バックナンバー(旧・虎仙会便り)
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2007/12/19
虎仙会祝賀会、申し込み早めに
 来月30日に大阪・中之島のリーガ・ロイヤル・ホテルで行われる大阪星野仙一後援会「虎仙会」新年祝賀会「星野SDに聞く2007年を振り返り2008年を迎えて」のパーティー準備に忙殺されている。
 主催はもちろん星野仙一北京五輪野球競技日本代表チーム監督だが、ゲストはその『星野ジャパン』の一員として、台湾のアジア予選で活躍したタイガースの矢野輝弘捕手を迎える。当初は、星野監督を支える田淵、山本浩、大野の3コーチを再び招いて4人でトークしてもらう予定だったが、虎仙会役員会で話し合った結果、急きょ矢野がゲストに決まった。
 現役選手は2月1日の沖縄でのキャンプインに備えて既に現地入りし、自主トレの最終日に当たる。それをいったん大阪にこのパーティー出席のためだけに戻ってもらい、31日朝に再び沖縄にとんぼ返りしてもらう。
 わたしとしても、出席を依頼するのは気が引けたが、連絡を取ると矢野捕手は「台湾の予選には、虎仙会のみなさんで50人も応援に来ていただき励みになりました。そのお礼を言いたいですから」と喜んで引き受けてもらった。もちろん星野監督とも相談した。「オレが(タイガースの)監督なら絶対許さんけどな」と苦笑しながら、了承してもらった。
 司会は虎仙会副幹事長の唐渡吉則・毎日放送パーソナリティーと同局プロ野球解説者の八木裕さん。おなじみのコンビなので、星野監督や矢野との打ち合わせもほとんど必要なさそうだ。
 このパーティーは本来「虎仙会会員」限定だが、このコーナーの読者にも、会費1人2万9000円(フルコース料理と飲み放題付き)で案内したところ、問い合わせが相次いで手続きにてんてこ舞いしている。ロイヤルの最も広い会場を使っても、着席で参加者を確定し、入場券を発送するには遅くても1月10日ころには作業を終えなくてはならない。しかし、正月を挟む事で、振り込みによる入金など大半の作業を年内に終えなければならない。参加希望者は、どうか早く申し込んでほしい。問い合わせは06-6942-3667虎仙会事務局まで。

 神戸・王子動物園で10月に生まれたアジアゾウの赤ちゃんがお披露目された。同動物園には現在日本にいる中で最も長寿のゾウ諏訪子(61)をはじめ、赤ちゃんの両親などのゾウがいる。
 「神戸のゾウ」といえば、元町商店街に象ビルという名の建物があり、その持ち主は虎仙会メンバーの一人で、神戸サウナの米田篤史社長だ。今年いっぱい神戸青年会議所理事長として、地域活性化に大いに貢献した。
 象ビルの語源は、ポートピア博の開かれた1981年ころに米田社長の先代社長に当たるお父さんが、子ゾウを手に入れてビルの前に置き、道行く人々に公開したことによる。その先見性はたいしたもので、繁華街で商売するコツを心得ておられた。最近の経営者は何かというと効率ばかりを問題にするが、人々の関心を呼び喜んでもらうことで、自身ももうかる発想がなくてはならない。
 最後に、星野監督の名参謀だった島野育夫阪神タイガース特命コーチ(63)が亡くなり、18日に西宮市内で開かれた葬儀に参列してきた。星野監督は亡くなった15日に見舞いにいったそうだ。「このヤマを越せよ」と声を掛けて別れたそうだが、それが越えられず、その夜に逝った。星野監督は周囲が気の毒なくらい憔悴していた。島野さんの遺影にわたしはそっと語り掛けた。「あの写真を持ってわたしが代わりに北京で胴上げを見届けるよ」と。
 あの写真とは、星野監督の就任が決まった2001年秋に星野監督と島野コーチが甲子園を初めて訪れた時の物だ。手には星野監督の亡くなった扶沙子婦人の遺影を持っていた。星野監督が金メダルを胸に北京の空に舞う姿を奥さんと島野さんに、しっかり見届けてもらうつもりだ。
 虎仙会のパーティーにも島野さんを何度か呼ぼうとしたが、こうした晴れやかな席を苦手とする方だった。阪神で星野監督、島野コーチ時代に、何度も甲子園で顔を合わせたが、お世辞一つ言われるタイプではなかった。日焼けした顔にギョロリとした目。一見、気難しいが笑うと人懐っこい口元が印象的だった。監督は、島野さんを評して「エェやつや」と説明してくれたが、わたしに対する島野さんは「(星野)監督の身内の方」というスタンスでいつも立ててくれていたので、なかなか気安く冗談をいい合うこともなかったのが残念だった。こういう人こそ、V9川上監督時代の牧野コーチと同じ“名参謀”というのだろう。
 寒風の中でも長い長い焼香の列が、その人望を表していた。


2007/11/21
底辺拡大目指すスポーツ吹矢
 去る10日に大阪市中央区の大阪府労働センター(エル大阪)で、約70人が参加して第19回日本スポーツ吹矢協会関西支部の秋察大会が行われた。
 個人戦と団体戦に分かれて競技したが、が上がって接戦の連続。
個人8メートルは、優勝こそ女子筆頭コーチの中川桂子さん(藤井寺支部〉が126点(吹き矢競技の満点は140点)で順当勝ちしたが、2位は122点の同点者が5人並んだ。順位決定戦を行ったが、今度は節田公雄さん(山城支部)と中島澄さん(藤井寺しゅう支部)が再び同点。もう一度順位決定戦を行い、参加者全員が注目の中で節田さんが2位に滑り込んだ。
 そのほかの個入6メートルは1.綛田正彦さん(関西支部)2.古川睦代さん(四条畷支部)3.宮本恵美子さん(大日教室)。団体は優勝が茨木+関西支部、準優勝が四條畷十関西支部だった。
 わたしは協会の筆頭理事を務めており、開会式では学生部門と少年部門の強化を提案した。吹き矢は室内競技で、集中力と腹式呼吸による肺活量の増大に非常にいい。つまり健康スポーツとして現代人にマッチして中高年齢者に向いている。しかし、スポーツとして普及するには大学生を中心にした学生大会の振興が欠かせない。わたしの母校の関西大学体育会で取り組ませたい。さらに将来を見据えて子どもたちに吹き矢を楽しんでもらう。来年の北京五輪が終わったら、10年後を目指して中国にも吹き矢を紹介する壮大な夢を抱いている。
 すったもんだした角界では、大相撲九州揚所が終盤に掛かってきた。前半戦を見ると、地元の千代大海(大分)が先行し、魁皇(福岡)の進退をかけて頑張る姿がファンの共感を呼んでいる。もともと九州は相撲茶昼がない関係で切符の営業力が足不足し、客の入りが悪い。テレビを見ていても上の席はいつもガラガラだ。
 豊真将(山口)もいわば福岡がご当所で人気がある。勝ち負けは別にして、彼の土俵態度は非常にまじめで好感が持てる。日大相撲部の先輩に当たる高見盛は、相変わらず派手な時間前の動きで人気があったが、けがのため休場してしまった大相撲は確かにプロスポーツだが、伝統と格式がある。プロレスやプロボクシングのように「勝てばいぃんだろ」というわけではない。ファンは一生懸命に土俵を務める力士の立ち振る舞いにひかれるのだ。
 先日のテレビで玉ノ井親方(元関脇栃東)と息子の栃東親方(元大関二代目栃東)の解説を聞いていた。技能派と言われた2人らしく丁寧な話ぶりに好感が持てた。こういう若い指導者がどんどん中心になってこないと、角界の明日はない。
 時間かせぎばかりで、自身はちっとも人前に出て説明責任を果たそうとしない北の湖理事長は、ファンをなめているといずれひどい目に遭うだろう。
 宮崎で来月1日からのアジア最終予選に向け調整を続けている星野仙一日本代表チーム監督。22日の稲尾和久氏の葬儀列席のため、急きょ福岡入りする。九州の西海岸は新幹線整備進んで随分便利になったが、宮崎のある東海岸は移動に時間がかかる。それでも球界の大先輩の突然の訃報(ふほう)に日程をやり繰りして駆け付けるのは星野流だ。
 そういえばズバリ、そのタイトル「星野流」という本が世界文化社から出た。仙一流の「人」「時」「組織」論らしい。彼はもしサラリーマンになっていたら「きっと大企業でも社長になっていたであろう」と確信させる行動理念があり、ぶれない。一読の価値があると思っている。
 わたしもかつて本紙連載の「虎仙会だより」をまとめた「われら星野党」を出版したが、「近いうちに続編を出したい」と考えている。
 例年春に開いている虎仙会の総会は、来年は1月下旬ごろを予定している、12月のアジア予選を1位通過してくれると信じているので、メンバーによる一大壮行会に早変わりしそうだ。縁起でもないが、もしアジア予選を落とすと、世界最終予選の直前になるため、パ
ーティーどころではない。北京のプレ五輪で見たのと同じ星野監督の胴上げを、アジア予選の台湾の地でしっかり見届けたい。


