バックナンバー(旧・虎仙会便り)
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2009/5/13

虎仙会総会、来週開催

 来週火曜の19日に、大阪星野仙一後援会「虎仙会」の年次総会と春季ディナーパーティーが、いつもと同じ大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで行われる。
 まず平成20年度の総会だ。昨年の事業報告では、大いに盛り上がった星野ジャパンの北京五輪出場の壮行会を兼ねた7月の総会と激励会、北京五輪本番の観戦ツアー、秋のゴルフコンペと秋季ディナーパーティーの内容報告を行う。夏には星野仙一阪神タイガースオーナー付きシニアディレクター(SD)をはじめ、田淵幸一、山本浩二、大野豊のジャパンコーチ陣全員、そして秋には星野ジャパンの主軸だった矢野輝弘、新井貴浩両選手(阪神)がゲストに駆けつけてくれた。これらを含めた年度内事業の収支と監査報告を、それぞれ行っていただく。
 続いて、新年度の事業計画説明。この日行われる春季パーティーをはじめ、虎仙会で購入している阪神甲子園球場グリーンシート年間予約席の活用、さらに切符を別途手配しての観戦ツアーが5月後半の交流戦を含めて最終9月まで、現時点で計8試合を予定している。秋にはこれも恒例のゴルフコンペ、秋季パーティーと、虎仙会の流れはいささかもよどむことがない。
 ここまでが承認事項から報告事項。続いて、その他の項で2年ごとの役員改選を実施する。現在、トップにいただいている名誉会長の福井俊彦・日銀前総裁、会長の西川善文・日本郵政社長の名コンビをあえて崩す理由も特段見当たらないところから、現時点では一部役員の入れ替えはあっても基本的な顔ぶれは変わらない予定だ。わたしも引き続き、幹事長として活動を続ける。新役員と星野SDの恒例の記念集合写真撮影の後、会場を移してパーティーに入る。
 今年のゲストはSDの大親友の一人、田淵幸一さん。ここ数年、SDは日本代表チームの指揮で手いっぱいだった。もちろんタイガースSDとしての大切な仕事は続いているが、真弓新監督になり多少ニュアンスは変わってきて、岡田監督時代のように直接サポートする立場ではなくなった。
 そこで、今回は田淵さんと2人でじっくりと本音トークを繰り広げていただく予定だ。司会はこれも毎回恒例のMBS毎日放送・ミスタートラこと阪神タイガースの生き字引の唐渡吉則さんだから、事前打ち合わせすら必要なかろう。
 もちろん、パーティー途中にSDらが各テーブルを回っての記念写真撮影やチャリティーオークション、最後の六甲おろしまでいつものお楽しみが用意されている。虎仙会員や虎仙ファンクラブの皆さんから多くの参加申し込みを早々といただき、取りまとめの事務局としては、その変わらぬ友情とSDへの熱い支援に大いに感激している。
 わたし自身は現在病床にあるが、当日ははってでも会場に参じるつもりで、今から体調を徐々に整えている。


2009/5/6

勝負の世界は甘くない

 病床にあり、スタンドの歓声が聞こえるほどの距離に入院しているのに、慣れ親しんだ甲子園球場記者席に行けぬもどかしさを感じながら、タイガースの戦いぶりをテレビ観戦する日々だ。特に2日からの今季甲子園初の巨人戦は、星野仙一シニアディレクター(SD)もずっと球場で観戦していたので、病院を抜け出してぜひ駆け付けたかった。
 4日の巨人戦は久しぶりに溜飲(りゅういん)を下げた。翌朝の5日、病院の売店が開くのを待ちかねてスポーツ紙に目を通した。球団ワーストタイの対巨人戦11連敗を喫し、負ければ新記録だったそうだ。最後に勝ったのが昨年8月29日で、勝利投手はこの日と同じ下柳だった、とある。その後、巨人との直接対決で負け続けて昨季だけで7連敗。勝負事に「もし」は禁物だが、そのうち1勝でもしていたら、阪神は楽にリーグ優勝して岡田前監督は今季もあの表情でベンチで座っていただろう。
 唐渡さんが自身のコラム「ド・ドンと行こうぜタイガース」(本紙5日)で、「若手の台頭がない」と嘆いていたが、4日の試合を見ても下柳と金本の40歳コンビの活躍なくして勝利はなかった。企業でもそうだが、伸びる組織はあおられるように若手が活躍してベテランはおちおちしていられない。唐さんは「伸びよ、若手」というが、私にいわせると球団フロントが最初からベテランに「どうぞ、どうぞ」と定位置を用意して開幕を迎えた気がする。たとえば、外国人打者。昨年のフォード、今年のメンチと、どう見てもクリーンアップを打てそうもない中距離打者ばかり獲(と)っている。「今年は3番鳥谷、4番金本、5番新井で1シーズン行きますよ」と最初から決めてかかっている。すんなりそれで行けるほど、勝負の世界は甘くない。
 まったく逆の意味で“危機管理”ができていないのが、捕手部門だ。北京五輪代表だった矢野君がオフに右ひじのクリーニング手術をしたのは予定通り。ところがFAで去った野口の穴埋めがまったくといってよいほどできていない。「金本と矢野は、何とか間に合うだろう」という甘い見通しがあったのだろうが、結果的に狩野君1人では、失点部門でリーグワーストに陥っている。
 「矢野君も相当焦っているのではないか」と心配している。右ひじ手術から順調に回復していたが、春季キャンプ後のオープン戦時期に左ふくらはぎを痛め、ペースダウンした。開幕後、2軍で実戦復帰したが、先月15日の練習中に再び右ひじに痛みを覚えてリハビリに逆戻りした。狩野君は将来は確かに定位置をとる器だろうが、矢野君がベンチに居てアドバイスしながら経験を積み成長していかないとダメだ。矢野君は、技術的にも人格的にも優れているので、同世代の下柳や金本の活躍を横目にジッと試練に耐えていることだろう。タイガースもこの時期をジッと耐え、矢野君の復帰とともに反転攻勢に出るしか、今季の上がり目はなさそうだ。
 私が幹事長を務める大阪星野仙一後援会「虎仙会」の会長である西川善文・日本郵政社長が、与党自民党の思わぬ横やりに苦しんでおられる。一連の「かんぽの宿」問題で、鳩山総務相にネチネチと攻めらて国会で非難の矢面に立たされ、私はハラハラしていた。
 先月、ふと新聞を見ると西川社長が郵政社内で記者会見した際の写真が出ていた。目力がみなぎり、口元はやさしさをたたえていた。私はその写真を食い入るように見つめ、心からうれしかった。攻められ続けて疲れ果てているのではなく、正々堂々とそれを受けて立つ気力に満ちあふれていたからだ。
 いうまでもなく、郵政改革は小泉改革の本丸だった。あの時大勝した自民党衆院議員の任期満了が近づいた。それが時代は移り、世界不況下で政府は財政再建路線から赤字国債乱発に再びかじを切り、小泉さんが「抵抗勢力、守旧派」と見下した連中が、再び跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してきた。そのスケープゴートとして、いわれなき非難と罵詈(ばり)雑言のやり玉に挙げられた西川社長の心労は察して余りある。
 西川社長の反骨心あふれる気力充実ぶりを垣間見て、私も「病気などに負けてたまるか」と懸命に最後の力を振り絞る勇気をもらっている。


2009/4/29

電柱地中化を進めよう

 小池百合子元環境相が、毎週水曜に夕刊フジに連載している「私がやらねば」を愛読している。22日分には「平成の後藤新平を生み出したい」とあった。

 後藤は明治・大正・昭和を通して活躍した医師・官僚・政治家である。台湾総督府民政長官、満州鉄道初代総裁、逓信、内務、外務の各大臣を歴任した。NHKの前身の東京放送局初代総裁であり、拓殖大学学長も務めた偉人の一人だ。計画の大きさから「大風呂敷」との異名をもらったが、極めて有能な都市計画家だった。

 小池元大臣がいう後藤新平の偉業は、関東大震災を受けて首都復興のために国家予算1年分を要求して今の昭和通り、山手通り、靖国通りなどを建設し、現在の東京の幹線道路の基礎を築いたことだ。これを例に挙げて、今回の2009年度補正予算で電信柱の地中化促進が予算化されたことを評価している。「諸外国に比べ、電柱と電線の張り巡らされた日本の景観を、金融・経済との大震災を受けて電柱地中化が実現し、代わって並木道が現れたらどんなにすてきだろう」と書いている。

 自民党では、一時の麻生首相の不人気で本気で「女性首相で支持率回復」ともくろんだことがある。その際、野田聖子や小渕優子とともに名前が挙がったのがこの小池さんだ。彼女は「政界渡り鳥」とも一部で陰口をたたかれ、政界入り当初は小沢一郎民主党代表の側近だっただけに、自民党内では意外なほど人気がないことは、先の総裁予備選で明らかになってしまった。党内ですっかり悪者になった感のある小泉元首相の側近であったことも、今では彼女に不利に働いている。しかし、あえて神妙にせず自分のスタンスを変えずに言いたいことを言い続ける姿勢がいい。今回のコラムを読む限り、発想は非常に正論で筋が通っていると感じた。

 私の住む阪神間は、関西でも比較的緑の豊かな土地柄だ。全般的に都市に緑の少ない印象が、特に大阪に強い。水都大阪でウオーターフロントの景観は悪くないのだから、この際小池元大臣の趣旨に関西電力をはじめとする企業が協賛して、電柱地中化をできるところから進めてはどうだろう。

 京都に本拠のある日本漢字能力検定協会の大久保昇前理事長と大久保浩前副理事長兼事務局長の親子の人となりを、大阪日日新聞の畑山博史編集局長に聞いた。彼は大久保前理事長を古くから知り、京都での叙勲や周年記念などの祝宴にも出席している。

 今回の問題は、文部科学省所管の特例財団法人でありながら、親子の過度な公私混同の会計処理が発覚したことが発端である。多額の余剰金を無駄遣いしながら、理事会は形骸(けいがい)化してチェック機能をまったくといってよいほど果たしていない。辞任の記者会見でも、親子は「問題はない」と平然としていってのけた。恐るべき問題意識の欠如で、こうなったら司直の手によって背任横領か脱税で摘発し、それをテコに文科省が漢検の組織自体を抜本的に入れ替えてスタートさせるしかあるまい。結局塀の中に落ちないと反省の弁が口にできないとは、周囲の空気がまったく読めない気の毒な親子である。

 私は長くスーパー「ダイエー」に勤めていて、役員もしていたので創業オーナーである中内功氏のワンマン経営はつぶさにこの目で見続けてきた。確かに強引で容赦しない厳しさがあり、部下の意見などまったく耳を貸さない頑固さもあった。今となっては評価も分かれるかも知れないが、戦後日本の物流経済をここまで発展させたその功績は疑う余地などない。それでも晩年は判断に衰えが目立ち、ワンマンゆえの悲しさでもある後継者不在が最後の致命傷につながった。

 大久保親子も「漢検をここまでに育て上げたのは自分たちだ」との自負があったと思う。しかし、企業というのは子育てと同じでいつまでも生みの親の私物の個人商店ではない。ある程度成長してくればそれは社会的に独立した一個の法人として認めてやり、独り歩きさせねばならない。組織や権力を私物化して、側近で周囲をガッチリ固めて富を独占する行為は北朝鮮の体制と同じで、けっして一般民衆は歓迎していない。

 長く経済界にいると、こうした例を何度となく見てきた。優秀な創業者がワンマンの末に公私混同でミソを付け、後ろ指をさされているのに、本人は側近からしか日常の情報を得ないからまったく「裸の王様」と化してしまう。そして、気づかないうちに自分だけの恥ずかしい醜態を演じるのだ。

 事が発覚して、次々と辞任した漢検の他の理事も無責任な話だが、せっかくここまで日本の漢字に対して興味を持たせてくれるきっかけになった組織だけに、しっかりリセットして透明性を持った財団法人として出直してくれることを望みたい。


