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大阪日日新聞 2006年12月6日号

来年も応援よろしく
 今年の「虎仙会」の行事がすべて終わった。パーティーは大いに盛り上がり、ゴルフは「星野仙一SDが風邪で欠場」のアクシデントもあったが、いずれも多くの参加者の協力と善意で、楽しい思い出を持ち帰っていただくことができた。
 ここまで機会がなかった「虎仙会」でのSDの今季のタイガースの総括を紹介レておこう。
 今年連覇を逸したことについては、「“もう少し早くスパートしていれば”という方がいますね。でも、5年前までは6月でシーズンが終わっていたチームだったんです。(虎仙会パーティーにゲストで来てくれた金本、矢野、赤星、藤川の各選手を指して)この4人が元気なら、来年も(プレーオフ出場の権利がある)3位以内は間違いない。わたしにとっては、阪神と中日は兄弟げんかみたいなもの。どっちが勝ってもそれなりに楽しいもんです」とまとめた。
 ゲストの選手と司会の八木裕さんのトーク後、コメントを求められ「私からあれこれ言うより、5年前のタイガースに比べて、今のチームは本当に大人になった。べンチではいつも笑顔の平田がヘッドコーチ。余談ですが、平田は本当に笑っている訳じゃなくて、顔つきが笑っているように見えるんです。その後ろで岡田は首をひねっているだけでチームは勝つんですから。これは選手が自分のペースでしっかり自分の仕事をしてくれた結果。確かにシーズン前は“まだ勝負に淡泊だな”という印象があったんです。それが5、6点差つけられてもあきらめずに逆転勝ちする。私は“絶対あきらめるな”と選手に言い続けてきましたが、本当は自分ではあきらめでいる時もある。それを選手がどんどんひっくり返して2ゲーム差まで追いつめた。相手の中日にとってはすごくいやらしいチームになってきたんです。あれだけ粘っこい試合をすれば、首脳陣なんていなくていいくらい。そのうち、ファンは岡田の顔にも慣れてかわいく見えてきますよ」と選手を褒めた。
 ところで、SDは今月に入って突然報じられた「星野、北京五輪監督へ」の新聞記事に戸惑いを隠していない。自身のホームページでもコメントし「確かに全日本野球会議・日本代表編成委員会の長船騏郎委員長から11月中旬に電話は頂いた。候補に挙げられたということでメディアは“星野も前向き”という論調で書いていくのだろうが、わたしはタイガースに所属している人間で、まずプロ側からの要請なり推薦がない限り答えようもなければコメントしようもない」と慎重な熊度だ。
 わたし個人としては、アテネ五輪当時から「日本代表監督は星野仙一しかいない」と主張し続けてきたのだから、もちろん就任に異論はない。しかし、この件でSDと今回直接意見交換をまだしていないので、それ以上の意見は差し控える。
 この「虎仙会便り」は、星野監督就任2年目で優勝する2003年春にスタートし、05年にはそれまで書きためた内容に加筆して「星野仙一・夢に向かうみちのり」(彩流社)として1冊の本にもなった。
 その間、星野仙一はユ二ホームを脱ぎ、球団のオーナー付きシニアディレクターとなった。最初は「GMのようなものか?」と受け止めていたが、近鉄球団消滅に伴う球界再編のうねりや村上ファンドの阪神電鉄株買い占めから“阪急阪神ホールディングス”誕生、球界盟主の読売ジャイアンツの没落による屋野待望論などで、気付いたときには「男・星野仙一」は一野球人を超えた社会的、国際的存在にどんどん成長を遂げていた。
 勝敗に一喜一憂したり、SDの活動ぶりを伝える連載もその都度内容を微調整してきたが、そろそろ実情に合わなくなった。今回で「虎仙会便り」でのスタイルはひとまずピリオドを打つ決心をした。幸いわたしもまだまだ元気だし、来年5月19日には星野SDに虎仙会会長の西川善文日本郵政株式会社代表取締役社長、名誉会長の福井俊彦日銀総裁を交えて「関西経済フォーラム」の開催をリーガロイヤルホテルで予定している。
 年末年始を少し休んで構想を練り直し、スポ−ツの世界を広い視野でとらえる新しいスタイルのエッセーコラムを1月中旬から始めたい。もちろん、星野仙一SDにも登場してもらう時もあろうし、虎仙会の活動ぶりも逐一お伝えしていくつもりだ。
 皆さん、長い間のご愛読本当にありがとうございました。また、来年以降もこのコーナーと阪神タイガース、星野仙一への応援をよろしくお願いします。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 2006年11月29日号

親睦ゴルフ楽しい一日
 秋の「虎仙会」の催しを締めくくる親睦(しんぼく)ゴルフコンペが27日、兵庫県三木市吉川町の太平洋クラブ六甲コース(18ホール、7067ヤード、パー72)で160人が参加して行われた。
 当日はあいにくの降ったりやんだりの空模様だったが、それより驚いたのは「ゴルフ大好き」でいつもハシャギまくる星野仙一シニアディレクター(SD)が青い顔で現れたこと。聞けば、前日の雨空でのイベントで風邪をひき発熱しているそうだ。それでも「虎仙会」ゴルフとあって、はうようにして会場まで駆け付け、スタート前に全員参加の記念だけ撮って「済まんな」「後は頼むなぁ」と周囲にわびながら早々と引き上げた。
 さてコースである。間もなく開場30年を迎える名門コースで、最終18番は3つの池を懐に抱くようにドッグレッグしている長いパー4。プロでも2打でグリーンを捕らえるのは難しく、クラブハウスを目前にしてプレーヤーを悩ませる。前半にフェアウエーは広く長いので、晴れた日は伸び伸びとプレーできると好評だ。
 SDが急きょ欠場し、ゲストは平田勝男タイガースニ軍監督に矢野輝弘捕手と藤川球児投手。虎仙会からは上山英介筆頭副会長をはじめ、主立った幹部役員が多数参加した。
 優勝は会社役員の吉積知典さん。2オーバーの74(33、41)という素晴らしい成績で回られ、シングルプレーヤーの「ハンディ6」を物ともせず、ベストグロス賞も併せて獲得。豪華な賞品をごっそりと持って帰られた。SDの背番号にちなんで毎回すごい賞品を用意した77位の星野賞は京橋『グランシャトー」のオーナーでもある林政昭さん。ゲストは、平田二軍監督が94で回って15位、矢野捕手は84で33位、藤川投手は94で41位。お楽しみの“飛び賞”は15位にもあり、平田二軍監督に渡された。3人にはそれぞれの背番号にちなんだ順位の賞品に特製グッズを提供してもらい、参加者に大受けだった。
 私は矢野選手と同じ組で回った。プロ野球選手にとって11月下旬では「ゴルフシーズンが、開幕したばかり」だ。なかなか正確なショットが飛ばず、何度も頭を抱える場面もあったが周囲への気配りも合め、明るくて社交的なゴルフだった。途中の話題も豊富で同伴者を飽きさせない。矢野選手は、虎仙会ゴルフ大会に第1回からずっと出てくれている。野球のプレー同様に円熟味を増してこれからが楽しみだ。ゲストの3選手が、終了後の表彰式でプレゼンテーターも務めてくれた。この場面で、本来一番口が悪いのはSDで、いつもなら話が脱線して収まりがつかなくなるほどなのだが、この日は「今日は欠場して申し訳ありません。皆さんは最後まで残ってくれてありがとう。楽しんで帰ってください」と殊勝なメッセージを託しただけだったので、随分スムーズな表彰式になった。
 私自身は、インもアウトも50を切れず通算101とさっぱりで順位も102位に終わった。それでも最近はなかなかコースに出ることがなかっただけに、久しぶりで楽しい1日を満喫した。
 いつもながら、多くの賞品を虎仙会役員の皆さんに寄贈していただき、感謝している。
 来春の「虎仙会」春の総会は5月17日にリーガロイヤルホテルで、と既に決まっている。役員改選もある。翌日には、SDに虎仙会会長の西川善文日本郵政株式会社代表取締役社長、名誉会長の福井敏彦日銀総裁を交えて「関西経済フォーラム」も同ホテルでの開催を予定しでいる。SDは今や野球人だけでなく一流の経済人と肩を並べ、トークができる存在だ。お世話をするこちらとしては、多くの財界人が集まるだけに、3人の大好きな阪神タイガースの話題に脱線しないよう、今から少しだけ心配している。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 2006年11月22日号

選手とSD本音トーク
虎仙会パーティー
 星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)の大阪後援会「虎仙会」のディナーパーティーが17日、大阪市内のホテルで開かれ、約700人が出席。金本知憲、赤星憲広、矢野輝弘、藤川球児の4選手と平田勝男ヘッドコーチも駆け付け、華を添えた。
 最初に日本郵政会社社長の西川善文会長が「巨人が低迷したので“ことしは駄目なのではないか”と思っていたが、それが杞憂(杞憂)に終わってほっとしている」とあいさつ。続いて星野SDが「もう少し早くスパートしていたら優勝できていたのではないか、と言われたが、5年前なら6月でシーズンが終わっていた」と笑わせた。また、「きょう来てくれた4人がいてくれるなら、Bクラスに落ちることはないでしょう」と力強い言葉をファンに送った。
 選手を交えたトークショーでは、今季のタイガースの戦いぶりなどをユーモアを交えてテンポ良く展開。虎仙会パーティーならではの星野SDの本音トークで会場を沸かせていた。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)

虎仙会を代表して、会長の西川善文日本郵政株式会社代表取締役社長が開会あいさつ。「今年こそ“巨人に取られるか”と心配したが、星野さんよく阪神に残ってくれた」とホッと笑顔に。

チームOBの八木裕さんが進行役のトークショー。ゲストの平田勝男二軍監督、藤川球児選手、矢野輝弘捕手、金本知憲、赤星憲広両外野手は星野SDの顔色をチラチラ見ながらも、軽妙なやりとりで思わず本音がポロリ。

ゲストの選手も各テーブルに分かれて着席。しかし、食事の間も次々に押し寄せるファンに、矢野輝弘捕手の周辺は即席サイン会場に早変わり。

司会の唐渡吉則、八木裕両氏による選手グッズのオークションは、次々と高額で競り落とされた。売り上げの一部は難病対策支援に寄付された。

飛び入り参加の歌手、辺見マリさん(中央)とシドニー五輪テコンドー銅メダリスト、岡本依子さん。初参加の辺見さんは「すごい人気はタレント以上。私も星野さんのパワーをもらって頑張りたい」


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年7月19日号

今の「原巨人」再生なし
 14日に「星野塾」のパーティーが大阪市内のホテルであり、私も星野仙一シニアディレクター(SD)と一緒に出席した。
 依然低迷を続ける、『原巨人』に対し、この日のSDは珍しく舌鋒鋭かった。「今の原では巨人の再生はないね。巨人が強くなければ、プロ野球は面白くないんですよ。渡辺会長、滝鼻オーナーと昨日(13日)会談したそうだね。新聞によるとその場で“3年でも5年でもじっくりやってくれ”
と言われたそうです。しかし、原の場合の問題点はそうした契約期間のことじゃないんだ“経営卜ップに対して監督は、自分の意見と理論を持って“なぜ負けるか?”を徹底的に分析し、説明できなけれぱダメ。そして理想のチームにするための必要策導入をトップに説得するんです。原は性格的に何も言わないから、上層部が納得できる説明がない“監督は選手の失敗も成功も、起用した責任としてすべて自分がかぶる。その資質と覚悟がないと監督はできない。今の状態を見ると原は、その能力に欠けていると言わざるを得ないな」と非常に理路整然とした話ぶりだけに余計に厳しかった。
 既に多くのマスコミは、読売首脳が『原監督続投』を明言しても、巨人軍周辺の『星野待望諭』が一向に消えないことを報じている。SDは自ら猟官運動して前任者の足を引っ張るよウなケチな人間ではない。本当に原辰徳を心配し、巨人の弱体化が招くプロ野球全体の人気低落に危機感を抱き、ハートはいつも熱い。球界が星野仙一を本当に必要とした時、彼はちゅうちょせず動くだろう。
 京セラドーム大阪で、阪神−中日の首位攻防戦を見た。ところが、岡田と落合の両監督の表情に生気がない。岡田は無表情にアゴを突き出して試合を眺め、一方の落合もこれまた無表情で時折見せる薄ら笑いが気味悪い。SDはよく「試合に入る」という表現をしたが、目の前の試合に身も心も入れ込んでいた。そのため血圧が急上昇しベンチ裏で吐いたこともある。それくらい、ユニホーム姿が絵になる男だった。SDが命を懸けで戦ったユニホームを着ている両軍の監督がこれではあまりにも情けなかった。
 その数日前に東京で2人で、西川善文虎仙会会長と会った。西川会長は日本郵政株式会社のトップとして四子会社の社長人事を終えたばかりだったが、なかなか銀行開係からのプレッシャーがキツそうだった。虎仙会名誉会長の福井俊彦日銀総裁もマスコミから攻められ続けている。3人とも福井総裁の高潔な性格を知っているだけに心中を察し言葉が出なかった。
 西川会長は「どうなっても私と福井さんはいつまでも虎仙会をやらせてもらいます。星野さんも阪神と阪急の統合問題でいろいろと心労があったと思うが頑張って下さいね」と逆に激励された。
 その席で、西川さんのかつての部下だった宿沢広朗三井住友銀行常務(元ラグビー日本代表監督)の山登り中に急死した時の様子を聞いた。朝、奥さんが作って持って行ったお弁当は手付かずだったという。途中、同伴者が勧めたデザートにも手を出さなかったそうだ。あれだけタフな人が、食事もデザートも取らなかったところを見ると、何らかの体調異変に対する自覚症状はあったのだろう。「医者が身近にいる場所なら助かった可能性が高いね。その時に山奥に居た、というのが運命だったんだろうか?」と皆であらためて顔を見合わせた。
 さて、健康を考えた上で私とSDは一足早く夏休みを取ることにした。このコラムも来週から4週間お休みさせていただく。ゆっくりリフレッシュして、次回は8月23日から再開するつもりだ。間もなく梅雨明けも、暑さはこれからが本番。読者の皆さんもどうぞお元気でお過ごし下さい。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年7月12日号