2007/11/14
北京切符に太鼓判
 6日神戸・総合運動公園のスカイマークスタジアムで行われた北京五輪アジア最終予選の日本代表と社会人近畿選抜試合を観戦してきた。
 星野仙一代表監督とは、随分久しぶりにゆっくり話した。試合前のミーティングを見ていると、国際試合の経験豊かな宮本主将(ヤクルト)が首脳陣に代わって選手に気合を入れ、しっかりとチームをまとめている。これなら台湾での本番でも心配なさそうだ。
 初回に一死二塁からサブロー(ロッテ)が右打ちに徹して走者を進め、4番・新井(広島)が三遊間突破適時打であっさりと先制。八回には単打ばかり7本を集中して7得点と、星野監督の目指す“つなぐ野球”を選手がしっかりと体現してくれていた。まだチームとしての実戦が始まったばかりとあって、バントやエンドランなどの細かい作戦は用いていない。ただし、守りに関しては「1点もやらない」という陣形を最初からテストしていたし、打者は走者が出ると徹底して進塁打を意識したスイングだった。
 虎仙金のパーティーに何度も出てくれているタイガースから参加の藤川と矢野のバッテリーも元気だった。藤川は最終回に登場して3者三振の投球。日本代表には、藤川以外にも岩瀬、上原と終盤の1イニングをきっちり任せられる投手がそろっている。矢野は八回に
無死一塁で代打での登場。右翼線にに落とす渋いヒットを放った。38歳で初めての日本代表入りだが、気負った感じはまったくない。このチームに.は、阿部(巨人)と里崎(ロッテ)と左石の強打の捕手が2人いる。矢野はブルペンで投手の状態をつかみ、星野監督に伝える役割になるだろう。星野監督にすれば「矢野を試合で使わない展開が一番いい」くらいに思っているかも知れない。
 全体に小粒な印象は否めないが、監督に聞くと「お父さん大丈夫や、大会はベストでやれるよ」と、『アジア予選突破、北京五輪代表決定』に力強く太鼓判を押してくれたので、安心して球場を後にした。
 8日には、吹田市の関西大学キャンパスで森本靖一郎理事長から、わたしとセレクション社の前田セツ子副社長に感謝状が贈られた。
 理由は、同社が関大に対し、体育会各部に使うためのトレーニング機器『Vシャフト』を大量に寄贈したからだ。シャフトは、大阪日日新聞の読者ならご存じの方も多いと思うが、首の後ろに当たる部分がわずかに曲がった棒状の機器。これを使って体幹を鍛え、左右バランスを矯正する。その効果は、タイガースの矢野捕手も高く評価しており、関大体育会各部の競技力向上に一役買ってくれるものと思う。
 わたしに対しての感謝状は、今回の寄贈の仲介以外にも「現役時代バスケットボール部選手として活動後、卒業しても後輩の指導育成に多大な成果を挙げた」という理由だ。誠にありがたく今後も母校のために一層の努力と助成を心に誓った。
 そんな中で、11日から大相撲九州場所が始まった。NHKのスポーツニュースを見ると、一生懸命盛り上げようと「かど番を九州で迎えた大関魁皇」を場所前の話題に取り上げていた。担当ディレクターの苦心は分かるが、先日まで“朝青龍謹慎処分”と“リンチ
死亡疑惑で時津風親方解雇”の2つの不祥事でもめにもめていた事を考えるとしらじらしい。
 わたしも長い間、九重部屋(元横綱千代の富士)の後援会にかかわっていたので、内側の事情はある程度理解している。それにしても、相撲協会の自浄能力の欠如は甚だしい。トカゲのしっぽ切りで先代時津風親方をクビにしたことで「事足れり」と世間をなめているのではないか。事件としての愛知県警の立件はもちろんだが、文科省も財団法人としての協会への指導助言を今こそ怠ってはならない。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/10/31
底辺拡大を実感 スポーツ吹矢
 わたしは以前からスポーツとしての吹き矢競技の指導普及に当たっており、北浜にある自社の一角に練習場を開設、事務所を『社団法人日本スポーツ吹矢協会』(本部・東京、青柳清会長)の大阪支部として使用し、わたしは本部の理事を兼ね、大阪支部長を務めている。老若男女を問わず楽しめ、集中力と肺活量が必要で健康スポーツとしても広く認知され、わたしの所の練習場にも毎日30人前後は通ってこられる。競技距離は6,8,10メートルがあり、個人と団体に分かれて楽しめる。関西でも最近ほ競技人口が増えて、練習場所確保に苦労するようになった。その分、競技会も年々増えている。
 先週の21日に協会主催の「第15回スポーツ吹矢フェスティバル」(ダイセイコー後援、コジマ、日本リカー、ミヒロエ業、扶桑社、マツキ、吹矢の宿ほっと協賛)が、東京のJR京葉線新木場駅に近い「夢の島」にあるbumb東京スポーツ館で開かれ、わたしも出席してきた。 
 個人戦に参加の選手だけでメーンアリーナいっぱいで軽く300人を超え、団体参加を入れるともっと人数ほ増えた。しかも、今回は小、中学生の参加も多く、底辺拡大の実感が十分に感じられた。それでも東日本が中心で、名古屋以西の西日本勢が加わる全国大会になるともっとすごいことになる。
 中でも、少年少女の上達ぶりは素晴らしく、特に千葉県市川市から参加の「市川っ子クラブ」の選手たちは、強豪ぞろいの大人に混じって、最後まで立派な戦いぷりだった。
 優勝者は男子6メートルが青池初男(桔梗沼田支部)、同8メートルが土屋俊男(日高支部)。女子は6メートル深田きよ子(湘南茅ヶ崎支部)、8メートル萬羽美和子(東京日野支部)。団体(6メートル5人制)はサザン5アローズB(森、高野、深田、杉山、川越)が制した。
 いただけなかったのは同スポーツ館の食堂だ。われわれ役員は、会場内で弁当が用意されていたので、昼食はそれを食べた。食後、館内レストランに役員同士休憩しようと出掛けた。ところが「昼食時はバイキング方式の食事のみ。喫茶だけの客は断っている」という。「しょうがないな」と思いながら、引き返そうとして中をヒョイとのぞくとレストラン内はガラガラだ。
 これなら、食事の客の迷惑になる心配はない。「空いているからいいでしょ」と受け付けで頼んだが、「決まりだから」の一点張り。「バイキングならコーヒーも飲めて630円ですよ」と言う。別に金が借しい訳ではないが、何だかバカバカしくなって入るのをやめた。都営にしても区営にしても、結局は客の立場にたったレストラン運営ができていない点は同じ。石原都政も、こんな細かい事までほあまり気にも留めていないのだろう。
 関西でも11月10日にエル大阪6階で吹き矢の秋季大会が開かれる。京阪神を中心に西日本から約200人が参加予定だ。昨年までは普及を目的として、当日の飛び入り参加も認めていたが、競技人口が増え、必ず事前登録して対戦組み合わせを厳守することになった。と、言っても春季大会のように全国大会の予選を兼ねている訳ではないので、気楽に吹き矢を楽しんでもらい、全員に参加賞が当たる。希望者はわたしの事務所内の大阪支部06(6942)3667に連絡を取ってほしい。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/10/24
ペナント奪回へ手厳しい補強も
 両リーグのクライマックスシリーズも終わり、後は日本シリーズ決戦を.残すのみになった。プロ野球史上始めて、セ・パ両方でプレーオフを実施したが営業的には成功だった。結局は、1,2位でペナントレースを通過したチームに対し、ボーナスのような形で主催試合が降ってわく。
 首位チームのフロントにしてみれば、勝っで日本シリーズに出られればよいが、今年の巨人のように、中日に“トンビに油揚げをさらわれた”格好になると、損失は大きい。それ以上に、ペナントレース優勝で、盛大にシャンパンやビールを掛け合った祝賀会は「何だったのか」ということになる。書類上は、優勝チームとしての記録は残るが、印象としてほ極めて希薄で、原監督の言うように「誇りを持って来季に」という気分には選手もファンもなれまい。長いペナントレースに競り負けても、プレーオフさえ勝てばよいことになり、終盤の興味は著しく削がれることになる。
 星野仙一阪神タイガース球団オーナー付きシニアディレクター(SD)が、来夏の北京五輸野球競技出場を目指す日本代表チームの監督に就任して、わたしは極力タイガースヘの批判や苦言を控えてきた。星野SDは今もタイガースフロントの一員であり、同時に日本のために多くの候補選手を抱えて既に戦っている。長い付き合いのわたしの言動で「SDに迷惑が掛かることがあっては」との配慮もあった。
