ごしてもらえると思う。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年3月21日号

05年も引っ張りだこ
 先週末のスポーツ各紙を、眼鏡姿の星野仙一シニアディレクター(SD)が飾った。もともとSD愛用の眼鏡を作ってくれていた東京・銀座の専門店「ローデンストック・ギャラリエ」のオープニングイベントに参加したのだ。店自体もSDがプロデュースし、自らデザインした4タイプの「2005年星野コレクション」も披露した。
 現役投手時代は視力抜群で眼鏡とは無縁だった。その分、年齢とともに近くの物が見えにくくなるのも早い。「このごろは日常生活では眼鏡が必要やな。自分がアドバイスして作ってもらったけど、軽くて丈夫や。掛けているのを忘れるよ」と終始ご機嫌だった。
 人間は、年とともに渋いファッションやヘアスタイル、眼鏡などが似合うようになる。SDも監督を辞めてから表情にさらに深みが出た。若い頃にテレビの「プロ野球珍プレー好プレー」に何度も紹介されたような、ベンチを蹴り上げたり、猛烈な抗議をした時のような荒々しい表情が影を潜めた。もちろん、内面ではその“激しさと厳しさ”を失っていないが、ユニフォームを脱いで広い世界と付き合い、人間的な幅の広さが顔つきに現れるようになった。
 そう言えば外見的な話題で好対照だったのは、同じ丸刈り頭にした後の巨人の清原と、阪神の鳥谷の周囲の反応だ。清原は一時金髪にしたかと思えば、今度はスッパリ刈ってしまって耳にはピアス。本人は米大リーガーのスーパースター、バリー・ボンズを気取っているのかもしれないが、野球選手というよりは格闘技選手のようで近寄り難く怖い。一方の鳥谷は、定位置確保へ自ら気合いを入れた雰囲気が見る者に伝わってくる。まるで高校野球のように初々しい。
 SDは「清原は何か汚らしいな。その点、鳥谷はさわやかでエェやないか」との感想。私もまったく同感だ。プロ野球はあくまで青少年に夢を与えるものでなくてはならない。外国人選手や他競技プレーヤーのまねをするより、日本野球の原点、すなわち高校野球のような潔さや、さわやかさがなくてはならない。野球選手は、あくまで野球選手らしい雰囲気が大切だ。
 15日に米国視察から帰国したばかりのSDは、4月1日の開幕戦(対ヤクルト、大阪ドーム)を直接チェックした後、早ければ翌2日にも再び渡米する。毎日放送系列でテレビ中継する「マスターズゴルフ」のナビゲーターを務めるからだ。
 帰国すれば、折から開幕中となる愛知万博「愛・地球博」にもボランティアとして積極的に参加する。SDの持つスポーツマンとしての雰囲気はどこでも引っ張りだこだ。話術にもますます磨きが掛かった。毎年、主義主張をはっきりと出すSDの2005年は、野球の魅力を広く知ってもらうための活動の一年になりそうだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年3月7日号

立場変われど常に前進
 星野仙一シニアディレクター(SD)が「いつ安芸に行くのか?」と思って先月末に電話で聞いたら「お父さん、行ってくるよ」と答えた。ところが行き先は安芸のキャンプ地ではなく米国だ。1日に渡米し、15日に帰国するそうだ。
 表向きはテレビ番組収録ということになっているが、目的は別にある。昨年もこの時期に渡米し、大リーグのキャンプ地を巡った。途中入団を含めて外国人選手のリストアップが真の目的だ。途中さまざまな人に会って、野球以外の事柄の打ち合わせもあるという。
 今年は海外出張の予定が多い。5月には二度渡米して、キャンプ中に集めた情報を実際の試合を見て再確認する。もともとSDの外国人選手を見る目は定評があり、まず外れがない。