2009/4/22

星野SDに五輪担当ポストを

 2016年夏季五輪の立候補都市を対象にした国際五輪委員会(IOC)評価委員会の東京視察が終わった。東京都の石原知事は自公政権をバックとしているので、麻生総理が迎賓館で歓迎レセプションを開くなど大サービスだった。五輪開催地は、本命がオバマ大統領の故郷シカゴ(米国)、対抗は南米初開催を目指すリオデジャネイロ(ブラジル)といわれ、東京は穴馬。大穴がマドリード(スペイン)らしい。その理由は、前回の2008年がアジアの北京(中国)、次の2012年が欧州のロンドン(英国)だから「次はアメリカ大陸だろう」という漠然としたムードだ。
 日本は、戦後20年足らずの1964年に東京五輪を成功させ、高度経済成長に乗り奇跡の発展を遂げた。しかし、その後夏季五輪は、名古屋と大阪が立候補したものの、相次いで決選投票で落選し、どうも相性が悪い。名古屋では自殺者も出たし、大阪では府市財政破たんが噴き出して坂道を転がり落ちるように都市格が低下した。
 招致レースの決着は10月の決選投票だが、何とかこれまでの“日本の負の連鎖”を断ち切って、逆転勝利を果たしてほしい。そうなれば、150億円といわれる招致費用も安いものだ。もっとも石原知事は、若く見えるが9月で77歳の喜寿を迎える。現在3期目で10年が経過しているので、2016年東京五輪の開催時には、5期目当選後で84歳ということになる。いくら元気な知事でも、優秀な補佐役は必要だ。10月に開催地決定してからでは遅い。今のうちにスポーツだけでなく経済、財政の専門家集団を組織し「来るべきその日」に備えなければならない。
 私の勝手な夢だが、ぜひ星野仙一阪神タイガースシニアディレクター(SD)に、副知事級のポストを委嘱して五輪担当になってほしい。猪瀬直樹氏が副知事になって東京都は見違えるように官僚支配を脱し、よみがえった。東京五輪を開催するには、今回のIOC評価委員会の現地視察で集まったような元アスリートたちだけではダメだ。政財界に太いパイプを持ち、スポーツマインド豊かで、プロ球界にリーダーシップを発揮した星野SDのような実務に精通したカリスマが絶対必要だ。
 北京五輪の成功は、選手強化だけでなく、経済的発展のおかげといえる。東京五輪に必要なのは星野SDのようなマルチな才能だろう。ロンドンで正式種目から消滅した野球とソフトボールの復活も、もし東京開催で星野SDが動けば、再び日の目を見ることも可能だ。
 星野SDとほとんど接点はないが、イチロー選手(35)の日米通算3086安打は大したものだ。これまでの日本記録を持つ張本勲氏は23年かかった。それをイチローは、18年目のシーズン開幕当初に達成してしまった。米メジャーリーグに移って、昨年まで8年間すべて200本安打を記録している。単純に計算すると、あと6年計1100安打くらいでピート・ローズの世界最多の4256安打に届く計算になる。
 この背景には「日米の選手交流が以前より相当簡単になり、海を渡る日本の一流選手が増えた」という事実がある。野茂英雄投手が近鉄を任意引退選手になり、単身ドジャースに入団したころのことを考えると、先人に感謝しなくてはならない。ただし、公式記録上ではあくまで日本最多安打は張本氏であり、米国最多安打はローズ氏だ。日米をまたに掛けて活躍する時代に、記録システム自体がまだ追いついていない。
 その星野SDだが、先日久しぶりに会って話を聞くと、左足の甲を痛めていたそうだ。しかし、春の訪れとともに急速に回復。「もうゴルフも大丈夫」と笑顔も明るかった。
 私は体調を考えて、新装成った甲子園球場に行くことを、いまだにためらっている。週末はデーゲームなのでよいのだが、平日はナイター。新球場は、記者席が上部に上がり最上部の看板が撤去されたことで、まともに風がスタンドから記者席を吹き抜ける構造になった。屋外で夜風にさらされ続けるのは、がんを抱え闘病中の身にはこたえる。もっと汗をかく季節になってから、記者席に戻ることになりそうだ。
 既に世間はゴールデンウイークを控え、「何連休?」とかの話題でかまびすしい。今年は特に、例の高速道路1000円政策で、車で遠出する人も増えそうだ。しかし、世の中には、賃金を抑えるために無理やり「連休をすべて休め」と指示されている製造業の方も多くおられると聞く。私はこの時期を避け梅雨に、かつて勤務した北海道の明るい原野を車で走るのが好きだ。今年は体調と相談して「行けるだろうか?」と今から気をもんでいる。


2009/4/15

広告塔に利用された遼君

 米国ジョージア州オーガスタで開かれていた男子ゴルフの今季メジャー開幕戦、第73回マスターズ・トーナメントが終わった。大会前は、17歳6カ月の天才高校生、石川遼君が特別招待枠で出場し、公式会見にも呼ばれるなど特別待遇を受けた。しかし、勝負の世界は非情で予選2日目を終え、6オーバーでジ・エンド。決勝ラウンドには進めなかった。
 このコースは「ガラスのグリーン」と呼ばれるほど速くて難しい。遼君は大会前は「10代トリオ」としてR・マクロイ、D・リーと並び称されたが、終わってみれば主催者の広告塔としてまんまと利用された、という印象が強い。2月から参戦していた米ツアーは3試合で予選通過できたのは1回だけ。メジャーで戦う力量はまだなかった。そもそも世界ランク60位の選手が、50位までが出場資格のマスターズに招待されたこと自体が異常だ。結局、世界的不況でスポンサー離れが激しい今年の大会を盛り上げようと、主催者は「ジャパン・マネー」に期待したのだろう。
 遼君は13日の帰国会見で、けなげにも「自分の甘さが目立った。練習の質が悪い」と反省の弁を口にした。心身ともにたくましくなって、いずれはマスターズに堂々と出場できる選手に成長する。週刊誌では「父親の存在がネック」と書かれているが、普通の信用金庫職員だった父親が天才の孝行息子を抱えて舞い上がり、ある意味勘違いしてしまうのは、スポーツ界でよくあることだ。親として「子供を守ろう」との純粋な思いもあるだろう。過去の例を見るまでもなくいずれは「親離れ、子離れ」する時はくるだろうが、まだ高校生なのだから少なくとも未成年の間は親が目を離してはいけない。
 日本人として過去最高タイの単独4位に入った片山晋呉選手と20位の今田竜二選手は立派だった。彼らは開幕前の遼君フィーバーを横目に「最後は自分が主役」と心に誓っていたはずだ。実際に好成績を収めても決して有頂天にはならない。「日曜の午後(つまり、ツアー最終日の決勝ラウンド後半戦の意味)に震える体験こそが最高の幸せ」という片山の言葉には重みがある。
 それにしても寂しかったのは、今年のマスターズの解説に星野仙一が登場しなかったことだ。昨年は北京五輪を控えていたからやむを得なかったが、今年はぜひ星野解説を聞きたかった。今や星野は野球界だけのものではない。日本のスポーツ界を代表する存在だ。野球でもゴルフでも「勝った、負けた」という結果だけならテレビ画面で分かる。その点、星野の解説は一つのプレーに「どういう意味があるか」を瞬時で的確に話してくれる。来年はその名調子を聞けることを楽しみにしている。
 阪神の序盤10試合の成績がよくない。昨年は開幕連勝ダッシュだったので余計に目立つ。真弓采配(さいはい)をウンヌンする時期ではまだないし、意味もない。いえることは、星野監督時代は選手に闘志を前面に出してプレーすることを求めた。岡田監督の喜怒哀楽が乏しい指揮官ぶりは最後まで好きになれなかったが、真弓監督もおとなしすぎる。内心は我慢しているのかもしれないが、投手交代のタイミングも遅い。ベンチの戦う姿勢が見えないと選手は付いてこない。淡々と試合を運ぶ点では、横浜の大矢監督と似ている。その2チームが下位を争っているのは偶然とは思えない。大矢監督は昨季、村田に内川と本塁打王、首位打者を抱えながら最下位に沈んだ。
 WBCで原監督は勲章を手に入れて、指揮ぶりにも余裕が感じられる。落合監督は陰険だが、勝負のあやは知り尽くしている。ブラウン監督は、瞬間湯沸かし器で退場の常連だ。彼らを凌駕(りょうが)できる星野監督の闘将ぶりが今となっては懐かしい。
 2軍戦では、すでに矢野捕手が実戦復帰している。決して焦らず一歩一歩階段を上るように進んでいる。彼が復帰すればチームのムードも変わるだろう。


2009/4/8

心配な後輩岩田の故障

 日本プロ野球が開幕した。WBCの盛り上がりの余韻が残る中での開幕だが、イチロー選手の胃潰瘍(かいよう)による離脱には驚いた。球界きっての天才で自己顕示欲も旺盛な彼にして、相当なストレスとプレッシャーを背負っていたのがあらためて分かった。そういえば主軸を打った小笠原や青木も開幕3連戦の内容はよくなかった。それだけ、切り替えが難しいのだろう。そう考えると、選手を1人も出さなかったわがまま人間で協調性のかけらもない落合監督の率いる中日の3連勝は何とも腹立たしい。古い言葉だが「国賊め!」と叫びたくもなる。
 星野仙一阪神タイガースオーナー付きシニアディレクター(SD)は、今季のタイガースについて、テレビ出演のニュース番組「ZERO」で「ここ何年か若手が伸びていない。それに岩田が故障でしょう。これは痛いね。2カ月くらいかかるんじゃないかな?」と心配していた。わたしには矢野捕手が開幕ベンチから外れたのが寂しい。今年41歳になる矢野君は、昨年北京五輪後に故障した。昨年末に会合で一緒になった時、すでに「焦らずに来季はスロースタートと決めている」と話していた。自身の後継者育成も視野に入れ、あえて「お前らで1カ月頑張ってみろ」と後輩たちにホームベースを託したのだろう。心配しなくても5月には出てくる。そして夏場の一番苦しい時にフル回転してくれる。矢野君という男はそういうヤツなのだ。
 この間に、狩野が自信を付けてほしい。一昨年、やはり矢野君の欠場中にブレークしながら、昨年は足踏みした。名実ともに「次の正捕手」を目指すなら、まず岡崎や清水との競争に勝たねばならない。
 関西大の後輩である岩田のリタイアは痛いが、投手陣を預かる1軍ブルペンの責任者はやはり関西大出身の山口高志コーチだ。彼はチームから派遣されて中国野球の指導もしていたが、名伯楽の素質を感じさせた。彼が居れば、昨季まで実績のない若手からまず5勝投手3人程度を育ててくれるだろう。さらに久保田に代わり、試合後半を任せられるリリーフ要員も見つけてくれるはずだ。
 ただし、打者では星野SDが危惧(きぐ)するように「次代の主力」といえそうな大化けしそうな若手が見つからない。桜井も依然中途半端だ。よくいえば平均点で特徴がない。
 「さすがに違う」とうならされたのは金本。オープン戦で一度も守備につかず「大丈夫か?」と心配させたが、開幕3連戦で適時打を連発してケロッとしている。昨年惜しいところで一流の証明である“規定打席達成の3割打者”を逸した関本は、開幕から攻守とも動きがいい。新井君が古巣の三塁に戻って一塁に押し出された格好だが、無難にこなしている。
 もう1人、わたしが「今年のキーマン」として気にしているのはその新井君だ。星野ジャパンの4番として疲労骨折しながら最後まで頑張ってくれた恩義は今も忘れていない。今季はジャパンメンバーから外れ、主砲・金本の後ろを打つ5番に抜てきされた。タイガース全体にとって5番打者定着は長年の懸案だ。開幕から絶好調の4番金本がいずれは歩かされることが多くなる。そうなったときにこそ、新井君が存在感を発揮する。焦る必要はない。じっくり力を蓄えてほしい。
 わたしの住む西宮市から、阪神電車が大阪難波駅に延伸して大阪ミナミへのアクセスが格段によくなった。がん治療に津市の永井病院に通うのにも、同駅で乗り換えれば1本で直行できるようになった。
 ところが阪神電車に乗っても、梅田駅方面では何の変化も感じられない。聞けば「梅田に乗り入れているわけではないので、何も行事はしていません」ということだ。キタ方面では市営地下鉄も何も表示していない。坂井信也オーナーにもよく理解してもらいたいが、阪神本線には甲子園という唯一無二の名所がある。ここでは、春夏の高校野球もあり、今春からはすぐお隣に子どもたちの殿堂「キッザニア甲子園」もオープンした。
 持ち株会社である阪急電鉄主導の阪急阪神ホールディングスにとっては「キタでとりわけ梅田こそ一番」かも知れないが、キタとミナミの2つのターミナルを結んでいるのは阪神電車の方だ。これからは近鉄ともしっかり提携して、もっと「奈良以東からミナミ、そして阪神間」という新たな導線を組織としてしっかりPRしていく姿勢を前面に打ち出さないといけない。