 しかし、この時期はセ・リーグとしては最初で最後のペナントレースの全結果を振り返る事ができる貴重な期間だ。お許しを頂いて、今回はダイガースの話題に触れることにしよう。
 われらの星野仙一がタイガースを率いた1年目を思い出してほしい。前年まで万年最下位チームが大いに暴れ回り、関西に虎フィーバーを巻き起こしたが、最終的にはBクラスに終わった。その年のオフ、星野監督が打った手は徹底的な血の入れ替えだった。沈滞していた二軍選手の大半を切って、FAで金本と下柳を取った。実績のある選手も容赦せずに放出した。その時、星野監督は「クビになっても、他球団が拾わない選手がファームにゴロゴロしていた。そんな連中が勝利に役立つはずがない」と手厳しかった。
 その結果、チームはすっかり生まれ変わった。翌年のリーグ制覇は記憶に新しい。その年の秋にユニホームを脱いだ星野監督に代わって、就任した岡田監督は前任者の遺産で食いつなぐドラ息子に見える。例えば、今季は開幕前から先発投手の頭数が足りない事ははっきりしていた。それが、シーズンの戦いを通じても一向に改善されず、ファームからの孝行も出てこなかった。SDもフロントの一員として「期待しとった岩田や辻本は何をしとるんや?」といらだちを隠さない。
 チャンスがあるのにそれを生かせない選手など居ないに等しい。今の宮崎オーナー、南球団社長、沼沢常務に黒田編成部長の組み合わせは、考えうる最高の組み合わせだ。なのに、若手の実績が上がらないのは編成部スカウトの責任か、入団してからのコーチの力不足なのか。高卒選手にしても、阪神は地元関酉出身のダルビッシュや田中将大をドラフト指名しようと思えばできた立場だった。それをパスして取った選手がさっぱり育っていないのだから恥ずかしい。
 野手に関しては、退団するシーツにさえ「長打力のある外国人打者を取るべきだ」と言われる始末だから、外部から補強するしかあるまい。バリバリ働かなければならない年齢の今岡や浜中があの調子ではどうしようもない。金本、矢野、下柳の39歳トリオは、来年ほ40歳になる。桧山もその1年下だ。彼らの存在感は大きいが、プロなんだから彼らを押しのけて台頭する若手が出ないようでは、到底ペナントの奪回などできない。
 何より、岡田監督には「打線がなあ」とか「先発が頼りない」とかファンでも分かるようなぼやき発言はいいかげんにしてほしい。それを何とかするのが監督の仕事で、みんなが期待通り働いたら監督なんていらない。阪神と巨人は常に優勝を争う戦いを義務付けられている。今のフロント首脳陣が、井川放出でもうけた金庫の金を出し借しむとも思えない。要はフロントとして生きた金を使うための調査と研究をしっかりやってもらわないといけない。
 一昨年のリーグ優勝も日本シリーズでば4連敗し、岡田監督の功績は水泡に帰した。その後、2位から3位とじり貧の同監督の戦いぶりを考えると、来年は背水の陣となる。優勝しなければ即退陣の危険性は高い。平田二軍監督をはじめ、復帰した木戸克彦氏ら次期監督候補はチーム内にいくらでもいる。
 本拠地甲子園球場は、既に改装工事が本格化している。基本的な構造は変えず、観客席の取り替えやグラウンド内ファールゾーンを狭くしたりの部分工事が進んでいる。来春の試合でわたしが球場に行くころには、記者席の位置も変わっているそうだ。新しい施設にふさわしい、しっかりと野球を見れるスポーツ新聞のトラ番記者がもう少し増えてほしい。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/09/26
脇役と采配がカギ
接戦を続けるセ・リーグのペナントレース優勝争い。この後に日本シリーズ出場権を懸けたプレーオフのクライマックスシリーズがあるので、通常のシーズンほどの緊迫感はないが、上位3チームの中で、わたしは巨人の谷佳知外野手に注目している。オリックスの生え抜き選手で、体は小さいがしぶとい打撃と堅い守備でベストナインやゴールデングラブの常連だ。東大阪の出身で、大学もサラリーマンもそしてプロでも関西で過ごしたが、残念ながら一般的には「ヤワラちゃんのおムコさん」くらいの認知度しかない。
 そのヤワラちゃんこと谷亮子選手がブラジル・リオで行われていた世界柔遵で出産後初の金メダルを取った。野球の谷には移動の新幹線に携帯電話で直接報告があったそうで、「家庭と柔遵を両立させ、すごいですね。これを弾みに北京五輸でも金メダルを取ってほしい」とコメント。その夜の阪神戦ではお祝いのアーチを甲子園にかけて、存在感を示した。
 今年の巨人打線は、この谷と4番・小笠原が加わって変わった。一言で言えば勝負強くなった。谷自身ほ性格的にそう明るい方ではないようだ。普段、野球の話をしていて愛妻の話を持ち出されるのを極端に嫌がると問く。そういう意味では、マスコミの注目度の高いジャイアンツ向きの選手ではない。しかし、実績はレギュラー中の最高打率を誇り、申し分ない。原監督の気まぐれ采配(さいはい)で、そんな。谷を使ったり外したりすることだけが唯一の心配だ。ずっと使えば、黙って結果を出す。こういう選手こそチームは大切にしなければならない。
 北京五輪野球競技の星野仙一日本代表監督は「脇役がキチンと仕事をこなすチームが最後は笑う」と常々言っている。谷を脇役と言っては失礼だが、高橋由や阿部のような巨人生え抜きとは立場が違う。阪神も、投手では渡辺、ダーウィン、江草、橋本健ら脇役が本当によく頑張っている。
 それでも、最後の勝敗の行方を決めるのは、指揮官の力だ。岡田監督も嫌いだったバントを多用し、必死に点を取りにいく野球を繰り広げている。先発投手は頼りないが、JFKの登板まで持ち込めば勝てるのだから、何としても先取点が欲しかろう。パターン化したこんな采配でも、ここまで来たら選手やコーチに対し、監督からのはらわたに染みわたる生きた言葉によるしった激励が必要だ。そういう言葉を岡田監督がキチンと操っているのかどうかが気に掛かる。
 25日に福田新内閣が発足し、空転していた国会はようやく再開される。結局、戦後生まれ初の総理大臣と言われた安倍さんは実質丸1年持たなかった。参院選の大敗北で早晩この日が来る事は予想されていた。それを安倍さんは無理やり続投し、針のむしろの臨時国会で所信表明演説をしてそのまま辞意表明という訳の分からない幕切れになった。
 わたしは安倍さんに期待していた一人なので、随分がっかりした。小泉さんに後継指名され、改革を引き継いだはずなのに、本人ほ「美しい国」と「戦後レジームからの脱却」という極端な保守回帰を掲げ、むしろ戦争を知る年配者から不信の目で見られたのが響いた。若さゆえの“お友達重用”でも墓穴を掘った。結局安倍さんには、小泉元首相の飯島秘書官のような徹底的に滅私奉公する部下がおらず、親身になって相談する相手もいなかったことになる。
 今度の福田政権は、自民党の“先祖返り”とも言える派閥政治が復活し、最後の断末魔のように見える。いっそ下野した方がよほどすっきりするのに、もともと同床異夢の連中ばかりの議員に向かって「全員参加の政治を」と訴えてもむなしいだけだ。総裁選だって、会場では「政治と金」で職を辞した赤城、遠藤の新旧農水が映っていたが、憎らしいほどサバサバした表情だった。「これでオレの賛任はチャラだ」とでも思っていたのだろうか?こんな連中が、解散総選挙になれば自民党の公認候補になるのだから、たまらない。「有権者をなめるな」と声を大にして言いたい。
 小泉−竹中のアメリカかぶれ構造改革で台頭したのは、「規制緩和」を逆手に取って利権を握り、大もうけした堀江貴文、村上世彰、宮内義彦ら一部の金持ちばかりだ。改革の本丸である日本郵政会杜の初代社長になった西川善文・元三井住友銀行頭取は、兼務していたすべての企業の役職を辞し、退路を断って新会社のために命を懸けているのに比べると誠に情けない。
 こうなったら、負けると分かっていても愚直に総裁選を戦い抜いた麻生前幹事長に期待するしかない。安倍さんも「退陣の麻生黒幕説」を記者会見でキッパリと否定している。ポスト小泉を争った自民党の「麻垣康三」の4人は、全員が二、三世で「家業が政治」の人ばかり。それだけあの党には人材がもういない。麻生さんは吉田茂の孫で三世政治家だ。それにしても、そのずぷとさと毛並みの良さが同居した一風変わった性格が、自民党最後の期待の星とは。(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/08/29