 阪神は単に英語がしゃべれるだけのいいかげんな球団職員を外国人選手獲得の窓口にして長年失敗してきた。今年は既に四人の新外国人選手が加わり、残ったウィリアムスと計五人がいて一見獲得の余地はない。しかし、故障や期待外れの時に間髪を入れず、代わりの選手の名前が出てこないようでは、とてもペナントレースは戦えない。SDのこうした活動があってこそ、あの岡田監督でもペナントレースを何とか戦えるのだ。
 もちろん野球以外の仕事も多い。6月5日には大阪でコシノヒロコさんが「関協にやさしいファッション」をテーマにしたデザインショーを行い、SDも出席する。小池百合子環境相からの依頼で、多くの各界著名人がボランティアで参加。SDもその一人というわけだ。その翌日には中国に飛び、スポーツ施設建設のアドバイザーとして参加する。まったく脈絡のない形で世界中を飛び回るSDは心身ともすっかりタフさを取り戻した。
 もともと、立ち止まって後ろを振り返るのを好まぬ男だ。昨年あれほど多かった講演も今年は日程のこともあり、ほとんどを断っている。どうしても話さねばならない時も2003年のリーグ優勝を話題にはしない。「あれは過去のことで、2004年で打ち止め。2005年になって、2年も前の話などできるか!」という心意気だ。
 タイガースとの契約も一年ごと。選手時代も中日の監督時代も、評論家になっても、そして阪神で優勝監督となり現在のSDと立場は変わっても、この基本は変わらない。常に前を見て前進し続ける『男・星野仙一』の美学がそこにある。
 そのSDが「心を許せる場」として毎年楽しみにしてくれている虎仙会の春の総会の準備は早くも追い込みに入った。4月22日のリーガ・ロイヤル・ホテルでの総会、一夜明けて23日のオリエンタルゴルフ倶楽部(三木市)でのコンペ、と出席者数の確定作業が煩雑を極めている。
 当日は、SDはもちろん福井俊彦日銀総裁や西川善文三井住友銀行社長ら多くの要人も出席する予定なので「人数は適当に」とはいかない。ところが、いつもギリギリになって「ぜひあと一人参加したいのだが…」と言ってくる方の多いこと。長く虎仙会のメンバーとして協力していただいている方ばかりなので、できるだけ無理は聞いてあげたいのだが「できるだけ早く、申し込みを」とお願いしたいのが、今の偽らざる心境だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年2月28日号

「さあ!」SD出番だ
 いまだ高知県安芸市の二次キャンプ入りしていない星野仙一シニアディレクター(SD)に2月23日、東京で会った。一次キャンプ地の沖縄県宜野座村入りして駆け足だったが精力的に視察を繰り広げ、顔つきは精悍そのもので元気そうだ。昨年大騒ぎした急性虫垂炎からも完全復活である。
 直接チームを見て肌で感じた手応えを聞いた。「まぁ、やるやろう」と何となく曖昧な答えだった。さらに突っ込むと「出足が問題やね。スタートでつまずくと、ファンは“今年もアカンかな?”という気になる。ひいては阪神グループ全体の予算達成に響いてくる。チームの成績が悪いと全部の足を引っ張るんや」と表情を曇らせた。
 SDは、タイガースのことを考える時、手塚昌利オーナーの立場に立って常にグループ全体の利益を考えている。プロ野球を語る時は、チームの立場を離れて球界全体の事を考える。今一番気にしているのは、昨年の球界再編劇でのファン離れだ。タイガースとしても、今年からファンサービスを真剣に考えないと手遅れになる。球団だけでなく、選手一人ひとりが自覚を持って、ファンに接する努力をしないといけない。「今年のファンサービスは楽しみだよ」というSDの言葉は重い。
 もちろん野球の試合自体が面白くなければ何もならない。一生懸命集中して戦う選手をファンは見にくるからだ。今年は交流試合もあり、すべてのゲームがファン期待のカードというわけにはいかない。そこで人気のない対戦や期待はずれの凡戦になった時に「きちんとしたファンサービスを実施できるかどうか」で阪神の観客動員は大きく変わってくる。