2009/4/1

千代大海に有終の美を

 大相撲春場所が終わった。全勝優勝した白鵬の右前まわしを引いての強烈な寄りは迫力があるが、やや玄人好みで一般受けしない。古くは栃錦・初代若乃花にはじまり、ここ20年では千代の富士、三代目若乃花、そして朝青龍と続く“小兵で動きの速い横綱”の系譜はやはり分かりやすい。体重別でない大相撲の魅力は、いつの時代も「小が大を制す」なのだろう。
 それにしても朝青龍の後半戦の淡泊な相撲はどうだ。体の小さな力士はよくいえば粘り強さ、悪くいえば勝ちに執着した相撲を取らないと、とてもではないが弱肉強食の土俵上で生き残れない。朝青龍は、今場所の4敗すべてが横綱大関相手だから一概に非難できないものの内容が悪い。日馬富士にはうまく取られたが、琴光喜、琴欧洲との相撲はいつもの覇気が感じられなかった。白鵬戦も、立ち合いこそ互角だったが寄られると力なく土俵を割った。本人は「場所途中で、ひじを再び痛めた」と説明していたようだが、そんな言い訳すること自体彼らしくない。まだ28歳。体より気持ちの問題が大きいと感じた。
 私が気に掛けているのは大関千代大海だ。1場所15日制が定着した戦後以降で、皆勤した大関の中で最低の2勝13敗と記録的大敗を喫した。来月33歳となり、今年春場所で大関在位11年目を迎えた。来場所は13回目のかど番となるが、こちらもワースト記録だ。
 以前、彼の所属する九重部屋の大阪後援会役員をしていた関係から、入門したころからよく知っている仲だ。大分の中学時代から格闘技が得意で柔道や空手の地域大会で頻繁に入賞していた。「弱きを助け、強きをくじく」古風なタイプで、暴走族や不良グループ、さらには本物のやくざまでやっつけて、県内はおろか北九州、中国地方まで勇名をとどろかせた。そんなやんちゃ少年が、大横綱千代の富士にあこがれて角界入門。先輩力士からの強烈な「かわいがり」とよばれるシゴキにも耐え、22歳で大関昇進を果たした。長幼の序を重んじ、わたしを含めた年長者には極めて礼儀正しい。
 今場所は右脇腹痛と持病の糖尿で場所中に10キロも体重が減った。普通なら負けが込んだ時点で休場し、来場所に進退をかけるべきだろう。しかし「自分が悪いんだから、かける恥は全部かく」と土俵に上がり続けた。こういうところが、いかにも彼らしい。すでに親方株も入手しており、引退して後進の指導をしても誰も文句はいわない。
 彼が大関に昇進した22歳は、今の現役でいえば稀勢の里、豪栄道、栃煌山らと同い年だ。当時は、若貴に次ぐ次代のホープとして大いに期待された。こうなったら、自ら納得できるまで土俵に執着して、文字通り有終の美を飾ってほしい。
 さて、先週WBCに優勝した原辰徳監督を随分褒めたが、「もうONや星野の時代ではない」という声が野球ファンの間で起こっているようなので、一言反論しておきたい。
 原監督や昨年日本一になった渡辺久信監督(西武)ら40、50歳で成功したプロ野球の指導者には共通点がある。現役時代はそこそこの実績があるのにそれをひけらかさないし、選手にガミガミ怒らない。年上のコーチには敬語で接し、指導方針も尊重する。総じて「オレに付いてこい」という色合いが薄く、選手の自主性を重んじ、そのプライドを傷つけないように注意している。
 こういうタイプは「順調な時はうまく行くが、いったん組織が危機にひんすると弱い」という共通点がある。西武は前年チーム状態が悪かった分、新監督は思い切って選手を入れ替え、失敗しても若手を使い続けることができた。原監督もまったく初めての代表監督で「絶対優勝」というプレッシャーがなかったから、イチローをはじめメジャーリーガーを使い続けることができた。
 これがONや星野だったらそうは行かない。世間は偉大な過去の実績とオーバーラップして「勝ってほしい。いや勝てる」と考える。長丁場のペナントレースで常勝軍団を作ったり、1次予選、2次予選を経て本大会では他競技団体や選手とも調整が必要な五輪と、短期決戦は根本的に異なる。
 もっともONや星野クラスは、野球をこよなく愛し続けてはいても、いつまでもグラウンドにとどまってチームだけを率いるわけにはいかない。そのネームバリューとカリスマ性で、広く国内外での活躍が求められている。もう現場は次の世代に任せればよいだろう。


2009/3/25

次世代名将、原辰徳

 原辰徳監督の「侍JAPAN」がついに世界一になった。しかも相手は、星野JAPANが北京五輪で煮え湯を飲まされた韓国。WBCではその組み合わせの妙から「日本対韓国」の試合はこれで何と5度目。最後の最後でねじ伏せて対戦成績も3勝2敗と勝ち越してくれた。
 北京五輪での韓国チームは、兵役免除や高額ボーナスなど多くの特典がチラついていたが、今回は当初それがなく、何となく「与(くみ)し易(やす)し」とみられていた。それがアジアの2国で雌雄を決することになったのは、韓国が日本ばりに緻密(ちみつ)な野球を身に付けたからだ。
 南米系の野球はどことなく荒っぽい。韓国も、プロ野球が誕生した1982年当時は南米系に似た雑な野球だった。当時の日本プロ野球は広岡達朗氏率いる西武ライオンズ全盛期。荘勝雄(ロッテ)郭源治(中日)郭泰源(西武)など台湾出身の好投手が次々来日し、台湾と韓国の野球実力差ですら歴然としていた。
 当時の韓国球界は人材も不足していて、日本プロ野球で活躍して一度引退した在日選手が海を渡り、見知らぬ母国でプレーして結構な成績を残した。それくらい日本とレベル差があった。わずか四半世紀で日米と実力拮抗(きっこう)するまでに成長した韓国球界は大したものだ。そして膨大な人口を背景に、中国野球が着実に日韓に迫って来ている。
 それにしても、星野仙一氏を師と仰ぐ原監督の采配(さいはい)は見事だった。一時は北京に続きWBCでも指揮を執る覚悟だった星野監督は、北京でメダルを逸してその座を自ら辞した。自薦他薦いろいろあったようだが、星野監督も加わった次期監督選びで推されたのは2世代下の原監督。それがズバリと当たったわけだ。
 星野監督は、選手を信頼し「心中する気か」と言われても使い続けた。それが原監督は「勝負どころ」とみるとレギュラーでもスパッと代えてくる。そのやり方で結果を出しての世界一だから、50歳前後の名将候補は彼で異論はあるまい。世間的には長嶋茂雄タイプの能天気な性格と思われがちだったが、この結果を勲章によい意味で評価を一転させた。それを見越していた星野前監督の眼力にも脱帽してしまう。
 話を国内のプロバスケットボールbjリーグの「大阪エヴェッサ」に移そう。わたしは関大でバスケットボールをしていて、今もこのチームに深くかかわっている。4連覇を目指して来月末までの激戦を繰り広げているエヴェッサに対し、応援を約束してくださっている橋下徹大阪府知事ともどもチームを盛り上げる準備を着々と進めている。
 大阪は府域が狭く野球場やサッカー場、ラグビー場などの広いグラウンドが公的にはなかなか造成できない。しかし、知事は北野高時代にラグビー部員として花園の全国大会に出場した経験を持つだけに「昨今の大阪っ子の体力低下」を嘆いておられる。エヴェッサの活躍を突破口に、星野仙一氏らも積極的に協力して「大阪をスポーツ大国に」と連帯を強めている。わたしも年は取ったが、次の目標として新たな楽しみができた。
 最後に今、大阪で開催中の大相撲だ。外国人力士が東西の横綱にデンと座って優勝争いをしていることを、日本人力士はもっと恥じないといけない。「強さと品格」が同居していないと感動は生まれないのに、外国人力士の態度は総じて「勝てばいいんだろ」というふうに見える。WBCの国威をかけた本物の激突に比べ、大相撲の横綱決戦への演出はどこか薄っぺらい。魁皇や琴光喜、千代大海の大関陣はすでに30歳をいくつか過ぎて期待薄。“次代のホープ”といわれながら壁を破れない豪栄道、稀勢の里、栃煌山の22歳トリオは大いに反省してほしい。


2009/3/18

メジャーの実力まざまざ

 WBC第2ラウンド1回戦の日本対キューバ戦。攻撃陣は先制、中押し、ダメ押しと理想的で、投手も松坂が6イニングをピシャリと退け、後は3人で1イニングずつの見事な内容。馬原、藤川のダブルストッパーはまったく危なげなかった。
 星野ジャパンが北京五輪で戦った昨夏を思い出して比べてみると、メジャーリーガーの存在感が大きい。この1回戦でも松坂のエースとしての見事なピッチングにほれぼれした。打線も1番のイチローをはじめ、下位は福留、城島、岩村と約半分を占める。メジャー嫌いの張本勲さんは「カツだぁ!」というだろうが、彼らの存在なくして原ジャパンは成り立たない。北京で駒不足に陥って無念の涙を流した名将・星野仙一に、できるならこのメンバーを預けて思う存分戦わせてやりたかった。
 東京での第1ラウンドのハイライトは敗者復活1回戦で、中国が台湾を4−1で破った試合だった。中国は台湾に相性がよく、昨夏の北京五輪でも予選リーグで接戦の末にサヨナラ勝ちしている。元日本でプレーした選手や米大リーグマイナーに在籍する選手が投打の主軸を固める中国は、国内リーグの選手も着々と力を付け、アジアの2強である韓国と日本に迫っている。
 その中国からIOC(国際オリンピック委員会)委員の于再清北京五輪組織委員長がカナダに行く途中に、わたしの見舞いに大阪へ立ち寄ってくれた。日中友好協会の村岡久平理事長が同席した。村岡さんは太極拳の大家で、JOC(日本オリンピック委員会)評議委員もされている。
 于委員長とは北京五輪以来だ。開閉会式や競技観戦で大変世話になった。話題は開会式で多用された張藝謀(チャンイーモウ)総合プロデューサー得意のワイヤーアクションになった。会場の壁を横に歩くような動きが随所にあり、随分ハラハラしたそうだ。「だって、もし事故があれば世界から非難されるでしょ。テロ対策には自信があったけど、万一の事故は想定外ですから」とニヤリとした。
 世界中が景気低迷でオタオタしているが、中国も経済減速こそすれ、立ち止まることはない。ロシア、インドと競い合ってまだまだ発展するだろう。
 わたしも名を連ねているスーパー「ダイエー」のOB会組織「二生会(にしょうかい)」の会合が来月15日、神戸〓(51ee)月堂で行われる。会の名は「人生2回生きよう」「ダイエーを再生しよう」という意味だ。創業者の中内功CEOが追われるように去り、金融筋の乱暴なリニューアルで企業イメージが一変してしまったが、わたしはダイエーがそんなにダメな集団だったとはどうしても思えない。当時の世相で「無理やり潰された」と今も考えている。元社員は世間から白い目で見られがちだが、もっと胸を張っていい。上場企業のダイエーには多くの若くて優秀な社員がいた。当日は約100人が集まる予定なので、「ダイエーで学んだ事を誇りに、新たな職場で頑張ろう」とエールを送るつもりだ。
 母校の関西大学では、わたしも在籍したバスケットボール部で長く顧問や監督をしていた追田謹治さんが後進に道を譲る。OB会「千陵会」でも盛大な送別会を予定している。OB会長の池内啓三さんは大学の専務理事でもある。先輩を大事にして貴重な意見をもらいながら進んでいる。
 国、企業と大学。いずれも組織だが、先人を大事にしないようでは発展など期待できない。今、中小企業の経営者の間で松下幸之助が見直されているようだ。パナソニックと名前は変わっても創業者をいつまでも大事にしている松下電器はまだまだ発展する。ダイエーが再び“流通業の雄”として飛躍するには中内功を再評価しないとダメだ。


2009/3/11

バスケットへの関心は高いが…


先月、「日本スポーツ吹矢協会」関西支部の第20回記念支部大会開催の話を書いた。支部自体は11年目となり、本部はその半年前に発足している。継続して大会を行うことは、それ自体に意味があるのだ。

 わたしが学生時代に青春をかけて取り組んだバスケットボールは、米国から我が国に紹介されたのが1908(明治41)年の琴田。東京YMCAに最初に上陸し、大学スポーツとして取り組んだのは、24(大正13)年に早大や立教大など3校が先駆けである。関西には東西定期戦として昭和初期に、東の早慶などと西の関大、同志社、関学などが戦うようになった。正式な学生連盟が発足したのは49(昭和24)年で、戦後の話になる。

 その間、定期戦や対抗戦で着々と実績を積み重ねて今日に至っている。わたしが高校でやっていたテニスではなく関大に入学してバスケットに取り組み出したのは55(昭和30)年で、まだ競技人口も少なかった。その後、実業団日本リーグのプロ化拡大化への取り組みが後手後手に回り、ようやくスタートしたbjリーグもどうにか起動に乗りつつあるが、男子は76(昭和51)年モントリオール以降、五輪への出場すら果たせていない体たらくだ。漫画「スラムダンク」など若者のバスケットへの関心は高いが、頭の固い協会幹部が競技普及の障害になっているのは何とも情けない。

 もっとも幼いころのわたしは阪神タイガースにあこがれ、夢はプロ野球選手になることだった。家が近所だったスター土井垣武捕手の影響もあった。戦前の鳥取県立米子中学(現在の米子東高)を出てすぐプロ入りした土井垣さんは、わたしの顔を見ると「野球やテニスばっかりせんと勉強せい」とよくいわれた。当時の時代背景では、プロスポーツ選手は一種やくざっぽい臭いのする商売で、土井垣さんにすればわたしの両親に気兼ねして「勉強して堅気の生活を送れ」とアドバイスしてくれたのだろう。

 スポーツ吹き矢も、さらに競技人口を増やそうと思えば高校大学での普及が欠かせない。現在は上部団体が体協でなくレクリェーション協会なので、純粋なスポーツとして学校関係で伸ばしていくことに限界がある。組織作りは、このようにいろいろ課題と障害が横たわっている。

 関大に入ってから、少年野球の大会で投げ合ったことのある村山実くんが同級生として野球部に在籍しているのを知り驚いた。中学、高校が別々だったので忘れてかけていたが、大学ではエースとなって大活躍。巨人入りを断って阪神に入団し、長嶋茂雄のライバルとして仁王立ちするも「悲運のエース」として関西人の感涙を絞ったことは記憶に深く刻まれている。引退後は阪神大震災で自宅マンションが被災し、苦労した末に98年61歳の若さで逝った。

 彼の面影をしのぶたびに、ぼくの果たせなかった縦じまのユニホームを着て活躍してくれた同期生がいたことを思い出し、改めて誇らしく思っている。


2009/3/4

可能性秘める中国潜在力


 2カ月ごとに区切りがあるという意味で「1年六つ切り」という言葉がある。この間、正月だったと思ったらもう3月になった。人によって区切り方はあるが、経済では四半期ごとの3カ月単位。行政は4月からの新年度。プロ野球では、12、1月だけがオフで、4月から約半年間がペナントレースだ。