世界レベルは日進月歩
 星野仙一日本代表監督が中に舞った。23日の中国北京・五☆松球場(☆は木偏に果)。五輪テスト大会で予選リーグ、決勝トーナメントの計5試合を全勝し、プロの若手と大学生で組織されたメンバーから胴上げされた。「3度では物足らん。オレの体重を支えられんようじゃ、アイツにもっとウエートさせなアカンな」と僧まれ口を利いたが、胴上げされる顔は写真で見るようにクシャクシャだった。映像を見たわたしの方がうれしくて、涙が出そうになった。
 実際の星野ジャパンの北京への道のりはまだ遠い。12月1日から台湾でのアジア予選は日本、韓国、台湾にアジア代表の計4チーム総当たりで出場枠は一つ。それに漏れると、来年3月に再び台湾で世界最終予選が8カ国参加で行われ、出場枠三つ。今回のテスト大会で分かったように、開催国の中国は相当力を付けているし、戦前は格下と見られていたフランスやチェコにも延長の末の辛勝で、世界レベルは日進月歩だ。アジア予選も世界最終予選も決して甘くない。それを星野監督自身があらためて実感したことだろう。
 大会前半は、わたしも北京に同行していたので星野監督の気配りを嫌というほど見せてもらった。五輪組織委が用意したホテルの食事は中国料理バイキングで、選手はすぐに飽きてしまった。
 星野監督はすぐに全員を日本料理店に連れて行き、どんぶりやすしなど好きな物を食べさせた。「遠慮したらアカンぞ、好きな物を好きなだけ食べろ」と目を細めていた。もちろんすべて自腹だ。
 中国の食料事情を考慮して監督は「水だけは日本から持って行く」と決めた。猛暑のグラウンドで、補給水は欠かせない。優勝が決まった後の食事会の会場は、わたしが探しておいた北京ダックの店にした。ただし超一流店だから高い。日本でもちょっとした食事なら1人1万円は掛かる。北京では日本円でもその倍は覚悟した方がいい。その代わり食材は絶対に安心だ。万一を考えての監督らしい配慮で、これも自腹だ。JOCはテスト大会に関し、滞在環境の面で中国に任せっ放しの印象だった。商標権などお金のことになると熱心だが、まず選手や指導者にベストコンディションで試合に臨めるようにするのが先ではないのか。
 帰国直前に監督から電話が入った。「関西空港に着いても、虎仙会女性部の方たちの花束はいらんで。団体行動やからオレだけはまずい」と細かい指示を出し、予定通り空港職員からの花束だけにしてもらった。星野ジャパン首脳陣に対するチェックも忘れていない。監督を合め、3コーチとも現場を長く離れていたので、自身の勝負勘に対するリハビリも兼ねていた。それぞれが練習、試合、そして生活指導で全力を尽くした。それでも「大会中にグラウンドで喜怒哀楽を出したらアカン」と、選手のサイン見落としに対し三塁コーチャーズボックスでオーバーアクションした山本コーチに対し、さりげなく苦言を呈した。星野仙一の天才的指揮能力の回復ぶりは目を見張るばかりだ。
 大阪では、今、世界陸上が行われている。大阪市内で電車に乗っていても、関係者とおぼしき証票を首からぶら下げた外国人の一行をよく目にする。25日の開会式には天皇皇后両陛下のご臨席があった。ところが、入場行進する各国選手団は代表役員とおぼしき連中ばかりで極めて少人数。スタンドもガラガラで、寂しく行進する国旗ばかりが目立ち「これでは両陛下に失礼だ」と腹立たしくなった。両陛下はさらに翌26日にも長居の競技会場に再来場され、まばらな観客に驚きをもって出迎えられている。通常ならお休みになる時間帯だ。まったく組織委は何を考えているのか。お粗末極まりない対応だと思う。
 テスト大会と世界陸上、まったく異質に見えて競技団体自身の抱えている体質は同一根。自分たちの金もうけや理屈はしっかりしているが、VIPから出場選手まで、本来大会の主役とならなければならない人々への対応がなっていない。広告代理店任せのビジネス優先主義だからこういう事になる。わたしはあらためて「両陛下お疲れさまでしたしと頭が下がった。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/08/22
五輪へ“戦闘モード”
 1カ月にわたる休載でご迷惑を掛けたが、元気に北京から戻ってきた。野球の北京五輪テスト大会に出場している星野仙一監督率いる日本代表チームとともに中国入り、わたしは仕事の関係で初戦のあった18日に一足先に帰国した。日本代表は今も40度を越える灼熱(しゃくねつ)の北京・五★松球場で戦っているが、(★は木偏に果)わたしはタイガースの公式戦が行われている京セラドーム大阪へ。こちらは室内なので空調が効いて25度。この落差は大きく、思わず星野監督ら還暦を迎えた日本代表首脳陣に同情してしまった。
 日本代表と同じ便で北京入りした。首脳陣は淡い白系でそろえたブレザーに帽子、白い靴と粋なスタイル。選手の方は青いポロシャツで統一されている。「やる限りは勝ってくるで」といつもの星野節だ。神戸での合宿を通じて、首脳陣4人はすっかり戦闘モードになった。
 日本航空だったが、星野監督らのいるビジネスクラスヘの変更も空席があるのに断られ、妻と2人で慣れぬエコノミークラスできゅうくつな思いをした。日航は経営危機を言われながら“親方日の丸”体質が抜け切れず、こういう時の対応が鈍くていつも不快な思いをさせられる。若い客室乗務員は手際も悪いし気配りも足りない。人手不足でカムバックした再雇用組の中年スタッフの方がよほどサービス業のあり方を理解している。この会社の再建は相当険しい。
 今年西武ライオンズに入団した中国人選手の朱大衛投手(中部第一高)と合流し、日本代表チームの首脳陣に紹介した。彼は日本の高校を出てプロ入りし、投打とも将来性十分の評価を受けている。上海体育局幹部から「来年の北京五輸は無理でも、再来年の中国国体に帰国させてほしい」との要請をわたしが仲介して受けている。聞けば両親は既に上海に帰国していて、本人も「決まればそこで野球をする」と憲欲的だ。旧知の大野豊コーチが星野監督に引き合わせた。「(しっかりと)やったら、西武は出しにくいし中国も欲しい。やらんかったら、どっちもいらんしな」と監督も苦笑していた。西武球団とは既に交渉に入っており、帰国してから上海体育局幹部にこれまでの経過報告をする。
 16、17日は現地の公式練習で、わたしも見に行った。普段タイガースの公式戦を取材観戦しているので、バスケットボール出身のわたしも多少はプロ野球のレベルが分かるようになった。「あの選手はエェなあ」と星野監督に声を掛けたら、「アレは一番あかんナ」と笑われてしまった。プロの二軍と大学野球の主力の組み合わせは、表面的には悪くないが、首脳陣に言わせると「連戦を勝ち抜いてきた甲子園の優勝校の方が強いかも知れん」というほど実戦か
ら遠ざかっているようだ。
 初戦の18日のチェコ戦は薄暮の時問帯で行われた。わたしが朝、日本代表のホテルロビーに行くと既に監督以下コーチ陣が集合している。「チェコが野球をやっていることも知らんかった」という監督は練習から見に行くという。わたしはこの日帰国するために、あいさつに立ち寄ったのだが、せっかくだから球場まで同行することにした。
 「まあ、観客も少ないからどこででも見られるだろう」と甘く考えていたが、現地の球場に着いて驚いた。「チケットは全部売り切れ」という。五輪委がテスト大会を盛り上げるために大量動員したのだろう。わたしは「懇意の中国五輪委員会幹部に頼んでおけばよかった」と内心後悔した。関係者入口から星野監督らと一緒に入ろうとしたが、関係者の証票がないと一切応じてくれない。監督らの指示で、接客担当のボランティア現地学生がチケットを探して走り回ってくれたが、ダメだった。監督らに迷惑を掛けられないので「何とかするから、先に行って」と断ってそこで別れた。
 「ダフ屋でもいないか?」と探したが、ここは中国。結局、球場内に入れず帰国時間が来てしまった。中国は得意の人海戦術で立派に五輪本番は接遇関係は成功するだろう。ただし、大気汚染と交通渋滞は半端ではない。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/06/20
星野監督、もう戦闘モード