“経営プロ”の結束重要
 2日は星野仙一シニアディレクター(SD)と終日一緒だった。中国政府要人が来日し、関係する会社社長とともに4人でクラブを握った。夜来の雨で、スタート時間が多少ズレたが、途中で青空ものぞきコンディションは上々だった。
 SD、の成績は39と43の計82。シングルブレーヤーのSDだけに70台で回らないと本人は納得いかない。背筋痛で「痛い、痛い」と顔をゆがめていたが、もちろん4人の中ではダントツのスコア。それでも、熱血の勝負師はいつまでも自分の成績にごだわり、それが若さの秘けつになっている。
 回りながらSDと最近の巨人の話になった。「スタートダッシュが抜群だっただけに、原も今の成績は応えてるやろうな。故障者が出るのはこの世界では当たり前で、そんなことでガタガタしたらアカン。プロやから今の成績を問題にされるのは当然や。このままで行くと、またシーズン後のテコ入れ策でモメるな」と心配そうだった。
 6月にサッカーW杯ドイツ大会の取材に行ったSDは、日本とクロアチア戦を現地で見た後、CM契約を結んでいるメガネメーカー「ローデンストック」の工場見学をしたりと計8日間も滞在、結構多忙だったそうだ。
 私は巨人が再び「チーム再建に星野の力を」と言い出すような気がしてならない。グループトップの渡辺恒雄会長は「巨人が強くないとプロ野球は衰退する」論者であり、巨人軍強化のためには野球組織や他球団と対立しても、その持論を推し進めてきた人だ。
 しかし、近年の球界の流れを見ていると「巨人=長嶋」式のトップブランド感覚そのものにズレが生じている気がしてならない、ナベヅネの考えているプロ野球はテレビ中継が巨人一辺倒だった時代であり、スポーツ界全体も「巨人、大鵬、卵焼き」だった。
 現在のプロ野球は衛星放送の発達で、見ようと思えば全球団の試合を好きに選択し自宅で楽しめる。加えて、東海道ベルト地帯に球団が集中していた時期から、埼玉に西武、福岡にダイエー(現ソフトバンク)、千葉にロッテ、北海道に日本ハム、宮城に楽天と本拠地分散が進んだりむしろ、漫然と球団経営を続けているのは、阪神と巨人の人気カードが保証され、十分なファンサービスを継続してこなかったセ・リーグ他球団という見方もできる。
 そうなると巨人の人気低迷も「地方の住人がそれまで巨人しか選択肢がなかった時代から、地元チームヘ関心が移ってしまったことを考慮していない」と言えそうだ。それら最新の市場調査を踏まえた上で“巨人軍再建”を星野に全面的に託す決断がナベツネ自身に果たして可能なのだろうか?
 こうした球界変ぼうに対する意識のズレは、オーナー会議で阪神タイガースが“阪急ホールディングスヘの身売り扱い”とされ「保証金30億円」の支払いを命じられたことにも表れている。阪急と阪神の経営統合に伴い引退した手塚昌利前オーナーに代わっで会議に出席した宮崎恒彰新オーナー(阪神電鉄取締役)は「親会社が経営統合しても、タイガースは何も変わらない」と力説したが認められなかった。ここ数年でソフトバンク、楽天から保証金を取っているのに「阪急サンから“これまで通りやってほしい”と言われている」の口約束だけで企業経営者同士の話し合いが通らないのは当たり前の話だ。
 宮崎オーナーもSDをはじめ牧田社長や野崎取締役ら球団内の3人の経営プロと十分に論議してから会議に臨むべきだったのに、おめおめと阪急との経営統合に同意したイエスマン電鉄役員との意見交換だけでは無力だった。今後、チームが阪急電鉄ぺースに陥ることのないよう星野、牧田、野崎の3人の結東がます、ます重要になってきた。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年7月5日号

SD愛顧のたこ焼き店
 星野仙一シニアディレクター(SD)を「近いうちに連れて行こう」と計画しているのが、旧うめだ花月劇場や大阪北小学校横のお初天神商店街の中ほどにある「たこ焼きの店くれおーる」お初天神曾根崎店だ。
 店頭で加西幸浩尊務(二五)が独りで2つのたこ焼き台で目まぐるしく焼いている。1階のカウンター席奥から出てきたのが、専務のお母さんで加西芙子社長(六〇)だ。店名はラテン語で「創造性」という意味。親子そろって、たこ焼きにビッタリのふっくら体形で親しみが持てる。
 ここのたこ焼きの特徴は「冷めてもおいしい」ことだ。焼きたては外はカリカリ、中はトロリ。一ロ食べると舌が焼けるほど熱いが味は絶品。「たこ焼きはタコでも卵でも油でもない、生地で勝負です。詳しくは教えられへんけど、粉を7種類ブレンドして生地を作ってますねん」と芙子社長。8個500円、タコの代わりにブタキムチ、スジ肉とネギ、チーズとべーコンの入った3種の「くれおーる焼き」は各6個500円。
 社長が生地専門家なら、専務はソースのプロだ。「スパゲティと同じですわ。めんは一緒でもソースやトッピングによって味が変わるでしょ。そうしたたこ焼きを作ってみたかった」と話す。“グルメソースシリーズ”として梅しそ、お茶漬け感覚のだし、カイワレ、そしてネギと半熟卵など全部で9種類、600円から。「普連のソースやしょうゆだけだと、たこ焼きは8個も食べれば限界。それがトッピングを工夫することで、いくらでも食べられる」と幸浩専務。
 昨秋の虎仙会のパーティーには、芙子社長と幸浩専務をはじめお店のスタッフに、リーガロイヤルホテルまで来てもらい、焼き立てをSDをはじめ参加者に味わってもらった。今秋のパーティーにも来てもらう予定にしているが、この店の特徴は実はこれだけではない。
 2階は座敷になっていて、同店メニューがゆっくり座って食べられる。さらに3階は特別室だ。文化功労者の松尾敏男画伯の10号の日本画や伊万里焼(佐賀)の豪華な直径1.2メートルもある大皿が室内にさりげなく飾ってある。ここで社長と専務が厳選した証明書付きのミンククジラはりはりなべや最高級牛肉の綱焼きを食べさせてくれる。このクジラは刺し身でも食べられる新鮮さで、SDも気に入ってくれることは間違いない。
 この「くれおーる」の母子との出会いは4年前の星野監督時代のリーグ優勝時にさかのぽる。専務は幼いころから熱烈な阪神ファン。4年前の優勝時に、甲子園の日本シリーズキップを買いに走ったが手に入らなかった。そこで偶然、ミスタートラ唐渡吉則さんの「観戦ツアー」企画をカーラジオで知り、社長も含めた5人で駆けつけた、唐さんのトークショーで虎仙会の存在を知り早速入会。毎年パーティーに参加してくれている。
 当時は京橋店だけだったが、1年半前に梅田に進出。現在では、京橋3店、梅田2店に増えた。「この生地とトッピングの面白さで“東京でもやれる”と言ってくださる方があり、今出店計画を立ててるんです。夢ですか?フランチャイズで目標100店ですね」と芙子社長は笑う。
 持ち帰りも出来るので、ぜひ一度のぞいてほしい。お初天神曾根崎店06(6360)6880、京橋店06(6882)1819。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長・西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年6月28日号

いろいろなところに気配り
役員対談 小川光宏・旅行部会長
オー・オム・コーポレーション代表取締役CEO
−まず虎仙会に入ったいきさつから。
「虎仙会役員をされている高橋健次ダイリキ社長と仕事上のお付き合いがあった。昨年、星野仙一シニアディレクター(SD)や高橋さんが中国にスポーツ事情視察の出張をされた際に『お前も一緒に来い』とお誘いを受けました」
−その時、初めてSDとゆっくり話をされたんですね。
「それまでにもいろいろな会合で何度もお目に掛かっており、面識はありました。中日、阪神の監督時代のイメージがあったので『こわい人だろうな』と思っていたんです。ところが、話してみると気配りが利いたやさしい方なので逆に驚きました」
−最近よくSDと食事されている。
「はい。先日も、村上世彰さんが逮捕された翌日にご一緒させてもらいました。自然にその話題になり、私が『逮捕を祝して乾杯しましょう』と言ったんです。そうすると、SDは『われわれが“派手に勝った”というイメージじゃない。相手がヘコんだ時に調子に乗ってはいかん。目立っちゃダメ』とくぎを刺されました。憐憫(れんびん)の情と言うんでしょうか? 常識のある方ですね」
−元々は巨人ファンですって?
「単純に強いものにあこがれたたんです。今は阪神が強いから好きです。私と一緒の食事中に、ファンの方がSDに『2003年、優勝ありがとう』と握手を求められた。そのファンの真しな姿を見るとあらためて偉大さが分かりました」
−その年の日本シリーズ第7戦に敗れた時、SDは私に「お父さん、悲しい顔せんと。オレも一生懸命やった。それで負けたんやからしょうがない」と逆に慰められた。あれは感動したね。
「関西人みんながSDに感謝した年だっだと思うんです。昨年の優勝も、今年の優勝争いもすべてあそこが原点です」
−再びユニホーム姿の星野仙一を見たいと。
「私が『たまに球場で試合を見るんですか?』と聞いたら、『岡田監督のさい配を監視しているように映るから、行かない』とキッパリ言われました。SDはいろいろなところに気配りしながら行動されているんです。あんな熱血闘将は二度と出ない。このまま現場を去らせるのはもったいない」
−虎仙会はいま組織的な若返りを図っている。
「私も会社を経営していて、人材を集める大変さを日々痛感しています。しかし、SDは自身に求心力があるので、次々に虎仙会に男女を問わず若くて優秀な方が入って来られます。そのオーラはすごいことですよ」
−最後にSDに注文があれば。
「SDは自身のマネジメントというかプロデュースは意外に下手です。自分のことなので、照れがあるんですね。われわ
れ若手が付いて“どうすれぱ星野仙一が最も輝いて見えるか?”をしっかりアドバイスしていきたいと思います」

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年6月21日号

「超一流」だった宿沢氏
  星野仙一シニアディレクター(SD)が17日、成田からドイツに向かった。サッカーW杯ドイツ大会をプライベートで見に行ったのだ。日本が惜しくも引き分けたクロアチア戦を生で観戦したと聞く。SDはこうした大きなスポーツイベントに意欲的だ。アテネ五輪や中国1レースにも出掛けた。もちろん野球人だが五輸やサッカーも詳しい。長年勝負の世界に生きてきただけに、勝敗のポイントに対するコメントは驚くほど的確だ。自身のホームページで「野球のWBCのあの奇跡的な優勝を思い出してもらいたい。勝負は最後の最後までわからない。私もあきらめずにドイツに行くよ」と記している。
 東京を経つ前に2人で話し合った。既に村上世彰前村上ファンド代表の件は過去になった。「ものを言う株主」を目指した村上前代表と、一昨年秋の球界再編騒動で体を張って球団削減を防いだSDとはある意味通い合うものがあったはずだ。あえて、2人でひざ詰め話もした。しかし、村上前代表は道を踏み外し自滅退場した。それは堺屋太一元経企庁長官が「有能な新人投手が八百長して永久追放になったようなもの」という例えが真実をよく突いている。SDがいみじくも言った「天罰が下った」のだ。
 そんな中で、われわれ虎仙会の名誉会長である福井俊彦日銀総裁の村上ファンドヘの投資が明らかになり、マスコミから事務局にもコメントを求められる騒ぎになった。もとよりSDを含め虎仙会で談話を出す立場にはない。堺屋氏の例えのように、総裁もある時期までは村上前代表に規制緩和の流れの中での期待感から応援されたのだろう。そして彼が次第に経済界ルールから逸脱するのを感じられ、資金を引き揚げられた。それだけのことだと思う。
 日曜でゆっくりしていたら、自宅で新聞を見て驚いた。ラグビー元日本代表監督の宿沢広朗三井住友銀行取締役専務執行役員(五五)が、17日昼ごろ群馬県の赤城山登山中に倒れ、そのままヘリで搬送された病院で心筋こうそくで亡くなったのだ。
 宿沢さんは虎仙会のメンバーではないが、三井住友銀行頭取をされていた西川善文虎仙会会長のご紹介で、SDや私とは非常に中が良かった。この4人でゴルフをしたことがあり、やはり宿沢さんとSDがずば抜けてうまかった。ラグビージャージをさりげなく着こなした宿沢さんはプレースタイルも性格が出て積極的で、失敗を恐れない前向きなゴルフだった。
 村上ファンド問題が出る以前から、毎月1度はいろいろな情報を私と2人で交換していた。村上前代表の阪神株買い占めの動きも本当に早くから察知され「再三指摘したのに、阪神電鉄の役員は何も手を打たない」と心配されていたのを思い出した。
 今回の「阪急・阪神経営統合」も裏でまとめ上げた功労者は宿沢さんだった。旧三和銀行系の影響力が強かった阪急グループに、ライバル関係だった住友銀行系列が堂々と将来のメーンバンクとしてかかわることになった功績は誠に大きい。ラグビー指導者だけでなく銀行家としても超一流を証明した宿沢さんは、大阪在勤を終え一躍頭取候補として近く東京に戻るはずだった。
 つい先日、電話で話したばかりだった。私の健康状態の話で「気を付けてくださいね」と言われ、本人は元気そのものだった。「西中さんはしょっちゅう東京に来ておられるから、私が戻ったら時々寄ってくださいよ」と話したのが最後になった。
 経済人としての実務が一段落したら、虎仙会に加わってもらう約束もできていた。ラグビー界、経済界だけでなくスポーツ界全体としても大きな人材を失った。SDはまだ外国にいるため、私が21日の通夜、22日の葬儀・告別式に参列させてもらい、お礼とお別れをしたいと思っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年6月14日号