 巨人の原辰徳監督は、一昨年リーグ優勝した時は、CSシリーズで中日に敗れほとんど印象に残らなかったが、昨年は大逆転でリーグ連覇し日本シリーズでも最終戦まで見せ場を作り、男を上げた。WBC日本代表チームを率いて強化試合も始まり、ますます注目度が増している。

 一方敗れた阪神は、岡田彰布監督が引責辞任。ネット裏に移ってからの彼は、意外にといっては失礼だが饒舌ぶりで周囲を驚かせている。それでもスポーツマスコミは既に真弓新監督に重点を移し、ほとんど岡田前監督の活動がニュースとして報じられることはない。「原と岡田」その落差を考えると、プロ野球の世界はまさに“一寸先は闇”の天国と地獄の厳しさだ。

 世間では今年の阪神について「あと1枚、外国人長距離打者がいないと、とても勝ち抜けない」と危惧する声が高い。わたしは、金本、新井、赤星の主軸打者が実力通りの働きをしてくれれば「まったく心配ない」と信じている。野手陣は1人もWBCに取られていないので、開幕ダッシュも十分効かせられるだろう。

 そのWBCだが、次回4年後は第1ラウンドのアジア予選は、ぜひ東京以外でも実施してみて欲しい。昨夏の北京五輪で実感したが、中国のスポーツ施設充実ぶりには目を見張る。まだドーム野球場がないので、季節柄気候面での課題はあるが今の中国の経済成長を考えると開催の可能性は、日本以外では最もある。あの国は観光と興行を兼ねて諸外国からも人を呼び込める力を秘めている。旧満州の中国東北部の後ろにはロシアも控えている。わが国も、いつまでも欧米だけが相手では世界の潮流に乗り遅れる。人の行き来を活発にするには、経済の充実はもちろんだが、スポーツなど各種イベントも重要な決め手になりうる。北京五輪に続いて来年には上海万博もあり、世界に先駆けて息を吹き返すはずだ。

 わたしは自分の母校・関西大と星野仙一タイガースSD(オーナー付きシニアディレクター)の母校・明治大をいつも気に掛けている。球界では両校のOBが活躍しているが、中国北東部の大連に「大連ゴルフ場」という明大ゴルフ部OBの加藤さんというオーナーが作ったゴルフ場がある。つい先日までは市街地から車で約1時間半もかかっていたが、今では高速道路で約40分に大幅短縮された。まるで関西空港ができる前後の大阪周辺のように、行くたびにインフラ整備が進んでいる。その加藤さんが定期健診のため帰国しているので、旧知の北京カントリー倶楽部の原オーナーに紹介して、ネットワークの輪を広げるつもりだ。

 世界経済は減速期に入ったが、中国はまだまだ潜在力を秘めている。好況期のように「何でも中国」とはいかぬが、こういう時こそ、人と物のネットワークをフルに生かしてビジネスチャンスを生み育てていかねばならない。そのためにわたしも、残る人生を賭ける所存だ。


2009/2/4

経営者も社員も熱かった時代


 豪州から帰国した星野仙一阪神タイガースオーナー付きシニアディレクター(SD)と先週、今年初めて会った。年末に現地から電話をくれたが、何年ぶりかでSDと離ればなれの年末年始を過ごし、やはり寂しかったので元気な顔を見れてうれしかった。
 SDは北京五輪後、WBC監督問題の中傷にも耐えて沈黙を守った。気心の知れた原辰徳WBC監督に対しても一切干渉せず、今回の豪州滞在中も動かなかった。現地で好きなゴルフも自粛していたくらいだから、相当な決意があったのだろう。
 「お父さんも元気で何よりや」とSDは続けた。「今年の年末は一緒にあっちで過ごそうよ。やっぱり、寒い日本より暑いゴールドコーストにいる方が体調にもいい」と誘ってくれた。聞けば世界不況の影響で、現地の日本人も相当減ったり、入れ替わったりしているようだ。今年はぜひ行きたいものだ。
 自宅で静養している時、ふとロッテ創業者の重光武雄会長(86)、パイオニア中興の祖の石塚庸三社長(1982年、62歳で死去)、わが上司でもあったダイエー創業者の中内功元会長(2005年、83歳で死去)の大物三人を支え韓国を駆けずり回った1970年代後半から80年代の日々を思い出した。
 重光さんが在日韓国人一世の中でも戦後特筆すべき成功者であることは有名だが、祖国で会社を興されたのは60年代後半のことだ。69年、ロッテはプロ野球の東京オリオンズと業務提携し、その後買収。野球好きだったパイオニアの石塚社長と交友が始まる。その後、すでにスーパー「ダイエー」を軌道に乗せ全国展開を図っていた中内と組んで、韓国内でホテルや百貨店の事業を成功。両国内で確固たる地位を築いたことで、三者協力体制が出来上がった。当時ダイエーの社員だった私は、中内の指示でこの大物トリオの事務局のようなことをしていた。ロッテに他の二社が資本参加する直前までいったが、石塚社長がソウルで急死されついに実現しなかった。
 重光氏と中内の交友はさらに続き、80年代に入りロッテ球団をダイエーに譲渡する寸前まで話は進む。中内も大いに乗り気だったが、非上場のロッテに対し、ダイエーは71年に株式上場して本業以外で巨額の資本供出が一挙には出来ず断念した。結局、ダイエーは88年秋に南海ホークスを買収。本拠地の福岡移転を断行し、二人は夢だったプロ野球オーナーにそろい踏みする。
 目を閉じると、あの三人の耳目となって韓国や日本を飛び回っていた時を思い出す。70年代後半の韓国は朴大統領の軍事政権下で、エリート層は旧日本軍士官学校出身者が多かった。重光氏の韓国内での部下は「トップの命令は絶対」の人が多く、随分助けられた。
 ダイエーの社員も切れ者が大勢いて、今は千葉ロッテの社長兼代表をしている瀬戸山隆三君は、当時ダイエー本社の総務系社員だった。ホークス買収で、チームフロントに入りその手腕を発揮。ダイエーからソフトバンクに球団譲渡されたのを機に千葉ロッテに移った。彼がプロ入り時に交渉した縁で、大リーグから日本復帰した井口資仁内野手がロッテに入りを決めたことはあまり知られていない。
 当時は経営者もスケールが大きかったし、仕える社員も粉骨砕身してその期待に応えようと必死で働いた。今は時代が違うのかも知れないが、トップも社員もぬるま湯で人間関係は希薄だ。これでは国際競争にとても勝ち抜けない。当時の伝統は、すっかりお株を中国や韓国に取られて、日本企業は腑抜けた連中の集団に成り下がってしまったのは悲しい。


2009/1/21

プロスポーツの実態は?


 成人式を伝えるテレビニュースを見ていて、男女とも言葉遣いが甘えたような巻き舌風で、服装や顔つきにまったくといってよいほど締まりがないのに驚いた。

 世界に目を転じれば、中東ではイスラエルによるガザ地区への猛攻で多くのパレスチナ人が死んでいる。欧米では厳しい不況で明日の生活もままならない人が増え、日本だって派遣や期間労働者が解雇され路頭に迷っている。この寒空に皆いきるのに必死だ。

 根本的に今の若者から「なにくそ」というハングリー精神が感じられない。学校教育で平等ばかり教えられて競争することを忘れ、社会に出たら一挙に「食うか食われるか」のノルマに追われた生存競争が延々と続く。そうした社会の仕組みに今の若者は、対応する構えがまったくできていない。せめてプロ・スポーツくらいは“疑似戦闘”世界を存分に見せて「これでもか」という本物の厳しさを、しっかり見せつけてほしい。

 そういった意味では、朝青龍のよそ行きの顔をかなぐり捨てての中8日目の全勝Uターンは大した物だ。今場所の国技館に詰め掛けるお客さんは、かなりの数が「朝青龍がそろそろ負けるころだ」と期待して見ているのをヒシヒシと感じる。発言は横柄、土俵マナーも最悪、支度部屋でも謙虚さもみじんもな感じられず態度は常に悪い。日々、他の力士の反面教師を堂々と演じ続けるその姿こそ、この横綱の真骨頂。自らを意識して悪役に徹する力士など過去にも聞いた事がない。恐らく引退となればさっさとモンゴルに帰国するつもりで、腹をくくって開き直ったのだろう。「勝ちゃぁいいんだろう」の高笑いが聞こえてくるようで、後半戦はますます世間の感心を呼ぶだろう。

 そういう意味では“ハングリー・スポーツ”の代表格であるプロボクシングの世界タイトルマッチが年末年始に3試合も行われ、注目して見たが、どれも内容的にはパッとしなかった。

 まず昨年末のWBC世界フライ級・内藤大助の4度目防衛戦。13位の山口真吾など本来の相手ではないはずなのに、11ラウンドまで手こずった。あんな弱いパンチでは次回は完全な赤信号。悪役・亀田大毅のおかげで有名になったツケが今になって回ってきた。

 続いて、新年のWBC世界スーパーフライ級・西岡利晃の初防衛戦。振り回すだけの7位ガルシアに、西岡は得意の右拳を痛めていたこともあって、勝ちはしたがまるで精彩を欠いた。ベテランらしいといえば聞こえはいいが、チャンピオンとしての強さは感じられなかった。

 最後はWBA世界ライト級・小堀佑介の初防衛戦失敗。こちらは相手が同級1位モーゼスとあって完敗だった。手数もリーチも断然劣り、小堀はひたすらラッキーパンチを狙うだけ。終盤はスタミナも切れて、KOされなかっただけもうけ物のような内容。

 特に内藤は、亀田一辺倒だったTBSに“亀田兄弟の毒消し”として巧みに利用され、無理矢理“代替的な雑草ヒーロー”としてもてはやされいるが、調子に乗っていてはダメだ。テレビ局なんてプロ選手を勝手にチヤホヤして一躍スターに仕立てるが、賞味期限を過ぎればポイ捨てするだけ。

 そんな舞台裏も知らず作られた「正義の味方」や「悪役」にあこがれ、幼稚な「自分らしさ」を重ね合わせて気取るのんきな若者こそ気の毒だ。

 その点、タイガース・ナインは皆礼儀正しい。先日、平田二軍監督と駅でバッタリ会った。「西中さん、こんにちは」と向こうからあいさつしてきた。近況を聞いて、昨夏の北京五輪での話をしているうちに、彼の乗る電車が滑り込んできた。「お元気で何よりでした。それでは、お先に失礼します」と丁寧に頭を下げて車中に消えた。

 矢野捕手とはちょくちょく会うが、彼は常に笑顔を絶やさない。そして、人と話すとき必ず目を見てしゃべる。あの誠実さは、ちょっと早いが将来の指導者としての立派な資質を予感させる。ただし、現役選手としては人を押しのける傍若無人さを少しは持ってほしいときもある。


2009/1/14

星野SDの電話に感謝


 久しぶりに日本で日本で新年を迎えた。ここ数年は、星野仙一阪神タイガースオーナー付きシニアディレクター(SD)とともに、豪州・ゴールドコーストで年末年始を過ごすことにしていたが、今年は体調を考慮して見送った。
 すい臓がんの宣告を受けてからすでに2年半。星野SDの娘さん2人が嫁いでいる三重県津市の永井病院の献身的な治療で、手術を避けて抗ガン治療を続けてもらい、ここまで延命していただいた。遠距離通院を軽減するため、わたしの住む兵庫県西宮市の兵庫医大病院を紹介していただき、サポート体制も敷いていただいた。今のところ、がんを封じ込めているが、決して病巣がなくなったわけではない。長期間、日本を離れることに治療面で不安もあり、今年は自宅でゆっくりと正月を過ごした。
 クリスマスの直前の昼、携帯電話が鳴り「誕生日おめでとう」とゴールドコーストの星野SDから電話が入った。
「もういくつになった?」
「うん、73だよ」
「王さんも長嶋さんも、みんな元気に回復して頑張っておられる。オトウさんもこれから、頑張らんとアカンよ。気力のやり取りが生きる喜びだよ。正月過ぎて戻ったら、気力のやり取りをしようよ。オトウさんも体に気ぃ付けてな。風邪ひいたらアカンで」
 短い会話だったが、SDの気配りが伝わってきた。
 SDは昨年いろいろなことがあり過ぎて、本当に心身ともすり減らした。今年の年末年始はゴールドコーストの別荘で約1ヶ月間、娘や孫たちに囲まれ身内だけで過ごしている。わたしが渡豪していないので、SDが一番年上だ。周囲の目を気にせずゆっくりと孫たちとリラックスするのがSDにとっては至福の時間だ。間もなく帰国して、山本昌投手の200勝達成記念パーティーに出席する。公式行事に出る時のSDは、豪州でくつろいでいる時と身なりや風ぼうを一変させる。それはまるで「公人・星野仙一」として、体内のスイッチを切り替える儀式のようだ。
 今回の豪州旅行に短期間同行しているはずの、医師である2人の娘婿は、普段は病院勤務医のため手術や治療に追い込まくられている。本当に医療現場の勤務実態は過酷で、はたで見ていても「よく体が持つものだ」と感心する。わたしのすい臓がんを「手術せず」と決め、治療してくれているのも彼らだ。聞けば「すい臓がん手術は、技術レベルで不安がある」とのことだそうだ。まるで自分の親の病気に接するように文字通り親身になって取り組んでくれていて、いくら感謝しても足りない。
 わたしとしては「あと何年」という延命目標を定めているわけではない。チューブにつながれ寝たきりで、生き永らえるだけでは意味がない。元気に活動できてこその人生だ。幸いにして自分の足で歩いてどこにでも行けるし、頭もしっかりしている。昨秋の虎仙会パーティーでSDは「のくは有事が好きなんだ。1年に1回は何かある。来年もあるでしょう」と宣言した。その時に生きていて一緒に対策を考えられてこそ、生きている意味がある。
 帰国すればSDはやらなければいけないことが山のようにある。原監督の「侍ジャパン」の選手最終選考の相談にも乗ってやらねばならないだろうし、タイガースも出遅れている今季の補強策についてあれこれと聞いてくるだろう。 
 もっとも、わたしはタイガースの関しては心配していない。阪神電鉄生え抜きの坂井オーナーと南球団社長のコンビはしっかりしているし、それにSDが加われば盤石だ、沼沢、黒田ら背広組トップや平田、山口らユニホームのコーチ陣も、みんな有能だ。FA移籍や高額外国人選手がいなくても、現有勢力の底上げで十分に巨人や中日と互角以上に戦えるはずだ。真弓新監督は、潜在能力豊かな二軍選手を将来の中心選手としてぜひ育成してほしい。