 2008北京五輸野球競技でアジア代表を目指す日本代表チームの星野仙一監督は、相変わらず忙しくプロ野球中継解説などで全国を飛び回っている。その合間を縫って、野球に関するイベントには本当に小まめに顔を出す。野球解説ではアナウンサーが、プレーしている選手に関して必ず「代表チームに選出したいですか?」という意味の質問をしてくるから、慎重に言葉を選んでいるし、韓国や台湾とのチーム力や作戦面の比較対照については、きっぱりと「答えられないナ」と拒否していた。彼の性格を知るわたしは「もう戦闘モードに入っているな」とテレビの前で思わず苦笑してしまう。
 シニアディレクターを務める阪神タイガースについても、星野監督は「今年からプレーオフが導入されたのだから、首位争いをする巨人や中日とのゲーム差や戦力差などどうでもいい。横浜、広島と比べれば十分3位には入れるはず。今はそれを目標にして戦うべき」と提言している。わたしはある意味で現状に対する痛烈な皮肉と取った。
 開幕前に「セ・リーグ3強」と言われたタイガースの体たらくに目をつむり「プレーオフ出場を目指せ」と言わなければならないふがいなさ、情けなさを一番感じているのは、監督自身だろう。それを直接言えないから、こういう表現にならざるを得ない。もっとも、監督にとって今最も大事なのは、目前の北京五輸会場でのテストマッチに向けた合宿だから、阪神の順位の事など腹立たしいだけで大して気にもしていないと思う。
 わたしはタイガースの成績に相変わらず一喜一憂しているが、気になるのは岡田監督とコーチ陣の意思疎通を欠いている場面が多々あることだ。そこで気になる人物は、球団スカウトをしている往年の阪急ブレーブスの名投手、山口高志さんだ。関大から松下電器を経てプロ入り。選手として活躍した期間は短かったが、豪速球の印象は強烈だった。故障に泣いた経験から、早くから体幹トレーニングの大切さに着目、オリックス、阪神の両球団で投手コーチとして活躍、中国球界でも指導者として高い評価を受けている。黒田正宏球団編成部長はこういう人材をぜひ活用してチーム活性化を図ってほしい。
 今月17日でラグビー元日本代表監督の宿沢広朗三井住友銀行専務が旅先で急死され、早いもので1周忌になる。当時、阪急電鉄による阪神電鉄の吸収合併劇が集束を迎え、2人で「この歴史はぜひ本にして残しておこう」と話し合っていた矢先だった。仕掛けた村上ファンドの村上世彰氏も既に没落し、被告人となっている。今となって考えると、当時の阪神電鉄役員の危機管理能力の欠如が「関西五大私鉄」の雄を、むざむざと消滅させた気がする。
 わたしはタイガースの将来を考え、それより前に球団オーナーの久万俊二郎電鉄相談役排斥を訴えてきただけに、「もし久万さんがあの時に阪神電鉄に残っていたら、果たしてどういう手を打っただろうか?」と考えると胸中複雑なものがある。
 かつてわたしたち。と一緒に大阪星野仙一後援会「虎仙会」をもり立ててくださった阪神百貨店の三枝輝行会長も既に相談役に、また東京支部の土居英保京王百貨店専務も京王運輸社長にそれぞれ退かれた。東西の百貨店業界にあって、三枝会長は同社中興の祖といえるし、土居専務は優れたアイデアマンで創立40周年を見事に仕切られ、今では全国で当たり前になったタイガースグッズの東京での販売を最初に手掛けられたのもこいの人だ。お2人の功績は枚挙にいとまがない、わたし自身がスーパー「ダイエー」の役員をしていたので、流通業界の難しさと面白さを分かっているだけに、この2人だけはまだまだ業界の第一線で活躍してほしかった。
 先日ある大学から、わたしに「流通業界の歴史と再編、将来を考える授業を担当してほしい」との依頼があったが、丁重にお断りした。確かに、日本の高度経済成長と密接に関係する流通経済史は大変面白いテーマではあるが、何も70歳を過ぎたわたしでなくても、スーパー「ダイエー」の政変で役員を降りた優秀な人材がたくさんいる。その元祖で「ダイエー」創業オーナーであった中内功さんは豊宮な経験を基に理論で武装した得難い人材だった。そばにいた時より、中内さんの理論と実践の是非は今の方がよく分かる。中内さんに育てられた人材は、アイデアと行動が一致した優秀な人が多かった。
 「コムスン」と「NOVA」が、急成長した事業拡大に必要な人材確保が追い付かず、むちゃなワンマン経営による独断専行で行政から厳しい処分を受けたが、中内さんに育てられたダイエー出身者がいればこうしたトラブルも未然に防ぐことができたろうに。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/06/13
商業主義まん延
 8月18日から開幕する北京五輪のプレ大会(最近はテストマッチというらしい)の野球チーム日本代表の第一次登録選手30人が発表された。
 大会は、中国、日本以外はフランス、チェコだけの参加という寂しいものだが、本番会場となる北京での試合で、日本代表首脳陣4人が初めて縦ジマの日本代表チームユニホームに袖を通して指揮を執る。
 今回は、プロは「1軍に上がる可能性のない選手」、アマ側は社会人が都市対抗野球、高校生は夏の甲子園と日程が重なり、大学生のみの選出。しかも連盟にゲタを預けて推薦制を取ったため「4年生のみ」という形になった。星野仙一監督に聞くと「オレは選出に関与していないよ。選手は全員まったく知らん。合宿で合うのが楽しみや」と話していた。8月8日から1週間神戸市内で合宿を行い、30人から最終メンバー24人に絞り込む。この手順は、選手を厳しく競争させ、心身ともに戦いの場へ臨む構えを作らせる星野流のいつものやり方だ。
 今回は勝つのが目的ではない。相手も、こちらがそうであるように本番では大きく顔触れも変わるだろう。しかし、星野監督以下の首脳陣にとっては、実際にユニホームを着ての大事なテストマッチだ。「実際に五輸で使われる球場でプレーするのやから、雰囲気などわれわれも勉強になる。肌で感じる物が何かしらあるやろうな。持って帰りたい」という監督の言葉がそれを証明している。
 わたしは星野監督より一足早く8月15日に北京入りする。昨年、わたしが体調を崩して入院した際に、長年の友人で心配し見舞いに駆け付けてくれた于再清IOC(国際オリンピック委員会)常任委員と再会して、元気になった姿を見てもらうためだ。于常任委員はプレ五輪に合わせ訪中しているジャック・ロゲIOC会長を案内し、事前に中国内のあちこちを回っているはずだ。15日になれば北京に戻っておられるようだ。
 それにしても、11月の北京五輪野球競技アジア予選が開かれる台湾でのチケット手配が遅れていてやきもきしている。わたしたちの仲間だけでも150人程度が現地入りして日本代表チームを応援する予定だが、航空券の手配と合わせ、担当している台湾業者が「試合スケジュールが未定だから」とかの理由で、なかなか予約を確定してくれない。台湾内でのさまざまな観光予定も自分の所で操ってもうけたいのだろう。最近の中国本土での商業主義のまん延はうんざりするが、台湾では一足早く商業主義に毒されていて、これでは国際的な行事の開催地としての適格性を疑ってしまう。
 2002年サッカーワールドカップの日韓共催でも“入場券の横流し”などいろいろ不明朗な事を聞いた。商業主義の広がりで、中国でもこの手の危険性が指摘されており、中国共産党はこういう時こそ、規律ある党の特色を生かし、入場券だけでなくホテルやタクシーなどの便乗値上げを取り締まってほしい。
 先週書いた西武球団所属の中国人選手、朱大衛投手(一九)の2009年中国国体出場の交渉はどうやら今週中に球団側と話し合いを持てそうだ。中国国内では、2008年北京五輪、2010年上海万博の間に行われる国体が非常に重要視されている。朱投手の生まれ故郷である上海市の体育委員会としては、どうしても朱投手に同市のためにマウンドに立ってもらいたい。
 実際問題として、高卒ルーキーの今年はともかく、再来年の話では西武球団としても「返事のしようがない」と言うのが実情だろう。2009年には順調にいけばプロ3年目となる朱投手が、1軍のマウンドでバリバリ投げている可能性もある。「(大会には)行かせてあげたいけど、ずっと2軍というのも彼のためにはマイナスだしね」と球団側がためらうのも無理はない。理想は朱投手が日本のプロでしっかり基礎を身に着け、上海球団に凱旋(がいせん)してくれることで、彼には中国でも有名に有ってほしい。将来的には、日米だけでなく韓国、台湾球界へのルールと同じように中国とも一定の選手獲得のルールが必要になってくるだろう。
 最後にタイガースである。一部には「星野監督は、今もタイガースのオーナー付きシニア・ディレクターなのだから、岡田阪神の低迷に手を差し伸べ、チーム再建へ自ら動くべきではないか」という声もあると聞く。しかし、今の星野仙一は原籍こそ阪神タイガースに留めているが、五輸出場を狙う日本代表チーム監督であり、北京の空に日の丸を翻すのが最大の仕事だ。シーズン中のチームヘのてこ入れはフロントの仕事であり、星野監督は要請があればいくらでもアドバイスするし、持論も披露するだろう。その判断をするのはフロントだが、彼らも今の星野監督が置かれた立場は痛いほど分かっているので、決してそうしたことを耳に入れないと思う。
 既に宮崎オーナーをはじめ球団幹部は「緊急補強はしない」と明言している。それを岡田監督がどう受け止めチームを一つにまとめていくのか。その手腕こそが今こそ間われている。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/06/06
トラ現状打破へ水面下でプラン
 2週続けて、この欄で5月18日の「虎仙会」年次総会とパーティーの様子を皆さんに報告した。翌19日の「関西復権フォーラム」は本紙28日付の1ページ特集でたっぷりとご覧いただけたことと思う。
 開催に際しては、後援団体としてコーディネーターをしていただいた森本靖一郎関西大学理事長の所属されている組織で、学内外で教育活動支援を繰り広げておられる「関西大学千寿会」と、星野仙一2008北京五輪野球競技日本代表監督がイメージキャラクターをされている健康産業会社「セレクション」の前田セツ子副社長に大変お世話になった。
 森本理事長は見事な仕切りで、経済界トップの西川善文日本郵政会社社長、スポーツ界トップの星野仙一、ファッション界トップデザイナー、コシノヒロコの3人の持ち味を出し切っていただいた。それは取りも直さず、学校経営のトップリーダーであることの証明でもある。昔から関西の私大は「関関同立」と言われて切礒琢磨(せっさたくま)してきたが、森本理事長の出現で関大が一歩リードした感がある。詳細は問もなく完成するDVDでご覧いただけるが、この4人が岡山の星野監督を合め、全員が関西圏出身であることを見ても、地域の潜在力は相当なものだ。
 わたしも会場にずっといたが、1000人近い聴衆の反応の良さは出てくる人々の表情をみれば分かった。「こんなメンバーは虎仙会でないとそろわない」「大物の夢を直接聞くだけでも値打ちがあった」「1人でも2時間の講演をこなされるビッグな方ばかり。濃い内容で感激した」「虎仙会で毎年こうした講演会を開いてほしい」などの評価の声が相次いだ。
 最初と最後に登場した司会の虎仙会副幹事長の唐渡吉則さん(MBSラジオパーソナリティー)の気の利いたコメントは短い中にも説得力があった。表情映像でカバーできるテレビタレントと違い、瞬問的に言葉を発するラジオ育ちの方の対応力のすごさを見た思いがした。これまでは「ミスタートラ」として阪神タイガースにかかわる部分での活躍が中心だった唐渡さんも、「OH!演歌」や「まいどOH!きに」などのトーク番組で次第に出番が増えるのも当然だろう。
 さて、その星野監督だ。わたしも時々甲子園の記者席に行くが、監督もテレビ解説の仕事などで球場に足を運ぶ機会は相変わらず多い。しかし、最近は2人とも記者に対するコメントは慎重に言葉を選ぶように気を付けている。星野監督が就任した2001年以降、阪神はBクラスベったりなどというふがいない成績だったことはなく、ファンもマスコミもすっかり「強い阪神」に慣れてしまった。
 ところが最近のチーム状況は低迷したままで、岡田監督は再三にわたって試合後の記者会見を拒否。マスコミとの間で、ベンチとのすきま風が目立ってきた。こういう状態の時に、星野監督やわたしがうっかり本音を口にすると、回り回って「星野やその側近が、岡田監督についにダメ出し」などと書かれてしまう。星野監督自身は「五輸予選で頭の中はいっぱい」としか答えないが、チームのオーナー付きシニアディレクターとして水面下では現状打破のためにいろいろとプランを練っている。ただし、これはここで途中課程を披露できるような話ではないし、言うべきでもなかろう。
 わたしがもう一つ頭を痛めているのは、西武球団の朱大衛投手(一八)の中国本国でのプレー問題だ。わたしは中国側の国際五輸委員と親交があり「朱投手が将来、中国に戻ってプレーする可能性」について調査の依頼を受けている。上海生まれの朱投手は小学5年の時に母親と一緒に来日。愛知・中部大第二局を卒業し、今年の高校生ドラフト3位で日本でプロ入りした。中国側としては来年の北京五輸をはじめ再来年の全国体育大会への出場を希望している。西武球団は例の裏金問題で揺れていたため、しばらく静観していたがそろそろ交渉を再開できそうだ。
 最後は大阪・ミナミの西道頓堀にあるニュージャパン観光経営の「スパサウナ」について書いておく。以前、7階のトイレに洗浄器付き便座がないことをこの欄で紹介した。先日昼過ぎに訪れ、まずトイレに入った。個室は洗浄器付き便座に替わり、トイレ自体の壁も磨かれてきれいになっていた。全体に明るくなった印象で好感が持てた。
 マッサージ担当の女性従業員に聞いてみた。創業が戦前にさかのぼる同社のレジャー産業進出は相当に古い。中野一族で経営を順次引き継ぎ、今日に至っているそうだ。「現在は先代の息子さんが経営されている。若くて積極的な方ですよ」とのこと。顧客満足度を計るためにお客さんに記入してもらう「採点表」もなかなかよくできている。企業はある程度歴史ができると、ベテランが独善に陥りがちだ。若い社長は若い人を教育はできるが、自己流が身に着いたベテランを御していくのは難しい。こうした「採点表」はそれをカバーする手段として評価したい。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007/05/30
今度の「日本」も縦ジマ「しっかり戦う」
 大阪星野仙一後援会「虎仙会」の主催で「春季年次総会とディナーパーティー」を18日、翌19日に同じく「関西復権フォーラム」〜今、世の中が気にかかる〜を、大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで開催。いずれも盛況裏に終わりホッとしている。今年は
星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)の2008
北京五輪野球競技日本代表監督就任で、パーティー内容もJOCなどにうかがいを立て、フォーラムも28日付本紙で紹介のように監督ゆかりの方々が勢ぞろいして下さった。今回は、18日に星野監督、コーチ陣が一堂に会し、繰り広げた本音トークの内容を紹介する。
(エヌ・イー・オー代表取締役)
 