実像に近い「理想の父親」
 次の日曜18日は「父の日」だ。アサヒビールが成人男性を対象に調べた結果「理想の父親ナンバー1」は星野仙一シニアディレクター(SD)だそうだ。ちなみに昨年は1位が所ジョージ、SDは3位だった。同社ではSDを「厳しさとやさしさの両方を兼ね備えた理想の父親像」と分析してくれているらしい。
 SDはこの手の「理想の○○」というのに登場する機会が多い。私が知る限りでも、何年か前には「理想の上司」に選ばれたし、もっと前には「抱かれたい男ナンバー1」という妙なものもあった。まず男性的と見られ、次に上司、そしてお父さんと徐々に年齢が上がって行くのが気になるが、それだけ年相応のイメージで多くの人々から支持されていることがそこから見てとれる。
 実生活はご存じのように独身だ。愛妻の扶沙子婦人を病に奪われて以来、独り身を通している。いろいろな誘惑はあると思うが、身近にいる私ですらドロドロした色っぽい話はもちろん、浮いたウワサ話一つ聞いたことがない。身辺は極めて清潔で、その辺りの雰囲気が逆に女性ファンの心を熱くする。
 SDの2人のお嬢さんは既に嫁がれている。長女の千華さんは三重の名門「永井病院」の御曹司のドクターとご縁があり、二女の和華さんのご主人もまたお医者さまだが、こちらは実家を継ぐために星野姓を名乗っておられる。もちろんかわいい子供さんがおり、実生活ではSDは立派なおじいちゃんである。
 お嬢さんたちに言わせると「本当に身勝手なパパだけど、健康面のアドバイスだけはちゃんと聞いてくれる」そうだ。プロスポーツ選手は年を取ってから、意外に体調を崩す人が多い。不摂生というより、長年肉体を酷使し、体力の限界ギリギリまで戦い続けた後遺症が、後年襲ってくるのだろう。SDも、タイガースのユニホームを脱ぐ直接原因となった不整脈がよく知られている。虎仙会のパーティーに出たその深夜に急性盲腸炎で倒れたこともあった。もともとスリムな体形だったが、グラウンドに立たなくなった今もシャープなボディーラインを保っており、人一倍健康には気遣っている。お嬢さんにとっては、今も頼りになるパパそのものなのだ。
 そのSDが先日、オールラウンドネックレス「Vファイト」のCMにも起用されている健康産業「セレクション」の京都での展示会に顔を出した。私も同行したが、いつも驚くのは年配の方と子どもたちに対するSDの大変な気配りだ。SDは常々「子どもに夢を、お年寄りには安らぎを」と語っており、この日もいつまでも証念写真に応じてサインをしていた。
 SDは父親の顔を知らない。母敏子さんの胎内にいる間に、三菱航空機製作所工場長だった父仙蔵さんが脳しゅようで亡くなった。敏子さんは亡夫の勤めていた工場で寮母をしながら、SDら2人の子どもを女手一つで育て上げた。SDはこうした交流の場でお年寄りに会うと、手を取って「お父さん、長生き頑張ってネ」と声を掛ける。その姿はまるで、自分が果たせなかった父親に対する思いを伝えるかのようだ。
 また、子どもたちには「勉強してるか?野球は頑張ってるか?」と頭をなでながら聞く。その子どもが野球好きだと分かると、SDも本当にうれしそうにうなずく。先日も、たまたま居合わせた子どもにサインボールと一緒に自分のサンドイッチも「食べなさい」とあげてしまった。子どもにとっては「星野さんからもらったんだ」と一生この日の出来事を忘れないだろう。SDは「自分をここまで育ててくれた野球に恩返ししないといけないしとよく口にする。それには次の時代を担うベき子どもたちに、まず野球というスポーツを愛してもらうのが一番と承知しているからだ。
 アンケートの「理想の父親」は単にイメージ中心で人々が選んでくれているのだろうが、SDほど実像が近い存在も実はいない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年6月7日号

冷静なSDの行動
 5日夕、村上ファンドの村上世彰氏が逮捕された時、私は星野仙一シニアディレクター(SD)と一緒にいた。その前後からマスコミの激しい電話攻勢が始まった。SDはこの件に対して「一切ノーコメント」を貫いた。携帯を切った途端に次の電話が鳴る展開だったが、SDは同じことを何度も話して、相手が電話を切るまで切らない。ユニホーム当時から口は悪いが、そうした関係者との信頼関係は決して損ねないSDらしい応対ぶりだった。
 マスコミ各社が聞きたかったのは、この日の朝記者会見した村上氏がSDに対して「青少年を育てるような、元野球をやった人が『天罰よ下れ』というような言葉を使っちゃいけない。これはおかしいでしょ。ウチの子どもにも影饗が出た。それはいかん」と名指しこそ避けたが、先日のSDの村上氏に対する鋭い批判に反論した格好の発言をしたからだ。
 SDは冷静だった。私にも発言に対する批判がましいことは一切言わなかった。勝負の世界に生きた者として、相手が牙をむいて来た時はこちらも全力でそれに対じするが、既に東京地検特捜部によって身柄を拘束されている者に対し、一方的に再反論するような精神は持ち合わせていないのだ。村上氏は「子どもがいじめに遭った」という意味の発言もしたが、実は野球選手の家族もこうした有名税的ないやがらせにはしょっちゅう遭っている。SDもそれを乗り越えて、娘2人を立派に嫁にやった。本心では「そんな時こそ親がしっかりせい」と言いたかったのだろうと思う。
 それにしてもSDは、村上氏逮捕の報に驚くほど冷静だった。「これで一段落やな」と話しかけた私に、「まだあるよ」と即座に何人かの人間の名前が出た。意外な人の名もあり、SDの情報収集能力の高さには舌を巻いた。「結局、SDの『天罰が下るゾ』との発言は、既にこの瞬間が来ることを知って、それを示唆していたのだな」と私はあらためてシゲシゲとSDの顔を見た。
 多くのファンは「これを機に星野さんは阪神を去るのではないか?」と心配していると聞く。私は「そんなことはない」と断言しておく。SDは阪神電鉄役員の中でも、甲子園球場やタイガースを含めた事業担当だった専務の宮崎恒彰次期球団オーナーと以前から非常に親しい。また、手塚昌利会長からオーナー職を去るにあたって、直々に「今後もタイガースをよろしく頼む」と託されている。SDは男の約束を守る。オーナー代行になった牧田俊洋球団社長とともに、今後ともチームが周囲の雑音に影響されることなくペナントレースを戦い、ファンの期待に応えて連覇を果たすのが、今のSDの最大の使命なのだ。
 それにしても会社経営は一寸先も見えないものだ。ある阪神電鉄役員は「地検の捜査がもう2週間早ければ、ウチは生き残っていた。村上ファンドは自滅して、阪急に経営統合されることもなかったのに」と恨み事を周囲に漏らしているそうだ。何という情けない経営者だろう。役員が一丸となって「死に物狂いで会社を守ろう」という気概を最後の最後まで見せず問題を先送りするだけしておいて、今さら悔やんでも遅い。私はかつて企業合併の先頭に立っていた時期があったので分かるのだが、100年の伝統ある阪神電鉄は数年後には阪急電車に完全にのみ込まれ「昔そんな会社もありましたね」と言われるようになる。無能な経営者をトップに頂いていると「社員がいかに不幸か」という見本として、阪神電鉄の名は長く語り継がれるだろう。
 一方で、2008年北京五輪の野球競技監督を「星野にやらせてみたい」という声が球界関係者の間で次第に強まっている。しかし、SDは周囲が思うほど五輪に執着していない。WBCで世界一になった王貞治ソフトバンク監督もいるし、アテネ五輪直前に倒れた長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督もリハビリしながら、五輸監督に意欲を燃やしている。SDは球界の大先輩たちの活動状況を十分理解した上で、自ら決して猟官運動などはしない男である。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年5月31日号

SD「徹底抗戦」宣言
 阪神電鉄役員のいつになっても決まらない態度に喝(かつ)を入れるように、星野仙一シニアディレクター(SD)が24日、報道陣の前で「6月29日の阪神電鉄株主総会で村上ファンド側の株主提案が可決されれば、その日をもってSDを辞任する」と宣言した。
 この日、記者の前に現れたSDは真っ白のジャケット姿だった、熱い胸の内を語る正装というべき、決意の白装束だ。まず今後の身の振り方について「彼らが“阪神グループの経営権を握る”ということは“タイガースもそうなる”ということ。
 “ああでもない、こうでもない”と言われてやれるはずがない。即決で辞任する。オレは阪神のことは好きだし愛してますよ。でも村上の下でだれが出来ますか?今日、それはキチッと伝えておく」と言い切った。
 そして村上ファンドについて「最初“純投資だ”と言うし、過去の村上ファンドは他の会社にもずっとそうしてきたから信用していた。それが保有目的に“経営参加”を加えたそうじゃないか。まさかこんなことになるとは思わなかった」とほぞをかんだ。
 直接対決までした村上世彰氏個人に対する評価も次第に語気が荒くなった。「かつて“日本の国をよくするため”とか“企業の価値を上げるため”と言いながら、シンガポールに出で行って、会社の代表者まで代わってしまった。“日本に税金も払いたくないし、自分は表に出たくない”ということや。本当に正義を振りかざして登場したのなら、最後まで正々堂々とやればいいんだ。自分のやってることで、自分の言葉を打ち消してるよ」と切り捨てた。
 そして村上氏の今後について「彼はタイガースという関西の文化に、手を突っ込んで牛耳ろうとした。当初はそこまで考えていなかったと思うが後戻りは出来ないだろうし、内心は後悔しているんじゃないか?でもあの男にはもう一生汚名が付いて回るだろうね。恨みつらみは消えないよ。阪神グループ社員はもちろん、阪神ファンを含めたすべての野球ファン、そして関西人すべてからね」と、どこか見下した視線で寂しそうだった。
 SDを辞めた後について「オレは微カだが、辞めた後でも。戦うよ。タイガースを愛しているし、球界のためにも頑張りたい。金と法律で負けても、気持ちでは絶対負けん」と徹底抗戦を宣言した。
 村上氏側からは早速翌日、電鉄本社に「なぜ星野SDを使ってあんなことを言わせた。やり方が汚い」と激しい抗議があったそうだ。彼らは何も分かっていない。星野仙一は「やる」と言ったら必ずやる男だ。電鉄の役員に指示されて「はい、はい」と、代弁するやわな男ではない、これは誰に頼まれたものではなく、SD自身の考えによるものだ。
 電鉄役員会は翌25日の定例会でも統合を巡る議案についての話し合いをまたも先送りした。私なら「この際、星野さんに助けてもらおう」ど総会議題の役員選任の件に『星野仙一』の名前を真っ先に加える。全くSDの真意が分かっていない当事者能力を欠く状況判断の出来ない役員ばかりだ。
 この際、私はファンが中心となって「1株1000円」の電鉄株を、時価評価額より高い1万円で買い取る運動を提唱したい。仮に1000万口の応募があれば1000億円。一十分に村上ファンドと阪急ホールディングスの交渉に割って入れる。もちろん、電鉄グループ最犬の資産であるタイガースを、そうして支えてくれたファンに報いるためにいろいろな形でお返しは必要だ。要は阪神グループとして、まるで“村上VS阪急”の空中戦を下界からよそ事みたいに眺めている情けない状況から一刻も早く脱出しなければならない。将来的には、こうした「1株株主」から、電鉄が出資同等額で株を買い戻す。上場株のこうした売買形態が難しければ、
新たに証券化して幹事証券会社を通じ資金調達してもいい。
 関西の財界人は直接口にこそ出さぬが、この期に及んでなおもまともに動かぬ電鉄役員の優柔不断さと無気力さを強く憂いている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年5月24日号