2008/12/10
国際試合の戦い方

 この年の瀬は恒例の豪州旅行を取りやめたので、比較的のんびりと日々を過ごしている。
 先月末、毎年区切りになっている大阪星野仙一後援会「虎仙会」の秋季ディナーパーティーも約450人に出席していただき盛大に終わった。「メダルなし」に終わったのは残念だったが、念願だった北京五輪でJAPANのユニフォームを身にまとって戦う星野監督の勇姿を現地で見届けることもできた。
 パーティーに、前日右ひじの手術をしたばかりの矢野輝弘捕手が入院先の病院から駆けつけてくれたのは本当にうれしかった。顔を見た途端うれしくなって、右手で握手を交わし、とっさに私の左手で彼の右ひじに触れてしまった。一瞬、矢野君が顔をしかめたので「あぁ、そうだった」と気づき、「ごめん、ごめん」と謝罪した。すると矢野君は笑顔で「大丈夫です」と応えてくれた。本当に好漢である。
 星野シニアディレクター(SD)のトークはいろいろと示唆に富んだ内容だった。4位に甘んじた五輪結果については実に冷静な分析ぶり。「期待を裏切ったんだから申し訳ない」と素直にわびた後、口を開いた。
 まず強調したのは、昨年暮れ優勝したアジア選手権との違いだ。あの大会では、チームが約一ヶ月にわたって合同練習し現地のホテルでも生活を共にした。台湾のホテルは部屋のテレビが十分映らず食事もまずい。選手や首脳陣は自然に娯楽室に集まり衛星放送テレビを見ながらワイワイガヤガヤと話し合って、夕方には一緒に食事に出かけ、結果的に気心が知れるようになった。
 それが、北京ではたった5日間の合同練習後、現地入り直前に中国政府公安関係から「予定のホテルは警備上支障があるので、大至急移れ」と指示されたことを初めて明かした。関係者が奔走し、超一流ホテルに選手首脳陣の人数分個室を確保。しかし、結果的にはそのホテルは設備が整いすぎて選手は個室で過ごすことが多く、コミュニケーション面では台湾のように十分な意思疎通が取れなかった。
 SDは「別々のチームに所属するプロが、急に同じユニフォームを着る難しさ」を強く感じたようだ。ましてシーズン中とあっては、戻れば再び敵味方に分かれる関係だ。
「韓国の金メダルは偶然ではない。一ヶ月も前から公式戦を休んで、使用球も五輪用で練習した。日本ではとても無理」と肩を落とした。つまり日本代表チームといっても、直前に編成して簡単に勝てるほど甘い世界ではないのだ。
 来春のWBCについては「国際試合の戦い方」を提言。まず投手力だが、これまで日本が得意とした「コーナーワークで勝負する技巧派では通用しない。松阪大輔のようなパワーピッチャーでないとダメ」と断言した。それは審判との関係に深い理由がある。矢野捕手が「投手がコーナーを狙って投げてもボールだと判定される。ど真ん中にちかいコースで勝負せざるを得なくなる。球威のない投手がこれをやると確実につかまる」と説明した。
 試合に掛ける心意気の差は。新井貴浩内野手が口を開いた。「準決勝の韓国戦で負けた時、最後の打球を取った韓国のライトはそのままうずくまって泣いていた。あれを見た時、ぼくたちは負けたなと思った」と素直に吐露してくれた。
 WBCには日本人メジャーリーガも参加する。それだけに星野SDは「五輪以上の総力戦になる」と予感している。一時、SDの監督就任を「イチローが反対している」と報じられたことについて「彼はそういうことを言う男じゃない」と明確に否定。そして早くも選手派遣を辞退したドラゴンズに対し「中日ファンは寂しいでしょうね。ファンは自分のひいきのチームから晴れの舞台で働く選手を見たいもの。それにプロ野球がいつでも人気がある、と考える野は甘い。日米ともガラガラの試合も多数あるんだから」と自チームのだけのことを考える視野の狭いチーム関係者に対し警鐘を鳴らした。 
 そして原WBCの勝算に関しては「韓国、台湾は五輪をしのぐチームは作れない。日本はメジャーの連中が参加してくれれば相当戦力アップが期待できる。ただし、球技の中でも最も番狂わせが多いのが野球。ふたを開けてみるまでは分からないな」と締めくくった。
 ズバリ星野仙一は元気だ。司会者が驚いて「ここまで話して大丈夫ですか?」と心配しても「テレビで本当のことは言えないから、話しておきたかったんや」と意に介さなかった。
 終了後わたしは、「虎仙会」名誉会長の福井俊彦前日銀総裁、会長の西川善文日本郵便社長、副会長の近藤徹不二熱学社長、同じく片山勉紀伊産業社長らと会場のホテル内で軽く打ち上げを行った。話題は星野SDがいみじくも語った「来年どうなるか分からん」という言葉になった。皆経済界のトップで今回の世界同時不況に体を張って取り組んでいる人ばかりだ。「本当に予測は難しい。星野SD自身、自分のことも含めて予測が成り立たない時代だ。われわれは何があっても彼の決断を応援してあげればよいではないか」と一同誓い合った。
 わたしの連載は、今年は今回で終了。しばらく静養して、また年明けに元気でお目に掛かりたいと思います。


008/11/26
日本一のチーム中心にWBCを
  大相撲九州場所が終わった。日本相撲協会は公式入場者を発表しないので、正確な入場者数は分からないが、連日相当な空席が目立っていた。
 表面的には「相次ぐ不祥事でファンもすっかり見放したか?」と思われているが、裏に秘密がある。九州場所には、東京や大阪、名古屋のような通称・お茶屋と呼ばれる相撲サービス会社がない。「何故ないのか?」は、長年の歴史的経緯があるので簡単に説明は難しいが、要は升席の再販をして利ざやを稼ぐ連中がいない。これには長所短所があって、相撲がブームの時はチケットが公明正大に取引されるため、一般の方にもチケットが手に入れやすい。逆に人気のない時は、再販で稼ぐためにコツコツと手売りしてくれる営業組織がない分、チケットは大量に売れ残る。
 相撲協会は自分で拡販努力を一切せず、サービス会社に営業を丸投げして利益だけを得る大名商売なのだ。最近は協会広報部が中心となって、来場者サービスもいろいろと企画している。遅きに失しているが、やらないよりよっぽどマシだ。いい加減に親方衆も「いい相撲さえ取ればお客さんは来てくれる」という通り一遍の答えは止め、もう少し真剣に営業努力しないといけない。
 北の湖前理事長の残した『負の遺産』ともいうべき、八百長報道に対する訴訟や時津風リンチ死の刑事裁判の行方、そして“悪ガキ横綱”朝青龍に対する手のひらを返したような冷たい仕打ちも、そろそろ武蔵川新理事長が考え直して、角界のイメージアップを図った方がよさそうだ。
 千秋楽に相星決戦で、横綱白鵬が大関昇進を手中に収めた関脇安馬を強引に投げ捨てて3連覇した。これで来年の1月初場所は新大関安馬のデビューに加え、引退を掛け横綱朝青龍と大関魁皇が土俵に上がり、大いに盛り上がる。
 八百長疑惑はどうなったのだろう。長年角界にかかわっている私も、八百長の話は間接的に聞いたことはあるが、実際に見聞きしたことなどない。亡くなった大鳴門親方(元関脇高鉄山)が力士実名を挙げ、赤裸々に告発していたから「あぁ、そういうこともあるのか?」と思った程度だ。個人格闘技は手を抜こうと思えば簡単だ。例えば地方巡業の時、力士は決して真剣勝負はしない。怪我をしたら大変だし、巡業地が郷里のお相撲さんもいる。そう考えると「やろうと思えばできる」のが八百長だろう。 
 長年相撲を観てきた立場で言えば、今場所の幕内の取り組みに関しては怪しげな一番はなかった。真剣にやればやるほど「面(ツラ)相撲」(勝ち続けたり、負け続けたりすること)が増えるし、星勘定も込み入ってくる。一人が独走できず混戦になり、最後まできわどい「力相撲」が多かったのも、その裏付けとなる。
 さて、来春のWBC候補選手の選考を兼ねたスタッフ会議で、中日勢の完全辞退が明らかになった。もともとシーズン開幕直前の大会だけに、3年前の第1回開催後に、選手側から「公式戦が始まるまでに時間的余裕がなく、春季キャンプの過ごし方を含め調整が極めて難しい」と指摘されていた。今年の北京五輪惨敗後のバッシングを見ても分かるように、敗戦後のリスクも高い。「できれば出たくない」というのが本音の選手も多いのだろう。
 そこで私の提案だが、前年に日本一になったチームの監督と選手が中心になってチームを組んではどうか?いちいち監督を選考せずに「WBCは前年日本シリーズ優勝監督が自らのチームを率いて参加する。主軸外国人が使えないので、その分だけメジャーから補強する」と決めたらいい。今回は原辰徳監督なので、巨人が中心になってチーム編成するのだ。外国人のグライシンガー、クルーン両投手と主軸打者のラミレス、李のところだけを補強する。松坂、岡島、斉藤の投手陣にイチロー、松井秀、福留、岩村らの打者が加われば、残りは巨人の選手で十分戦えるはずだ。
 五輪では野球競技が次のロンドン大会から除外されるが、WBCは等分続く。ただし、春先のこの時期に「野球界のサッカー・ワールドカップ」と位置付け、世界最強を目指す代表チーム構成にするには金銭的な補償が薄すぎる。中日は、全員が辞退したから目立っただけで、個人的には「選ばれても理由を見つけて辞退しよう」と思っている選手はもっと多い。『侍ジャパン』などと、お題目だけを決め、補償の点を詰めていないようでは、北京五輪のように監督の人望だけで選手がはせ参じるはずがない。
 最後に、23日に京都・嵐山の天竜寺内宝巌院にある「関西大学バスケットボール部之慰霊塔」で本年度の法要が行われた。創部100年になる私の出身部からOB、現役計120人が参列。クラブ単体でこうした慰霊碑や法要を行っている例はあまりない。スポーツの良さは、こうした先輩後輩の脈々たる流れが後世に引き継がれていく点だ。今は赤字で書かれている私もいずれは、先立たれた先輩の下に逝く。そうした歴史の重みを大切にしない伝統はむなしい。