五輪野球日本代表、監督・コーチ陣一同に
本音トークさく裂(
虎仙会パーティ)
山本浩二守備走塁コーチ「前半戦の総括だけど、広島が対阪神戦8連勝には驚いたね」
星野仙一監督「わたしが監督のころは5点差くらいあってもひっくり返した。甲子園の雰囲気にカープがのまれてくれた」
大野豊投手コーチ「カープは昨年まで9年連続Bクラスですからね。阪神ナインにも、星野時代の“ネバー・ネバー・ネバー・サレンダー(絶対あきらめない)、精神”を思い出してほしいですよ」
田淵幸一ヘッド兼打撃コーチ「われわれもファンももっとタイガースを信用してやって下さいよ。昨年最後の追い上げを見たでしょ。心配のタネは、ベンチの岡田監督だけやね」
唐渡吉則MBSパーソナリティー「前半飛ばした横浜と巨人は?」
星野「大矢監督は選手を乗せるのがうまいね。まあ、監督が代わると選手はある程度頑張るものなんです。今年の巨人は足も使って攻めている。当面の相手は中日だけやろね」
唐渡「肝心の阪神はどうなんですか?」
星野「井川の穴は分かっていたから、ジャンとボーグルソン取ったんでしょ。大体、福原や安藤なんかに期待したらアカンのよ。もっと若いヤツが出てこんと、おい、責任者の平田(二軍監督)呼べよ!」
唐渡「打線ではシーツが今年は悪い」
星野「シーツは今巨人にいる内田が教えて打撃がよくなった。広島出身のコーチは熱心でいいね。その点、タイガースOBはアカン。他球団でコーチしてる人が少ないでしょ。それは選手の時にキチッとした野球が出来てないからや」
唐渡「それでも3位には入るでしょ」
星野「入らなきゃみっともないでしょ。でも、そんな根性やったら、Bクラスやな。大逆転してトップに立つつもりでやっとAクラス」
唐渡「交流戦のユニホームはコシノヒロコさんのデザインでエェやないですか」
星野「今年の普通のユニホームね。弱い時代のデザインに戻すなんて考えられないよ。フロントに言っときます」
唐渡「候補選手60人を選んだけどこれからが大変」
星野「秋のアジア予選ーカ月半くらい前に40人に絞る。けが人の交代要員もいるからね。3試合しかないから先発要員は3−5人で十分だし」
唐渡「新たに加わる選手もいる?」
星野「当然いるでしょ。最近球場に行ってもあいさつに来るヤツは多いしな」
唐渡「そろそろプレッシャーは?」
星野「まだないよ。ただし野球は投手がちょっといい投球をしたら簡単に点が入るもんじゃない。ナメたらアカンよ」
大野「前回のアテネ五輸は予選が日本開催で出場枠は2つ。今度は台湾開催で出場枠は1つ。口では“本大会で金メダル”と言っているが本音は予選で頭がいっぱいです」
唐渡「タイガースからたくさん選んで下さいよ」
星野「オレもそうしたいよ。でも現状では(藤川)球児ただ一人やな。ただし、球児もキューバや米国には通じない。久保田?あのクラスは12球団見渡したらゴロゴロしてる」
田淵「監督も選手知らんのよ。楽天見に行って、ローテに入ってる有銘捕まえて、野村監督に“打撃投手として貸して下さい”言うんやもん。ノムさんもびっくりしてたわ」
星野「パ・リーグ見てへんのやから、しゃあないやろ。それにしても、山本と田淵はものすごい緻蜜(ちみつ)に野球見てるな。監督経験あると苦労してるからなあ」
唐渡「大野さんは年下やし、監督経験ないし。こういう時は困りますね」
大野「むしろ3人が気を使ってくれます。これから本番が近づくと分からないですが」
唐渡「仲良しクラブとか言われてますけど」
星野「プライベートでは確かに仲がいい。しかし、プロに入ってからは随分やりあった」
唐渡「日の丸背負って勝った経験のあるのは大野さんだけ」
田淵「長い間3人で同じユニホームを着るのが夢だった」
山本「それで金メダル取れたら最高やね」
星野「当然やろ。われわれ3人は友情を飛び超えた仲間なんです。3人が本音でやり合って、調整役が大野。ユニホーム着たら本気になるやろうね。今度の日本チームも縦ジマです。しっかり戦ってきますよ」