SDこそ阪神希望の星
 村上ファンドの村上彰阪神電鉄役員の電鉄株をめぐる攻防は、いよいよ来月の株主総会を控え、提出議案の詰めに入った。世間では「村上ファンドの電鉄支配か、“白馬の騎士”阪急電鉄による肩代わりか」で、売り渡し株式価格のギリギリまでのせめぎ合いに注目が集まっている。
 村上氏は会社経営に興味などない。ファンドは出資している人や企業に対し、高い配当を返すことですべて成り立っている。1円でも高く阪神電鉄株を売り抜ければよいだけだ。そのために電鉄やその周囲に脅しを掛けているに過ぎない。
 阪神電鉄役員は、ファンド側の株式取得手順がいかに巧妙だったとはいえ、その事実が明らかになって以来、まともな対抗策をまったくと言ってよいほど講じていない。労組も「村上ファンド反対」というだけで、阪急と経営統合する是非を論じた形跡はなく、経営陣へのチェック機能を果たしていない。阪神電鉄役員は日先の現実から逃げ、中長期的視野での社員や沿線利用客、そして阪神タイガースファンのことを考えていない。企業防衛や危機管理面からこれほどお粗末な会社はない。
 先日、星野仙一シニアディレクター(SD)が電鉄本社の定例報告会を終え、多くの報道陣に対し「オレは体を張っても村上ファンドを阻止する」と宣言した。電鉄の手塚昌利会長や酒川恭爾社長は何もちゅうちょせず、今すぐSDを電鉄の、役員に迎え入れるべきだ。SDは、亀鉄トップから請われれば現在の収入や地位を捨て、電鉄に飛び込み火中のくりを喜んで拾うだろう。
 そうなれば阪神グループ全社員が目覚める。「会社トップは本気だ」と理解し、心ある社員が率先して立ち上がる。労使一丸となれば、会社は必ず立ち直る。私はそうした例を何度も見てきた。
 金融界や関西財界は、SDが言う「体を張って」阻止する役員が阪神電鉄に何人いるか観察している。役員が本気にならない限り社員は動かないし、タイガースを介し一般ファンに支援を求めることもできまい。
 こんな情けない会社になったのは、久万俊二郎前会長の20年余にわたる支配の“負の遺産”だ。60歳そこそこで社長になった久万氏は会長職を含め80歳代半ばまで君臨した。そして、退任時はなおも球団オーナーにとどまり、その地位に執着した。
 当然のごとく自らの影響力を行使出来る現在の経営トップに、そっくり経営権を引き継いだ。松下電器でもソニーでも、一流企業の経営トップは、退任の時に、自分の取り巻きを連れその職を去る。経営陣を1世代一気に若返らせるためで、次期社長の経営体制を7、8年はじっくりと継続させるため絶対欠かせない。久万氏のように20年もトッブに居て、すぐ下の社長に経営を譲るのでは役員の高齢硬直化は深刻になるばかりで、一線の部課長に希望のない人事だ。同氏はドラフトを巡る不祥事でオーナーを引責辞任し、電鉄への影響力も急速に失った。しかし、SDが監督時代に目指した『常勝タイガース作り』に、再三横やりを入れたのがこの人物であったことをファンは決して忘れてはならない。
 阪神電鉄はタイガースがなければただの中小企業だ。鉄道の規模を示す営業路線は関西の5大私鉄で最低。中小の山陽電鉄より短い。世問へのアピールをひたすらタイガースに頼り、努力もせず順送り人事にあぐらをかいてきたツケが表れている。現役員は、全員が辞表を胸に抱き仕事に臨め。そして50代の優秀な杜員を役員クラスに起用し、硬直した組織を活性化しピンチをチャンスに変えるのだ。
 星野仙一こそ阪神グループにとっての最後のとりでであり希望の星。株主総会までの期限は刻々と迫っている。電鉄トップよ、いまこそ決断せよ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年5月17日号

村上氏にSD怒りあらわ
 星野仙一シニアディレクター(SD)が久々にトラ番の前でほえた。15日、大阪市福島区の阪神電鉄本社で行われた電鉄役員と阪神球団役員による定例報告会終了後だった。手塚昌利球団オーナー(阪神電鉄会長)に変わらぬエールを送るとともに、村上世彰氏に対して「許されるはずがない。天罰が下る。間違いない、断言したる」と怒りをあらわにした。
 待ち構えた報道陣の前に現れたSDの顔は既に真っ赤に紅潮していた。ユニホーム時代に、理不尽な審判の判定や相手投手の危険球に対し、真っ先にベンチを飛び出していった、あの時の顔つきだった。「法の網をかいくぐるのは、頭がいいヤツということかも知れん。しかし、ホリエモンは捕まったやろ。何であの人(村上氏)は検察に呼ばれないんや? 同じ事をやっとるやないか!」と次第に語気が荒くなった。
 村上氏は、阪神電鉄株にかかわった当初、あまりのSDの激怒ぶりに、直接会って懐柔しようと試みた。が、会談は平行線に終わり失敗。以来SDに呼応するような在阪のタイガースファンの怒りがへ村上ファンドに対する世論となって日本中に拡犬、村上氏自身は「ファンをあおらないで」と泣き言を発し、どこへ行くのも「暴漢に襲われるのでは」とビクビクしていると聞く。
 SDは村上氏との関係について「あの人が実権を握ったらオレもクビになる」と素直に認めた。しかし、引く手あまたのSD自身が自分のことを心配しているわけではない。「阪神電車は100年地域の方のお役に立ってきたし、タイガースは70余年の歴史がありそれ自体が文化だ。その点をまったく分かっていない。『金もうけのため』で地域住民の足や地域文化が守れるか? 会社経営なんてするはずがない。オレは最後まで球界のためタイガースのために低抗するぞ」と宣言した。
 そのSDは、先月26日の虎仙会春の総会を終え、翌27日ぼパーティーで本音トークを繰り広げた同期生の野球解説者、田淵幸一氏とゴルフに出かけた。SDほそのトークの中で「こいつ(田淵氏)は、年間125ラウンドもしとるんや」とバラしたほどゴルフ好きの2人だが、この日の成績は聞き漏らした。
 タ方おそらく田淵氏を見送ってからだろう、SDから私に電話が入った。「今年もいい会だった。お父さんいろいろとありがとう」と短いが、いかにも配慮が行き届いている。関係者にはできるだけ自分で電話を入れるのが星野流だ。こういう心配りが相手を感激させる。私も「よし、秋の納会も頑張ろう」と勇気づけられた。
 それにしても今年の総会はハプニングの連続だった。名誉会長の福井俊彦日銀総裁の欠席は事前に承知していたが、会長の西川善文日本郵政CEOまで当日急用ができて欠席となった。副会長の三枝輝行阪神百貨店会長(阪神電鉄専務)も村上ファンドとゆの交渉大詰めとあって、また来賓の宿沢広朗三井往友銀行常務執行役員もその関連で、それぞれ急きょ欠席された。
 幸いにしてそのフォローを、上山英介筆頭副会長や常任幹事の近藤徹不二熱学社長、片山勉紀伊産業社長、西尾忠朋西尾倉庫社長らベテラン役員の皆さんに助けていただいた。ピンチヒッターで締めのあいさつに立っていただいた新任副会長のコシノヒロコさんも迫力満点で申し分なかった。
 コシノさんと言えば、ヒロコ、ジュンコ、ミチコの3姉妹を育て、去る3月26日に脳こうそくのため92歳で亡くなったお母さんの小篠綾子さんの「お別れの会」が総会2日後の4月28日に岸和田市内で行われた。SDと綾子さんは生前から付き合いがあり、虎仙会からは西川会長や上山筆頭副会長とともに私も参列した。太田房江府知事ら2300人が参列する盛大な式だった。演出も3姉妹が考えたものらしく、センスあふれる素晴らしい内容だった。SDはどうしても日程が合わず参列できなかったが、綾子さんに贈っ「カァチャン がんばれ」の色紙はあまりにも有名になった。
 今年の総会は初めて会員親睦のゴルフ大会を中止した。夏に有志により近くでコンペを開催、私のかかわっている三重県の福王CCでの『星野仙一チャリティーゴルフ・ポルシェカッブトーナメント』の下準備にも掛かりたいと思っている。
 秋の納会は11月17日にパーティー、懇親ゴルフは同月27日と決まった。日本シリーズも終わっているだろうし「今年はいつものゲストに選手だけでなく、平田勝男ヘッドコーチなどSDの信頼する首脳陣も加えてはどうか」とプランを練っている。昨年のように『優勝祝賀』で盛り上がりたいものだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年5月10日号

「接戦に弱い」指揮官バッサリ
 先日26日、大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで開かれた「虎仙会」の年間最大行事である平成17年度を締めくくる総会と会員の親睦を目的としたディナーパーティーの詳細をお伝えしよう。
まず総会である。本来は毎年の決算、予算と事業の実施状況を報告する場であり、今年もあらためて審議するような改善点はなかった。
 総会で承認をいただく役員改選については、常任幹事だった婦人部会長のデザイナーコシノヒロコさんが9人目の副会長に昇格。新たな常任幹事として、これまで幹事長付を務めてくれていた米田篤ジェム社長と横尾寿浩ソムニトピアジャパン代表取締役を選任した。それぞれゴルフ部会長補佐とパーティー部会長補佐に就任してもらった。
 コシノさんは岸和田出身で筋金入りのタイガースファン。星野仙一シニアディレクター(SD)とも非常に懇意で、昨年コシノさんがデザインしてブームになったクールビズファッションのモデルとしてSDが一肌脱いだ経緯もある。米田さんと横尾さんは、SDもよく食事に連れていったりする仲で、次世代の虎仙会を担う若いやり手経営者だ。
 多忙な方が多くやむを得ないのだが、予想外のパーティー欠席者が会のトップに相次いだ。そんな時に、筆頭副会長の上山英介日本防虫菊会長は総会での議事進行をはじめ、パーティーでも率先して虎仙会のハッピを着込んで、開会あいさつから記念品の受け取り、来賓へのあいさつなど一切をこなしていただいた。実にありがたかった。
 今年のパーティーの目玉は『星野SDと田淵解説トークショー』だ。この2人は東京六大学の明大、法大の野球部新入生として顔合わせして以来、何と42年の付き合いだ。新人だけで100人を超える当時の両校で1年生でベンチ入りしたのはこの2人しかいなかったと聞く。
 本音さく裂の無いようなので、2人からの条件は「トラ番記者をはじめ、マスコミ取材一切禁止」という過激なものだった。身内の私が紹介するのだから、多少はお許しをいただけると思うのでその一端をご披露する。
 今年のペナントレースの行方については「(原)辰則(巨人監督)が一生懸命やってるから。今年は(阪神は)遠慮するよ」といきなりやった。
 その理由として「確かに阪神は優勝争いする力はある。しかし、(巨人に)こんなに走らせたらアカンわな。今年の阪神は競ったゲームに弱い。岡田(監督)はそこのところをよく考えんとアカン」とチームの弱点をズバリ指摘した。
 岡田監督の指揮官としての資質に苦言を呈したのは、4月21日の試合でリリーフの久保田が、巨人の李スンヨプに2−2のカウントからの微妙な球を「ボール」と判定され、次の球を逆転サヨナラ2ランされる伏線となった場面についてだった。試合終了後に審議室に抗議に押しかけ、さらに翌日ビデオまで持ち込んで連盟に提訴しようとした態度に触れ「私だったら、ボールと判定された瞬間に行きますよ。その時に出ないで、翌日にビデオ持参?“そんなん放っとけ!”と思ったね。巨人戦で判定勝ちは昔から無理なんです。そんなこと今ごろ言ってるようじゃ今年は勝てない。巨人には徹底的にKO勝ちするくらいの試合をしないと」とその優柔不断な態度をしかったのだ。
 返す刀で中日の落合監督も切った。今年のしぶといチームカラーについて「そりゃそうだよ。大半の選手は私が育てたんだもの、力のある連中ばかりだよ。阪神が優勝しようと思ったら(抑えの切り札の)岩瀬を出す展開にさせたらアカンのや。それにしても、昨年の終盤はすごく楽しかった。阪神と中日が優勝争いしたでしょ。本当はどっちが勝ってもよかったんや。皆、私の教え子みたいなもんやから。まぁどっちのチームも監督が監督やからなぁ、どっちが勝っても大したことない。つまりね、名将とか言われるけどすべて選手に力があって初めて監督は優勝を目指して戦えるんです。そこを勘違いしてはいけないな」とバッサリ。
 今のタイガース首脳陣について、明大の後輩、平田ヘッドコーチを指して「アイツは学生時代からいつも笑ったような顔をしているんです。本人は真剣なのに、見ると笑ったように見えるんだな。よく先輩にこっぴどくしかられてましたよ。でも、チームにはあの明るさが必要ですよ。もう一つの顔(岡田監督の仏頂面)とバランスが取れてちょうどいい」と評した。
 パーティーの締めは、新副会長のコシノヒロコさんがしゃべった。「SDと田淵さん、男の友情はカッコいい。私はいつまでも“トラの仙一クン”でいてほしい。今、タイガースの新しいユニホームを手掛けています。デザイン料などいらない。新しいストライプを見せるつもりです。期待してください。最後に新副会長として、もっと女性のカッコいいファンを虎仙会にたくさん加えることを約束します」と話してくれた。
 次は秋のパーティーだが、今年はグッと大人の雰囲気で落ち着いて楽しんでもらえる趣向にしたいと思っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年4月26日号