 シーズン後の秋季キャンプの話も出た。今年は10月23日から4日間、岡山国体秋季大会の硬式高校野球で倉敷マスカットスタジアムを使用する。阪神がリーグ優勝すれば日本シリーズに掛かり問題はないが、敗れると秋季練習を安芸市のタイガースタウンで行うようだ。こうした話を聞く限り、SDはタイガースを離れる気持ちなど毛頭ない。
 一部の心ないファンから「SDは現場復帰しないのなら、岡田監督に配慮して距離を置くべきだ」という声があるが、これはまったく的外れな意見だ。そのことは電鉄本社や球団が一番よく分かっていて、久万俊二郎前オーナー勇退後、直ちにSDの留任を打診してきた事を持ってしても「いかにSDがタイガースに欠かすことのできない人物か」が分かる。SDが一人前にしたタイガースも、監督が交代した途端にあの体たらくである。SD抜きで岡田監督が優勝できる能力があると本気で思っているファンがどれくらいいるだろう。4年連続最下位だったころの悪夢が繰り返されるだけで、そのことは手塚オーナーが一番よく分かっている。
 直接手を出さなくても、SDがいるだけで上手くいく事も数多い。私などはむしろ「SDは阪神のためだけでなく、球界全体のためにもっと大きな仕事をしてもらいたい」と常々思っているが、阪神電鉄がおいそれと手放すまい。
 虎仙会のパーティーやゴルフの常連で、会員と顔なじみの矢野輝弘捕手の右足故障による出遅れが気になって聞いてみた。「確かに心配やけどな。大丈夫、開幕には間に合うよ。彼は調整がうまい。投手陣は矢野に受けてもらうと、いろいろ教えてもらえて勉強になる。チームの要だよ」と太鼓判を押した。
 球団経営陣の話も出た。新社長の牧田俊洋専務について「決断力があっていいね。野崎さん(勝義前社長)が連盟担当で残ったのも大きい。この人たちが居る限り、阪神は大丈夫だ」とうなずいた。「オレもこれから積極的に発言する」とチーム作りにかかわっていく決意だ。
 「さぁ」とSD。この記事が出るころには、最終チェックにオープン戦のネット裏を飛び歩いているかもしれない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年2月21日号

井川問題、SDいつ動く
 星野仙一シニアディレクター(SD)がいよいよグラウンドに立った。2月12に一次キャンプ地の沖縄県宜野座村入りし、16日の最終クール終了まで現地に留まった。その後チームは18日から高知県安芸市の二次キャンプに入ったが、SDは同行しなかった。今は関西や東京でさまざまな仕事を大急ぎで片づけている。キャンプ打ち上げとオープン戦に合わせ、改めて高知入りし、課題の達成度をチェックする予定だ。
 13日の日本ハムとの練習試合はSDにも収穫があったようだ。自身が獲得した鳥谷を遊撃の定位置に据え、コンバートした藤本との新しい二遊間コンビ。板に付いた連係プレーに目を細め「放っておいても大丈夫や」とSDらしい言い回しで太鼓判を押した。
 最も気になるのはやはり投手陣。エースの井川が今もメジャー行きを希望し続けて契約更改しないままの宙ぶらりん状態ではSDも安心できない。どうしても本人と直接話し合う必要がある。マスコミの気付かぬうちにSDが動くだろう。
 カムバックを目指す藤田太陽と新人の即戦力ルーキー能見の仕上がりも気に掛かる。彼らにはメジャーに去った藪の抜けた穴を埋めてもらう必要がある。特に太陽は、毎年のように期待されながら春季キャンプで飛ばし過ぎてオーバーペースになり失敗している。長く実戦から離れていると、どうしても気持ちが焦る。能見も25歳の社会人野球出身で、自分で長くやってきた調整法とプロでの戸惑いが交錯していることだろう。無理もないのだが、そのあたりの持って行き方は本当に難しい。