2008/11/19
岡田前監督の本を読んで
 星野仙一タイガースシニアディレクター(SD)に対する本音が知りたくて、岡田彰布前監督の書いた新刊書「頑固力」(角川SSC新書)を読んだ。
 星野SDが監督時代の2年間、最初は二軍監督、翌年は三塁ベースコーチとして仕えた時のエピソードが登場する。多くの監督に仕えた時のエピソードが登場する。多くの監督に仕え、何度もお家騒動を見てきた身に星野SDは「筋を通したらキチンと理解してくれる指揮官」と写ったようだ。そして、わたしが再三「もっとベンチで喜怒哀楽を出せ」としかっていたのを知ってか知らずか「わたしが星野監督のまねをしてもサマにならない。あれはあの人だからできた独特のパフォーマンスだ」と結んでいた。
 読後感としては「随分素直で正直な人だな」という印象だ。題名通り「頑固」かは分からないが、裏表のない坊ちゃん育ちでむしろ不器用なタイプと見受けた。これなら、私が再三指摘しても星野監督のまねを絶対にしなかったのもうなずける。「生涯阪神ファンや」という言い回しも彼らしい。わたしも阪神に愛着はあるが、星野SDの大所高所から球界全体を見る姿勢を評価しているから、彼のように素直な表現でタイガース愛だけを到底表現できない。
 いずれにしても地味で不器用な岡田監督から、ダンディで女性ファンの多い真弓監督に代わってグッズの売り上げも伸びるだろう。来期のチームはドラフトで惨敗した分、FAでの投手と外国人打者の補強が急務だろうが、南社長をトップとしたフロントと星野SDがしっかりしているので、必要な選手は必ず取ってくれる。
 28日夜にはリーガロイヤルホテルで大阪星野仙一後援会「虎仙会」1年収めの納会を兼ねたパーティーが開かれる。ゲストは星野SDをはじめ、星野ジャパンの北京五輪日本代表チームの一員だった矢野輝弘捕手と新井貴弘内野手の計3人。名誉会長の福井俊彦前日銀総裁、会長の西川善文日本郵政社長ももちろん出席する。司会はいつもの副幹事長・唐渡吉則をメーンに、同じMBSパーソナリティ仲間のグロックス社、宍戸一夫取締役が加わる。
 勝負の厳しさを嫌というほど思い知った今年を総括するパーティーとして「トークタイムでどんな話が聞けるのか」はわたしならずとも大いに興味があるが、仕切りの唐渡り・宍戸コンビにすべてをお任せしている。締めはもちろん唐渡さんの生歌による「六甲おろし」だ。福井名誉会長は幼いころから生粋の猛虎党。唐渡さんが「2番まで」と提案したら、福井名誉会長が「いや3番まで歌わせて」と申し入れて、そのように決まった。公職を降りて福井さんは本来の明るさが前面に出ている。
 最近、気になるのは北京五輪男子柔道無差別級で金メダルを獲得した石井慧選手の総合格闘技転向に関するテレビ報道だ。ビッグマウスと批判される歯に衣着せぬ言動を面白がって垂れ流していたのがテレビのワイドショーだったのに、本当に柔道界を去りプロ転向が決まると「もういいや」とばかりに潮が引いてしまった。入れ替わるように。週刊誌が石井選手の心の病や金にまつわる話を報じ出し、読む者は何やら流血の場外乱闘を見せられたような不快な気分にさせられている。
 バスケットボール一筋だったわたしや星野SDの野球のような「団体ボール競技」のアメリカナイズされた世界に比べ、「個人格闘技」特に日本武道館は上下関係や報告順序、自制心など想像できない部分も多くあろう。わたしは石井選手の決断を支持してあげたいし、同じような意味で朝青龍にも「回りを見返してやる」という反骨心を期待している。プロである限り、結局結果がすべての世界だ。
 読者にも心配していただいているわたしの膵臓ガンだが、発見以来2年3ヵ月を経て日常生活を送れるほど今も元気で過ごしている。これも津市の永井病院の永井康興理事長と主治医の永井盛太医師のおかげだ。さらに、わたしの自宅近くの西宮市の兵庫医大との治療連携を図って下さり、緊急時にも受け入れ態勢が整った。
 寒さが増すと膵臓がズキーンと痛む時がある。キリキリと痛むのではなく重い痛みだ。手厚い治療のおかげで小康を保ってはいるが、病根はしぶとく深く潜み、徐々に体をむしばんでいる。毎年恒例だった星野SDと豪州ゴールドコーストへの越年旅行も万一を考え、今年は取りやめることにした。好きなゴルフもダイエー役員時代の仲間が集う「中内あかね会」コンペが明日20日にあるので、それで今冬は打ち止めにする。いったんコースに出ると「周囲に迷惑を掛けまい」とつい無理をしてプレーしてしまうからだ。明日も気温や天候を慎重に考慮してティーグラウンドに立つつもりだ。


2008/11/12
西武原動力は若手5人衆
 今季開幕前は「昨年のBクラス転落に続いて、最下位もあり得る」と悲観的な見方の多かった西武ライオンズが日本シリーズの激闘を制して日本一になった。
 わたしは、中国球界とのパイプ役をしている関係で、同球団の朱大衛投手の中国代表チーム参加問題に関し、前田康介球団本部長といろいろ相談させてもらったので、感激もひとしおだ。 
 朱投手はいわゆる留学生として日本の高校を卒業。そのままドラフトで西武入りし2年目。北京五輪直前には中国代表チーム合宿にも招待されるなど実力評価は高い。球団としてすっきり送り出してもらえるようにいろいろと打ち合わせた経緯がある。
 今季開幕前、前田本部長は例のスカウト裏金問題ですっかり弱体化したライオンズについて「渡辺新監督は台湾でも指導者として苦労し、なかなか面白い存在。ひょっとしたらひょっとしますよ。何より若手の5人に助けてもらっている」という表現で、今年の快進撃を予感していた。その時の状況は打線の要だったカブレラと和田が移籍で去り、投手陣もエース松坂の穴を埋め切れていない状態だったので、わたしは「Aクラス復帰がやっとではないか?」くらいの思いだった。
 本部長の挙げた「若手5人」について具体的な名を訪ねると、言葉を濁した。わたしもそれ以上は聞かなかったが、今回のシリーズ制覇を目の当たりにして、確信的にその5人が分かった。まずマー君と昨年新人王を争った投手の岸、野手では安打製造機の中島、快足盗塁王・片岡、好機に強い栗山、本塁打王のおかわり君中村を指すのだろう。既に押しも押されもせぬ22歳エース涌井をはじめ、20歳代後半から30歳前後の細川捕手、北京五輪代表のGG佐藤、左腕キラー佐藤友、強打の後藤がチーム内でひしめき、外国人打者の不振をカバーしておつりがきた。
 昨日も唐渡さんのコラムで指摘していたが、32歳の平尾が野手では最年長に近い。裏金問題を美化するわけではないが、発覚直前までライオンズのスカウト網がいかに充実していたかかの無言の証明でもある。タイガースが今季最後の最後で競り負けたのはベテランの息切れが原因。若竹のようにグングンと天に向かって伸びる若手の爆発力がないとリーグ優勝や日本一はない、と西武野球が証明してくれた。
 一方敗れた巨人の原監督は、若大将のニックネームに似合わぬ「外国人へのこだわり」が墓穴となってしまった。李の起用にこだわり続けて打線につながりを欠き、抑えとしてのクルーン起用にこだわり、中継ぎの早めの交代に失敗した。 
 このあたりの「選手との精神的な信頼関係」に重さを置く考え方は、彼の精神的師匠である星野仙一前日本代表監督に近い。本来チームの中心である生え抜きの高橋由、二岡、阿部を故障で欠いて苦しいシリーズだったろうが、勢いのある若手起用に思い切って切り替えられなかった点で悔いが残った。
 さて、九州では1年収めの大相撲九州場所が始まった。昨年から横綱朝青龍巡業さぼりサッカー事件と時津風部屋リンチ死亡事件が持ち越され、くすぶり続けていた北の湖理事長自身の去就が、大麻禍でロシア人関取3人の解雇事件に発展。ようやく辞任してくれたのは喜ばしい限りだった。武蔵川理事長就任後も、週刊誌を相手取った八百長報道が相変わらずゴダゴダしている。立ち合いの正常化も結構だが「お前らは黙って言われた通りにすりゃあいいんだ」式の説明不足で、力士も観客も、何度も待ったが続きシラけるばかり。
 それに気になるのは、横綱朝青龍の土壇場来日と休場に至る説明不足だ。取組編成会議ギリギリで来日した横綱はちっとも本当のことを言わないし、師匠の高砂親方や協会幹部も詰め寄って事情を聞くでもなし。言葉は悪いが「勝手にしろ」という対応で、少なくとも20回以上幕内優勝した大横綱周辺が取るべき態度ではない。
 大麻の時に露鵬をかばい続けてひんしゅくを買った大嶽親方は論外だが、高砂親方は仮にも自ら大関を張り、横綱を育て上げた前理事としての威厳を見せてほしい。朝青龍が調子よく勝っている時は本人もニコニコ顔で、世間から非難を浴びて形勢逆転すると「知らねぇよ」ではいけない。大ちゃんの明るいキャラクターは愛すべきだが、けじめをつけるところをきっちり締められないようでは指導者失格と後ろ指を指されてしまう。


2008/10/08
親方といっても千差万別
 5日、元前頭力士、時津海の「引退、時津風襲名」相撲が東京・両国国技館で行われた。例の時津風部屋の新弟子リンチ死亡事件で当時の師匠が解雇され、突然現役だった彼が引退し部屋を継承した。断髪式で最後の大銀杏を切り落とすのは本来師匠の役目だが、その師匠がクビになっているので、先代の時津風親方で日本相撲協会理事長だった内田勝男さん(元大関・豊山)が留めばさみを入れた。
 普通なら、寂しい中にも新たな親方としての門出に華やかさがあるのが引退相撲。しかしこの日は、整髪して再び土俵に上がった新時津風親方から「大変な不祥事で、皆様にご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。新しい時津風部屋が良い方向に進むよう精いっぱい精進して努力してまいります」と神妙なあいさつがあった。タニマチとして長く角界の発展にかかわった立場としては、誠に見るに忍びない光景だった。
 彼は長崎・五島列島の出身。諫早農高から東京農大の相撲部を経て、この日最後のはさみを入れてくれた大学の先輩でもある当時の時津風親方を慕ってプロ入りした。最高位は前頭三枚目止まりだったが、技能賞4度が示すように、右差しが鋭く相手の左上手を切って右四つで出る相撲は玄人受けするタイプ。性格は温厚で礼儀正しく周囲の誰からも好かれた。昨秋に急きょ引退したが、34歳でまだまだ取れた。
 余力を残して土俵を去った彼には気の毒だが、わたしはこうした学生出身力士から親方になる連中が、角界を変える原動力になると信じている。昨今の日本相撲協会の相次ぐ不祥事の原因は、現役時代の地位や一門の大小が優先する親方の序列と、金集めがうまいだけで指導者としての見識や力量もない者が親方になってしまう“経営と指導の混同”だ。
 プロ野球の場合、引退して野球評論家になり、ネット裏からの勉強や米・大リーグの視察などで指導力としての力量を磨く。あの名勝・星野仙一ですら「引退後に外から学んだことは、現役のユニホーム時代より多い」と語るほどだ。
 ところが、力士は引退していったん角界を離れると3代目若乃花(元横綱)のように二度と復帰できない。ということは勝敗に一喜一憂する現役から、いきなり親方になるしか選択肢はない。彼は親方になったものの、おそらく「こんな世界やってられないよ」と早々に組織の将来性に見切りを付け外に飛び出したのだろう。優秀で可能性の高い者ほど選択肢が多いのは一般社会でも同様。「ここしか行く所がない」という無能な人間ほど組織にしがみつく。
 そういう意味では北の湖前理事長(元横綱)はその典型だ。中学の途中で上京して角界入り。一気に強くなったから社会常識など学ぶ機会も暇もなかったのだろう。その点、新理事長の武蔵川親方(元横綱・三重ノ海)は、貧しい家庭に育ち中学を出て一時町工場で働いていたから、前任者よりましだ。ただし、角界の頂点横綱を極めただけに、相当我が強くプライドも高いことに変わりはない。親方といっても本当に千差万別だ。若ノ鵬の師匠の間垣(元横綱・2代目若乃花)や露鵬の師匠の大嶽(元関脇・貴闘力)の言動を見れば相撲部屋トップとしての力量はおのずと分かる。
 結局、今後の角界に必要なのはスポーツマネジメントの発想だ。「言われた通りしろ」「何だ?この野郎」で頭ごなしに怒鳴りつける体質から、マーケティングを取り入れたビジネス発想に飛躍していかねばならない。これは、わたし自身がかかわったプロバスケットボールbjリーグ「大阪エヴェッサ」の立ち上げの時もそうだった。選手育成指導とスポーツビジネス経営は全く違う。
 将来の角界は、国民栄誉賞の九重広報部長(元横綱・千代ノ富士)と貴乃花審判部副部長(元横綱)の一般受けする人気者コンビで再建に向かうことになろう。しかし、わたしの知る限りこの2人も人間的にはまだ欠陥が多い。北の湖や武蔵川と同様に我が強いし、人の言うことに素直に耳を傾けるタイプではない。そこで、先の時津風をはじめとして藤島(元大関・武双山)や追手風(元前頭・大翔山)、尾上(元小結・濱ノ島)ら若い学生出身の親方が脇を固めれば組織的にしっかりする。要は、組織のトップがそうした有能な人材を大胆に登用する度量があるかどうかだ。
 週刊誌が騒いでいる八百長うんぬんの問題は、わたし自身は直接目にしたり聞いたりしたことがないから事実関係は分からない。しかし、角界の隠語で真剣勝負を「ガチンコ」、八百長を「注射」と呼ぶことは、今や子供でも知っている。現に協会内に監察委員会の組織があり、場所中のすべての取り組みに対し“無気力相撲”がないか目を光らせているのは、そういう素地があることの証明ではないのか。
 明日9日は、大阪星野仙一後援会「虎仙会」のゴルフコンペがあり、星野SDも元気な顔を見せてくれる。季節も天気もよさそうなので、
わたしも久しぶりに気持ち良くクラブを振れそうだ。愛する大相撲のバカらしい騒ぎを話題にするのは、もうこれ切りにしたい。