「野球人・星野」総会で再確認を
 きょう26日は虎仙会にとって年間最大行事の平成17年度総会と会員の懇親を目的としたディナーパーティーが大阪・中之島のリーガロイヤルホテルAで行われる。星野仙一シニアディレクター(SD)がユニホームを脱いで3年目。すっかりシーズン開幕直後の開催も定着した。今年のサブタイトルは『「星野SDと田淵解説トークショー」with情熱のフラメンコ』と命名した。
 目玉はSDと野球解説者、田淵幸一さん(元福岡ダイエーホークス監督、前阪神タイガース打撃コーチ)の2人だけの約40分にわたるトークショーだ。この2人はプライベートでも親友であり、放っておけば1時間でも2時間でもしゃべっている仲。このため、内容や進行についてはすべて2人に任せて、一切の仕切りや台本は排除した。「今年の阪神の行く末は?」「巨人の強さは本物か?」「落合中日の実力は?」などなど。皆が聞きたいことは山ほどある。マスコミ取材抜きのトークなので、2人の本音がポンポン飛び出す過激な内容になりそうだ。
 パーティー全体の司会は、これまた手慣れた毎日放送パーソナリティーの唐渡吉則虎仙会副幹事長(クリエイティブタグ社長)なので、トークの最後10分くらいになったら「時間ですよ」の合図の代わりに、場内からの質問をしてもらう予定にしている。さてどんな展開になるのか?全く予想が付かないだけに楽しみだ。
 もうつ一つの目玉のフラメンコは、本場スペインから呼んだ女性ダンサー2人で、ギターの生伴奏に乗って情熱的に踊ってくれる。私が探してきたのだが、その迫力には見る方も驚かれると思う。
 ちょっと変わった出し物というか、一種のプレゼンテーションもある。タイガースのシンボル「虎」にちなんで、東京の聖ドミニコ学園高3年の矢部かえでさん(一七)が、パーティー参加者に野生生物保全論研究会(JWCS)のボランティアとして絶滅の危機にひんしている野生トラ救済に寄付を募る。矢部さんは学校生徒会でボランティア委員をされている。事前説明によると「トラはこの100年で95%も減ってしまい、今や世界中で5000頭しかいません。タイガースファンの皆さん、密猟者からトラを守るために保護活動しているレンジャーたちを支援してあげて下さい」と訴えるそうだ。SDもこの状況を聞き非常に驚いており、当日は「積極的に応援したい」と話している。
 また恒例の西川善文虎仙会会長の開会あいさつがあるが、その後SDから逆に西川会長の日本郵政株式会社初代社長就任をお祝いして記念品を贈呈させてもらう計画にしている。西川会長は来秋の新会社スタートに向けて日増しに多忙になっているが、毎回この会だけはとんぼ返りしてでも、大阪に駆け付けて出席していただいている。実は名誉会長の福井俊彦日銀総裁も「ぜひ」と出席を熱望されているのだが、その立場上公務以外で東京を離れることが不可能だそうだ。その分、毎回熱いメッセージを寄せて下さる。名誉会長はまた今年も東京近郊にある球場でのタイガース戦に足を運んでいただける形になると思う。
 虎仙会の持つ甲子園球場グリーンシートの特別販売を今年も抽選で実施する。虎仙会特製の黒とピンク2色のサンバイザー付きで3席続きのセット。入場の際に希望日を指定してもらい、食事中に当選者を発表するいつものスタイルだ。今年の日程では、ゴールデンウイークを終えるとすぐに交流戦でパ・リーグとの対戦が姶まる。そして7月はオールスター戦を挟んで、例年通りほぼ甲子園に居座る。
 なお、パーティーに先だって虎仙会役員の第5回総会が同ホテルで開かれる。今年は特に大きな議題も存いので、新年度役員の担務報告をする程度になりそうだ。
 最近、タイガースやプロ野球以外の部分で活動が顕著になってきたSDだけに、毎年この総会とパーティーは原点を見直す良い機会でもある。参加して下さる皆さんには「野球人・星野仙一」を再確認し楽しんでいただこうと思っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光〉


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年4月19日号

中国五輪委員長と野球談義
 8日から来日していたIOC(国際オリンビック委員会)常任委員の于再清中国五輪委員長が12日夜に関西入りした。
 東京でJOC(日本オリンピック委員会)の関係者と精力的に日中スポーツ交流の話し合いを持ち、アジア大会や東アジア大会の将来性についても突っ込んだ議論を行ったそうだ。
 私と于さんとはもう長い付き合いで、私の地元大阪での再会を誓った仲だ。まず于さんは京都で京大学士山岳会のメンバーと、12日のタ食をともにした。京大パーティーがチョモランマ(昔の言い方でエベレスト)登頂を目指した時、中国側の一員として参加した縁だ。以来、山の仲間とは海を隔ててもずっと交流が続いているそうだ。
 翌13日は兵庫県三木市の東広野ゴルフ倶楽部で朝9時スタートで、星野仙一シニアディレクター(SD)も一緒にラウンドした。
 余談だが、SDは米国でのマスターズブルフ取材から前夜遅く、関西空港に戻ったばかり。時差ボケも解消しないままのゴルフとあって早朝に芦屋の自宅を出たため「眠い、眠い」を連発しながらのスタートになった。
 しかし、いったんフェアウエーに立てば、星野イズムと言うかスポーツ闘争心に火が付く。一終わってみれば、イン、アウト72のコースをSDは7オーバーの79の好成績で戻ってきた。私と于さんは仲良く94もたたいてしまった。
 コース上で、于さんとSDは野球談議に盛んに花を咲かせた。SDが目指すのは先のWBC優勝に見たような「世界に通用するアジア野球」だ。それにほ日本や韓国の先進地だけでなく、台湾はもちろん潜在的運動能力の高い若者を多く抱える中国の台頭を期待している。こうした夢を語るSDに対し、于さんはあくまで冷静に競技レベルや将来性を分析していた。「2008年に北京五輪があるからと言って、私は決して慌てません。アジアで野球が発展するためには、中国人民の自発的な盛り上がりが欠かせない。それには、全米プロバスケットポールリーグ(NBA)のように、中国からの選手がアメリカンドリームをかなえ、話題にならなげればならない。野球は団体競技で下積みが長い。個人競技みたいにはいかない。ゆっくりと大衆の力が付くまで待たないとダメです」と笑った。大した洞察力である。
 ホールアウトすると、私たちはすぐに阪神甲子園球場に向かった。午後6時開始の対中日戦ナイターを前に、球場内で于さんと阪神タイガースの牧田俊洋球団社長、野崎勝義連盟担当取締役、黒田正宏編成部長が面談した。于さんは上海イーグルスと提携している阪神球団から多くの野球用具提供と技術指導に球団スタッフを派遭してくれていることに対し丁寧に謝辞を述べた。「中国の国産野球用具はまだ品質が悪く、各チームの用具はほどんどが海外製品を使用している。今後ともご支援をよろしくお願いします」と要請。牧田社長も快諾した。
 この後、一行はネット裏ボックス席でナイターを観戦。「伝統ある素晴らしい球場ですね」と于さんも感激していた。
 帰国直前の14日朝、大阪のホテルで記者会見。記者から「先日の冬季トリノ五輪でも、中国勢の躍進は目覚ましかった。北京五輪でも野球でメダルを目指すのか?」と質問が出た。子さんは笑顔で。「いやいや無理でしょう」と答えた。それは、野球競技が2012年ロンドン大会から除外されるからではないそうだ。「そういう目先のことではなく、中国国内でまだ野球に対する注目度が低い。長い目で見てやらなければならない」と落ち着いて答えていた。
 さらに大阪でも関係の広告代理店などを表敬訪問し、午後の飛行機で帰国した。その際「お世話になりました」と本当に喜んでくれた。そして10月1日に上海で開かれるF1−グランプリレース観戦へSDともども招待された。私もSDも昨年のレースを観戦しているが、今年はSDが既に同じ日に海外での出張予定が入っているそうで、残念がっていた。
 躍進する国情を反映するように、風のようにやって来て、風のように去った于さん一行の丸2日の関西滞在だった。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年4月12日号

神戸サウナで今年もビール掛けを
役員対談 米田篤史・幹事長付き ジェム代表取締役社長
 −会社名だけじゃ、何の会社か分からない。
 「祖父の代に神戸・三宮に『神戸サウナ』を開業し、一昨年で50年です。私が社長になったのは最近ですが、今では『神戸サウナ&スパ』に『神戸レディススパ』も併設し、自社ビル3カ所で幼稚園経営もしております。東急ハンズ三宮店斜め向かいにあり、入場料2500円とスーパー銭湯に比べると高額ですが、手ぶらで来てリラックスしてもらえる都市型施設として、星野仙一シニアディレクター(SD)にも利用していただいております」
 −阪神優勝の瞬間の「神戸サウナ」のビール掛けは有名だよね。
 「はい。3年前のSDの監督時代から。SDの名前からビール1001本を用意し、ファン150人限定、優勝決定と同時にビール掛けをして、終了後は無料でサウナに入って、着替えて帰ってもらう。昨年も実施して好評でした。飛ぴ入り参加の方は、サウナ室内着を用意しています。今年もやりたいですね」
 −SDとの接点はどこから?
 「以前から足高達七先生(松柏学院理事長、虎仙会理事)とお付き合いがあった。3年前の秋、SDが勇退表明された夜に、偶然足高先生とタ食の約束があり私が着くと、先にSDが一緒におられた。SDから足高先生に電話があり『まだ飯を食ってないんや。これから行くワ』と三宮まで来られたそうなんです。私はびっくりです。その後、また別の知人とSDが食事中『米田を知っている』『それなら呼ぼう』という話になり、だんだん懇意になりました」
 −本格的な付き合いは、昨秋の中国訪問に同行したことから。
 「SDは野球指導やロゲIOC会長と面談されたり、上海でのF1グランプリ観戦と精力的に活動され、同行の私は大感激。SDが一緒でなければ会えないし、見れないものばかりです。その時に西中さんにも紹介していただき、幹事長職を手伝うよう言われましたね」
 −最初は戸惑ったみたいだったね。
 「私は若造で、役員の皆さんは顔を見たこともない大企業の方ばかり。丁重にお断りしたら、西中さんに『役員やない。小間便いや』と言われ、納得してお引き受けしました」
 −身近になった星野仙一について。
 「神戸で生まれ育ってずっと阪神ファン。SDは中日時代から熱血イメージでした。私に部下の掌握術を『抱きしめてやらなアカン。怒る時も褒める時も真剣勝負や』と教えて下さった。男くさく人間くさい方です」
 −オフの時の落差も大きいしね。
 「“勝負の世界”の方ですから何かで議論になった時、あいまいな答えを嫌われます。『イエス、ノー』をはっきり言う。遊びでゴルフでも、無邪気で愛らしい半面、勝ち負けに非常に厳しいです」
 −最後に将来のSDの進むべき道は?
 「もう1回ユニホームを着てほしい。こんな指揮官はどこにもいない。独立独歩のプロ野球選手が本気でホレて付いて行くのは星野さんだけです」
 (聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年4月5日号