 タイガースで自分できちんと調整できるのは、金本、矢野、桧山のベテラン勢に今岡、赤星くらいのものだ。投手では福原一人だろう。その矢野が故障で出遅れている。投手陣が全体に若返っているので、捕手にかかる負担は大きく新たな心配の種だ。
 脇を固める形になるベテラン片岡と昨年よく働いた関本の仕上がり具合が野手の底上げにつながる。新外国人は出遅れているようだが、これはSDに言わせると「彼らはガキのころから、3月に向けてやっている。2月のキャンプ時期にガタガタ言う必要はない」と意に介していない。
 むしろSDにとっては、現場で腹心の島野総合コーチから生の情報を聞くことが大切だ。島野コーチ自身の体調も気になるが、見た目以上の裏の問題点もじっくり話し合い、シーズン開幕に向けて多角的チェックを加えることになるだろう。
 昨年のチームはずっと勝率5割を行き来し、優勝した中日にからっきし歯が立たなかった。一昨年優勝した時、カモにした横浜にもしっぺ返しを食った。宿敵巨人に3年連続で勝ち越すことは当然だが、その他のチームも苦手を作ってはダメだ。
 今季の岡田監督は最初のスタートダッシュが肝心。開幕でつまづくとチーム内外に「今年もアカンな」とうムードが一気に広がって暗い面が強調される。チーム成績に左右される電鉄の関連事業部門がまず悲鳴を上げるだろう。優勝争いに食らい付いている雰囲気が大切だ。
 勝てば陰気な岡田監督が頼もしく見え、チームにも活気が出る。それがプロ野球だ。電鉄グループ全体が「さすがや!」と見直してくれる。観客動員やテレビ視聴率もすべて勝敗次第。厳しいが分かりやすいこの世界でSDは長年生き抜いている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年2月7日号

冷静沈着なSDが怒る
 キャンプイン直前に星野仙一シニアディレクター(SD)と二人だけで話した。SDは、二年目の岡田彰布監督について「前半が勝負だな。(周囲からは)どうしても二年前の優勝した時の成績を基準にされるからなぁ。本当は田淵(幸一・当時打撃コーチ)に(後任監督を)やらせて、その後で岡田の方がよかったんだ。そうすれば、プレッシャーもかなり違ったんだが」と振り返り、当時の久万俊二郎オーナーの命で直接岡田監督になったことを悔やんだ。
 私が「“岡田よ、まだやるのか?”が世間の雰囲気。あんな陰気な野球は見たくもない」と言うと、黙って聞いていた。
 返事の代わりに「年間予約席の売れ行きを聞いていると、今年はまずまずの感じや。しかし大阪ドームを使ったりしてどうしても一試合当たりの単価が高こうなる。今年(成績が)ダメだったら、来年は大変なことや」と顔を曇らせた。
 話題がFAを取得して大リーグ入りした藪恵壹と、未契約のままキャンプインに参加する井川慶両投手になった。「高いレベルでやりたいという気持ちは分かるんや。藪は11年間阪神一筋に頑張ってファンも球団も“よっしゃ頑張ってこい!”という温かい反応やった。しかし井川は違う。もっと実績を残してルール通りFAを取得してから堂々と行けばいいんだ。アイツのせいでチーム全体が暗くなっている」と怒った。
 退任した野崎勝義前球団社長が連盟担当役員として球団に残ったことを喜んでいる。「(牧田俊洋)新社長は野崎さんに何でも相談したらエェんや。野崎さんはもう電鉄本社に戻る気なんかない。怖いものはない人や」とサラッと話した。
 「本当のSDはどんな方?」と周囲でよく聞かれる。私は長い付き合いで知り尽くしているのだが、初対面の人でも彼のゴルフを見ていればその性格は分かるはずだ。
 年末年始豪州で一緒にゴルフをした。どんな時も「イチかバチか」というプレーをしない。常にフェアウエーを狙い攻めて行く。「際どいショットが決まればパーだが失敗したらダブルボギー。手堅く打てばボギー」という場合は、迷わず後者。冒険をしない堅実なゴルフだ。