2008/10/01
V目指し「必死のパッチ」
先月27日の甲子園での巨人戦を見た。球場記者席は今春終わった「第1期改装工事」で新装。大阪日日新聞の席ももちろん確保されている。阪神.が1ゲーム差をつけ、.迎えた試合は結局終始巨人ペースで終わり、この時点で両チームは再び首位に並んだ。
 わたしは「矢野の言葉通り、本当にタイガースナインは"必死のパッチ"でやっている」と実感して胸が熱くなった。二回表の巨人の攻撃、一死二、三塁のピンチで、矢野は阿部の捕邪飛をバックネットのラバー部分に足を掛けて、ネットその物をよじ登って好捕。両軍無得点の渦中でのスーパープレーに満員の場内がどよめいた。その裏には矢野が先制適時打を放つ。気力の充実ぶリがビンビンと伝わってきた。そして、新井は復帰第1戦に六回代打で登場し、いきなリの左前適時打。右手でガッツポーズを作リながら一塁をオーバーランする姿に必死さが伝わってきた。
 今季のセ・リーグ優勝の行方はいまだ予断を許さない。しかし、選手は目の前の一つの勝ちを目指して、本当に「必死のパッチ」でやっている。
 その裏では、大阪星野仙一後援会「虎仙会」のオフ行事予定が着々と進行。今月9日には、六甲カントリー倶楽部で恒例のゴルフコンペがある。既に140人の参加定員がいっぱいになリ締め切って、キャンセル待ち状況だ。さらに、11月28日にはシーズン終了のパーティーをリーガロイヤルホテルで行う。星野SDをねぎらうため、福井俊彦名誉会長(元日銀総裁)と西川善文会長(日本郵政社長)が出席するほか、タイガースからは「北京五輪トリオ」の藤川投手、矢野捕手、新井内野季がそろって顔見せし、星野SDと本昔の五輸卜ークを繰り広げてくれることになリそうだ。
 中国でメラミン入リミルク問題が起こった。あの国と長年付き合いのあるわたしに言わせると「随分近代化したなぁ」というのが素直な感想だ。かつて漢民族は、牛の乳を飲む習慣がほとんどなかった。急速に西洋化が進んだ約20年前から一般化してきたが、乳牛の輸入や育成に随分時間がかかった。今では、友人のIOC委員干再清さんも来日されると「日本の牛乳はおいしい」と宿泊先のホテルで朝食時に飲まれている。さらに中国産食材の価格の安さから、韓国や日本でも「中国製牛乳」を原材料として利用するようになった。
 今回のメラミン混入は確かに人災だが、誤解を恐れずにいえば、かつての中国では品質管理が極めてずさんな上に、食品加工産業の規模が総じて小さくほとんど安全チェックすらなされていなかった。それが今日のように発展したのは、わたしが所属していたダイエーをはじめとする日本式スーパーマーケットが進出し「食の安全」という視点を持ち込んだ功績と自負している。発展途上の国はこうしたトラブルを乗リ越えて成長し、先進国の仲間入リをする。
 最近、心を痛めている問題に中山成彬前国交相の失言辞任騒動がある。妻の恭子さんともども、旧大蔵省官僚の出身。わたしがダイエーの役員当時、ご夫婦がまだ役人だった時代からよく知っている。当時から夫婦そろって天下国家を論じ「将来は国のために働こう」と話されていたから、今日そろって国会議員という姿もよく理解し、応援している。
 成彬さんは、辞任後も「日教組に関する発言は撤回しない」ときっぱリ言い切っておられる。過去に文科相をされ、日本の教育現状について相当憂慮されていたようだ。テレビ局が電話調査したところ、日教組に対する中山発言は賛否ほぼ半々だったようだ。わたしはむしろ「よくぞ言ってくれた」と思う一人だ。
 日本の教育は、成彬さんが例に挙げた宮崎や大阪を見るまでもなく、教育委員会事務方と日教組が裏で結託して「教育界への内政千渉」を徹底的に排除してきた経緯がある。地方が行政改革で血を流しても「教育の独立」をタテに、一般行政職の教育界への介入を押し止め、既得権の維持確保に徹底して労使がタッグを組んできた。大阪・橋下知事のいらだちもその点に集中している。今回の発言辞任を機に大いに議諭が盛リ上がることこそ、成彬さん自身の望むことだろう。
 最後に、わたしが膵臓がんと闘う姿を記事で読まれた読者の方からいろいろと励ましのお便リをいただいたことをお礼申し上げたい。住所や名前を書いてのお便リには返事を差し上げているが、中には匿名の方もある。その方々には紙上を借リて、これからも頑張ってコラムを書き続けることをお約束しておく。


2008/09/17
甲子園での胴上げ微妙
 今週は昨日16日が新聞休刊日に当たリ、唐渡吉則さんの「ド・ドンと行こうぜタイガース」がお休みだった。その代わり、どいうのも変だが先週のタイガースについて触れてみたい。
 普段わたしはタイガースの動静については極力触れないようにしている。それは、わたしが大阪星野仙一後援会「虎仙会」の幹事長を務めており、わたしの意見に対し「星野が裏で言わせている」という邪推を呼ぶことを避けるためだ。しかし、試合は甲子園を中心にしっかリ取材している。余談になるが、記者席は報道関係者しか立ち入れない。わたしは大阪日日新聞の野球評論家としてIDをもらっているし、唐渡さんには毎日放送からIDが出ている。
 2人でタイガースの行く末について語リ合うことも多い。そこで今週は、唐渡さんのコラムに代わって最近の試合ぶリを振り返ってみたい。
 9日の甲子園でのヤクルト戦は、南信男球団社長、黒田正宏編成部長らと一緒だった。前節が遠征続きで格下の横浜、広島相手に1勝4敗と最低だっただけに、苦労しながらの矢野のサヨナラ本塁打に互いに手を取リ合って喜んだ。わたしが「北京であの本塁打がほしかった」と言うと、2人とも「そうですなあ」と苦笑していた。
 翌10日、その次の11日も押し出しサヨナラで3連勝の珍事。記録的には「球界で5、6年に1度」ということだから、ここで当然波に乗っで勝ち進んでくれると思っていた。ところが次の広島戦は1勝2敗で、しかも負け方がよくない。巨人が上り調子だけにマジックも付いたリ消えたり。
 今週のビジターでの中日、巨人6試合の結果が大事だ。五分の成績で十分だが、22日以降は雨流れ日程の消化試合が続くから、本拠地甲子園での胴上げは微妙になってきた。
 神懸かり的なサヨナラ劇の連続はい、見ている方は楽しいが実際はラッキーなだけ。シーズン前半のような集中打と先発投手の頑張りによる圧勝ができていない証明だ。金本、下柳、矢野の“40歳トリオは今季もよく頑張ったが、1シーズンをフルで働いて結果を出すのは次第に困難になっている。.赤星も腰の痛みをだましだまし、新井は来季こそフル出場してくれるだろう。藤川、鳥谷、関本ら働き盛りの選手も多いので、来季は外国人スラッガー補強を第一に考えてやってほしい。
 昨年のリーグ優勝は巨人だったが、クライマックスシリーズ(CS)は中日が制した。今年からリーグ優勝チームにCSで1勝のハンディが与えられ、依然阪神は有利。
 しかし今の両軍ではとても「絶対」とは言い切れないのが情けない。
 五輪の話で、思い出したことがあったので記しておく。日本人は、日の丸に寄せ書きした国旗を選手も応援者も当たリ前のように振っているが、あれは中国の人々から見ると奇異に映るらしい。「国旗に落書きしている」と感じるらしく「なぜあんなことを許すのか?」とまゆをひそめられた。そう言われて競技場を注意して見ると、確かに他国選手や応援団はそのような寄せ書き入り国旗を持たない。それぞれ伝統ある行為なので、一概に善しあしは決められないが「所変われば品変わる」ということだろう。
 もう一つ五輪の話題で、日本の応援団は例外なく「ニッポン、ニッポン」と連呼し「ニッポン、チャチャチャ」と手拍子を打つ。外国人には当然「JAPAN(ジャパン)」の方がなじみがある。しかし日本国内では、先の大戦で米英軍が日本を侮辱して呼ぶ呼称の印象が強く、あまり使われてい、ない。「ニッポン」という呼称は、大日本帝国の印象が強くアジア諸国には評判が良くない。そういっても「ニホン」という掛け声では何だか間延びする。国旗といい、呼称といい「絶対にこれ」と言い切れないだけに、結論は簡単には出せず悩ましい。
 最後に、始まったばかりの大相撲秋場所の話題だ。悪評高い北の湖理事長(55)=元横綱=がようやく辞め、後任には同じ出羽海一門の武蔵川事業部長(60)=元横綱三重ノ海=が就いた。注目された初日の協会あいさつで「全責任は日本相撲協会にある」とはっきリ表明して全国にわびた点は、前任者の厚顔不そんな態度に立腹していたファンも納得したと思う。
 しかしハ問題はそう簡単ではない。北の湖親方は理事長は辞めても理事に残り、大阪場所部長になった。自分の弟子は簡単に解雇して“トカゲのしっぽ切り”をしても、自身はちゃっかり居すわる気らしい。そうなると今後の鍵を握るのは武蔵川理事長自身の去就だ。
 同門の先輩でしかも横綱同士ということは、個々の力関係かろいえは断然武蔵川理事長が上席。問題は、年齢的に残り1年半後の役員改選で「理事長再任なるか」だ。仮に再任されても定年まであと1期しか理事長はできない。そうなれば、もっと若い世代への早期バトンタッチの声も挙がる。その時に、ほとぼリの冷めた北の湖親方の復権を絶対許さないことが肝心だ。


2008/08/27
腹立たしい星野J批判
 星野ジャパンが北京の空に散った。24日朝、北京国際空港で傷心の帰路に就く監督、選手らと一緒になった。星野仙一監督は、わたしを見つけると歩み寄ってきて「お父さん、こんな結果や。2年間頑張ってもらったのになぁ…」と声をかけてくれた。わたしがガン告知され「北京五輪で星野ジャパンが金メダルを取るのを見届けるまで絶対に死なない」と約束し、ここまで命を永らえてきたことに対するねぎらいだった。
 わたしは2003年、星野監督が阪神タイガースを率いて日本シリーズに進出し、最終戦で当時の福岡ダイエーに敗れ、日本一になれなかった夜を思い出した。福岡のホテルの部屋でポロポロ涙をこぼして、監督の手を握るだけで声も出ないわたしに、「お父さん泣くなや。一生懸命やったやないか」と逆に慰められた。
 だから、この日のわたしは「決して泣くまい」と心に誓い、逆に監督を「一生懸命やったやないか」とねぎらった。しばらくあってわたしから「決勝トーナメントに入ってから顔色が悪かったな。風邪引いたんとちゃうか?」と聞くと、監督は口元をわずかに引き締めて小さくうなずいた。
 田淵、大野両コーチが「すみませんでした」と次々頭を下げてくれた。年末年始に豪州ゴールドコーストへわたしや星野監督と越年旅行している山本コーチとは「今年も先に行って待っているので、来て下さいよ」と現地での再会を約束した。旧知の中日・川上や阪神・矢野は、目が合うと寄ってわびてくれた。同じようによく知る中日・岩瀬は視線が定まらず周りが見えていないようだった。彼の精神的ショックの大きさが手に取るように分かり、痛々しかった。
 腹立たしいのは北京五輪日本選手団の福田富昭団長の星野ジャパンに対する批判だ。同団長はもともとアマレス一筋でプロ嫌い。大会総括で、予選全敗だった男子サッカーとメダルを逸した野球を取り上げ「直前に集まって、チョコチョコと練習しただけで勝てるほど五輪は甘くない」とプロ側の対応を批判。選手村に入らなかった野球と男女マラソンに対し「特別扱いはおかしい。選手団に情報が入らないまま、結果的に勝てないのは問題」と語ったのだ。
 敗戦批判に対し、星野監督が「オレがすべての責任を取る」と言っているが、この団長の指摘に対してだけは反論しておく。プロ軍団の野球では、アマ競技のように1年以上掛けて合同合宿や海外遠征を繰り返しチーム編成することなど不可能だ。その間の収入を誰が補償してくれるのか。選手村以外に宿舎を取ったのは、プロ選手には個別にトレーナーやスタッフを北京に連れてきており彼らには選手村への出入りパスが発給されていないので、体調管理に支障をきたすためだ。
 いずれも大会が終わって結果が出てから、団長が批判する事柄ではない。当初からの問題視なら開幕前に解消への取り組みをすべきで、敗れた腹いせに批判しているように受け取られてもいた仕方ない。
 星野監督の今後だが、24日の記者会見で来春の第2回WBCの代表監督については「白紙」を強調した。監督は決して自信を失ったわけではないが、じっくり選手を育て使って信頼関係を築き、半年かけて完成させる。それが星野流であり、過去にも栄光を積み重ねたやり方だ。北京五輪の失敗を充分総括しないまま、安易にWBC監督を引き受ける気になれぬのも事実だ。
 中国の北京五輪は素晴らしかった、開会式を実際にこの目で見て、大会中2度にわたり訪中し“素顔の中国”を見ることができた。最も印象に残ったのは、中国は既に発展途上国から先進国の仲間入りを果たしている点だ。公衆マナーも向上し、旅行者に対する商店や公務員の対応も総じてよく教育されていた。世界の総人口の5分の1を占める中国は、かつての「眠れる獅子」から「天を駆ける巨龍」となって目覚めた。何事にもスケールが大きく、五輪の開会式も「これでもか!」というスケール感と人海戦術に圧倒された。「当分、中国の発展は減速しない」と確信した。
 最後に、連日北京の球場に詰め掛けて応援を繰り広げてくれた大阪星野仙一後援会「虎仙会」の75人にあらためてお礼を述べたい。永井病院の永井康興・理事長、不二熱学の近藤徹社長、紀伊産業の片山勉社長をはじめ、多くの方々に本当にお世話になった。わたしも気を取り直し「これからの2年間」に向け、生活設計を立て直すつもりだ。
 最後に星野監督の記者会見での言葉を紹介しよう。「失敗しても、失敗してもチャレンジするのがオレの人生。夢を語らない、チャレンジしないと、オレの時間は止まってしまう」