中国チーム監督にSD招へい?
 セ・リーグも公式戦が始まった。星野仙一シニアディレクター(SD)は、3月31日の巨人の開幕戦に読売テレビ系のゲスト解説者として親友の評論家・山本浩二氏とともにマイクの前に座った。昨年要請された巨人軍監督を引き受けていたら、放送席ではなく一塁側ベンチにいたはずだ。巨人の大勝については「仕事をするべき人が仕事をし、原監督が描いた脚本通りの試合展開」とクールだった。今年の巨人については「ロッテから移籍の小坂がキーマン。バントやエンドランなど足で相手をかき回せる存在。後はキャッチャーの阿部だ。1年間フル出場できれば、優勝争いすることになるだろうね」と予想した。言葉の端々から「今年は違うぞ」との手応えを感じ取ったようだ。
 私はその前日に東京で一緒に食事をした。今年も米ジョージア州オーガスタの「2006マスターズゴルフ」(7−10日)の毎日放送系の独占テレビ中継で、スペシャルナビゲーターを務めるため1日の渡米を控え、マスターズとオーガスタのコースの話題になった。「天才星野が90もたたいたよ」と冗談を言って笑った。SDはゴルフが好きだしうまい。日本ではもちろんシングルブレーヤーだ。パー72のオーガスタを81で回る男が、昨年ほ18オーバーの悪いスコアだったことを指している。SDの説明によると、オーガスタは年々コースが延びているそうだ。「よく飛ぶ人はいいよ。オレも飛距離は年々落ちるだろ。どうやってセカンドを攻めるか難しい。グリーンは変わってないんだけどな」と克明だ。
 常に野球を含めたスポーツの勝負の世界を視野に置いている男だけに、昨年優勝のタイガー・ウッズの精神力には驚いたらしい。「あそこにはタイガーが一番似合うな。ヤツはミスをしたら、その場でカーッとなって感情を表に出す。そしてその場にその気持ちを置いて、ケロッと気分を切り替えて次のホールに向かう、あの若さでそこまで出来るのはすごいよ。オレなんか、あの年ごろでは引きずりまくっていたなぁ」と笑った。
 うまく日程が合えば、折から渡米中の虎仙会会長の西川善文日本郵政株式会社初代社長とも向こうで会うそうだ。「毎年あのコースを回るのが楽しみになったよ」とニコニコし、私が行ったことがないと知ると「お父さんはゴルフ場の世話もしているんだから、勉強になるゾ。よし来年は連れて行ってやる!」と約束してくれた。
 帰国は12日。13日には、私の親友であり来日中の于再清中国IOC常任委員と会う。2年後に迫った北京五輪を前に、于委員は日本のJOCをはじめとしたスポーツ団体や文科省関係者と会談するため来日。東京での公式行事を終えた後、関西入りする。
 SDの目的はもちろん、五輸での野球復活だ。北京大会を最後に、2012年ロンドン大会から除外される状況分析を委員とすることになっている。于委員はSDの先見性と国際性に着目し、昨秋に訪中した時も、いち早くジャック・ロゲIOC会長にSDを紹介しているほどだ。中国色豊かな神戸でゆっくり食事をともにしながら腹を割って話し合う。
 于委員は、14日にはタイガースの牧田俊洋球団社長とも会う。タイガースはSDも協力し、上海イーグルスと提携して指導者派遣も行っている。
 若いころに大阪外大へ留学経験がある于委員は、日本語も堪能だ。関西に友人知人も多いが、帰国後の長い年月で街もすっかり移り変わっており、今回の滞在中は親友の私がずっと同行する。
 彼の語学力はすごい。IOC委員に就任する際「英語が必要」と言われ、米国へわずか半年留学しただけでペラペラになった。以前からロシア語も使えるそうで、4カ国語を自由に話す。IOCでのアジア選出の中心人物になる日も近い。
 折々に彼から話を開いていると、五輪に向けて中国の選手強化は目覚ましく、野球に関しても2年後の本大会では、仮に日本が相手でも今年のWBC1次予選のように「ダブルスコアでコールド勝ち」など大差が付きそうにない実力を伸ばしてきているそうだ。
 先のWBCで優勝した日本だが、五輸では近年からきし駄目だ。誰の目にも監督の適任者は「星野仙一」に決まっているのだが、なかなか正式決定に至っていない。現在元ロッテ内野手のジム・ラフィーバー監督が中国チームを率いているが、于委員のことだから電光石火で星野仙一を中国チームの新監督に招へいするかも知れぬ。それくらいの権限と力を持った人だ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年3月22日号

SDとのゴルフは緊張
役員対談 横尾寿浩・幹事長付
ソムニトピアジャパン社長
−星野仙一シニアディレクター(SD)が塾長を務めておられる「夢・星野スポーツ塾」の運営会社を経営しておられる。
 「昨秋にスタートしたスポーツ専門のインターネット・ポータル(玄関)サイトです。具体的には
1.年会費3500円の有料サイト
2.スポーツマンのための求人求職あっせん
3.スポーツ関連のグッズや用品の通販−
の3本柱です」

−SDとの接点はどこから。
 「もともとIT関係のシステム会社に勤めていたんです。そこで、スポーツ塾のプロデューサーになっていただいた諸星裕桜美林大学大学院教授と長いお付き合いがありました。諸星先生から『年末年始、星野さんとオーストラリアに行く。ゴルフをしに来い』とお誘いがあり、現地で初めてお目に掛かったんです。以後、個人的にもお付き合いするようになった」

−そこで昨年、横尾さんが独立開業されて。
 「ええ。SDからは『こんな時代に独立するのは大変やで。何?社員が20人も、前の会社から付いてきた? それなら多少見込みがあるんやろ。応援したるワ』と言っていただいた」。

−どこから「星野スポーツ塾」を?
 「インターネットとスポーツ、まったく異なる。世界を融合させる可能性を探ってみたかった。これまで、ネットとスポーツの関係はせいぜい『試合結果速報』やグッズ販売くらいでした。私は人と人が触れ合うコミュニケーションと出会いをサポートしたい。当面はSDと諸星教授を中心に、野球の田淵幸一さん、サッカーの奥寺康彦さん、バレーボールの大林素子さん、ゴルフの湯原信光さんと競技別に専門家をお願いし、いろいろな仕掛けをしていきたいです」

−異体的には?
 「例えば人材育成ですね。スポーツで培った健全な精神と肉体を持った学生と、そうした人材を求める企業は多いです。それをキチンとマッチさせて紹介する。学生側にも企業側にも大きなメリットがあります」

−その後、SDとはしょっちゅうゴルフを。
 「なぜかSDと一緒だと緊張してしまうんです。よくシャンク(ボールが斜めに飛ぶこと)しましてね。SDに当たりそうになった。次は『気を付けなくては』と思って余計硬くなる。ついに今年はSDの背中にぶつけてしまい『狙ったやろ』と大笑いです」

−SDはオーラがあるので、親しくなつてからでも緊張するよね。
 「そうなんですよ。SDはオーストラリアでは、ヒゲも伸ばしっ放しでいつもラフな格好でしょ。日本にいる時とは随分イメージが連うんだけどダメですね」

−男として星野仙一をどう見ていますか?
 「一般的に『燃える男、熱い男』と言われるのは確かにその通りです。ただし、それ以上に気配りのある人。新しい会社を立ち上げる時『大丈夫か?』と本当に心配してくださった。そこに男の色気を感じます。だから男性女性を問わず好かれるんでしょうね。付いて行きたくなる人、持って生まれたリーダーシッブのある方です」

−私が「幹事長付き」などという役割をお願いした。
 「西中幹事長には『これからは、若い人たちで星野をもり立てて行ってやってくれ』と言われ、うれしかった。虎仙会がたくさんの立派な財界人に囲まれて成り立っているのに、ありがたい言葉でした。微力ですが、SDより年下の世代で『しっかり支えていくお手伝いが出来れば』と思っています」

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年3月15日号

成長著しい中国
最近気になる事がある。虚仙会のパーティーにもよく顔出ししてくれた桧山進次郎外野手(37)のトレードのうわさだ。平安高から東洋大を経てドラフト4位と比較的最初の評価は低かったが、右投げ左打ちの勝負強い打撃で今年15年目のシーズンを迎えた。今岡、福原、前田忠は同じ大学野球部の後輩であり、チーム内の人望は“元選手会長”と言えば分かってもらえると思う。
 星野仙一シニアディレクター(SD)に桧山の評価を聞いた。「踏まれても踏まれても必ず立ち上がって来る苦労人。アイツはそういう男だ」と非常に高く買っていた。
 桧山は年間フル出場すれば少なくとも打率2割8分、本塁打20本くらいは打つ。右翼守備もそつない。それを岡田監督は、2度にわたる右肩手術でスローイングに不安のある浜中を右翼定位置に起用し、パンチ力はあるが実績のない林と競わせるつもりのようだ。もし、浜中が再び故障し長期戦線離脱したら、到底若い林1人では長いシーズンを乗り切れない。「その時こそ桧山の出番」と腕ぶしている。
 ところが潜在的な“アンチ星野”の岡田監督は、故障で帰国中の中継ぎウィリアムスに代わる左腕投手獲得へ、桧山を交換要員として水面下で動いているらしい。言うまでもなく「星野が取ったり育てた選手で優勝しただけ」と言われたくないからだ。自分が2軍監督時代に育てて親しみのある浜中や林、開本、藤本や大学後輩の鳥谷らを中心にチームを若返らせたいのだろう。案の定、オープン戦で桧山が打っても岡田監督のコメントは冷たかった。
 2003年星野監督時代の日本シリーズで、私は桧山の家族と福岡ドームで一緒になった。スタンドのすぐ前の列で奥さまと息子さん、ご両親が一緒に観戦しておられた。決して展開に一喜一憂せずジッと状況を見ておられた姿が印象的だった。桧山の辛抱強い性格も「そうした家庭環境から養われたのだろう」と推測できた。彼のような選手がいるからこそナインは安心して思い切ったプレーが出来るのだ。
 さて、日本はWBC2次予選リーグ初戦で最大のライバル米国にサヨナラ負けし、決勝トーナメント進出に赤信号がともった。
 SDは既に渡米してこの戦いぶりは自分の目で確認している。今年は米国や中国など海外での仕事が多い、秋には2008年北京五輸に関連して中国五輸委員会の于再清常任委員と話し合いを持つ。中国は今回のWBCではアジア1次予選で敗退したが、人口は日本の10倍おり、選手の潜在能力は素晴らしい。現に日本での予選でも、つい数年前まで野球そのものを知らなかった国とは思えない素質を持った選手が目を引いた。
 中国内でほ既に、日本でいうところの社会人野球のようなチームが幾つも出来ていて五輸へ向け選手育成に力を入れている。日本で中国選手を3軍などの育成機関に受け入れているのはプロは巨人だけだ。阪神も提携しコーチ派遷もしているが、選手受け入れまでは至っていない。
 その点、世界中から選手獲得にどん欲な米野球機構は下部組織に中国選手を受け入れ始めている。今回のWBCで米国や日本が仮に上位進出しても、アジアでは来年には中国が日韓と肩を並べる強豪に成長してくるだろう。星野仙一はとっくにそうした客観状況を読み取り、中国と接触する機会を増やしている。
 日本のプ口野球機構が遅れているのは、相変わらず巨人軍中心主義に固執する渡辺恒雄読売新聞グループ会長の発想から抜け切れないからだ。プロ選抜の五輪チーム監督に長嶋茂雄氏にこだわり続け、今回のWBCもシーズン開幕直前にもかかわらず王貞治ソフトバンク監督を起用した。結局ナベツネさんの価値観はONによる巨人軍V9時代から一歩も進んでいない。
 12日のオープン戦で巨人の原辰徳監督は、八回に有利なカウントから本塁打された久保投手に「同じことを何回やってるんだ!」と一喝したそうだ。ここに星野仙一との大きな違いが出ている。選手は皆一生懸命にプレーし、結果を出そうと焦る。それが結果として出来ないから悩む。同じミスを繰り返すのが選手であり、ちゃんとしようとしても果たせないのを「なぜ出来ないのか?」をかんで含めるように指導してやらねば教える意味がない。結果でしかるのでは、まだまだ原監督がSDを越える日は遠いと言わざるを得ない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年3月8日号