 こんなこともあった。SDが先に打って歩き出し、続いて私が打ったら前を行くSDに当たりそうになった。「あわや頭に!」という場面で、SDはヒョイとかがんでボールをやり過ごしたのだ。いわく「当たっても頭以外は大事になることはないよ。慌てなさんな」と笑った。
 常に冷静沈着で、事の見極めが早い。これが星野仙一という男である。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年1月31日号

幅広い星野SDの活動
 先月24日に帰遇予定だった星野仙一シニアディレクター(SD)は、飛行機の都合で25日早朝の便で約1カ月ぶりに日本の土を踏んだ。豪州ゴ一ルドコーストで英気を養い、日焼けして精かんな顔になった。私は一足先に帰国していたので20日ぶりの再会だ。
 聞けば現地でいろいろな来客に応対。帰国した足でスポーツ関係の仕事を済まし、もうフル回転状態に入っている。年末に盲腸炎でダウンしたことなどすっかり忘れてしまうほどの元気さだ。
 今年のスケジュール表を見せてもらった、海外での視察や出張の予定が多く、テレビ解説の予定などでビッシリ埋まっている。既にSDは「終わった話をいまさら講演など」と、2年前のリーグ優勝にまつわる講演の依頼は全部断っている。このスケジュールを見ると、とてもその暇がないことがよく分かる。詳しくは書かぬが、海外での予定は意外な国名もあり、その活動の幅の広さを物語ってくれる。
 野球解説にしても、今季からセ・パ交流試合が実施されるから大変だ。
 SDは立場上これまでセ・リーグを中心に試合や選手を見てきた。それが今年のプロ野球の目玉として交流試合が実施される。当然、阪神もパ・リーグ各チームとの試合が組まれ、SDが解説するケースも出てくる。
「打った、投げた」を解説するだけでなく、SDは選手の気質に重きを置いて話す。「この選手の性格は?」という部分まで踏み込むにはデータをながめているだけでは足りないのは当然だ。
 その前に、岡田彰布監督2年目の春季キャンプが私には気に掛かった。SDにその件を聞くと「全部これからだよ」と自分に言い聞かせるように言った。SDは沖縄・宣野座でのキャンプ前半には終了ギリギリの来週末に入る予定だ。キャンプ地が高知、安芸に移動するタイミングでSDも沖縄を離れるが、チームには同行せずいったん東京に戻って他のスケジュールをこなすことになる。そして2次キャンプの安芸を初めて訪れるのは、終了直前でオープン戦も絡めた2月下旬になる予定だ。
 この時は私も同行するつもりだ。SD自身の頭の中にはキャンプ前の状態と1次の打ち上げ時、そして2次の終了のタイミングでそれぞれの到達目標が明確に立っている。「コーチがちゃんとしているから大丈夫だよ。お父さん」と私に笑顔を見せた。全幅の信頼を置く島野育夫ヘッドコーチと和田豊打撃コーチが今季からユニホームを着ており、キチンと報告もあることだろう。
 さて先週お知らせした4月22日の春期総会(リーガ・ロイヤル・ホテル)と翌23日の春期ゴルフ大会。11月11日の秋期総会と翌12日の秋期ゴルフ大会の詳細が決まった。
 まず春期総会はへ500人の参加による着席で実施。ちょっと趣向を凝らしてSDのトークに映像を付けて流す。イベント終了後はSDが各テーブルを回り、参加者と直接対話して身近に話し合える場にする。また、春期のゴルフ大会は兵庫・オリエンタルゴルフ倶楽部で40組160人の大きな大会にする。ショットガン方式で、賞品も虎仙会の会員企業を中心としたスポンサーに豪華な品を出してもらい盛大に行う。目玉は、総会から参加していただく予定の福井俊彦日銀総裁、西川善文三井住友銀行会長、そして星野SDの3人連名によるサイン色紙の特別賞だ。この3人の組み合わせ色紙が他で世に出ることは絶対にあり得ない。まさに虎仙会ならではのお宝になる。