2008/08/13
星野ジャパンきょう登場
 わたしは今、万感胸に迫る思いで北京に来ている。長い付き合いの星野仙一監督率いる北京五輪野球競技の日本初戦は今日13日。2年前にがん宣告を受け「手術はできない。抗がん剤による延命治療しかない」と言い渡された身にとって、この日を生きて、しかも北京で迎えられて星野JAPANの晴れ姿を直接見られることなど想像もできなかった。
 出発は6日、関西空港からの深夜便。席に着いても、心の高ぶりを抑えられず寝付けなかった。神に感謝する素直な感覚が心の隅に芽生えた。
 日付が変わったころに北京到着。以前から知っている国際空港とは異なり、広く立派な新空港になっていた。航空会社による車いすの手配ができておらず、わたしはつえをついて通関手続きを終えた。空港で到着を歓迎するユリの花を頂き、ホッと気持ちが緩んだ。
 早速、中国五輪委員会の于再清氏に電話を入れると、携帯電話の向こうから元気な声が。聞けばIOC委員に再選されただけでなく、副会長に推されたそうで、忙しそうだ。それでも「滞在中に、必ず会いに行きます」と約束してくれた。
 8日、いよいよ開会式当日。会場の鳥の巣スタジアムへは、地下鉄のみが移動手段として認められ、マイカーやタクシーは近づけない。生まれて初めて北京の地下鉄に乗った。2駅移動して乗り換えて1駅、と近いのだが、やはり日本とは勝手が違うし、すごい人波。その中をつえをついてゆっくり乗り込んだわたしに、中国人の乗客が次々と「こっちに来て座りなさい」と手招きしてくれる。若い男性が当然のような顔で席を譲ってくれニッコリほほ笑んで「大丈夫ですか?」と中国語で話しかけてくれた。わたしが中国語でお礼を言うと、大きくうなずいた。
 開会式の模様は、日本でも実況中継され多くの方がご覧になったと思う。アトラクションは壮大な演出で、人民解放軍芸能部門の兵士たちによる一糸乱れぬ動きと、華麗に宙を舞うワイヤーアクションは、過去のどの五輪の開会式にもなかった素晴らしいエンターテインメントで息をのんだ。集団によるマスゲームというと、北朝鮮が有名だが中国が本気で取り組めばその比ではないことがはっきりした。次のロンドン五輪関係者も見守ったと思うが、「これをしのぐ演出は?」と問われれば頭を抱えるしかない。
 選手入場では、マンモス選手団を送り込んだ米国と地元中国の行進が圧巻だった。競技の規模拡大につれ、選手は開会式を欠場するケースが増えているが、この両国は「全選手が出てきているのではないか?」と思ってしまうほどの迫力。米国は「いかに中国に気を使っているか」を証明するブッシュ大統領の開会式観戦と選手団の多さだった。中国の行進は、旗手の楊明選手の傍らに四川省大地震の被害者である子供が並んで歩き、万雷の拍手を浴びる憎い演出も見事だった。
 わたしたちの席は、おそらく価格的には数十万円はしそうな良い場所だった。長年、中国の方々とお付き合いさせてもらったお返しとして、これだけ手厚いもてなしを受けるとは、さすがに義に厚い国といえる。
 開会式は心配されたテロはもちろん、事件事故もなく無事に終わった。大会はまだ序盤戦が終わったばかりだが、中国当局の大会運営は順調に推移していると感心した。
 中国では星野JAPAN情報はほとんど報じられないが、インターネットなどを総合すると、日本代表の調子は余りよくないようだ。訪中直前の、セ・パ両リーグ選抜との壮行試合も、選手は本調子とはほど遠く試合内容的には不満だらけだったようだ。10日に星野監督以下、野球競技一行は北京入りしたが、国際大会使用球の感触の違いやグラウンドの硬さなどにも戸惑っているという。
 その中で、星野監督だけは「国際試合は何があっても驚いちゃ駄目」と泰然自若としているようだ。話は至極簡単で、監督が「負けたらオレが全責任を取る」と明言しているからだ。その星野JAPANがいよいよ始動する。スタンドに陣取る自分を想像すると、あらためて神と周囲の方々に感謝して、精一杯の応援を繰り広げて恩返ししたい。


2008/06/04
悩み尽きない五輪選手選考
 西武ライオンズの前田康介球団本部長と先週の甲子園でのタイガースとの交流戦で再開した。昨年は例の裏金問題もあってBクラスに沈んだが、今年は開幕から渡辺新監督と黒江ヘッド、デーブ大久保や塩崎らに代表される若いコーチ陣に引っ張られ、若手と新外国人選手が好調を維持し、下馬評を覆し堂々と首位をひた走っている。作オフに伊東監督をはじめ、土井ヘッドと一軍コーチ全員を解雇する思い切った血の入れ替えが功を奏しており、本部長の手腕に負うところが大きい。
 「元気そうですね」と握手を交わし、しばし語り合った。プラゼル、ボカチカはメジャーで実績がなくても、日本では大型打者として通用している。この辺りの眼力はさすがに素晴らしい。
 私と前田本部長のつながりは、中国籍の朱大衛投手(19)の帰属問題で交渉したことからだ。朱投手は日本の中部大第一高を出て、高校生ドラフト3位で昨年入団したが、中国上海出身の野球留学生だ。昨年は新人ながらイースタン公式戦で0勝1敗0セーブ(7試合)を残している。昨年は北京五輪プレ大会の中国チーム合宿にも参加し「08年の北京五輪メンバーに選ばれたらよろしく」との中国側の意向を受け、私が前田本部長にお願いした経緯がある。今年は春先に故障で出遅れたが、現在は米国に野球留学中とか。どうやら五輪代表には漏れそうだが、来年の中国の国体に当たる全国運動会には故郷の上海チームの一員に選出されそうだ。「その節はよろしく」とあらためてお願いをしておいた。
 五輪野球と言えば、星野ジャパンは予定していた20日の最終メンバー発表を大会ギリギリの7月延期した。星野監督に言わせると「現時点でこれだけ故障者が多いとベストメンバーが予測しづらい。できれば、7月時点で24人を決めても、ほかに5、6人の交代要員ノミネートを認めてもらい、万一の場合に備えたい」と話している。シーズンオフだった。昨年12月のアジア最終予選とは違った悩みが星野監督を困らせている。初戦のキューバは依然としてチーム情報がまったく入ってこない。「金メダルを取らないと意味がない」と言い切っている五輪だけに、どんどん精神的にナーバスになっているのが手に取るように分かり、私もつらい。
 阪神タイガースにとって林威助の復帰は嬉しいが、五輪本番では台湾チームの一員に加われば星野ジャパンにとっては手の内を知られた怖い存在になる。一方、韓国も中日・李炳圭、巨人・李承☆(☆は火偏に華)ら、日本で活躍する選手がはせ参ずる可能性がある。「外国チームは、日本や米国のプロの一員が加わるとガラッとチームの力が変わる」と星野監督の悩みは尽きない。
 私は、いまこそ星野監督は第1次候補の77人にこだわらず、五輪選手を選ぶべきだと考えている。例えば、セ・パ両リーグの打撃トップに立っている東出(広島)とG・G佐藤(西武)や投手防御率上位の吉見(中日)、帆足(西武)はいずれも候補に名前すらない。星野監督にすれば、シーズン中を承知で候補選手合宿を行い、最終24人に絞りこみたいのが本音だと思う。
 同じプロスポーツの世界では、先週も触れたモンゴル横綱同士の見苦しいにらみ合いが現在の大相撲が置かれた立場をよく現している。協会幹部で理事の間垣親方(元横綱二代目若乃花)が弟子への暴行で減給3ヵ月なら、協会最高責任者の北の湖理事長(元横綱)がまったく責任を取らないのも妙な話だ。ほかの親方衆は口にこそ出さないが「見つかって運が悪かった」くらいにしか受け止めていないのが実情。プロに徹して考えるなら「結果がすべて、勝てば官軍」でいい。それを人間形成や国技を標ぼうするから話がややこしくなる。北の湖理事長は自らの責任の所在を明らかにするとともに、プロスポーツとしての大相撲の経営と興行規格、一方で中学校を出たばかりで相撲の基礎もできていない子供に対する生活面を含めた技術指導体制の分離を明確にしてほしい。これができない限り、大相撲の抜本的な改革などはありはしない。
 最後に福田首相のアフリカ会議出席と欧州各国歴訪を取り上げておこう。7月の洞爺湖サミットを前に議長国の総理大臣として、横浜で開かれたアフリカ会議でシンパを増やそうとするのはいい。しかし、相変わらず援助をチラつかせての場あたり外交。環境対策や食糧危機に関心の高い欧州各国の首脳に取り、日本は何でも米国のいいなりになっている印象だけだ。古いことわざだが「自分の頭のハエも追えないのに…」というのが率直な印象だ。
 国内政治的には、国会のねじれ現象にまったくといっていいほど対応できない不人気総理が、アフリカや欧州と交渉する能力を有していると本気で思っている国民がどれほどいるのだろうか。


2008/4/16
金本、新井の記録に「運命」
 8日の甲子園での今季第1戦を取材してきた。新装された球場記者席は大銀傘の奥まった上段に移り、以前に比べると広くきれいになった。昨年までのように、人が行き交うたびにパイプ椅子をずらして避ける必要もなくないし、机も広くなった。
 ただ、これまではチームのロッカールームの真向かいにプレスルームがあり、記者が選手の出入りを待つのに都合が良かったが、改装後は関係者用通路から入ると選手は右に、報道関係者は左に分かれてしまい、接触する機会は極端に少なくなった。これも時代の流れだろうか?
 全体の印象として、昨年までは各入り口が1階にあり、そこから真っ直ぐ行くか上に上がる感じだったが、改装後はまず2階に上がってから昇り降りが分かれる構造だ。プレスルームが設置されている場所は本年度に工事される予定で、まだ完成していない。
 これまで外野席下にあった球団事務所も別棟に移った。きれいにはなったが、どこかよそよそしい。それも次第に慣れてくるのだろう。
 記者席に行くと、なじみの評論家、達川光男さんや佐々木恭介さんが「今年もよろしく」と声を掛けてくれた。さらに日刊スポーツ・寺尾博和、スポーツニッポン・内田雅也両編集委員は、私もこのコラムをいつも読んでくれていて、2週間前に書いたすいぞう癌の話について「いやぁ、びっくりしました。まだ寒いのにナイターに出て、大丈夫ですか? 大事にして下さいよ」とお見舞いの言葉を掛けてくれた。
 甲子園の記者席は、今は珍しくなった屋外にあり、寒暖が身に染みる。風の強い時は、砂ぼこりが激しい。それでも、その臨場感は何物にも代え難い。ドーム球場や冷暖房完備のガラス張り記者席が当たり前になった時代でも、それが伝統というものだ。
 プロ野球にとって、公式戦開幕時はお正月のようなもの。「久しぶり」「今年もよろしく」と声を掛け合う。実際にはキャンプやオープン戦で顔を合わせていても、あらためてあいさつを交わす。こ改まった気分が何とも言えない。
 私は、8、9の両日とも甲子園に足を運んだ。まず気付いたのは、外野席で常に鳴り響いていたトランペットの音色が消えたことだ。鳴り物は本人は気に入って吹いたりたたいたりしているが、周囲のファンにとってはうるさくて試合観戦どころではない。プロ野球は家族団らんであり、健全な娯楽だ。スタンドがディスコと化したり、拍手や手拍子を強要することはよくない。

 甲子園でも「金本2000本安打」フィーバーが起こっていたが、結局王手をかけてから18打席も安打が出なかった。金本選手を兄とも慕う新井選手も同じ日に1000本安打を記録したから、新井本人が言うように「運命を感じて」しまう。この2人の相乗効果で今年の阪神は申し分ない好スタートを切っている。
 星野監督にとって、金本をFAで獲得した03年は自身が最後のタイガースのユニフォームになった年だ。前年、阪神の監督に就任した星野仙一はシーズン終了後、二軍を中心に大して実績もなく将来性もないのに、縦じまのユニフォームを着ているだけで満足している多くの選手をバッサリと首にした。ごうごうたる非難の中で、真っ先に補強したのがFA宣言した金本だった。
 結果的に、その年限りでユニフォームを脱いだ星野監督にとって“最後の大補強”が金本だったわけだ。「とにかく試合に出続ける姿勢が素晴らしかった。当時の阪神に一番欠けていた物を注入してくれた」と振り返り「まだまだ通過点。3000本安打を目指せ」とハッパを掛けている。

 NHKのスポーツ報道について考えてみたい。民放と比べると圧倒的な取材力を誇っている組織だが、海外の国々からみれば国営放送局だけに、北京五輪のような国が威信を賭けて取り組んでいるような国際大会では取材姿勢にも注意が必要だ。
 NHKの国際放送は多くの国で見ることができるため、大会を前に手の内を明かしてしまうようなことは慎まなければならない。先日も柔道の鈴木桂治選手が「国際ルールに添って、鋭く技を掛ける」という意味の説明をしてくれた。これがそっくり海外で放送されれば、ライバルたちに鈴木選手の作戦をむざむざ教える事になりかねない。
 また、日本のプロ野球公式戦が始まっているのに、ニュースで大リーグ結果から入る序列も何とかしてほしい。日本の放送では、まず国内の試合を優先するくらいの配慮があって当然だ。

 最後に、大阪星野仙一後援会「虎仙会」は7月4日(金)夕方から、中之島・リーガロイヤルホテルで虎仙会主催パーティーを催す。まだ詳細は決まっていないが、8月に向けて、星野監督を皆さんで支える会を行う。人数を絞ってアトラクション的な要素は極力抑える予定なので、そのつもりで参加希望者は日程を空けておいてほしい。