五輪アジア予選SD監督就任
 星野仙一シニアディレクター(SD)がゲスト解説した3日の中国戦を含め、ここしばらくはWBC、(ワールド・べースボール・クラシック)日本代表チームの1次リーグでの戦いぶりをテレビで見ていた。
 2連勝同士で迎えた韓国戦。東京ドームには皇太子殿下ご夫妻と長嶋茂雄氏が観戦に見え、華やいだ雰囲気になった。もともと韓国は台湾に、日本は韓国に相性がよくない。2000年。シドニー五輸の3位決定戦で日本は韓国に敗れ、メダル獲得を逸している。この日の両チームほ既に12日からの米アナハイムでの2次リーグ進出を決めており、順位決定戦になったが、日本は韓国の2番手以後の投手から四回途中以降無安打では勝てるはずもない。それでも最少得点差リードを守り切り競り勝つ計算が、中継ぎ投手が逆転2ランを浴びるようでは話にならない。
 大会出場メンバーは五輸同様に「本人の出場意思」が優先された結果「パ・リーグ中心になった」と聞くが、大リーガ
ーの松井秀や井口が加わっていない分、打線に迫力を欠き、今のチームは“少ない得点を守り切る”スモール・べースボールにならざるを得ない。王監督は実績や人望で申し分ないが、プロ野球の現役監督が全日本の指揮を執るのほどうしても無理がある。来秋に行われる北京五輪アジア予選は、やはり監督に星野仙一が適任であると私は思う。統率力と選手の気持ちの盛り上げ方で、彼の右に出る人物はいない。6日の回復具合を見る限り、長嶋氏がユニホームを着る可能性は極めで薄い。私は日本野球連盟もこの辺で腹をくくってSDに正式就任を依頼する潮時だと思う。
 先日、束京でSDと話し合ったが、村上ファンドの阪神電鉄株買い付けについてかなりの理解度だった。
 私もいろいろと研究してみたが、野村証券グループの「野村ブリンシパル・ファイナンス」による「在阪の私鉄各社に村上ファンドの持ち株を引き取らせる」というアイデアは、そのままではどう考えても実現は無理だ。沿線路線が競合する阪急は別のグループから株買い占めを仕掛けられ、それどころではない。近鉄はプロ球団も手放して「パルケエスパーニャ開発失敗の赤字をどうやって減らそうか」と必死で、こちらも無理。南海はこの問題そのものに関心がない。最後に残った京阪のみが、中之島新線の阪神との相互乗り入れの関係で接点があるが、せいぜい持てても数十億円程度だ。大体、阪神電鉄の現在の実勢株価干円弱という数字は、その実力から推し量ると高すぎる。野村側が取得価格七百円を示したのは、過大評価した価格での売買を避けるためで、投資家も売り時を探っている。それは村上ファンドも同様で、もともと取得コストは六百円強と言われるから、仮に七百円で買い取ってもらえれば、百九十億円の利ざやを稼ぐことになる。もっともそれには阪神電鉄自身も、かなりの株を七百円前後で買い取ることが重要で、今のような“他人任せ”の取り組みでは抜本的な解決法にはならない。
 こういう時に、いつも名前が浮上するのは村上ファンドの村上世彰氏と以前からつながりのあるオリックスの筥内義彦オーナーだ。しかし、野球協約上で同一オーナーが複数球団を所有することができないので、現実性は遠い。オリックス球団が近鉄球団を吸収合併しただけで、あれだけの反発を受けたのだから、さらに阪神球団を合併して「オリツクス・タイガース」にしようとすれば、1杜で関西3球団をすべて吸収合併することになり、ファンの怒りは近鉄の時の比ではない。村上ファンドの株を裏で支えておいて、再び球界再編の動きが出てくるまで待つ手はあるにはあるが、それも気の長すぎる話だ。
 さて私が会長を務める三重県菰野町の福王カントリークラブで5月から実施する予定だった「星野仙一チャリティーゴルフ大会ポルシェカップ」の予選と本戦は、1年間延期することになった。
 理由は、ゴルフ場に私も何度となく通って泊まり込みで調べた結果からだ。将来魅力あるコースにして多くのゴルファーに喜んでもらうには「グリーンの改修、キャディーの補充と教育、カート道やコースまでのアクセス道路の整備」が不可欠と分かった。5月時点でのグリーン状態をしっかり把握して改修に着手し、来年こそ日本一のコースとしてSDをはじめ皆さんに見ていただきたいと思っている。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年3月1日号

スポーツ取材当分は専念
 星野仙一シニアディレクター(SD)が先月23日、WBC(ワールド・べースボール・クラシック)日本代表チームが練習を続ける福岡市のヤフードームを訪れ、王監督
を表敬訪問。選手たちを激励した。
 明後日3日に予選が開幕するが、その中国戦のテレビ中継にゲスト出演する。SDとしては「一度も練習を見ないで放送で解説するのは選手に失礼だ」という従来からの考えからだ。特に注目したのは、イチローだ。他の松井秀や井口ら現役大リーガー打者が次々と出場を辞退する中で、率先してチームを引っ張るその姿に満足げだった。「“変なところは見せられない”というプライドを感じるね。それに皆が付いて行っている感じや」とほめた。
 SDは、こうした日の丸を背負って戦う場面に並々ならぬ意欲を燃やす性質がある。「このチームは(WBC本戦のある)米サンディェゴに行ってもやれるよ。オレも“こんなチームを率いて戦ってみたい”と思うわなあ。いや、ペナントレースの話だよ」とやって取材の記者を慌てさせた。
 一部ではどさくさにまぎれて「星野仙一氏が北京五輪日本代表監督に意欲」と報じた社があったが、彼はそんな目先の損得を追う人間ではない。もっと野球に関する世界観は大きい。最終目標は、北米とアジアの代表による世界戦であり、五輸に代わる野球のワールドカップだ。その際にSDは「アジア代表を決めるのに、日本だけでなくプロ野球のある韓国と台湾とは当然予選をしなくてはならない。将来的には中国も加わるだろう」と見ている。ヨーロッパの頭の固い連中が決める五輸競技の場からは排除されたが、環太平洋地域の人々にとって野球は最も身近なスボーツだ。
 もちろん星野仙一は、北京五輸監督に尻込みするような人間ではない。その能力も十分ある。今はあえて「2年後の状況がそろえば」とだけ書いておこう。
 その少し前の2月20日に、私とSDは東京で西川善文虎仙会会長と面談した。今年になってまだ一度もお目に掛かっていなかったのであいさつに伺ったら、食事を取りながらゆっくりとお話ができた。
 西川会長は、住み慣れた三井住友銀行の建物を離れ、来秋に正式発足する日本郵政株式会社の初代社長としての準備に追われている。既に役員人選も進んでいるようだ。300兆円の資金運用の問題、26万人の職員配置など解決しなければならない課題は山積みだ。
 会長はSDが「4月1日よりオーガスタにゴルフの取材で渡米する」と告げると、「いいねえ。僕もぜひ一緒に行きたいね。私もちょうど米国出張中なんだよ。仕事がない土日なら何とかならないかな?」とパッと表情が明るくなった。熱烈な阪神ファンだが、ゴルフをはじめとする他のスポーツにも造詣が深い。中国・上海でのF1レースも昨年ご一緒する予定だったが、体調を崩され直前でキャンセルされた。最近は以前にも増してお元気なようなので、今年はF1も見ていただく計画を立てている。
 村上ファンドとの攻防にも話が及んだ。会長はいろいろと金融証券面でアイデアをお持ちだったが、SDはもっぱら聞き役に回っていた。印象的だったのは、会長から「こういう時こそ、星野さんの力が必要」と言われた時の反応だ。SDはキッパリと「私は野球しか知らない人間です。お世話になった野球のためなら何でもしますが、経済の世界では素人です。阪神電鉄には、その道に詳しい優秀な方がたくさんおられます」と答えたのだ。
 ファンド側のトップである村上世彰氏が電鉄株買収を始めてすぐSDと会ったように、この問題で「星野仙一にパイプ役となってほしい」と望む人々は、電鉄内外にも多い。しかし、それをあえて封印するような発言をSD自身がした。実は既に新聞報道されている「村上ファンド持ち株買い取りを、野村証券系の投資会社が名乗り」のもっと深い内容までつぶさにSDは熟知している。この問題が3月末までの極めて短期間に微妙な局面に差しかかっていることを承知しているからこそ、あえてこの時期の発言を控えたのだ。
 SDは、村上ファンドの問題からしばし離れ、オープン戦が始まったばかりの日本プロ野球と開幕直前のWBC、そして2006マスターズゴルフとスポーツ取材に当分専念する構えだ。

(大阪塁野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年2月22日号

警戒すべきは古田ヤクルト
 星野仙一シニアディレクター(SD)が15日、沖縄・宣野座のタイガースキャンブを視察した。立場上ユニホームは着ないし、さりとて背広では仕事にならぬ。そこで、Tシャツにジャージ、ジョギングシューズという動きやすい服装に身を固め、首には「セレクション」のオールラウンドネックレス「Vファイト」が光っていた。
 今のタイガースの原形は、SDが築いた。岡田監督は就任直後こそ反発するような態度もあったが、昨年リーグ制覇を果たしたことで随分大人になったように見える。この日もSDが球場入りすると、すぐに来賓室で2人だけで会談した。
 実はSDは岡田監督に「借り」があった。直前の14日にSDが監督時代から恒例のゴルフコンペがキャンプ地近くで予定されていた。SDの親友、山本浩二前広島監督や田淵幸一前阪神コーチも参加する盛大なイベントだ。しかし、SDはNHK野球解説者の先輩である藤田元司元巨人監督の通夜参列で急きょ、東京に行きコンペに参加できなくなった。そこで、代わってホスト役を引き受けたのが休養日の岡田監督と言う訳だ。以前なら渋っただろうが、岡田監督はラウンド中もにこやかに関係者と接していた。それだけ人間的に幅が出来た証拠だろう。SDもそのあたりを感じ取りながら、監督とにこやかに話していた。
 会談後、ブルペンに直行し「やっぱりキィンプはブルペンよ。層が厚くなったなあ。オレは薄っぺらな時を知ってるからな」と笑顔。投げている連中をじっくりと観察し「“ここ(1軍)、に来るのは早いで”という選手はおらんな」と満足げ。SDの姿を見つけた若手の江草や能見が精いっぱいアビールしてくる姿に目を細めながら「このメンバーなら必ず上位には行けるやろ」と太鼓判を押した。
 自ら2年前のアテネ五輸で見いだした豪州代表チーム出身の新外国人オクスプリング投手については「まだ5、6分やろう。エェ時の状態はこの目で見てるから。実戦になったら変わってくるんや、あの時に近いものを出してくれれぱ面白いよ」と分析。
 帰り際にテレビ局を含めた囲み取材にも笑顔で応じた。岡田監督については「開幕を楽しみにしている感じやった。言葉の端々にそれが感じられる。自信がみなぎっとるで」と評価した。そして他球団にも言及し「連覇は別にして、確かに戦力は上がっている。けど、巨人やヤクルトはそれ以上の戦カを集めている」と慢心を戒めて球場を後にした。
 SDは翌16日に同じセ・リーグの横浜のキャンプ地・宣野湾を訪間。あらためて、宮崎の巨人、ソフトバンクを訪れる予定だ。
 私が先日矢野捕手に聞いた感触では、選手は明らかに達覇を意識している。「やるだけやりますよ。今のチームの成長を見ていると行けると思う」と話していた。プロ野球選手、特にベテランはややもすれば「隔年しか働かない」と言われるが、タイガースに関してはその心配はなさそうだ。
 SDは巨人を評価しているが、私はOB会長の広岡達朗氏の言動を見聞きして「大したことはない」と逆に評価を下げた。広岡氏は元遊撃手として守備のスペシャリストの立場で臨時コーチをしているはずだ。それが、ロッテから移籍の小坂を指して「ショートでレギュラーで使うべき。そのためには仁志を外野に」ときた。いつから総監督になったのだろう。こういう人が外野席で口出しするようなチームに上昇の
目はないと思う。
 それでは、落合監督の中日はどうか? こちらはあまりにも地元名古屋で人気がない。ナゴヤドームのチケットはまだ多数売れ残っており、営業が四普八苦している。チームは強くても、落合監督のファンやマスコミをバカにしたような態度が不人気の背景にある。開幕から快進撃すればカバーできようが、もしつまずくようなら一気にチーム内に不協和音が広がる。
 最も警戒すべきほ古田新監督のヤクルト。前大リーガーの石井一、高津の両投手が復帰、広島で2年連続3割の実績があるラロッカ内野手が移籍と実のある補強をした。最も不安なのは、監督自身が兼務する捕手だろう。それさえうまく乗り切れれば、タイガースの最大のライバルはスワローズになりそうだ。
 いずれにせよ、球春開幕は着実に近付いた。SDはやはり野球とかかわっている姿が一番似合うと再認識する今日このごろだ。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年1月15日号

 阪神電鉄株の筆頭株主である村上ファンドの村上世彰氏が、4日に淡路島で開かれた講演会で「外資から“現在の株価の50%増しで買い取る”と申し入れがあれば、投資ファンドの性格上売らざるを得ない。相手がゴールドマン・サックスなら阪神タイガースの縦じまのユニホームは金色になり、ゴールドマン・タイガースになっても仕方がない」といウ発言をした。マスコミ各紙は「いよいよ村上ファンドが本性を見せキバをむいた」と一斉に報じた。
 私も心配になり、屋野仙一シニアディレクター(SD)に会い直接聞いてみた。「村上ファンドはどうなっとんねん?」と私。SDは「フ〜ン」と、何とも言えないため息とも返事ともつかない声を漏らしただけで、プッと視線をそらした。
 長年の付き合いで分かるのだが、こういう時の星野仙一は「オレほ今は何も言わないゾ。お父さん、それ以上聞くな!」という無言のサインだ。私はとっさに別の話題に話を移した。
 SDがあえて私に秘密を持つ時は「迷惑を掛けたくない」という気持ちからだ。私がそれを聞いてしまうと「心配して悩むだろう」という時に、彼はそういう態度で黙して語らない。と、言うことはSDは村上世彰氏に関してこれまで報じられた表面的な動きだけでなく、裏の裏まで知り尽くしていることになる。「もっといろいろなことが、これから出てくるゾ」とその顔に書いてあった。
 そもそも投資ファンドとは何なのか? もうかる株を見つけてそこに投資する連中だ。ところがそんな“他人任せ”では不確定な要素が高いので、特定会社の株を買い占めて高値で売り抜け、利ざやを稼ぎ大もうけするようになった。これは昔からある「株の仕手線」屋と同じで、別に新しいやり方ではない。ハゲタカ外資と組んで多少スマートな体裁を取っているだけで、とてもまともな経済活動と言える代物ではない。これが「米国式弱肉強食経済」にかぶれた小泉首相と竹中総務相が組み、押し進めて来た市場開放策の正体だ。
 村上氏の発言を冷静に分析すると、相当の焦りが読み取れる、株を買い進め筆頭株主から全株式過半数を制するギリギリのところまで行きながら、全く話し合いに応じようとしない電鉄の態度に業を煮やしたのだろう。
 村上氏の発言自体がひどくブレている。昨年10月、電鉄本社の正面入り口から堂々と入って西川社長と対面した時は「村上タイガースにする気などさらさらありません」とファンヘの配慮を見せたのに、今回の一転した『暴言』はその前日3日に再び西川社長と隠密裏で話し合い、その成果がなかったことへの腹いせに見える。ゴールードマン・サックスのような外資は、野球協約で球団保持は出来ないことを村上氏が知らぬはずはない。鉄道事業も国交省所管の許認可を伴う公益企業であり、外資の自由にはならない。そうなると単なるダミーであることが明白で、本当に同社から引き合いが来ていれば商売上からも名前をおおやけに出来るはずはない。むしろ、村上氏自身が持つ膨大な電鉄株を「どこかの投資グループに肩代わりしてほしい」という悲鳴とも聞きとれる。
 一方で視野に入れておかなければならないのば、逮捕されたライブドア総帥・堀江貴文氏に対する捜査の行方だ。その伸び方次第では、かつて盟友だった村上氏にまで捜査の手が届く可能性も否定できない。そう考えると彼に残された時間は十分ではない。
 一方の電鉄側もだらしない。昨年、同様の株買い占めで経営権を狙われたフジテレビやTBSが徹底抗戦したのに比べ、余りにも無為無策に過ぎる。しかし、ダンマリを決め込めるのも今春の株主総会までだ。このままでは総会で、村上氏サイドから持ち出されるさまざまな要求に対し、現経営陣が対応出来ず議案は一つも通らないし、役員再選もままならない。
 電鉄経営陣を応援している金融筋もこの点を最も危慎(きぐ)している。在阪の5大私鉄でバブル期に最も傷が少なかったのが阪神だが、裏を返せば「無能だっただけ」とも言える。タイガースにしても「勝つことが本当のファンサービス」などと愚にも付かぬことを球団トッブが言うくらいだから、マーケティングに基づいたた長期的な観客動員策など考えたこともなかろう。
 この期に及んでの切り札は星野仙一しかない。今年の株主総会で新たに電鉄取締役に選任し、専務として迎え球団を含む関運事業を統括してもらう。それによって村上氏が打つ手を失うだけでなく、電鉄内での強力なリーダーシップを形成できる。せっかくの掌中の珠を失ってはならない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年2月9日号