 この時期のゴルフ大会には、選手はリーグ戦中なので出場できない。それでは寂しいので、今年から毎日放送の野球解説者になったばかりの“代打の神様”八木裕さんと。リーグ優勝時にバッテリーコーチを務めた同じく評論家の達川光男さんが総会から引き続いて特別参加してくれる。
 秋期の総会とゴルフは、会場をリーガ・ロイヤル・ホテルと兵庫・鳴尾カントリーに決めた。しかし、詳細はまだ何も決定していない。しかし11月といえば、既にプロ野球の全日程は終了している。その時に「タイガースの今季の成績の行方、SDの身の振り方はどうなっているか』など興味は尽きない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年1月24日号

あり過ぎるSDの仕事
 約ーヶ月豪州ゴールドコーストに滞在していた星野仙一シニアディレクター(SD)はきょう24日、帰国する。ただしあす25日から東京で仕事がギッシリ詰まっている。大急ぎでこなして2月1日からの沖縄キャンプに合流する予定だ。
 昨年ほ岡田監督スタートの年だったので、新監督に気遣わせぬよう配慮しキャンプ参加は最小限にとどめた。しかし、今年ほ違う。勝つために現場復帰したSDの右腕、島野育夫ヘッドもいる。同じく1軍復帰した和田豊打撃コーチは星野野球の申し子だ。
 SDは前半の沖縄は静観する構えだ。しかし後半の高知に移動してからもなおペナントを狙うチームとしての形が前面に出てこなけれぱ、一気にてこ入れに動くだろう。
 昨年末で久万俊二郎オーナーと野崎勝義球団社長が去った。手塚昌利オーナーと牧田俊洋球団社長が新しい顔になった。それぞれ前職がオーナー代行、球団専務でナンバー2からの昇格で、現場は十分に知っている。しかし、昨年4位で勝率5割にも届かなかったチームが再び低迷するようなことがあっては、責任感の強いSDが看過することはできない。
 頼りない監督であっても、SDは全力で支える決意だ。もしチームが勝てないと阪神電鉄グループ全体への悪影饗は計り知れないし、一気にファン離れは加速する。しかし、われわれ身近な者は「それでもSDの現場復帰はない」と見ている。今のプロ野球にとって、SDの出番はあり過ぎるくらいある、その実績は昨秋の一連の「近鉄消滅、楽天誕生」劇の際に、体を張って1リーグ移行への策謀を食い止めたことで明らかだ。
 その1リーグ制は「もう終わったこと」と思っている方も多い。しかし、それは大変な間違いだ。近鉄とダイエーが球団経営を手放し、楽天とソフトバンクが新規参入した。しかし、これで解決した訳ではない。堤義明オーナーが失脚した西武は早晩球団売却に動く。いやむしろ昨年は「売ろうとして売れなかった」だけなのだ。またオリックスは近鉄を吸収合併して、1リーグ制移行への功労者として賛辞を受けるはずが完全にアテ外れだ。頼みのナベツネ、堤の両氏はもう球界にいない。今季は昨年までの大阪の近鉄ファンはそっぽを向き、神戸のオリックスファンも裏切られた気分で、昨季の両チーム合わせた観客動貝を下回る散々な結果になりかねない。計算高い宮内義彦オーナーのことだ「採算のメドなし」と球団を手放す方向に動く。結局、IT産業の参入により一息
ついたはずのパ・リーグは再び西武、オリックスの売却問題で暗礁に乗り上げる。セ・リーグも交流試合の実施で巨人、阪神など人気球団との対戦カードが減って、横浜や広島などの経営悪化が深刻化する。
 今のプロ野球にも優秀なフロントがいる。ロッテ・瀬戸山隆三球団代表やオリックス・中村勝広GMだ。瀬戸山代表はゴタゴタする前のダイエーホークス代表で、昨年の選手会による初のストの時に野球機構側の協議・交渉委員長、選手関係委員長として交渉力を発揮した。また中村GMも元阪神監督で現場を知り尽くし、今回の球団合併から選手の振り分け、両軍を知る仰木彬監督の起用、岩隈久志投手のトレードまで諸問題を見事に乗り切った。