2007年5月9日

マー君選出は親心

 2008年北京五輪野球競技日本代表チームの第1次候補選手60人が、星野仙一監督から7日、発表になった。「現時点での故障者は外し、出場可否がはっきりしない日本人大リーガーも除いた」との説明通り、大方が納得できる顔触れだった。
 最初の予選は11月で、これに優勝すれば文句なく北京大会出場が決まる。過去の五輪ではアジア出場枠は2で、日本、台湾、韓国の争いだった。今回は開催地枠で中国が先に出場が決まり、枠は1減。つまり日本以外の台湾、韓国で1チームとあっては油断は禁物だ。各国とも、大リーグで活躍する選手が帰国して予選を戦うようで、心配は増す。「せめて縁起を担いで」と、星野監督と会う時は、極力金色の物を身に着ける事にしている。
 今回の候補選手で特筆すべきは、楽天の高卒ルーキー、田中将大投手(駒大苫小牧)の選出だろう。本番までは紆余曲折があってさらに24人に稼り込まれるが、星野監督の「日本球界を将来しょって立つマーくんに、大舞台を経験させてやろう」という親心が見え隠れする。
 監督は全日本チームの編成に当たって「野球に感謝、日本に感謝や」とよく口にする。プロとかアマとかの問題ではなく、自らの祖国の国旗を背負って戦う事のできる喜びを『感謝』という言葉に託しているのだ。
 その五輪野球日本代表チームの首脳陣4人が勢ぞろいする「虎仙会総会」がいよいよ18日に迫った。例年の秋の納会がちょうど北京五輪の第1次予選と時期的に重なるため、開催のメドが立たない。という事は、今回の総会が事実上の“虎仙会としての壮行会”となる訳だ。以前のように監督一行も「パーティーの翌日はゴルフ」などと気楽な行動はできない。それどころか、4人が一度に集まる機会がなかなかないから、その足で4人全員がホテルに泊り込んでミーティングを予定する熱の入れようだ。
 それにしても不可解なのは「高校野球だけは特別な存在」言いたげな日本高校野球連盟の言動だ。かつて“アマチュア精神”を売り物にしていた近代五輪大会自体がとっくにプロを容認するように0なったのに、カビの生えたような「日本学生野球憲章」を振りかざして「野球部だけは特待生を認めない」と叫ぶ姿は異様としか言いようがない。問題にすべきは、有力選手の奪い合いのなれの果てとして横行するブローカーの存在だ。特待生自身が悪い訳では断じてない。この事をまずはっきりすべきだ。
 学業優秀者や絵画、音楽などの素質のある子どもが特待生として高校、大学に入るのは今も昔も当たり前。スポーツも例外ではなく、すべての競技が需要と供給の関係で制度化されている。わたし自身、バスケットボールの特待生として兵庫県尼崎市の公立中学から岡山県内の私立高にスカウトされ3年間寮生活を送った。大学は東西3校の私学から誘われたが、授業料免除で関西大に進学した。選手生活をまっとうし、引退してからはクラブのOB会や学校に対し、できるだけの支援を惜しまない。それがお世話になった母校と特待生の関係なのだ。
 今やまるで、特待生の高校野球部員は魔女狩りのように追い立てられ、校内で肩身の狭い思いを強いられ、中には突然授業料の納入を迫られたケースもあると聞く。三十代のサラリーマン家庭で子どもを遠い私学にやり、授業料や寮費を簡単に支払えるような親が果して何人いるだううか。今回の高野連の措置で、泣く泣く野球留学中の高校を去らなければならず、そのまま選手生活を断念するケースが出たら誰が責任を取るのか。
 高野連幹部は「地方大会初戦で消える2000余校の事を考えねばならぬ」と言うが、逆に野球というスポーツを真剣に高い所で取り組み続けている強豪校の指導者と選手は、高野連の考える以上にすべてを野球のために犠牲にし、競技のレベル向上を図っているのを忘れてはならない。河原の草野球のように四球とエラーばかりの甲子園大会を、誰が見に来て感動してくれるのか。ぜひその人たちに聞いてみたい。
 星野仙一は、野球というスポーツの存在そのものに感謝し、その恩返しとして北京のセンターポールに日の丸を掲げる事に文字通り命を懸けている。高野連も「高校野球は教育」と言うのなら、その証拠を見せてほしい。野球といえども、高校クラブ活動での1競技にすぎない。「自分たちは特別」と虚勢を張って、結局野球競技自体の衰退を招きかねない愚かな言動は、いいかげんにしてほしい。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007年5月2日

日本や球界の規則総点検を

 西武球団の有力選手獲得を巡る裏金拠出に端を発した問題は、その後横浜球団にも飛び火。さらに高校、大学、社会人の野球部にも燃え広がって、対象となった選手の退部や謹慎、開係者の処分、当該チームの活動自粛とジワジワと炎が広がっている。
 この件では、星野仙一2008北京五輪野球競技日本代表チーム監督は自身のホームページで「特待生制度は、きちんとした運用さえなされたら必要なもの」と断言している。「スポーツや芸術の分野で才能があり努力する者が、経済的に恵まれなくてもサポ一トされるのは大切。それなのにここへ来て野球をやる者だけがまるで犯罪であるかのように事件視されるのはなぜか」と問題提起している。
 これらの解決策として星野監督は「団体や組織がバラバラだから。“野球は一つ”として、日本球界が大同団結し、世間が納得できる制度をつくり上げることだ」と断じている。
 わたしもまったくその通りだと思う。高校でも大学でも、一種の一芸入試」は正規に制度化され、私学だけでなく公立でも認められている学校は多い。入学金や授業料の貸し付けもずっと以前からある制度だ。高校の場合、公立は学区があるが私学は昔から全国どこからでも進学は認められている。公立学区制にしても、最近の学校間格差の流れの中で「自由進学にして、学校同士を競わせよう」という地域も出てきたほどだ。
 それを日本高校野球連盟が包括する高校野球部だけを無理やり「学生野球憲章」に照らして管理し、違反者を処分しようというのが無茶な話なのだ。高野連の対策がいかにも小手先だけなのは、当該の学校や生徒に早めに申告させ、夏の選手権地方大会には出場できる時期に処分解除しようという思惑からも分かる。つまり、形だけを整えているのだ。星野監督が指摘しているように、他競技や芸術分野で認められている特待生制度を野球だけ認めないのは問違っている。そんな「学生野球憲章」こそ変更すべきなのに議論すらされない。
 昨夏の甲子園大会決勝で投げ合った駒大苫小牧高の田中将大投手。(東北楽天)は兵庫県伊丹市の出身だったし、対する早実高の斎藤佑樹投手(早大)も群馬県の出だ。どちらも親元から離れて高校野球の頂点を目指した。今は大リーグで活躍する松坂大輔投手(レッドソックス)も東京の少年野球チームで活躍し、多くの野球私学の争奪戦の末に横浜高に進学したことは有名だ。高野連は、過去のこうした事実を知りながら西武球団絡みで専大北上高(岩手)の当時のコーチが金品を受け取っていた事が発覚して急に襟を正しだしたのも妙な話だ。
 高野連が本当に高校野球を正常化したいのなら、まず高体連に加盟して教員による連盟運営に移行すべきだ。春と夏の甲子園での自主興行で資金的に独立採算できる立場をフルに利用し、固定化された一部連盟幹部による『高校野球は神聖にして犯すべからず』のような時代錯誤が感じられる。
 星野監督は「プロ、アマ、社会人、大学、高校、リトルリーグまで含めて日本の野球界の規則を総点検すべきだ」と指摘している。わたしはこの流れに、最もそぐわないのは高野連と頭の固い一部の大学野球連盟の幹部だと考えている。これだけスポーツが多様化する中で「球技の王者は野球」という時代はとっくに終わっている。サッカ一はプロの下部にあるユースチームが充実し、大学生でありながらサッカーは大学チームではなくユースのみで行っている選手もいる。
 わたしの孫は中学に入り、基礎体力を養うために陸上競技部に入った。将来はもっとメジャーな球技に進むかもしれないが、中学から小手先の技術に走っては逆に成長を阻むと考えたからだ。まだ体も成長過程にあり、こういう時期に関節や骨を傷めると将来取り返しがつかない。
 そう考えると、これから増える団塊の世代に対する中高年向けスポーツ施設も「健康スポーツ」という視点が欠けているケースが見受けられる。日本人は概して頑張り過ぎる国民性があり、趣味で始めたママさんバレーやパパさんソフトでも、ついつい真剣になって上手下手を基準に考えるようになり、やり過ぎて体を傷める事例が出てくる。星野監督がイメージキャラクターを務めている「セレクション」社のスポーツ施設「整骨院スターウイング」(大阪市淀川区木川西四丁目)はその点大変充実したメニューで感心させられる。筋力増強をはかったら、その後しっかり体をケアーして疲れを弱い部分に残さないようにするからだ。
 巨大施設でたくさんのマシンに囲まれてのトレーニングは若いアスリートに任せ、中高年の人々はコンビニ感覚で、通いやすい場所のちょっとした施設で、簡単に体を動かせばいい。わたしもかかわっている「日本スポーツ医学リ・バランス協会」もこうした方向性を持って活動を続けていきたい。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007年4月25日