−私とは長い付き合いで、星野仙一シニアディレクター(SD)とも中日時代からのお付き合いです。
「西中さんとのご縁で、正月にオーストラリアにご一緒させていただいた時に紹介してもらったんです。もう何年になるでしょうか? 球場外から入ったお付き合いでしたが、初対面だった私にも気配りして下さった。
『素晴らしい方だな』といっぺんでファンになりました」
−本格的に付き合ったのは、SDが阪神入りしてから?
「はい、最初は心配しました。やはり関西の阪神ファンは熱狂的。体力、気カともギリギリまで追い込まれる。なのに、それまでの『中日の星野』のイメージが短期間で一新したことにまず驚きました」
−あの野村克也さんが3年達続最下位だったチームを、就任2年目でリーグ優勝させた。
「『優勝する』と信じてましたよ。ただし、野村さんとの比較は難しいです。強いて言えば、星野さんは明るい。気持ちを表に出して引っ張って行く。若者から『理想の上司ナンバーワン』に選ばれるのはよく分かりますよ」
−管理職として見て具体的にそれを感じさせる部分は。
「部下に『目指すは優勝』と具体的目標を示し、実際に勝ちグセをどんどん付けさせ自信を持たせる。厳しくしかっても明るいし気配りがあるので、皆が付いでくる。部下にやらせるだけでなく、球団に対してもどんどん要求して実行させる。部下はとても働きやすい上司ですね」
−SDに就任してからは。
「一昨年の球界再編をはじめ、昨年の巨人監督就任騒動と、SDの存在感の大きさはさらに増しています。何事もファン第一なのは球界を本当に考えておられるから。繊細にいろいろなことを観察されている」
−昨季の岡田仮神の優勝については?
『SDの連れてこられた選手が、皆フルに働くようになって当然の結果としての優勝ですよ。チームが底上げされて地力
が付いてきた証拠です」
−今後のSDの進むべき道は?
「ぜひ球界全体のトップに立ってほしい。関西での人気は抜群ですが、もっといろいろな仕事ができる方です」
−今季のタイガースヘの注文を。
「企業もチームも『これで満足』と思った途端に下り坂になります。常に前を見て向上心を発揮してほしい。もっと若手が育ってベテランを脅かしてほしいですね」
−最後に本業を教えて下さい。
「東大阪市で画材などの特殊な紙を売っています。私のジャンルの紙製品はコストダウンより品質向上がテーマ。プロ用の卸売りが中心です」

(聞き手は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の西中和光幹事長)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年2月1日号

 星野仙一SD(シニアディレクター)が先月25日にようやく帰国した。翌日の26日、たまたま私は携帯電話を自宅に置いたまま出掛け、帰宅したら何度もSDからの着信履歴が残っている。すぐ電話すると「お父さん、どこへ行ってたんや」とSDの元気な声。聞けば、今日1日から始まるタイガースの第1次沖縄キャンブにも足を運ぶそうだ。沖縄県を中心に気になる原辰徳監督の新生巨人軍や、WBC日本代表チームを指揮するソフトバンクの王貞治監督のところにも立ち寄る予定とか。そう言えば、自身のホームページでは、「7月初旬のドイツでのサッカーのワールドカップも観戦を希望している」と表明している。世界中のスポーツ関係者と親交のあるSDらしい早速の行動力だ。
 そうしたSDの表舞台での仕事以外にも、阪神電鉄の眼前に横たわる村上ファンドによる株買い占めの交渉という大事な裏方での仕事も控えている。村上世彰氏は、先日のライブドアの堀江貴文前社長の逮捕という衝撃的な出来事で、当面は事態を見極めるため派手な動きは控えるだろうが、ライブドア問題が一段落すれば必ず電鉄に対して無理難題を仕掛けてくる。その時に、村上氏に対応できるのは電鉄グルーブの中でSDしか居ないのは明らかだ。SDを単なる電鉄役員のメッセンジャーボーイに使ってはならない。きちんと電鉄の役員として正式に処遇し、責任あるポストに就けた上で交渉の席に加わってもらうのが最も望ましい。要ほ阪神電鉄にそうした「全体構想が備わっているかどうか」の問題である。
 虎仙会の婦人部副部会長を務めてもらっている前田セツ子さんが副社長のセレクション社CMに星野SDに続いて矢野輝弘捕手が加わることになり、先日大阪市淀川区の同社トレーニング施設「スターウイング」で写真撮影を行った。既にある星野バージョンの血行促進を活発にするオ一ルラウンドネックレス「Vファイト」ほ黒色を基調としているが、矢野バージョンは黄色。これを彼が浅黒く日焼けした首にキリッと巻いて写真に納まった。今春にもポスターが出回るし、ユニホームの下にも着用するので読者の皆さんもテレビで目にされる機会があろう。
 矢野選手とは撮影が終わった後に食事をし、球界のベテランとして「今後は付き合う人を選ばないとダメ。心身ともにプラスになる相手の人選を誤るな」とアドバイスした。その時に早くも来季の自主トレの話になり、「私が2月から会長に就任する三重・菰野町の福王カントリークラブに来ればいい」と話した。体の手入れも兼ねて過ごすには絶好の場所だし、宿泊施設も充実していることを説明すると、矢野選手も大いに乗り気になった。
 福王CCについて少し説明しておこう。名古屋都市高速と東名阪自動車道を利用すると名古屋都心から1時間以内の便利な場所で、200万平方メートルの広大な敷地に27ホール、パー108の3コースが整備された素晴らしいゴルフ場だ。
 三重県四日市市の福王企業が所有しているが、この会社は食品輸入が本業で、とてもゴルフ場運営まで手が回らない。そこで私が会長として同社に招かれ、ゴルフ場の経営を任されることになった。
 今後は京阪神からのゴルフ客誘致だけでなく、大学ゴルフ部と組んでの選手育成や企業の冠を付けた大型コンペなども計画している。取りあえず、虎仙会のゴルフコンペはぜひここでやってもらって、虎仙会会員の皆さんにコースの充実ぶりを見てもらうつもりでいる。
 そう考えると、星野SDを取り巻く私を含めた人々は年々多忙になっている気がする。それもSDを扇の要にした形で、人の輸がどんどんに広がりそうさせているのだ。これが矢野選手に話した「付き合う人を選べ」という意味に通じている。業種、性別、人種まで超えて人を引きつける魅力が星野仙一自身にあるからこそ、スケールの大きな「異業種交流」が成り立っていることを常に忘れてはならない。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)


大阪日日新聞 毎週月曜日掲載 2006年1月12日号

今年の抱負「今は話せぬ」
 私と星野仙一SD(シニアディレクター)は、年を挟んで今もオーストラリアのゴールドコーストに滞在している。毎年の年末年始恒例のライフスタイルとはいえ、お互い留守にした日本の出来事はやはり気になる。その点、技術の進歩はありがたいもので、インターネットや衛星テレビ放送で真夏の豪州に居ながらに日本のニュースを知ることができる。ゴジラ松井がWBCの日本代表入りを辞退した件や、中日の元監督としてSDとも長い付き合いのある近藤貞雄氏の死去も即刻承知していて、さまざまな対応を取っている。この記事の原稿と写真もインターネットで大阪日日新聞まで送っている。
 さて話は戻ってSDファミリーは年末の27日早朝に成田空港経由で到着した。私と妻は一足先にゴールドコーストに滞在しており、空港まで出迎えた。SDはお孫さんの相手をして早速現地の別荘でプール遊びしたり、慣れたゴルフコースに飛び出したりと、日ごろのごぶさたを一気に解消した。最初の夜の食事は、皆で一緒に街に出た。毎年来るたびに店は少しずつ入れ替わっている。現地の最近の人気は中華料理だ。われわれも「伊勢エビの3倍はあろうか」という大きなエビを料理してもらって舌鼓を打った。SDも日本のレストランのようにジロジロ見られることがなくリラックスして食事を楽しんだ。娘夫婦や孫も一緒で、一家団らんで心置きなく飲み食いした。
 SDに言わせると「2006年の抱負? 今は話せんことが多すぎるやろ。ゆっくりオーストラリアで構想を練るワ」ということになる。これは昨年来のSDの行動カと会った人々を考えると納得がいく。昨年だけでも米メジャーリーグ野球機構コミッショナーのバド・セリグ氏、国際オリンピック委員会会長のジャック・ロゲ氏と海外で電撃的に大物と次々と面談した。WBC開催実現までの下交渉や北京五輪を最後に五輸から除外される野球競技復活要請であったりと、一球団のSDの権限をはるかに超えた内容ばかり。へ理屈ばかりこね回して、日本の野球協約改正にすら着手できない根来泰周コミッショナ一と比べると、その行動範囲に舌を巻いてしまう。
 SDとの話の一端を紹介しよう。昨年から持ち越した村上ファンドとの一件も、画期的な処理方法を聞いた。相手がある話なので、ここで紹介する訳にはいかないが〉素晴らしい着眼点であり、SDの考える通りに運べば必ず実現できるやり方だ。打つ手のない阪神電鉄の経営者は、このSDのアイデアを聞けば驚くだろう。「どこまでも阪神グループのことを考えて実行に移すつもりだな」と納得するはずだ。
 今後の虎仙会の運営についても話した。「春と秋のパーティーはホンマにエェな。でも一回、皆さんとゆっくり話してみたいなあ。そうや、ハワイかここ(ゴールドコースト)に60人くらいの団体で旅行したらどないや? 虎仙会のメンバーの方も楽しめるで」と提案してもらった。
 私としても会の運営上の反省が大いにある。一昨年末のプロ野球再編騒動以来、SDはグラウンドの現場のことより球団やリーグ運営のために裏に回って集中しなければならないことが急に増えた。確かに岡田阪神は昨年リーグ優勝したが「これで一安心」とはいかない。チーム力は星野監督時代に獲得した選手によって支えられ、日本シリーズ4連敗を見ても岡田監督の力量ははっきりしている。そして「原巨人」にしても力は未知数で、週刊誌などが盛んに報じるように“SDの電撃巨人入り”の可能性は依然としてくすぶり続けている。そんなこともあって、会員に分かりやすいSDの行動をお伝えできなかった。
 昨年末契約更改して阪神に残ったSDだが、相変わらず多い講演依頼について「いまさら優勝の話をしてもしゃあない。それに今年はいろいろな交渉事が多くてしゃべれない内容ばかりや。これでは回数は増やせんなぁ」と漏らした。誠に意味深な言い回しである。
 いずれにせよ、星野仙一の元気と気力はますます充実している。米国式に存在価値を金で推し量るとすれば、阪神電鉄にとって何億円、何十億円を支払っても損のない人物である。もちろんSDからそんな金額を要求したことなど一度もない。
 お孫さんとくつろぐSDの後ろ姿を見ながら、私は「せめてここに居る間ぐらいはのんびりさせてあげたい」とあらためて思った。

(大阪星野仙一後援会「虎仙会」幹事長、西中和光)