 これらの人材がフルに活躍しても、まだまだ球団経営は親会社トップの意向ですべて決まり、チームの独立採算まで踏み込んでいない。タイガースにも球界全体にも、星野仙一が必要とされる時がすぐに来る。本当にSDがゆっくりと野球解説する時など夢のまた夢なのだ。
 最後に今年の虎仙会の公式日程が次の通り決まった。
 ▽春期総会=4月22日(リーガ・ロイヤル・ホテル)
 ▽春期ゴルフ大会=翌4月23日(場所未定)
 ▽秋期総会=11月11日(場所未定)
 ▽秋期ゴルフ大会=翌11月12日(場所未定)
 会員、ファンクラブの皆さんの多くの参加をお待ちしています。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2005年1月17日号

岡田監督に勝利の美酒を
 私の一家4人は9日に帰国したが、星野仙一シニアディレクター(SD)は今月下旬までの予定で今もオーストラリアのゴールドコーストに滞在している。年末から約一ヵ月の長期滞在だ。
 今年のSDは心に期するところがある。新年の誓いとして「昨年4位にとどまったタイガースを再び上昇させることに全力を尽くす。そのために、好きなゴルフと全国から声を掛けてもらっている講演を極カ減らす」とわれわれに宣言した。
 昨年のSDは本当に多忙だった。精神的ストレスはユニホームを脱いだことで軽減されたが、春先からくすぶり続けた球界1リーグ再編への策謀への対抗策に追われた。そして結局3位に終わった長嶋ジャパン変じて中畑代理によるアテネ五輸チームヘのサポートもあった。その間、講演が多い時は2カ所の日も。ゴルフも息抜きというより、トップ経済人や外国のスポーツ界要人とのラウンドが相次ぎ、人脈は広がったが移動時に疲れた表情を見せることもあった。
 そんな時の年末の虫垂炎である。病床に伏した期間はわずかだったが、SD自身は「もう一度原点に返って、愛するタイガースを強くする自分に戻ろう」。という思いを強くしたようだ。
 以前のSDは正月を豪州で扶沙子夫人と過ごすのが恒例だった。今は奥さんを亡くされ、既に2人のお嬢さんも嫁いでそれぞれ家庭を築いておられる。友人知人の多いSDだが、今年の正月は周囲に気遷わずに独りで思い切りリラックスしたかったようだ。それでも私には「来年の正月には娘一家も呼びたいなあ」とフッと漏らした。
 元日はゴールドコースト海岸を眼下に見下ろすブロードビーチに建つ現地の知人のマンションで迎えた。現地のマーケットで買ったおせち料理を並べ、梅酒をおとそ代わりに祝った。本当は日本から材料を持ち込みたかったが、税関で生鮮食料品は許可されない。それでもSDは「おいしい」と言って飛び切りの笑顔で喜んでくれた。
 ゴルフの初打ちはホープアイランド・ゴルフコース。18ホールをSDは10オーバーの82、私は93でゆったりと楽しんだ。
 もともと気配りに長けた人だが、ユニホーム時は戦闘集団の指揮官として何より勝利が優先した。今はゆとりが出て、いろいろな物の手配や支
払いも自分でサッと済ませる。内に秘めた闘志は変わらないが、人間的な幅を増した気がする。
 年末にほ、野球評論家の板東英二さんと共にタレントの明石家さんまさんと俳優の佐藤浩市さんが来て、4人で連日コースに出るゴルフざんまい。今月後半は、SD行きつけの喫茶店のマスターら神戸市周辺の人たちが誘い合わせて現地を訪れる。その間も、SDは入れ代わり立ち代わりの来訪者と忙しく応対していることだろう。
 既に決まっていた今年の講演も最小限に絞り込んでいる。「リーグVはもう2年前の話。いつまでも優勝監督でもないでしょう」と丁重にお断りしている。海外出張の予定も相次いでいるので好きなゴルフも相当減るだろう。今SDの頭の中は「岡田(監督)をバックアップして、勝利の美酒を飲ま
せてやりたい」という強い思いで満ちている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)