迷った時は前に出ろ

 5月18日の大阪星野仙一後援会「虎仙会」総会とディナーパーティーが近づいてきた。わたしも「虎仙会」幹事長として準備に忙しい。本来は今年が2年ごとの役員改選期に当たり、組織強化のための若返りを目指し大幅な役員交代を計画していたが、そこに“2008北京五輸野球競技の日本代表監督に星野仙一”のビッグニュースが飛び込んだ。彼がプロ野球のユニホームを脱いで既に4年余り。「虎仙会」としてはこの重大事に「役員改選どころではない」という結論になり、急きょ来夏の五輸終了時期まで全役員の留任を基本合意し、会を挙げ日本代表チームを盛り立てていくことにした。
 その矢先の「虎仙会」総会だけに、当然ゲストは日本代表チームを支える田淵幸一、山本浩二、大野豊の3コーチしかいない。パーティーは言わば仲間内での壮行会というか激励会というべきか、そういう流れになりそうな雰囲気だった。
 ところが、いつもの司会進行役である「虎仙会」副幹事長の唐渡吉則・毎日放送パーソナリティーと何度も打ち合わせしたが、思いもかけぬ問題が続出して頭が痛い。
 それは.「五輪代表」に課せられたさまざまな規制のせいだ。そもそも「五輪代表チーム」を表す『星野ジャパン』という表記やロゴは全日本野球会議を窓口とした広告代理店が管理して勝手に使えない。五輪日本代表団の窓口であるJOCの規制も別にあって、許可なく「壮行会」や「激励会」も開けない。
 星野監督も相当それらに気を使っていて「パーティーの時に勝手に写真撮影会したらアカンらしい」「五輪代表監督、という表記入りのサイン色紙も問題みたいや」とさまざまな規制を持ち出してくる。わたしとしては、長年の付き合いのある会員対象のパーティーであれこれ余計な注文が付くのは釈然としないが、初めての経験だけに頭から反対もできず苦笑するしかない。
 先日、経済誌を読んでいたら「理想の上司ナンバー1星野仙一からのメッセージ」という見出しがあった。そういえば卒業新入のこの時期はいつもなら星野仙一の露出の多いシースンだが、今年は五輪監督就任の影響で減っている。雑誌の内容も、過去に出版された本からの抜粋で目新しさはなかった。いろいう書いてあったが、いつも監督が口にしている「迷った時は前に出ろ“やらずに後悔するよりも、とにかく、やってみろ」というフレーズが再び紹介されていた。
 今回の五輪監督就任は、本当にその通りの行動だと思う。よく考えてみると、五輪野球での日本の優勝は長い歴史で過去にたった1度しかない。それは「1回でも負ければ銀メダル以下」という試合方式のせいだ。WBCは予選本選を含め韓国に2度も敗れて、なお優勝している。そう考えると今や「何でも縁起を担いで金色」と自らに言い聞かせている星野監督が決意通り金メダルを握る可能性は、周囲が考えるほど簡単ではない。それでも星野仙一は前に出る。それは「攻めろ。攻めて失敗するのは、いくら失敗しても恥ずかしいことではない」という勝負師としての信念からである。
 最後に、星野監督の女婿である星野康三医師(三四)の話題を紹介しておきたい。同医師は星野監督の二女と結婚し星野姓を継いだが、三重県津市の総合病院「永井病院」の理事長の子息で、京大付属病院循環器内科に勤務していた心臓疾患の若き専門医だ。
 このほど永井病院に最新のデジタル機能によるX線血管造影装置「アンギオ」が導入され、心臓急患の全面的受け入れを始めた。同病院の内科は潮崎明洋部長を中心にもともと高い治療技術で定評があり、これに「アンギオ」と星野医師ら新鋭スタッフが加わった。画像モニターや心電図を見ながら年中無休に近い体制を敷いて高度治療を受け入れている。
 そういえば、星野監督がイメージキャラクターを務めている「セレクション」社(本社・大阪市)のスポーツ施設「スターウイング」もこのほど「整骨院スターウイング」として、大阪市淀川区木川西四丁目に新装オープンした。当初の筋肉強化だけでなく、全身バランスを重視し整骨部門に専門トレーナーが加わりさらに充実した。同社が開発した体幹バランス矯正機具「Vシャフト」は、これを使ってタイガースの矢野輝弘捕手が2005年に20本塁打したようにかなりの効果がある。
 星野監督が還暦を迎えても元気で活躍できる背景には、こうした病院や健康管理施設のしっかりとしたサポート体制が整っている事を忘れてはならない。
(エヌ・イー・オー代表取締役)


2007年4月18日

勇将の下に弱卒なし

 わたしが関西支部長を務める「日本スポーツ吹矢協会」(青柳清会長)が今月11日に社団法人として文科省から認可された。今後は公益法人として「健康な生きがい」を目指して社会貢献を担っていくことになる。日本体育協会への加盟や将来のレクリエーション大会、さらに国体などへの競技参加もこれから取り組んでいく。わたしと青柳会長は約10年前にルール作りから二人三脚で活動してきた。今では全国に支部は216カ所に増え、愛好者も約5万人に達した。
 法人化を記念し功労者表彰があった。関西からは園田和彦さんが功労者に選ばれ、土井健一さん(リップス)が矢の部分の開発改良で感謝状を受けた。彼らの努カは昔からよく分かっているので非常に喜ばしい。ただし、全体としては功労者や感謝状の基準が法人化後も余り明確化されていない。受賞者も本人だけの功労でなく「いろいろな方の協力で賞を受けた」との感謝の念を持たなくてはならないのに、その気持ちが薄い。協会としても、会員に対してもっと情報公開に務めなければならない。
 例えば、これまでは役員が会議で集まって資料を見せられ数字の説明を受けても、終了後は書類を回収され、一般会員には秘密扱いだった。今後は、上場企業のように公開を求められればすぐに応じられるような会計処理の透明化が求められる。
 吹き矢は腹筋を使うので、これから増える団塊の世代をはじめとする高齢者のスポーツとして向いている。子どもの時からキチンとルールを教えれば矢を使う事への事故も防げるし、危険性も減少する。20周年には競技人口を20万人まで持っていきたい。法人化を一つのきっかけにして、開かれた組織づくりをさらに押し進めなければならない。
 先日、テレビで「阪神−中日」戦を観戦していて気付いたが、両軍ともベンチにいる監督がパッとしない。星野仙一2008北京五輪野球競技日本代表チーム監督は、中日でも阪神でもベンチにいるだけで絵になった。普段あれほどの紳士がいったんユニホームに袖を通すと目がつり上がって形相が変わった。試合中の乱闘も真っ先に飛び出して行った。
 以前、そういう時の心境を聞いた事があるが「試合中の小競り合いは兄弟げんかのようなもの。お互い真剣にやっていたら、そんな時もあるやろ。次の日になったら、兄弟同士はケロッとしてる。今時はすぐに“ケンカはアカン、仲良うせい”と言うけど、プロが真剣にやってる姿をファンに見せるのも大事や」と笑いながら語っていた。
 しかし、今の落合、岡田両監督は大概無表情だ。よく見るとベンチにいるほかのコーチやスタッフも何となく緊張感のないのんびりした顔で座っている。星野監督なら、いすの背中をけり上げられるだろう。
 今年は秋に五輸アジア予選を控えているので、5月18日の大阪星野仙一後援会「虎仙会」総会も、監督を激励する一大壮行会になりそうだ。ゲストは五輪野球日本代表チームの田淵ヘッド兼打撃、山本守備兼走塁、大野投手の各コーチの勢ぞろいだ。監督は常々「わたしもそうだけど、五輸のコーチ陣は“この年まで真剣勝負の野球にかかわれる幸せ”を強く感じている。わたしもジョギングしているが、ブチや浩二も体を作ってますよ。目標があれば皆頑張れるんだよ。日の丸に感謝、野球に感謝やな」と話しておられた。公式戦中であろうが、故障のリスクがあろうが、名誉のために喜んで召集にはせ参じるような選手が結集することだろう。『勇将の下に弱卒なし』の例えもある。
 星野監督と言えば根性野球のような印象を持つ方も多いが、実際は野球技術についてはかなり合理的な発想をする。例えば、自らの部下でもあった米メジャーリーグのヤンキース入りした井川慶投手に対してもそうだ。再三のKO劇について「もともと彼はスビード、コントロールともに中途半端。日本では通用してもメジャーでは今のままではやられるよ。気持ちの持ち方や切り替えではなく、技術面に対しての考え方をもっとしっかりしないとダメだ。体の流れや腕の振りなどの調整をもっと自分で意識し制御しなければ」と厳しい。星野監督自身が、中学、高校、大学、そしてプロと野球技術の階段を上がるたびにカベに当たり、それを創憲工夫で.一つ一つ乗り越えて今日に至った人なので、井川の漫然たる態度に我慢ができなかったのだろう。
(エヌ・イー・オー代表取締役)